第二四七話 「寝酒」
安全欲求の上が、社会的欲求。
所属と愛の欲求と言い換えてもいい。
孤独を避け、共同体の一員になりたいと思う欲求。
愛情を得たいという欲求。
その最小構成が『家族』だと私は思っている。
ああ、だからか。
今、私はサナたち三人のおかげで人の心というのを取り戻しつつあるんだ。
家族というものに、やっと正面から向き合えるようになって来ているんだ。
朝のサオリさんの告白に答えたときのように、心の方は、それを分かっていたのに、頭の方はまだ過去に怯えていた。
それが、このダウナーな、いや不安定な精神状態を招いたのか。
まぁ、今日一日、肉欲に溺れすぎたという反省も確かにあるのだが、そう考えると、しっくりくる。
起こさないようにサナの頭を枕に載せ替え、身体を起こして軽く伸びる。
ベッドの横の時計を見ると、もう日は回っていた。
結構な時間、考え込んでいたようだ。
隣のベッドでは、クークーとミツキがこちらを向いて寝息を立てている。
ベッドから出て、幸せそうな顔をしているミツキの頭を軽く撫で、ラブホテルの部屋に備え付けの冷蔵庫の方へと向かった。
寝酒にビールでも飲もうと、しゃがみこんで冷蔵庫の中身をあさっていると、背後に気配がする。
「眠れないのですか?」
声をかけてきたのはサオリさんだった。
レーダーを切ってたので近くに来るまで気づかなかった。
下から見上げる格好になっているが、バスローブ一枚という姿のサオリさんは、相変わらず色っぽい。
「あはは、ちょっと考え事を。…サオリさんも飲みますか?」
「これは?」
「私の元いた世界のお酒ですよ。」
「あ、冷たい。それじゃ、お付き合いしますね。」
そういやサナとビールを飲んだことはあっても、サオリさんとはまだだったな。
空酒というのも味気ないが、冷蔵庫で売っている柿ピーという気分でもないので、サオリさんに渡したビールをもう1本冷蔵庫から引っ張り出し、二人でカウンター席へと並んだ。
このバーカウンターのついた部屋を使うのもすっかり定番化しつつある。
水道とシンクがあるのでご飯の準備をするときに楽らしいのだ。
プルタブをどう開けたらいいのか、ビールの缶を縦に横にしながら悩んでるサオリさんに、自分の持っているビールを開けて渡し、代わりにサオリさんの持っている缶を受け取る。
慎重にプルタブを泡を啜りながら開ける。
「泡が出るお酒なんですね。」
「エールの仲間なんですよ。」
そういって缶を掲げ、サオリさんと乾杯し、喉を鳴らしてビールを飲む。
サオリさんもそれに習うようにして飲み、ほぼ揃ってプハーと息を吐いた。
「あら、飲みやすい…。」
「まだ本数ありますから、好きなだけ飲んでもいいですよ?」
2ベッドルームという、通常より多人数が使う部屋のせいか、冷蔵庫に入っているお酒も普通のラブホテルの部屋より多い。
二人で寝酒に飲む程度なら十分な量だ。
「そうですか?それじゃいただいちゃいます。」
そういってサオリさんは缶を傾ける。
サオリさん、お酒弱いわりに好きだよな。
三人の中では意外とサナが一番お酒に強い。
とはいえ、ミツキはいつも加減して飲んでいる感じがするので、実は一番強いかもしれない。
サオリさんは弱いというか、すぐ赤くなるタイプだな。
▽▽▽▽▽
近い。
赤い顔をしたサオリさんが座っているカウンターチェアを近づけ、肩を寄せるように私に寄りかかっている。
足元の方は既にサオリさんの白くて柔らかい太ももが私の開いた太ももの外側に貼り付いており、お互いバスローブ姿なので、生足同士がくっついている面積が大きく、軽く汗ばんでいた。
「こんな風に触れたいと思うことも、その「安全欲求」?なんですか?」
トロンとした目をしたサオリさんが、私の太ももに手を置いてくる。
「触れていることで心が安らぐ、安心するというならそうだと思います。
甘えられる相手というのは自分を護ってくれる相手でしょうから。」
「そうですか?わたしは人の温もりを感じたいと思うのは愛情表現だと思うので、その上の社会的欲求?だと思いますが。」
「なるほど。行動が同じでも心のあり方で段階が変わるというのはありそうですね。
ムラムラして触れるなら生理的欲求ですし。」
なんとなく、そっと太ももにおかれたサオリさんの手のひらに自分の手のひらを重ねた。
レンです。
ちなみに社会的欲求の上が、承認の欲求。
「俺スゲー!」と思いたい&思われたい。
雑に言えば、自信を持ちたい。
その上が、自己実現の欲求。
同じく雑に言えば、こうなりたい。
らしいです。
次回、第二四八話 「お仕置き」
相変わらずサオリさんは酔うと距離が近い!




