第三十六話 「サナのお父さん」
「あそこのカウンターのところに時計があるだろ?あれの12の位置を北だと思え。」
ロマはバーの方を指さしたかと思うと、そのまま指を自分のコップにつけ、テーブルに水で丸を描いていく。
時間の概念はこの世界でも同じなんだな。
時計はゼンマイか何かで動いているのか柱時計だ。
「この円が十二新興街を繋ぐ街道とする。
今いるのが8時の位置のエグザル、ウシトラに近いのは1時の位置のウルーシか2時の位置のトラージ。」
ロマは説明しながら大きく描いた円の上に更に小さな丸を描いていく。
「全部がというわけではないが、大抵十二新興街の間にはウシトラのような小さな町があることが多い。
その隣町への定期馬車は基本的に週に2回、朝早く出れば夕方には着くが、隣町が無い場合は野外で一泊する便になる。
なので、毎日馬車に乗っても11日ほど、余裕を考えれば倍はかかるだろう。」
元の世界との単位の違いを考えながらの自分とは違いサナは真剣に話を聞いている。
「で、この馬車に乗るのにだいたい一人銀貨5枚。
宿や飲食を考えるとこれとは別に一日当たりもう銀貨5枚はかかるだろう。
二人で仮に二十日なら馬車代で金貨1枚と大銀貨1枚分、宿代その他で金貨2枚分。
これが最低限かかると考えていい。」
今の手持ちが金貨1枚と大銀貨8枚分ちょいなのでだいぶ足りない。
ただ宿代は淫魔法【ラブホテル】使えばなんとかなりそうな気もするが。
ロマはその後、更にテーブルの上の円の中を区切るように十字に水で線を引く。
「9時の位置にあるトルイリの街から山を越え、中央の大聖神国街経由で3時の位置にあるウルキの街か12時の位置のネネの街に抜けるルートもある。
野営が何度か入るが日数的にはこちらの方が早い。
とはいえ大聖神国街は大教会のある人族のみの街なので俺ら亜人には居心地悪いし、あと掛かる費用の合計も金額的にはたいして変わらん。
野営が多い分、持ち込みの食料が増えるので節約可能なのがメリットだ。」
ロマはテーブルから指を離し、腕を組みながら話を続ける。
「もちろん馬車に乗らずに歩くという選択肢もあるが、治安が悪い区間もあるし、そんな中、野営が必須の区間もある。
この野営の道具が背負って歩くとまた地味に体力を奪うので体力に自信が無いならやめておいたほうがいい。
運搬者ならまた話は別だがな。
また野営が必要な区間、治安が悪い区間だけ馬車に乗る。という折衷案もあるが、ウシトラほど遠い町に行くなら長期戦を覚悟するか大人しく馬車に乗った方が色々安全だ。
で、予算的にはどうだ?」
「無理をすれば行けなくは無いですが余裕を持って倍くらいは欲しいところですね。」
そう正直に答える。
「うむ。幸い探索者登録をしているくらいだ、それなりに戦えるのだろう?
なら今の手持ちで装備を整え、迷宮絡みで金を貯めてから動くのが十二新興街でのセオリーだ。
それぞれの街に迷宮はあるが一箇所でガッツリ稼いでから動いたほうが効率がいいぞ?
色々と慣れが必要なこともあることだしな。」
ここまで話してのどが渇いたのかロマは自分のコップではなくジョッキを傾けるとビールっぽい匂いが香る。
自分も一息つくのに紅茶を一口、口に含んだ。
サナを見ると何かを考え込むかのように両手でコップを持って飲んでいる。
「で、だ。予算が足りないところに話す話では無いかもしれんが、嬢ちゃんの奴隷解放の話もしておこう。」
ロマがジョッキをテーブルに置き、先程のルートの話しをするときより真面目な顔でまた話し始めた。
「極論から言えば、一族の村に戻り族長に頼めば、族長の儀式魔法で奴隷解放は可能だ。
そのまた逆の奴隷落ちもな。
ただ、兄ちゃんは奴隷じゃない嬢ちゃんを一族の元に返したい。
そう考えてるってことでいいか?」
その通りなので黙ってうなずく。
「そうか、それなら少し奴隷の話しもしておこう。嬢ちゃんにとっては辛い話しに聞こえるかも知れんが、この先必要な事だから我慢してくれ。」
サナも黙ってうなずく。
「奴隷は大まかに2種類に分けられる。金が払えなくて奴隷落ちする経済奴隷と悪いことをしてその罰として落ちる犯罪奴隷だ。」
ロマはそういって両手で1本ずつ指を立てる。
「どちらも刑期は基本的に3年刻みで隷属の魔法をかけられる。
期間内に定められた労力を満たされなければ期間が延長されることもあるが、一生奴隷ということは逆にほぼ無い。
奴隷の主には奴隷を養う義務があるからだ。
年をとって働けない奴隷を養っていても逆に高くつくだろう?だから犯罪奴隷を抜かせば経済奴隷はよほどじゃない限り15年を超えることは少なく、有能であればそこからそのまま普通に雇用されることも少なくない。」
意外としっかりとした制度なんだな。
「成人未満の奴隷は違法行為となるが、逆にいうと成人後の若い奴隷の方が人気が高く当然値段も高い。
あとは何かしら技術を持っている奴もだな。
嬢ちゃんの前では言いづらいが若い奴隷だと男女ともに性行為も前提とした隷属が課せられるのがほとんどだ。その方が高く売れるからな。」
バツが悪いのかロマはまたジョッキを傾ける。
「一度本職に見てもらった方がいいが嬢ちゃんの場合だと年齢的におそらく性行為込みの6年か9年ってとこだろう。で、ここからが本題だ。」
サナは身を縮めるようにしているので、そっと座っている席ごと抱き寄せる。
「経済奴隷を解放するのには基本的にその奴隷が最初に売られた金額分が必要となる。
正確にはその金額を刑期で割って残りの刑期分の残金だな。
嬢ちゃんがいくらで買われてどれだけ刑期が残っているかは知らんし聞かないが、今開放しようとすると相当の金額だろう。
だからな兄ちゃん。」
ロマが真っ直ぐに私の目を見る。
「その気持ちだけで十分なんだよ。
嬢ちゃんの所の族長に頼れ。
同じ鬼族としてその気持ちはありがたい。
俺も短いとはいえ奴隷上がりだから尚更だ。
だがな、同じ鬼族ならまだしも人族の兄ちゃんがそこまですることはない。」
「それでも…」
震えているサナの両手を握りしめる。
「それでも出来る範囲でなんとかしてやりたいです。」
心はもう既に決まっている。
たった1日過ごしただけなのに。
「ほら、私、サナのお父さんですから。」