SEQUEL.ACT.3 フィーナとビート
目の前には、大量の墓石が並んでいた。列と列を成して、数十――数百――いや、それ以上の総数をほこっている。
十字架を模った石のシンボル。それらがまるで仙人掌の表面の様な、圧倒的な数。その幾千もの石の一つ一つには、戦場という地獄で命を落とした者達の遺体がある。その遺体とは、骨だったり、肉片だったり――想いだけだったり。
恐らく、誰ひとりとて眼下に眠る者達はその志を貫けた者達はいない。
また幾つも、墓標が増えた。
それは常に数え切れないほど行われてきた、もはや“定例行事”。その中の名前の一つに『ミィル』とだけ書かれた石が在った。
その十字の前に立つ者は、フィーナとビート。
フィーナは十字架の目の前で、未だ目を瞑って、動けないでいた。ビートはその数歩後ろで、小さなフィーナの背中を見つめていた。
風が靡く。それは別け隔てなく、その場にいる全員を撫でた。風に、フィーナの銀髪がゆらゆらと揺れる。
目を閉じ、寄せる思いは仲間の元へ。
今まで共に闘ってきた者を失う悲しみ。そして、自らの不甲斐無さ。それが、フィーナの心へと押し寄せていた。
拭う雫は、涙。嘗て去っていった仲間は、覚悟を決めていた者達だ。だから良い、とまでは言わないが、この結末は彼らが覚悟していたものであろう。
けれど、ミィルという少女は果たせてそれらに含まれるのだろうか。そんなことは考えるまでもない事だ。彼女は、当り前の幸福を祈っていた筈だ。
だけど、彼女にはこんなにも早い死が訪れてしまった。
フィーナの失念といえば、フィーナの失念でもあった。コスモス内に何らかの内通者――つまりは裏切り者がいるという匂いを察知し、確信に至ったというのに、確定には至らなかった。それには、やはりフィーナという少女が持つ“甘さ”に起因していると言って良い。
フィーナは、信じたかったのだ。コスモスという自身の仲間を。皆が平和を願って集っていると。皆が同じ理念を抱いていると、信じたかった。そんな彼らを疑うということは、裏切るという事に他ならないと、フィーナは嫌悪にさえも陥る。
実際には、フィーナを責めるなどということは誰もしないのだが、フィーナ自身は、十字架の前で自分自身を責めている。
涙に謝罪を溢れさせて、押し殺す嗚咽に非情を刻みこむ。
「…………おい、もう皆行っちまうぞ」
「……うん」
「……置いてかれるぞ」
「……うん」
その様に、ビートは短い髪を掻き毟る。
かれこれ、フィーナは三十分以上もああしていた。既にフィーナ以外のコスモスの人員は終えていた。けれど、フィーナだけは十字の前から動けずにいた。
皆が去る時に、クリフから一人にさせてやれという意を込めて肩を叩かれたが、何となくビートは少女を一人にしたくはなかった。
フィーナは恐らくミィルの死について強い責任を感じている。
それは、裏切り者に齎された死であるということと、コスモスに引きこんだのは紛れもないフィーナだという事に。
ミィルを民間の企業へと働き口を設ける事など、フィーナには幾らでも出来る事であった。現在でも、資金の支援を担って貰っているのはマテリアル・フロム・グレディエイト社だけではないのだ。その他にも世界に散らばる多数の企業から秘密裏に支援は受けている。その強い繋がりがあるからこそ、出来る事。
しかしそれを敢えてせず、ネフィルを見たことがあるというだけで引きこんでしまった。
結果、彼女は死を遂げてしまった。
コスモスの存在意義にはネフィルというものに対し、相当な比重が置かれていた。故に、カニスの暴挙はそれに関連していること。即ち――ネフィルの秘密を突き止めたことが原因の口止めだろう。
ワイズ・トールニアから受け取ったディスクは既に正常な機能を成し遂げるほどにまともな姿を保ってはいない。受け取れたのは、ネフィルの血を濃く継いだ未明のアウラのみとなった。
従って、そういう意味でもミィルの死は痛手であった。だが、コスモスの――フィーナのその姿勢こそがミィルを死なせてしまった。フィーナは、そう思えて止まなかった。
だから今尚、震えに耐え、静かに泣いている。
そして、その悲痛を背負う背中を見ているのに何も出来ない無力さに、ビートは歯を軋る。
自分はどうしたら良い? 声を掛ければ良い? だがどうやって。気にするな、と笑えば良いのか。お前のせいじゃない、と慰めれば良いのか。そんなんで済むのなら、皆そうしている。
フィーナの小さな背中を見ると、どんな言葉もちっぽけで、意味を為さないものに感じてしまうから、皆何も言わずに去っていくのだ。
自分は、上手い事を言って女を慰める、なんて気障なことは出来ない。それでフィーナの心が軽くなったとしても、何も解決などしないだろう。一時だけ、フィーナは救われるかもしれない。だけど、それではまた同じ局面にぶつかる事になってしまうかもしれない。それでは逆に、その度に命を失い、その度に悲愴に浸る回数が多くなるだけだ。
だからそんな無意味なことを言葉にするのは躊躇われる。だけど皆のように割り切り、立ち去れない。
「……ビート」
突然、少女の声がした。
「私は……間違ってたのかなぁ」
風で掻き消されそうなほど小さいのに、その声が内包している悲しみは減ることなくビートの耳に届いた。
コスモスの意義はネフィルの探求だ。それは場所ではなく、中身までも。それはただのフィーナの――コスモスの傲慢などでは決してない。ネフィルを世に野放しにしておくことは、決して世界にプラスにはならないのだ。何かしら――そう、何かしら、その途方もくれない何かしらを成し遂げなければならない。
その為に、ミィルをコスモスへと入れた。ネフィルの謎へと迫る為に。
けれど失われた命を前に、その行為は間違いだったのかと心が揺れる。信念が揺れる。
前を向け。表を上げろ。彼女の死に報いる為に前を見て生きろ。そんなことを言えばいいのか。……本当に?
泣きそうに、今にも泣き崩れそうな程の悲しみを耐えている、目の前の少女にそう言えば、それは本当に正しい言葉の掛け方なのだろうか。
「……」
ビートは迷う。安易にその言葉を口にして良いのかと。安易にそんな言葉を押し付けてもいいのかと。
それではまるで、努力しつくしている人間にエールを送っているようなものではないのか――――。
「…………分かん、ねえよ」
だから、本心を漏らす。下手な励ましよりも、素の言葉を吐き出すことにした。
「……そう、だよね」
涙で赤く腫れた目で、フィーナは弱々しく笑った。その顔は誰にも見られていない。ミィルの墓標の他には。
「……行こうぜ」
「…………うん」
フィーナは立ち上がる。ビートは踵を返す。
また、強い風が吹いた。それは向かい風。一体それは何を意味しているのか。
フィーナはその立ちはだかる風に強く足に力を入れて一歩を踏み出した。振り返らず、ビートの背中を追いかける。
「――俺は」
そこで不意に、風に乗ってビートの声がフィーナの耳に届いた。
立ち止まるその背中を眺めながら、フィーナも足を止める。
拳を握る後ろ姿が、フィーナには見えた。
「俺は――――諦めねえ」
そう言って、ビートは足早に歩きだす。
フィーナは一瞬呆気に取られ、慌てて離れていく背中を追いかけていく。
決意と共に、仲間と共に未来へ踏み出す為に。
またまた語ってみようかと思います。宜しければどうぞ。
艦長と押しつけられ役のビートですね。何だか最近出世したような気がする彼ですが、気にしないことにしてあげましょう。きっと影が薄かっただけです……。
えー、フィーナですが彼女はこの小説を書くにあたって恐らく三番目か四番目辺りに確立された割と重要なキャラであったりします。
その理由の一つとしてコスモスという名前の由来に当たります。まず、僕としてはコスモスという部隊は頑なに正義の味方でいて欲しかった。その思いが反映されたのがいつぞやのタイトルに書かれた『少女の純真』であります。
知ってる方もいらっしゃるかも知れません。……そう、コスモスの花言葉は『少女の純真』なのです。……はい、そう言う事です。もうお分かりになったでしょう。コスモスという部隊が僕の頭に考案された直後に出来あがったのですから、そりゃ出来たのが速い上に重要なキャラですよね。
……ま、他にもこの娘は変なところありますしね。敢えて明記はしませんが。
ビートに関してですが、何かすげーさらっと書いただけで終えてしまい結構後悔しているのですが、ビートはフェイクスの適正にあぶれた人物であるのです。覚えている方はいるのだろうか、フェイクスの適正に合う合わないがあるという事を。
……ですから、ビート自身わりと悶々としたキャラであるわけです。きっと、他のアウラパイロットが出撃している間は心配そうに見つめるとともに自分も出向けたら……とか歯がゆい気持ちに駆られているのでしょう。
でも多分、そう言う人はコスモス内には多いんです。何も描写されてませんが! ……アホですよね。自分で自分を罵っている所です。ちょっと殴って欲しいぐらいです。
――とまあ、そんなお二人の話だった訳です。何やら消化不良感はありますが、これがきっと今の二人。強いてはコスモスクルー全員。そう言う事だと思います。
それでは。有難うございました!