第二八○話 「父と義父と実父」
「懐かしい…。」
「また顔が見れるなんて…。」
特性【ビジュアライズ】で大きく写した、サナの義父でありサオリさんの旦那さんだった鬼族の男の顔を見て、二人が感極まったようにそう呟く。
写真が無い世界なら死に別れはそれこそ2度と顔を見ることのできない永遠の別れだ。
思い出からもいつか面影が消えてしまうかもしれない本当の別れ。
顔だけとはいえ、そんな故人との不意の再会は二人の心を揺らすのに十分だったようで、二人ともうっすらと涙を浮かべている。
「ホントにパパに雰囲気似てるッスね。」
横から覗き込んだミツキもそう感想を漏らした。
贔屓目じゃなくて、やっぱり少し私はサナの義父に似ているらしい。
故人にとはいえ、サナとサオリを一瞬取られた、いや、取り返されたような寂しさを感じとったのか、ミツキは私に腕を組むように引っ付いてくれている。
ミツキはこういう疎外感に対して敏感だ。
たぶんそういう思いを自分がして来たからだろう。
『大丈夫だよ、ミツキ。ありがとう。』
念話でそう感謝を告げ、ミツキの頭を撫でる。
幸せそうに頭を撫でられているミツキが
『アタシが「そう」なように、パパだってもう独りじゃないッスよ?』
という念話とともに優しげに微笑む。
こういう所はミツキとは私は似たもの父娘なのかもしれないな。
サナとサオリが懐かしそうに昔話をしながら見ている画像を切り替えるのは忍びなかったので、特性【ビジュアライズ】でもう一枚、別に映像を出す。
こっちはサナの実父である勇者のものだ。
「若っ!パパと同じくらいの歳ッスかね?
あ、でも、サナちーは、ママさんよりこっち似かもッス。」
「この顔はたぶん当時の顔なんだと思うよ?」
とはいえ、勇者は現在33歳なので中身おっさんの自分から見れば十分若い。
それはさておき、父とかパパとかいう単語をコイツに使わないのもミツキなりの心遣いなんだろう。
サオリさんは肩を強張らしてこちらの画像を見ようともせず、サナも一瞥して「そうかなぁ。」と、言ったきり、また義父の映像の方に戻っていった。
少なくても鬼族的には本気で種の元には興味が無い様子だ。
血ではなく気持ちだけで繋がる親子関係というのも、それはそれで尊いものなのかも知れない。
いや、だからこそサナも私を「お父さん」と純粋に慕ってくれるのだろう。
たとえ血がつながらなくても、サナの中で私はちゃんと「お父さん」なのだということを確認出来たことに、なにか心の奥深くの自分でも自覚がないような暗い部分が救われたような気がする。
「読めないッスけど、数的にここがレベルっぽいッスから、これが方向と、こっちは数字だからたぶん距離ッスね?
つまりパパが魔法の効果でアタシ達の居場所が分かるように、アタシ達と身体を交わした相手の居場所もパパは分かるってことッスか?」
ミツキが勇者の下の表記を読みながら質問してくる。
流石ミツキ、賢い。
「ストーカーみたいでイメージ悪いけど、大体そういうことだよ。」
「これは浮気出来ないッスねーもちろんする気ないッスけど。」
そういって改めてギューッとミツキが腕に抱きついてくる。
「それは分かりましたけど、これをどう使うんですか?勇者殿の居場所が知れても…」
「あ、わたし分かった!」
頑なにこちら側を見ようとしないサオリさんの横で、サナが思いついたように両手の平を胸の前でポンと合わせた。
「この街であたし達と一緒に売られた3人目の娘にこの魔法を使えば、人さらい達の顔や場所が今からでも分かるんですね?」
人差し指を立てたサナがちょっとドヤ顔でそう問いかけてくる。
「そういうことだね。」
「3人目をどうやって見つけるか?という問題はありますけど、良い考えだと思います。」
説明が済んだので勇者の映像を消すと、ようやくサオリさんもそう言ってこちらを向いてくれた。
「えーっ…」
二人はさも良いアイディアだというような明るい顔だが、ミツキの顔はそれに対して嫌そうな顔をしている。
サナの言う「3人目の娘に使う魔法」は、ミツキの言う「身体を交わした相手」にかけるものだからだろう。
兎人族の倫理観は人族に近いので、ミツキ的にはやっぱり抵抗がある様子だ。
と、いうか、正直自分も抵抗がある。
「ミツキちゃんは何か嫌なことがあるの?」
キョトンとした顔で、ミツキに問いかけてくるサナ。
身体を交わすということに気づいていないのではなく、それが何か?みたいな感じだ。
「うー。サナちーはもちろん、ママさんならしょうがないッスけど、出来ればパパには他の女の人抱いて欲しく無いッス。」
「どうして?」
今度はサオリさんが小首を傾げながら聞いてくる。
母権制の姉家督である女系亜人族の女性にとって、身体を重ねるのは基本的に種を貰うだけの行為、もしくは自分発情期を治めるための行為という意識の方が強いらしい。
もちろん、心が通じてるのに越したことはないのだろうが、誰とだけ、とかそういう意識は希薄な様子だ。
「うー、独占欲ッス!アタシ達だけのパパでいて欲しいッス!」
うさ耳を真っ赤にしてミツキはそういうが、二人はまだピンと来てないようだ。
ミツキッス。
もー、恥ずかしいッス!
っていうか、アタシがこんなに嫉妬深いなんて初めて気づいたッス。
いや、これが普通ッスよね?
次回、第二八一話 「説得」
パパがこっち寄りっぽいのだけが救いッスね…。




