第四六九話 「契りの指輪」
「変わったのは隷属の首輪くらいか。」
「え?」
「へ?」
燃え尽きたように色を失っていたチョーカー状の隷属の首輪が、そういって二人が首元を触ったとたん、風化するように崩れ落ちていった。
「え?やだ。まって。」
「あ!駄目ッス、ああっ!」
二人が首を押さえるように、あるいはかき集めるように手を動かすが、まるで線香の灰のように細かく崩れた隷属の首輪はその形を失い、指の間から抜け散っていく。
「もしかして記念に取っておきたかった?」
「…はい…。」
「はいッス…。」
悲しそうに肩を落とす二人。
ミツキにいたっては両うさ耳がへにょへにょにへたっている。
それを神父風の男は微笑ましそうに、看護師風の女性は変わったものを見るような目で眺めていた。
おそらく奴隷であったことを惜しむような事は、助手ならあまり見ることはないが、本職ならそれなりに見るくらいの頻度である喜ばしいことなのだろう。
「そろそろ着替えても?」
「ええ、結構ですよ。」
神父風の男がちらりと支配人の顔を伺ったあと、そう答えてくれた。
「思うところはあるだろうけど、とりあえず着替えてしまおう。」
まだ凹んでいる二人をそう促しながら広場を後にする。
▽▽▽▽▽
着替えが終わった後、すぐ帰してくれると思っていたが、なんでも事後処理があるとのことなので支配人の応接室に通されているのだが、その肝心の支配人がまだ部屋にこない。
「そんなに凹まなくても、首輪はもうないけど、私たちには指輪での繋がりがあるじゃないか。」
サナとミツキの二人はまだちょっと沈んだ顔をしている。
奴隷解放というのは、普通、もっとこう、文字どおり解放された気分になるものじゃないのだろうか?
「それはそうなんですけど…」
「気分的なものッスから…」
二人とも指輪をいじりながらもそう答える。
わかっていても面白くはないらしい。
このまま支配人を待っているだけなのも間が持たないので、もう渡してしまうか。
「……本当は帰ってから渡すつもりだったのだけど…。」
メニューのアイテム欄から二つのそれを取り出し、赤い方をサナに、黒い方をミツキにと手渡す。
「これは…」
「新しい首輪ッスか?」
人聞きの悪い。
「首輪じゃなくて、チョーカー。ブレスレットにもなるから好きなようにつけるといいよ。
なるべく色はもとの首輪の色に近づけたけど、これじゃ代わりにならないかい?」
こんなこともあろうとトルイリの街で素材集めをして作っておいたチョーカー。
しかも、ブレスレットにもなる、いわゆる2WAYチョーカーだ。
「あ、アタシの方、金具が兎のシルエットになってるッス!」
デザインのセンスなんて皆無の私だが、元の世界の某軽自動車のマークを参考にミツキのは兎をモチーフとしたデザインだ。
「あたしのは、月…ですね。」
「デザインに迷ったんだけど、作っているうちに、ふとサナと初めて出会って、一緒に迷宮から脱出した時、空に見上げた月を思い出してね……別の形の方が良かった?」
外したか?と思い、恐る恐る聞いてみるが、サナはそのチョーカーを抱きしめるようにして首を振った。
「いえ、覚えていてくれて嬉しいです。ご主人様。」
「もうご主人様じゃないッスよ?」
「あ、そっか、嬉しいです、お父さん。」
「気に入ってくれたなら嬉しいよ。」
ミツキを身請けした後、隷属の首輪をチョーカーの形に更新した時に、奴隷解放後に首輪がああなるのは奴隷商から聞いていたので準備しておいて良かった。
「お父さん、つけて。」
「あ!アタシもつけて欲しいッス。」
チョーカーを私に手渡し、まるでキスをねだるようなポーズで首を差し出すサナ。
そしてその隣にチョーカーを捧げ持つように手のひらに置き、サナに恰好に習うミツキ。
その細く白い首にチョーカーを回し、苦しくない程度に調整した後、金具で固定する。
固定といっても隷属の首輪のようにはめ殺しではなく、もちろん何度でも外すことが可能だ。
そのまま、うっとりとした顔をしているサナに思わずキスをした後、同じようにミツキにも付けてやる。
ポーッとした顔をしているミツキにも同じようにキスをし、
「サナ、ミツキ、これからもよろしくね。」
そう改めて二人に挨拶をした。
サナです。
死ぬことも覚悟したあの部屋から救い出してくれた時の事を。
初めて、お父さんと出会ったあの晩の事をあたしは一生忘れません。
次回、第四七○話 「賄賂」
お父さんも大事なことと覚えていてくれて……嬉しい……。




