第二○七話 「口車」
「ちなみに奴隷から解放させた場合、それの証明書みたいな物は発行されたりしないものなのかい?」
「少なくてもアタシは聞いたことないッス。奴隷じゃないって証明は『隷属の首輪』とか『隷属帯』を付けてなければ分かることッスから。
たしか魔法の刻印で奴隷として縛る時でも、解放された時には消えるはずッス。」
「入れ墨型や焼印型の刻印は奴隷の価値が下がるというので、少なくてもこの周辺では大分昔に廃止されてるというのは聞いたことありますね。
その場合だと必要に応じて発行して貰えるかもしれません。」
ミツキの説明にサオリさんが補足してくれた。
ふーむ。
結局、聞き込みをするなら今のままの方が話は早そうだな。
「どの道、歓楽街の奴隷商のところから足取りを追うのなら、サオリさんが落ち着いてからだね。
今の状態だと角族の男ホイホイになっちゃうだろうし。」
ちなみに角族とは頭の角に特徴がある亜人の総称だと、この間、耳かきをしているときにミツキに教えて貰った。
前にロマさんから発情期の亜人族女性を無闇に男の前に連れ出すと危ないと言われてたし、しばらく人気の多いところにサオリさんを連れ出すのは自重した方が良いだろう。
「そうですね。」
サオリさんが頬に手をあて少し小首を傾げるいつものポーズで同意している。
自分の身の安全というより、マナー的な意味で同意しているような雰囲気だ。
「それじゃ、とりあえずサオリさんが落ち着くまでは旅費と調査経費を稼ぐことを優先して、サナとミツキの奴隷解放は延期。ってことでいいですか?」
「わかりました。」
「はい!」
「オッケーッス!」
サナとミツキの顔が晴れやかだ。
奴隷から開放されたくないミツキの口車に乗せられたような気がしないでもないが、サオリさんさえ納得してるのなら今更急いで解放することもないだろう。
「で、今日も迷宮入るッスか?」
「えー、今日はお父さんのお帰りなさい会したい。」
なんだその、お帰りなさい会って。
いや、言いたいことは分かるけど。
「そうですね。わたしもそれが良いと思います。」
にっこり笑ったサオリさんもサナに同意している。
「サナもミツキちゃんも、今日はレン君にゆっくり甘えたいんですよね?」
「うん!」
「そうッス!」
「だそうですよ。」
優しげな笑顔でこちらの返事を待っているサオリさんと娘二人。
「わかったわかった。今日は一日お休みにしよう。」
どうせサオリさんの発情期が終わるまでは行動が制限されるのだから、一日くらい休んでも構わないだろう。
「「やったー!」」
サナとミツキがハイタッチしながら喜んでいる。
▽▽▽▽▽
「サナったらそんな格好で…。」
「えへへー、お父さんのお膝久しぶりー。」
「パパ、あれ出して欲しいッス。あの服選べるやつ。」
ラブホテルのベッドの真ん中に胡座をかいて座っている私のその右膝、というか右股関節の上にサナの頭が、左股関節の上にミツキの頭が乗っており、こちらを見上げるような格好で二人が仰向けで寝ながら手を伸ばしている。
ちなみにサオリさんはベッドの向かいにあるソファーに座ってお茶を飲んでる。
さっきサナに電気ポットとティーバッグの使い方を教わってたので、それを実践してみたそうだ。
「はい。あんまり使いすぎないようにね。」
淫魔法【コスチュームプレイ】の選択画面を特性【ビジュアライズ】でタブレットのように胡座の前に表示すると、二人は仰向けからそちらを見るように寝返りをうった。
位置的には丁度サオリさんの正面にタブレット状の選択画面があり、それを横になった二人が覗き込んでいるような状態だ。
ツイツイと慣れたような手付きで画面を変えながら二人は表示される衣装に、あーでもないこーでもないと会話を弾ませている。
ちなみに私の両手は二人の頭を角やうさ耳ごと撫で続けている。
こういっちゃなんだが、凄く落ち着く。
「えい!」
サナが衣装を選んだことによって点滅している光を正面にいるサオリさんに向かって飛ばす。
「え?」
サオリさんが驚いた時にはもうその姿は白衣に緋袴の巫女さんルックになっていた。
上に羽織る千早 (だっけな?)がないので、神秘的というよりコスプレ感が強い。
いや、元々そういう魔法というのもあるが、サオリさんの豊かな胸がそう見せてるのかもしれない。
白衣の前合わせ内に収まらず、大変けしからんことになっている。
「巫女装束?」
サオリさんが両手を広げながら今自分が着ている服を確認している。
「似合うというよりセクシーッスね。」
ナイス代弁。
サナはいたずらのつもりだったのだと思うが、そういえば…
「サオリさんは前に『僧兵』という職業だと言ってましたけど、もしかして『巫女』という職業もあったりするんですか?」
サナでーす。
ごろごろしてまーす。
次回、第二○八話 「素質」
巫女装束は冗談だったのに、なんかお父さんが食いついちゃった。




