第二話:Hello, Fragments world !
とまあ俺の身に起こったことの説明はお終いだ。
デザイアに胸を貫かれて気絶した後、俺はここにいた。
あれだけの痛みはとうに消え、その傷痕が塞がっているのを見て一時は夢だったのかと思ったがそうではないらしかった。
ここがどこだかは見当がつかないと思っていたのだが、何となく既視感というか俺はここを見たことがある。
―かもしれないといった程度の感覚ではあるが。
「うーむ・・・・・・」
どこまで行っても石の壁。
どう進んでも暗がりの道。
人どころか生き物すら全くいない。
その雰囲気に若干の恐ろしさを感じつつも俺は歩を進める。
そして俺は歩きながら考える。
創造の世界が現実を侵食する。
デザイアの出現によって、俺の現実は見事なまでに打ち砕かれた。
まるでSF映画のような出来事にただ俺たちは逃げることしかできなかった。
更にあの鎧の騎士のことも気にはなるが、今注目すべきはデザイアが使った星術《反転置換》だろう。
【フラグメンツ】には術と呼ばれるものがある。
システム的には少し異なるが、一般的なゲームで言う魔法と呼ばれるようなものだ。
しかし、デザイアが作中で使用してくる術に《反転置換》というものはなかったはずだ。
そしてあのデザイアの言葉。
『―タダ直接魂ニ触レテイルダケダ』
効果は分からないがおそらく攻撃範囲が狭く、なおかつ単体に対してしか効果のない術なのは間違いないとは思う。
【フラグメンツ】はやり込んだ、と思っていたのだがその自信は瞬く間に崩壊してしまった。
「―そうだ、【フラグメンツ】だ!!」
俺は弾かれたように懐からあのノートを取り出した。
そしてかろうじて天井から差し込む光を頼りにノートをめくる。
きっと俺の推測が正しければ―!!
「は、はは。マジかよ」
既視感ってそりゃそうだ。
見たことがあるのは当たり前だ。
あれだけ毎日プレイしてきたのだ。
ここはエル=フラウグ遺跡第二階層。
―つまりはここが【フラグメンツ】の世界だということを示している。
来たのだ、【フラグメンツ】の世界に。
憧れていた世界に来れたという高揚感があるとともに、俺には一つの不安が過っていた。
「でも、だとしたら不味いなこれ・・・・・・」
エル=フラウグ遺跡 。
またの名を始まりの遺跡と呼ばれるここは多くの冒険者が足を踏み入れたダンジョンだ。
出てくるエネミーがほぼ最弱クラスということもあり、駆け出し冒険者たちが集う場になっている。
というのがゲーム内の村人と攻略本から導き出されたこの遺跡の評価だった。
しかし、始まりと言えどもここはダンジョンであり人間の命を奪わんとするエネミーの巣窟であるのには違いない。
そんな中で、どうしてエネミーの中でも最下級のゴブリンを見て逃げ出しているような一般人が他のエネミーを相手にできようか。
特別な能力を持っている訳でも、伝説級の武具を装備している訳でもない。
ただの学生服と持ち物はノートのみ。
うん、考えろ。
とりあえず考えろ俺。
◇
頭を冷やした俺はとりあえず遺跡からの脱出を目標に掲げ、適当に開けた場所まで歩き、エネミーがいないのを何度も確認するとどかりと座り込む。
「さてと・・・・・・」
まず俺はノートを元に現在の位置を確認する。
なるべくエネミーとは出会わないように慎重に進んでいるので第一階層へと続く階段までは距離があるが、このマップを見ながらその時の状況に応じて進めば問題ない。
この瞬間だけは【フラグメンツ】がシンボルエンカウント制のゲームだったこととエネミーシンボルの出現位置を全て記していた自分に心の底から感謝すべきだろう。
ただ注意しなければならないのは、ここから先の道が《確率路》と呼ばれるルートであること。
《確率路》はその名のとおり確率によって左右されるルート。
言ってしまえばランダムにエネミーが出現するルートなのである。
つまり問題なのは運悪くエネミーと遭遇してしまう可能性を捨てきれないということ。
もし仮にエネミーと鉢合わせしても戦う手段もなく、かといって奥の階層に逃げるというのも悪手でしかない。
本当にこれは賭けだ。
自分の運に身を委ねるしかあるまい、と心を奮い立たせて俺は道を進むことにした。
目視ではエネミーの姿はなく、何度も確認した後で慎重に歩き始める。
(頼むから出ないでくれよ・・・・・・)
吐き出したくなるような感情を、恐怖を無理矢理押さえつけ、俺は祈りながらただひたすらに足を動かした。
「―きゃあああッ!!」
恐怖に潰れそうな心持ちの中で聞こえた悲鳴。
そして、それと同時に重そうに足を引きずる音が後方から聞こえきた。
ああ、不味いんじゃないかフラグその二だぞこれ。
目の前の曲がり角の先から聞こえた叫び声。
そのうえ、恐らく今の声を聞いて集まってきたであろうエネミー。
ー 「 完 全 」 に 退路が絶たれたねこれ。
うん、やばい。
絶対に死ねるこれ。
この状況で俺に残された選択肢は二つ。
①引き返して一人でエネミーと戦う。
②前に進んで声の主と合流する。
「―そりゃあ二つ目選ぶわなぁああああ!!!」
一人で相手するとか何考えちゃってんの俺!?
好きなゲームの世界の中に入れて舞い上がってんの!?
あまりにも調子に乗りすぎだぞそれ!!
そんなことを考えつつ、曲がり角を曲がった先には再び開けた場所があるはずだと原作知識を頼りに突っ込んだ。
―瞬間、何かに勢いよく激突した。
「いったぁ、いたたたたたぁ・・・・・・」
反動で尻餅をつきながらもふらふらと立ち上がる。
「ぐるぎゃあああがあ!!」
ああ~、目の前にいらっしゃるのは完全に怒り狂ってるゴブリンさんじゃありませんかぁ!
そのゴブリンは持っていた切れ味の悪そうな剣を振り回しこちらに迫ってくる。
俺は逃げようと振り向くがその先にもゴブリン。
もう前にも後ろにも進めない。
ああ、もうし―
「光術《光刃》!!」
諦めかけたその瞬間、眩い光が俺の目に入り込んでくる。
それに気づいた瞬間には、既にゴブリンの腹部を光の刃が貫いていた。
「う、ぐげ・・・・・・ばぁ」
口元から体と同じ色の緑の血液を垂れ流しゴブリンは絶命する。
生命の失われた躯が沈み、その巨体の影から現れたのは、―少女だった。
彼女は俺を一瞥すると、そのまま俺の脇を駆け抜けてもう一体のゴブリンの左胸に光の刃を突き立てた。
がくがくと小刻みに震えたゴブリンが止まるのを見ると、彼女はこちらにやって来る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・・・・」
差し込む光に煌めく銀色の長髪。
白雪が敷き詰められたかのようにどこまでも白い肌。
そして不安そうに俺を見つめるのは豊穣なる黄金色の瞳。
これこそが、彼女が後に『あれが始まりだったんですね』と語ることになる出来事。
―俺と彼女の運命だった。