第五四五話 「標的」
「やっぱりパパは勇者なんスかね?」
「どうなんだろな?勇者崩れなんて言葉も出てきたから正直混乱してる。」
「おばあちゃんに聞けば何かわかるかも?」
「あら、やっぱりレン君帰って来てたのですね。おかえりなさい。」
そんな事を話しながらシャワーで泡を流されていると、話し声を聞きつけたのかサオリさんまで風呂場に乱入してきた。
「ただいまです。ちょうど良かった、二人に色々と説明していたとこだったんです。
サオリさんも是非一緒に聞いてください。
▽▽▽▽▽
相手からの情報を整理すると、淫魔の身体の私、つまりレインが私と同一人物だということはバレていない様子だ。
ただ、レインと私、あるいはサナは何らかの繋がりがあると思われている。
暗部としてはそのレインこそが勇者として召喚された小悪魔なのでは?と、勇者の定義はさておき、ほぼ正解に近い疑いを持っているようだ。
これに対して情報部の方は、王子様が死んでいた場所にいたレインとサナを重要参考人として本国へ連行したい、と考えているらしい。
サナだけじゃなくレインも含まれているところを見ると、エグザルの探索者ギルドから一部情報が漏れている、あるいは盗まれていると考えた方がいいだろう。
たぶん後者だと思いたい。
「あたしも標的だったんですね。」
「一応、隠し部屋にいた私は死んでることになってるから、メインはサナだったんだと思う。
でも調べていくうちに、サナの他にももう一人も生きていて、それがレインじゃないか?というところまで行き着いたみたいだ。」
「んー、それだとサナちーを狙った方が情報収集としては確実じゃないッスか?
なんでパパの方を狙ってきたんッスかね?」
「それは簡単、奴らが情報収集のプロだったからだよ。」
つまり暗部も諜報部もサナが『金剛鬼』サビラキ ・サオトメの孫だということに行き着いてしまったのだ。
『金剛鬼』とネローネ帝国とは相互不可侵の約束があるのだそうな。
厳密にいうと、その約束はナイラ王朝と『金剛鬼』の間にもあるらしく、その内容を雑にいってしまえば、『金剛鬼』に喧嘩を売らない限り、『金剛鬼』はネローネ帝国側にもナイラ王朝側にも付かない。といったものらしい。
北方大陸国であるナイラ王朝とネローネ帝国は、現在では敵対までいかないものの、緩やかにこの島での覇を競っている状態のようだ。
で、その人族が中心の2国と、この島で同じように緩やかに対立しているのが亜人族が中心のアサーキ共和国で、『金剛鬼』は今となってはこの国の重要人物であるため、『金剛鬼』を敵に回すと、最悪アサーキ共和国まで敵に回すことになり、そうなると、この島でのパワーバランスが大きく崩れてしまうことを諜報部も暗部も危惧しているらしい。
「ネローネ帝国は一度お母様と大喧嘩してますしね。これ以上関係を悪化させたくないのでしょう。」
少し思いつめたような顔をしてサオリさんがそう解説を挟む。
「大喧嘩ッスか?」
「ええ、話すと少し長いのですけども、そもそもサナ達はネローネ帝国の勇者の血を引いているのですよ。」
「え?あたし、そうなの?」
「ええ、ただ、その時、ネローネ帝国の勇者を、お母様が怒って半死半生の目に会わせたので、それ以来、ネローネ帝国とはあまり良好な関係ではないのです。」
流石に『金剛鬼』とはいえ、一国の勇者を半死半生の目にさせたのは、やり過ぎだったらしい。
それもあって、それぞれの国との相互不可侵の約束を結ぶことになったという裏話もサオリさんが教えてくれた。
ちなみにサオリさんと、その3つ年下の妹がアサーキ共和国の勇者の血を、9つ年下の弟がナイラ王朝の勇者の血を引いているらしい。
『金剛鬼』は三国の勇者に仕えたプラチナの探索者と聞いていたが、実際は仕えたどころの話じゃなかったんだな。
「あれ?冷静に考えたら、アサーキ共和国は亜人族の国なのに、人族の勇者がいたんですか?」
元々勇者召喚はかつて『魔人族』を名乗っていた時代の亜人族に対抗するために神様から人族の王族や一部の上位聖職者に授けられた魔法だったはずだ。
そんな魔法を亜人族側も使えるのは、明らかにおかしい。
「まだ人族と亜人族が対立していた時代に、術式を亜人族に漏らした者がいたって話ッスよ?」
「術式さえ分かってしまえば、あとは必要な分の魔力量と、その術式を通じて天父神様にお願いするだけですので、天父神様系の亜人族でも使うことが出来たのです。」
その結果、勇者という強力な戦力がいるアドバンテージが人族側から失われ、ほぼ同時期に最初の魔王が現れたことから、表面だっての人族と亜人族の対立は収まったのだそうな。
結果的に勇者と魔王が人族と亜人族の架け橋になったという状態だったんだな。
サナです。
勇者の血を引いているといわれてもピンとこないです。
っていうか、叔母さんが勇者の血を引いているというのは聞いたことがあったけど、叔父さんや私とお姉ちゃんまでとは知りませんでした。
次回、第五四六話 「ウルキの街から」
もしかしてお婆ちゃんたちもそうだったりするのかな?




