第四九九話 「ムーアの港町」
ムーアの港町は元々漁業で栄えた町だ。
沖合で捕れた魚介類を干物などに加工して、ネローネ帝国領内の十二新興街、あるいは海岸線から山を越えてアサーキ共和国領まで売り歩いたりするらしい。
町の歴史は地味に十二新興街より古く、主都ホロウで人気の商品もあるため、逆に海産物やその加工品を買い付けに来る商人もいるとのことだ。
そんな漁村だったムーアは馬車で1時間ちょっとの距離でミスネルの街に着くという立地なため、迷宮で一旗まで上げるまでいかなくても、安定した収入を得られるようになったベテラン探索者たちの居住地となるのに時間はかからなかった。
最初は漁村で使わなくなった長屋を整備して貸し付けたり、海の見える一戸建てのために、と称して土地を売るもの、あるいはそれらの探索者を相手に飲食の提供をするお店などが増え、一時期は大変栄えたのだが、そこはお互い血の気の多い探索者と漁業者同士、トラブルが増えるのも早く、町が二つに分かれるほどの争いになった事もある。
そんな矢先、ミスネルの探索者街の再整備が行われ、迷宮周辺に安価な宿泊宿と中堅用の貸家が出来た事、十二新興街では時計の12時の場所に位置するネネの街で魔王誕生の可能性があるとのことから大規模な探索者の募集があった事、など、諸々の要件が重なったことにより、町から探索者は減っていき、今では町に家を買った者を除けば今はほとんどこの町で探索者を見かけることは無くなっている。
「……って話らしいッス。
アタシの場合はそんな理由で住んでいた長屋の住人が少なくなって取り壊しになるって時に、ネネでの探索者募集に母が手を挙げて引っ越したんスよ。」
そうミツキが本で読んだ知識と自分の経験とを合わせて元故郷の事を教えてくれた。
結局その後、ミツキの母親はネネで1年、東隣のウルーシの町で2年、探索者として過ごした後、戦闘中の事故で他界。
その後ミツキはウルーシの孤児院に引き取られ、更に東隣のウシトラ温泉街での社会奉仕活動の一環という名の生活費稼ぎ中に誘拐団に攫われ現在に至る。との事だ。
「苦労したんだね。」
「いや、ママは大変だったろうッスけど、アタシは全然だったッスよ?」
子どもに自分の苦労を見せないタイプの母親だったのだろうな。と思いつつ、ミツキの頭を撫でる。
辛い昔話をさせてしまったと思ったのか、サナもキュッとミツキに抱き着いている。
「いや、サナチーも大丈夫ッスよー。ママのおかげもあるッスけど、アタシこの町には楽しい思い出しかないッスから。」
そういってミツキが笑う。
うん、本当に無理しているような感じには見えない。
「でも……明るい時間に見たら、切なくなっちゃうかもしれないッス。
住んでいた長屋はもうないッスし、町もだいぶ変わってしまってると思うッスから。」
そういって今度は少し寂し気な表情をつくるミツキ。
そのうさ耳も少し前に垂れてしまっている。
「ミツキちゃん…。」
自分より背の高い年上の妹を慈しむように抱きしめるサナ。
そうして抱きしめたまま、寝かしつけるように背中をポンポンと叩いている。
「ん、サナチーありがとうッス……。
うん、えっと、アタシの事はさておいて、この町に行くメリットは2つあるッス。
一つは、さっき説明したとおり、普通探索者がくる場所ではないから、帝国の包囲網が薄いことが予想されるッス。
そしてもう一つは、十二新興街同士を結ぶ街道とは別に、ここから港町同士を結び、タツルギの街へも繋がる海岸線沿いの道路があることッス。
こっちの道は、ほぼ地元民か行商人しか使わないわりには荷馬車が行き来する関係で道もしっかりしているス。
この道は探索者は、ほぼ100%使うことはないうえにアサーキ共和国との国境もそう遠くないので帝国の包囲網を突破するならオススメッス。」
そういってブイサインを出すミツキ。
ブイサインというより2つのメリットがあると提示したいんだな。
エグザルの街でも襲ってきたように暗部は国境を関係なく襲って来そうだが、その暗部が情報部から情報を得ているのであれば、確かにミツキのいうとおりその情報網を突破するには良い案だ。
特に相手側がまだ私たちがホウマの街周辺にいると思っているうちに、馬車で2日はかかる東隣のミスネルから更に南のムーアの港町に抜けられるのメリットはデカい。
「お父さん、どうします?」
「そうだな、とりあえずムーアに出て、ショートカットを作っておこう。」
ミツキッス。
アタシ達家族が長屋の最後の住人だったんス。
その長屋が解体されていくのを眺めてた時だけが、この町で辛いと思ったことッスね。
次回、第五〇〇話 「海岸線」
いけない、いけない。
あまり暗い顔すると、また二人に心配かけちゃうッスね。




