第一○一話 「もしも」
「それにしても、このケーキ美味しいッスね。」
「前に食べたやつも美味しかったよ?」
「え?他にも種類あるッスか?」
チーズケーキはともかく、エクレアの方は今まで食べたことのない食感だったのか、ミツキがそう感想を漏らした。
「良かったら食べてみる?」
「食べてみたいッス!」
ミツキが食い気味に答える。
いままで出した事のある苺のショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、シュークリームを全部出す。
せっかく淫魔の身体になっているので大盤振る舞いだ。
皿が足りないので、とりあえずテーブルにティッシュを敷いて、その上に置いておき、種族特性【トランスセクシュアル】で元の姿に戻る。
淫魔の身体は男の身体と部位のバランスが違うので、微妙にくつろげないのだ。
サナがミツキに前に食べた時の感想を伝えながら二人してきゃいきゃいと次に食べるケーキを選んでいる。
サナがセーラー服、ミツキがブレザー姿のままなので、放課後のケーキ屋の光景のような雰囲気がある。
楽しそうだな。
「お父さんはどれにします?」
「私の分はいいよ。二人で好きなだけ食べて。」
スーツに白衣もネクタイが煩わしいので鬼族の種族衣装である作務衣風の服に着替えなおした。
なんだかんだで、この格好が一番楽だ。
「パパさん、一応聞いておきたいんスけど、今回アタシかなりヤバい事を聞いたじゃないッスか。これを、たとえば奴隷の『命令』として話せ。って言われたらどうなるんスか?」
『淫魔の契り』による強制力と奴隷の命令の強制力の優先度が気になるのだろう。
それらの板挟みになって最悪精神崩壊みたいな状況は当然私だって避けたい。
「そこは私も心配しててね。今は、私かサナと一緒の時以外、連れて行った先での記憶を思い出せない。という強制力をかけてあるよ。
だから、元の部屋に戻った時には一時的にここでの出来事を覚えてないので、命令で聞かれたとしても覚えてない。覚えてないから知らないし話せない。
そもそもこの部屋に来た事すら忘れているはず。
これは実際に試してみないとわからないけどね。」
「あー、それなら大丈夫ッスかねぇ。」
ミツキは微妙に心配そうだ。
「それって、あたしにもかかってるんですか?」
「いや、サナはいつも近くで護るつもりだから、そういうのは一切かけてないよ。」
即時性でいえば、奴隷として命令かけた方が速いしな。
「えへへー。嬉しいです。」
なんかサナがご機嫌だ。
「………サナちーだけ、ズルいッス。」
「いや、しょうがないだろう。ミツキといつも一緒だとミツキの身請け金稼ぎに行けないし。」
「いや、そうじゃないッス。」
珍しくミツキが暗い顔をしている。
「もしも貴族が買った亜人がサナちーじゃなくて、アタシでもパパさんはそうやって護ってくれたッスかね?」
あの時の生き残りがミツキだった場合の世界線か。
「アタシの父と母は探索者で、父はアタシが3歳の時に亡くなったので顔も覚えてないッス。
母は女手一人でアタシを育ててくれたッスけど、忙しくて家にいることはほとんど無かったッス。
本が友達で、母親がたまに、ほんのたまに教えてくれる剣術が数少ない母娘のふれあいみたいな感じだったッス。
だから今のサナちーみたいに、誰かに護られているって経験というか実感がないッス。
母が迷宮で亡くなって、孤児院に入ってからも居場所は無かったッス。
成人寸前なのと茶兎族だったので浮いてたんス。
だから、いいなぁって、羨ましいなぁって思っちゃったッス。」
「ミツキちゃん…。」
「さっきのレインさん、顔は違うし歳も違うけど、声や身体つきがちょっと母親に似てたッス。だから…」
「サナみたいに、お父さんじゃなくてお母さんとして懐いてくれたかもしれない。と?」
「……そうしたら、今のサナちーとアタシの立場逆だったのかな。って…ごめんなさいッス。アタシ嫌な子ッス。こんな人を妬むようなことしちゃ駄目ッス。
でも…でも…。」
ミツキの両目からポロポロと涙がこぼれている。
「アタシにも居場所が欲しいッス。アタシにはもうサナちーのように帰る故郷すらないッス…。」
「ミツキちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい。」
幸せそうな人を見ているだけで辛くなる人はいるものだ。
それが『もしも』の話であれ、自分がそうなった可能性があるのであればなおさら。
計らずして見せびらかしてしまった幸せがミツキの闇を開いてしまったことに気づいたのか、サナはミツキに縋るように抱き着いて謝ってる。
「サナちーのせいじゃないッスよぉ…アタシの性格が悪いせいッス。ホントはサナちー良かったねって思わなきゃならないのに…アタシ…アタシ、ホントに残念兎だ…。」
「そんな事ない!そんな事ないよぉ…。」
二人抱き合ってポロポロと泣いている。
サナじゃなくてミツキと親子二人だった異世界生活か。
その場合、自分はどうしていただろうか?
『もし』『たられば』の世界だけども、理由は違えどサナの時と同じようにミツキを奴隷から解放しようと考えただろう。
奴隷商の下でサナを見つけ、同じように身請けしようとして、そして…
「居場所がないなら、故郷がないなら、新しく見つければいい。」
「パパさん?」
「お父さん?」
「二人ともおいで。
これからは私の腕の中が二人の居場所だ。
サナ、これからはお姉さんなんだから、妹の面倒をちゃんと見てやってね。」
「お父さん!」
「へ?えっ!?いいんスか?アタシ…アタシ絶対迷惑かけるッスよ?」
「娘の面倒みるのは迷惑のうちに入らないよ。」
「パパさぁん…。」
「お父さん。」
涙でボロボロの顔をして二人が抱き着いてくる。
「たとえサナとミツキが逆の立場だったとしても、ここで二人とも私の娘になる。それでは駄目かい?」
たとえ別の世界線を通ったとしても、サナとミツキの両方を護りたい。
サナが、かりそめの親子として私を癒してくれたように、ミツキを癒したい。
そう思ってしまった気持に嘘はつけない。
二人とも駄目じゃないと言いたいが声にならないようで、胸に涙を擦り付けるように左右に首を振っている。
二人の涙が止まるまで、もうしばらくこうして抱きしめていよう。
ここが居場所だと示すように。
護られていると二人が実感できるように。
ミツキッス…。
その、お恥ずかしいところを見せたッス。
でも、こうやってギュってされるのって思ったより安心するッスね。
あとわざとじゃないのは分かってるッスけど、うさ耳元で囁かれるのヤバいッス。
次回、第一○二話 「パパ」
ひゃー照れるッスー。




