第五三一話 「月夜」
ん?何か明るい気がする…。
楽しい夕食で酒もある程度入り、隣の部屋に敷かれた布団の上で枕投げなんかもした後、寝ている間に抱きつき癖のあるミツキが窓側の一番端に寝て、そこから順に私、サナ、チャチャ、サオリさんの順で川の字にはちょっと棒が多すぎるような寝方をしたのまでは覚えている。
アルコールが入っていたせいで眠りが浅かったのだろう。
月明かりで目が……いや、窓側の障子はちゃんと閉めてから寝たはずだ。
ぼんやりと目を開け、明るい方、窓側の方へと視線を向けると、そこには満月の下、窓にもたれて外を眺めているミツキの姿があった。
月に兎、いや、いつも明るいミツキにしては珍しい憂いを含んだ表情は、かぐや姫を連想させる。
「ミツキ?」
「パパ?あー、起こしちゃったみたいッスね。ごめんなさいッス。」
そういって、すまなそうな、ちょっと困ったような笑みを浮かべるミツキ。
その表情に誘われ、隣のサナを起こさないように布団から抜け出し、ミツキの横へと座る。
「どうした?寝れなかったのかい?」
「寝れなかった…いやー、寝たくなかったって感じッスかね?」
そう答えながらも私から視線を外し、月を眺めるミツキは、少しの沈黙の後、改めてこちらを向き直り口を開いた。
「パパ、ちょっとだけお話聞いて貰ってもいいッスか?」
▽▽▽▽▽
この寝間だと月明かりでまた誰かが起きてこないとも限らないので、窓の障子を閉め、夕食を取った隣の部屋へと二人で場所を移した。
せっかくの満月ということもあり、ベランダへの障子を開け、月見がてら、なぜか緊張した様子で重そうなミツキの口が開くのを待つ。
すっかり湯冷まし状態になった土瓶の中のほうじ茶を湯呑に注いてミツキに手渡し、自分の分を一口飲んだところで、ミツキがポツリポツリと話し始めた。
「…今日はサナちー、ご機嫌だったッスね。」
「そうだなぁ、いつにも増してベッタリだったような気がする。」
一緒にお風呂から部屋でのおんぶ、夕食時の席、枕投げのチーム、寝る順番まで私にベッタリだ。
「お風呂場でいってたッスよ?またお父さんと温泉に来れるなんて夢みたいって。」
「あー。」
サナが誘拐団に攫われたのはサオリさんの族長就任祝いにウシトラ温泉街に行った時。
それなら、まだ義父が生きていた頃も、なんらかのお祝いの時に家族で温泉旅行に行った。なんてこともあったのだろう。
「お風呂場でいってたパパが小さい頃、パパのお父さんと行った温泉って、どんな感じだったんスか?」
「そうだな、近場というか同じ市内の温泉で、部屋ももちろん、ここみたいに豪華では無かったけど、一泊二日の温泉旅行だったよ。
なんのお祝いや記念で行ったのかは覚えてない。というか、覚えている事も断片的で、父がいて母がいて、姉と兄貴がいて、祖母は一人で留守番で、大きなお風呂はたぶんそれが初めてで…そんなとこかな?」
月を眺めながら、その時の写真が残っていたことで僅かながら残っていた記憶をたどり、けれどもあまり思い出せず視線をミツキに戻すと、キョトンとした顔をしている。
「パパ、末っ子だったんスか?」
「そうだよ?上の姉兄は年子だったけど、私は結構、歳が離れていてね、話が合わなくて疎外感を持ったもんさ。」
へー、という顔をしているミツキ。
少し緊張は解けてきている様子だ。
「…楽しかったッスか?」
「正直おぼえていないなぁ。でもたぶん、今日みたいに楽しかったんだと思う。」
連れられる子どもから連れて行く親へと立場は変わったものの、奇妙な家族関係とはいえ、父母と子どもが揃う家族旅行というものがこんなに楽しく、こんなに温かなものだとは初めて知った。
いや、たぶんでしかないが、ようやく思い出したのだろう。
「ミツキはどうだった?今日は楽しかったかい?」
「うん、楽しかったッス。まるで夢みたいだったスよ。」
そういいながらも、どこか悲しそうに微笑むミツキ。
そして長い沈黙。
「……今日は楽しかったッスけど、アタシには今までそういう思い出っていうのが無かったッス。」
ミツキは私以上に小さい頃に父親を亡くし、その顔も覚えてもおらず、忙しい母親の元で孤独に暮らしていたはずだから、そうなのだろう。
読書が趣味だというのも、その孤独を埋めるためのものだったのかもしれない。
「でも、そういうのに憧れていた時もあったんスよ?」
サナです。
今日はお父さんと、凄いお父さんと娘って感じに過ごせたと思います。
お義父さんとの温泉旅行の事も思い出せて凄く幸せでした。
今はあたしが姉なのが不思議な感じですね。
次回、第五三二話 「月と影」
明日起きて、もしも時間に余裕があったら、今日は急ぎ足だった温泉街の方を少しゆっくり見て歩きたいな。




