第四九一話 「さかしま」
「襲われた?誰が?」
「たぶん私だと思います。」
「たぶん、ねぇ…。」
そういって紫煙をくゆらせるカレルラに今朝あった事を説明した。
今回、ロマにではなくカレルラを頼ったのは、おそらく自分たち以上に自分たちを取り巻く状況を彼女が掴んでいると思ったからだ。
朝の襲撃者の狙いがサナ、もしくはチャチャの可能性があるため、この娼館の応接室へは私一人で来ていて、ほかのみんなは淫魔法【ラブホテル】の部屋の中で待機して貰っている。
あそこなら外からは私が扉を開けない限り物理的に入ることが出来ないので一番安全だ。
「ふぅん……。」
一通り話を聞いたカレルラがそういいながら、机の上に立っている小さなガラスのストッパーを指でつまみ、カチャ、カチャと開けたり閉めたりしている。
ひねるタイプではなく、差し込むタイプの蓋、といった方がわかりやすいだろうか?
普通はつかみやすいように外側に出ている部分の方が大きいものだが、カレルラが手で弄んでいるソレは、掴むところも差し込む部分もそう大差ない大きさに見える。
開け閉めしている瓶を警戒するが、今回は前回のように薬品は入っていないようだ。
回りにいる黒服たちも今回は隠れたりしている者はいない。
「どうして私のところにぃ?」
「私の知っている限り一番の情報通で、その上、」
「その上?」
「私が無事で一番得をするのが貴女だからです。」
「そうねぇ……。」
この娼館の主治医である私とカレルラは協力関係にある。
だからこそここは頼るべきだとも思ったのだ。
「本来ならぁ、報酬を貰うところなのだけれどもぉ…」
カチャッと小瓶の蓋を閉めるカレルラ。
「今、ネローネ帝国が動いているわぁ。」
▽▽▽▽▽
「なので正確にいうと動いているのはアルサリッサ家ねぇ。」
カレルラの話を要約すると、サナと出会った時に迷宮の隠し部屋で死んでいた王子様ことネブル・アリサリッサ・ネローネの実家が事件、あるいは事故の真相を掴むため、内々に調査を始めているとのことだった。
かの事件が表沙汰になる、あるいはネローネ帝国本家に伝わると、いくら召喚魔法の名家であるアリサリッサ家だとしてもただでは済まないため、王家の諜報部や暗部が動き、情報収集をしているらしい。とのことだった。
いや、その内々の調査を掴んでいるだけでも凄いのだが、カレルラの情報には続きがあった。
アリサリッサ家と親交が厚いサラ家でも先日ちょっとした事件があった。
アリサリッサ家からの強い要望により大聖神国街の大教会へと向かうサーシャ・サラ・ネローネ殿下がその旅路の途中に襲われる。
しかも殿下を襲ったのはサラ家の騎士団というお家騒動にも繋がる大事件であった。
アリサリッサ家は現在、この2つの事件を追うために調査を行っているとのことだ。
カレルラは口には出さないが、そうとなれば、当然両方の事件に関わっている私とサナ、あるいはレインまでが調査の対象となっているのは想像に難しくない。
「要は今、アルサリッサ家はピリピリしているのよぉ。」
そういってまたカチャっと小瓶の蓋を摘むカレルラ。
そしてまたカチャッという音と共に今度は逆さまに小瓶の蓋が閉められる。
それと同時に微かにカレルラの目が横に走った。
「貴方がなぜ襲われたかは分からないけど、とばっちりが怖いのならぁ、変な動きはしない事ねぇ。探索者が牧場で一家団欒とかぁ違う意味で怪しいわぁ。」
ああ、そういう事か。
下向きにトントンと人差し指でテーブルを叩き、カレルラに合図を送る。
「そうですね。実は、もう少し休んで落ち着いたらサナの故郷に向かおうかと思っています。
昨日はその一環で牧場でリフレッシュを、と、思いまして。」
「なるほどねぇ。まぁ、向かうなら西廻りが良いと思うわぁ、東廻りだとアリサリッサ家の領地内を通ることになるしぃ、わざわざピリピリしているところに飛び込むことはないと思うわぁ。」
蓋はまだ逆さまのままか。
「そうですね、知り合いも向こうにいますし、準備を整えてから西廻りで向かおうと思っています。」
「そうねぇ、準備はきっちりしておかないと、後が大変よぉ。」
そう言い終わった後に、カチャッっという音と共に元の形に直される小瓶。
「まぁ、道中、気をつけてねぇ。」
そういって怪しくカレルラは微笑んだ。
チャチャにゃー。
ととさんは朝からお出かけだけど、今日はお家でお勉強の日なのにゃー。
チャチャもだいぶんお肉、じゃなくて動物の名前覚えたにゃよ?
次回、第四九二話 「アルサリッサ家」
次はお魚の肉、じゃなくて名前を覚えたいにゃぁ。




