第三十八話 「乾杯」
「まぁ、どこまで出来るかわかりませんけどね?」
サナを抱きしめながらそうロマに言い訳じみた言葉をかけると、その顔は破顔していた。
満面の笑みというやつだ。
「兄ちゃん、いや、レン、一杯つきあえ。おーい!いつもの一瓶頼む!器は3つだ!」
ロマは返事も聞かずにそうウエイトレスに大声をかけると、遠くからハーイという返事が返ってくる。
「格好つけやがって。はした金じゃないんだ、どうせ無理だ無理。
だが、上手くいくように今は祈らせてくれ。」
「こどもの前で親が格好つけずにどこでつけるんですか。」
「違いない。」
ロマが豪快に笑う。
心底楽しそうだ。
サナはもう泣き止んだ様子だが、抱きしめたまま話すのは体勢がつらいので膝の上というか脚の間に乗せなおす。
ロマのような大柄な客が多いのか椅子自体は大きなものなので特に窮屈でもない。
サナは巾着からハンカチを取り出して顔を拭いているがまだまだ目が赤い様子だ。
サナの分のコップを取り、ブダのジュースを一口飲ませる。
「美味しい…」
ついでに自分も一口飲んでみる。
ブドウジュースというよりサングリアみたいな風味だ。
あまり甘すぎなくとても飲みやすい。
「ほんとに美味しいなこれ。」
「はい。」
サナが笑顔でこちらを向き、そう言葉を返す。
「お?ブダが好きならワインの方が良かったか?だが、この清酒『鬼盛り』も美味いぞ?」
ウエイトレスが運んできた徳利と3つの木製のお猪口を受け取り、代わりに銀貨を数枚返すとロマはそういってお猪口を配り始めた。
徳利は五合くらいの大きさのいわゆる貧乏徳利といわれるやつに似ている。
っていうか清酒あるんだな。
ってことは米もあるのか。
「まずは一献。」
ロマが徳利を持ち上げ差し出してくるので、こちらもお猪口を差し出す。
うっすらと黄色みのついた透明な液体が注がれる。
うん、確かに臭いは日本酒だ。
「そら、嬢ちゃんも。」
「あ、はい。」
両手で持って差し出したサナのお猪口にも酒を注ぐとロマはさっさと自分のお猪口にも注いでしまった。
「まずはお前たちの、そして今日の俺たちの出会いに乾杯だ。」
ロマがそういってお猪口を掲げるのでそれに倣う。
「乾杯!」
そういって一気に飲み干すので、これも倣う。
おお、本当に日本酒だ。
かなりの辛口で好みの味。
「美味い酒ですね。」
「だろ?」
ロマが楽しそうに笑う。
ロマの手元の徳利を取り、空いたロマのお猪口に返杯しようとするとロマは黙ってお猪口を差し出す。
腕の中のサナのお猪口を見るとサナも全部飲み干したらしい。
何かの作法なんだろうか?
酒に弱かったら危ないのでサナのお猪口には少しだけ注ぎ足す。
「ありがとうございますお父さん。」
「嬢ちゃんも親父殿についでやれ。」
「はい!」
一度杯をテーブルに置いたサナに徳利を手渡すと半身ほど私の方に向き直り両手でお酌をしようとしてくれているので、注ぎ易いように腿の付近までお猪口を下げる。
「はい、お父さんどうぞ。」
コッコッコと徳利から上がる音がまた良く、楽しそうに酒を注いでくれるサナの表情がまた更に良い。
注ぎ終わったのを見計らってサナから徳利を受け取りテーブルの中央に置くと、ロマはうんうんと頷き次の言葉を発する。
「で、嬢ちゃんは今でも亡き父上に似ているからレンを父と呼ぶのか?」
「いいえ。」
サナが真っすぐロマを見て返す。
「お父さんはお父さんだからです。お義父さんに似ているという理由だけじゃもうありません。」
「そうか、では次にその親子の契りに乾杯だ。」
ロマは満足そうにそういうとまたお猪口を掲げると、顎をしゃくって私に合図をする。
次は私の番なのか。
「乾杯!」
また一斉に一気に飲み干す。
ほぼほぼ空きっ腹に日本酒が染みる。
いや美味い。
「ロマさんどうぞ。」
次はサナが徳利を両手で持ち、立ち上がってロマのお猪口に注ぎ、その次に私にも注いでくれた。
注ぎ終わったタイミングでロマの手が伸び、徳利をサナから受け取るとサナに返杯する。
あ、ちゃんと少なめに入れてくれてる。
「二人が親子だというのなら、我ら三人は同じく鬼族だ。鬼族の新しい仲間に乾杯としよう。嬢ちゃん。」
ロマに促されサナが頷き立ち上がる。
「乾杯!」
また一斉に一気に飲み干す。
飲み終わったサナが微妙にふらついてるように見えるので確保してまた脚の間に座らせる。
「これは鬼族の『三祝の儀』といってな、簡単に言うとこれを行った相手同士は決して裏切らない。という仲間の誓いの儀式だ。これからは何かあったら俺を頼ってもいい。こう見えても探索者ギルドではそこそこの顔だ、きっと力になれる。」
そういってロマは金色の認識票を胸元から取り出して見せる。
ホール内に鐘の音が響く。
どうやらお昼の鐘らしい。




