第五四二話 「勇者崩れ」
マユコ=カタギリ。
彼女を発見した、いや発見できたのはまったくの偶然だった。
夜市で川沿いの屋台のテーブル席に腰を下ろした時、この街は海母神様系の亜人族も多いというミツキの言葉を思い出して辺りを見渡していたところ彼女と目があったのだ。
ただ目があっただけでは何とも思わなかっただろう。
なにせ人族の割合の少ない街だ、あ、同族だと視線を向け、その視線が合うなんてことはタツルギの街でもたまにあった。
ただ、彼女と目があったその時は、淫スキル【マゾヒスト】による危険感知が一瞬だけ反応したのだ。
一瞬、そう一瞬だけ反応したかと思うとすぐに消え、何事もなかったように通り過ぎ、斜め後ろの席へと座る彼女の不自然さが逆に目立ち、淫スキル【性病検査】による鑑定を彼女に使うきっかけとなった。
ところがスキルを使っても分かったのは名前だけ、おそらくなんらかの方法で鑑定を妨害させるアイテムでも持っているのだろう。
本来なら名前すら分からなかったのかもしれないが、牧場で襲われた時、相手の体力ゲージに表示されていた名前が、同じマユコ=カタギリだったことと無関係と思う方が難しい。
戦闘用の装備のまま出歩いていても不自然ではない探索者という立場は、彼女たち裏の稼業としても都合が良いのだろうし、追っている私達が宿を取る、あるいは路銀稼ぎに迷宮に入るために探索者ギルドによる可能性が高いため、その場所を捜索の拠点にするのは理にかなっている。
現にこうして宿を取り、近くの夜市で食事をしていたのだ、彼女の読みはズバリだったといっていいだろう。
ところがズバリ過ぎて、そしてタイミングが良すぎたため、不意をつかれた遭遇に僅かに敵意が出て、そしてプロの意識としてそれを律したが故に不自然さが出た。
結果としてお互い偶然が功を奏した出会いとなったのだ。
あのタイミングでなければ、私も彼女に気づくことはなかったし、彼女も私達を探し出すには相当の時間がかかったであろう。
どういう理屈かは分からないが、武器を構え完全に戦闘モードに切り替わっている今の彼女には【性病検査】が効く。
ハッタリと煽りで無駄口を叩いていたかいがあったというものだ。
歳は22歳で職業はミツキと同じく野伏で、レベルも38とかなり高い。
敏捷と器用がB、残りの能力値がCなので、素質的にはミツキほど器用さはないものの、逆に筋力や耐久力は安定しており能力値も高い。
というか、高すぎる。
同じBやCの能力値といっても、淫魔の身体の時の私と同じくらい高い。
故に勇者だと断定して話をしていたのだが、どうやらちょっと違うようだ。
本人が勝手に勘違いして『勇者崩れ』だと教えてくれたが、それなら勇者はもっと勇者たる要因があるのだろう。
…『勇者の洗礼』か。
隙きを伺いながらもそんなことを考えるていると、少し前にミツキに教えて貰ったその事を思い出した。
『洗礼』を受けると勇者限定で『授法の儀式』みたいにお参りに来なくてもレベルが上がれば勝手に魔法を覚えたり、『ユニークスキル』と呼ばれる特殊なスキルを覚えたりする。だったか。
そうか、この世界に召喚はされたが『勇者の洗礼』を受けられなかった。
あるいは洗礼を受けたが勇者になれなかった。
だから能力値だけが高い『勇者崩れ』か。
『ユニークスキル』らしい淫魔の力を持っているだけ私の方が有利ではあるが、男の身体ではランクは上とはいえ全ての能力値が相手の方が上だ。
決して油断できるような相手ではない。
「どうした!来ないのならこちらから行くぞ!」
怒りを顕にしつつも、間合いを詰めてくるマユコ=カタギリ。
まぁ、逆をいうと『ユニークスキル』が私のアドバンテージなわけだから、それを多様化させて貰おう。
▽▽▽▽▽
マユコの短刀とナイフの両手持ちによる虚実入り交じった攻撃からの目を狙った含み針。
それは牧場で襲われた時に一度見た攻撃の上、【マゾヒスト】がその矛先を教えてくれるので、頭をひねるだけで交わし、横向きにした槍の左右でそれぞれ短刀とナイフを狙う。
が、それを両手を引かれて躱されたところで、八相の構えで槍の穂先に注意を惹きつけた上でのスキル【格闘】を使っての横蹴りあげ。
しかし、これもバク転、いやバク宙で躱される。
ただでさえ能力値的に回避が高いところにスキルの【回避】まで持ってるだけはある。
だが、それは悪手だ。
中に浮いた身体では次の攻撃は避けられないし、着地地点を狙うこともできる。
そう思い間合いを詰めたところに【マゾヒスト】の危険感知が走った。
ミツキッス。
アタシ達が部屋に入ってしまったッスから、これでパパもどこの扉からでもこの部屋に戻れるようになっているはずッス。
パパのことだから、それも込みで安全な場所で戦ってるとは思うんスけど、やっぱり心配ッスね。
次回、第五四三話 「マユコ=カタギリ」
パパより高いレベルの相手は、そうそういないとは思うンスけど…。




