第四九六話 「深夜(後編)」
2周年記念投稿2本目です。
今回もレン視点ではありません。
第一班が使う通称『煙』は、空気より重く、床に溜まり少しづつその部屋を満たしていく判断力を鈍らせ、睡眠を促すタイプの薬だ。
効果は比較的ゆっくりではあるが、無色無臭で相手に気づかれづらい。
これを天井裏から上手く対象に降り注ぐようにしながら部屋に充満させていくのが腕の見せ所だ。
それに対し、第二班が使う通称『息』は、空気ほぼ同じ重さの薬なので吹き入れる時の角度や方向に効きが左右される。
『煙』の充満度を見てその上に乗せる様に『息』を吹き入れ、対象の呼吸器の高さにその効果範囲を合わせていく。などという熟練した技を持つのが第二班の班長だ。
効果は高いものの『煙』に比べると若干臭いがするのと、白昼で見ると色が付いているのが難点だ。
もちろん、白昼に使うことなど、ほとんどないのだが。
今、四人用のスイートルームはこの『煙』が膝より少し上の高さに、そして寝室の方はその上に『息』が乗るような完璧な状態となっているだろう。
ここまで状態が整ってしまえば、いくら暗部が迫ってきている可能性があるとはいえ、安易に動くことはできない。
突入は予定通りの時間に第三班の班長へ任せ、同班より割いて貰った人員と第4班からの連絡員を率い、廊下側からの暗部の介入に備える。
今頃少尉も第4班を率いて屋根及び窓の下で同様の警戒態勢を取っているだろう。
彼女のことだ、本人は屋根の上に向かい、第二班へも状況報告をした後だろう。
心臓の音が、息を飲む音が聞こえるほどの緊張の後、カウント600。
つまり突入の時間が訪れた。
▽▽▽▽▽
カウント600ジャストのタイミングで第三班副隊長の鍵開けが完了し、同タイミングで扉が無音で開けられる。
班長を含む3名が音も無く滑るように部屋に侵入して行き、一瞬の向かいもなくリビングの隣の寝室へと向かう。
無造作に歩いているように見えるが、頭を『煙』の届かない高さに留めつつ、足で『煙』を拡散させないようなフォーメーションでそれぞれベッドの横に陣取ると、腰のポーチから布に染み込ませたクスリを取り出す。
このクスリは単体では人を眠らせるほどの効果を持たないが、『煙』や『息』と組み合わせると特段に効く。
現時点では暗部の介入は無い。
仮にあるとしても、眠らせた後だろう。
開いた扉から流れ出る『煙』に気を付けながら周りの気配を探る。
扉がある方の寝室では先程窓を開ける音が聞こえた。
これが聞こえた上であちらから物音がしないのであれば、マルタイは、ほぼ完全に眠っている。
軍曹の熟練の技が光ったのだろう。
こちら側の寝室でも天板が開き、第一班もいつでも侵入できる状態だ。
第三班の班長の目配せに合わせて、ゴーサインを出す。
その音に合わせて第二班も動き出すはずだ。
▽▽▽▽▽
「これは…人形?」
第三班の三人が寝ている娘達を一斉に押さえつけ、クスリの染みついた布を口に当てた瞬間、班長から出たのはそんな言葉だった。
耳を疑いながらも、換気されて『煙』が薄まっていく部屋に入り、班長の促す人形を触ってみる。
見た目だけではなく、触った感触までも人に近い精巧な人形だ。
「少佐!こちらもです。」
窓から突入した第二班が同じような人形を抱え、リビングの方へ入って来る。
「暗部の妨害か、それともマルタイの仕業か……。」
そう口に出たタイミングで、窓から少尉が入って来る。
「少佐、暗部らしい人の動きは現時点で見られません。どういたしますか?」
少尉の言葉に各班の班長の目が一斉に集まる。
「……痕跡消去は第4班に任せて撤収だ。
人形も元の位置に。
少尉、一応三課に伝令を。
俺は部屋に戻る。」
「「「「了解いたしました。」」」」
対立しているからとはいえ、個々の実力では諜報部二課は暗部には到底かなわん。
俺と暗部の末席でどっこいといったところだろう。
深追いは避けるべきだ。
今回のこれは、暗部の罠、あるいは、なんらかの示威行動か?
それともマルタイが暗部を含めて我々の目を逃れて逃走したか……。
どちらもありえん、ありえんが、実際のところはこうなった。
…まずは暗部の情報工作への対応が先だな。
正しい情報が入ってこない以上、正しい判断は出ん。
それに『金剛鬼』サビラキ・サオトメの名前が出た以上、部長にも判断を仰がざるを得ないか。
今日の所は負けだな。
誰に負けたのかは分からず仕舞いなのが業腹だが。




