第一二七話 「完敗」
「迷宮の生贄である娼館は地獄よぉ。入らないで済むに越したことはないわぁ。
でも私は地獄の番人。
ここに堕ちた娘たちに、かすかな希望と夢を見せながら生かし続け、そして生きたまま年期を空けさせるのが仕事よぉ。
でも、働いて働いて、そして身請けされる夢ならともかく、地獄手前で無傷で助けられるなんて、店の娘たちには眩しすぎる夢、毒なのよぉ。
『どうしてあの娘はそうなのに、私はそうじゃないんだろう』という毒。
それは地獄の住民が死に至るに十分な毒よぉ。
働いて良い人を見つければ抜けられる。それくらいの夢が現実を忘れるにはちょうどいいのよぉ。」
そういってカレルラはキセルで紫煙をくゆらせる。
「最初からこのつもりだったんですか?」
「金持ちのボンボンでも大抵は最初に吹っかけた段階で折れるんだけどねぇ。
足抜けが出来るからと言って誰にでも娼館の娘を渡すわけにはいかないわぁ。
貴方は熱意もあるし、金を稼ぐ能力もある、なにより連れの奴隷の顔を見れば普段どんな扱いをしているのかわかるわぁ。」
「今まではテストだったと?」
「娼館のスジを通させて貰った。結局はそれだけよぉ。悪く思って構わないわぁ。でも、」
カレルラはキセルを指先でツイと立てると
「私だって好きで地獄に落ちたわけでも、その番人をしてるわけじゃないのよぉ?
娼館の娘たちには、最後まで生き残って『いつか』幸せになって欲しいと思っているわぁ。
もちろん、その中には娼館の敷居を跨いだミツキも含まれていた。それだけの事よぉ。」
完全に手のひらの上で踊らされていたな。
「性病の治療ができて、それが予算内で収まるのなら、最後まで生き残れる娘が増える。
『貴方が現れなかったミツキ達』の為にも、診察と治療をお願いねぇ。」
それを言われると断れない。
素直に両手を上げる。
「完敗です。確かに承りました。」
先程カレルラが言っていた『この数日で儲かった金貨5枚』と、私がミツキを貸し切った2日分の金貨がその治療費に充てられるのだろう。
最初からの考えではなかったであろうが、手際の良さに勝てる気がしない。
今後は敵に回さないように気をつけよう。
▽▽▽▽▽
「そういえばロマさん、私に頼み事ってなんですか?」
ロマが金貨を貸してくれた時の言葉を応接室を出た時に思い出した。
「そうだな、長い話ではないんだが、立ち話で話せるような内容でもない。…今晩9時に探索者ギルドのバーカウンターまで来れるか?」
時計は近くにないが、感覚的に今は大体午後5~6時といったところだろう。
「大丈夫だと思います。」
「今日は娘についていてやりたいところだろうにスマンな。手短に済ますから時間を空けといてくれ。」
「わかりました。」
階段の前でロマと別れ、ミツキの部屋へ向かうと姦しい話し声が聞こえる。
部屋に誰か来てるのかな?と、そっと覗くと、ミサラを始めとした娼婦たちが数人部屋にいて、ミツキやサナと話をしている。
娼婦たちはどれも診断で中期以上の性病として診断して治療した娘たちだ。
とりあえずノックする。
「パパ、おかえりッス!」
すっかりミツキの顔つきが明るくなっている。
「お姉さん方が、お見舞いに来てくれたんです。あと、お父さんにも改めてお礼をと。」
「せんせえ~お世話になりました~。」
「ありがとうな先生!お礼に一晩…は、駄目だったか。」
「センセのおかげで身体が楽になりました。」
などなど、口々に感謝の言葉を述べながら近づいてくる娼婦たち。
「いえ、えー、仕事ですから、お気になさらず。」
近い近い近い。
「あとお姉さん方に『色々』教えて貰いました。」
そういって私の右サイドにピトッとひっついてくるサナ。
左側にはいつの間にかミツキがひっついて来ており、それを見て娼婦たちはクスクスと笑いながら下がっていった。
その『色々』が気になるところだな。
「そういえばミツキ、ようやく身請けの代金が払い終わったから、今日から自由だよ。」
「本当ッスか?!」
「それは~それは~おめでとうございます~。」
ミサラを始め娼婦たちも意外と素直に祝福してくれている。
「ここにいるお姉さん方も今年か長くてもここ2年の内に年期が空けるそうなんです。」
サナが補足説明してくれた。
そのタイミングで性病が治癒したのであれば、カレルラの言う通り希望が持てるのだろう。
みんなの明るい表情を見ながら、そんな事を考えていた。
ミツキッス!
お姉さん方と話している間に、だいぶ気が晴れたッス。
ベテランばっかりなので、やっぱり話し上手ッスね。
あと、ミサラさんに引き続き『色々』教えて貰えても貰って感謝感謝ッス。
次回、第一二八話 「お揃い」
身請けの場合だと奴隷から開放もされたりするんスかね?




