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ACT.26 セラフィ

 それは完全に偶然の産物だった。或いは神の悪戯か。

 アウラの通常の装甲の上にオーガトロンを被せるという異端な開発を行った結果は、まさに人間の予測を凌駕する、そんなものが伴っていた。

 意思があるとしか思えない試行結果を、ネフィルは出していたからだ。

 たかが物質でしかない兵器が意思を持つなど、幾ら生物を装甲に、ジェネレーターに敷き詰めたからといって、そんなことが起こり得るなんて、有り得ないとしか思えない。

 だが、現実としてそれは起こっている。ならば認めないわけにはいかないだろう。だが、どうし分析しても、結果は得られなかった。元々オーガトロン自体が未知の物体なのだ。当然と言えば当然だった。

 その試行実験の結果を見る限り、ネフィルは少なからずパイロットを全て受け入れている訳ではないことが見て取れた。

 フェイクス、そしてネフィル自身と特に近しい存在である機械の細胞を持ち得るチルドレンを搭乗させても結果は同じだった。コックピットに乗せるまでは普通だ。だが、同調ダイブという行為に至ると話は正反対のものとなる。

 搭乗者が同調ダイブすると、即座に拒絶とも言うべき反応が起こる。

 それはまず、搭乗者の命令、操作を受け付けなくなる。マニュアルも脳内指示も、何れも変わらず拒否される。

 この時点で既に次の展開は決まっていた。

 気絶反応。受理拒否を起こしたその直後、ネフィルが苦しんでいるかの様な暴走が始まる。それこそ、本当に縦横無尽に暴れまわる。二百メートル四方という巨大な実験場の中をブースターの光を撒き散らしながら跳び回る。

 それは実に、おぞましい光景だ。ただでさえ正体不明の、加えて捕食、吸収何ていう化け物みたいな性能が備わっているのだ。人間として、生物として一歩退いてしまうのは道理だろう。

 そして暴走開始から一定の時間が経過した後、不意にネフィルの動きは止まる。ぴたり、と。まるで電池や、ゼンマイが切れたように不意に止まってしまう。そうなった後、コックピットを開けてみれば、そこにいる筈のパイロットの姿はどこにもない。

 喰われたのだ。

 それを、五度程繰り返したところで、計画の一時見直し、強いては一先ずの計画自体の凍結が決定した。それに異論など誰もなかった。研究員達は少なからず、ヒトの手に負えるものではないのではないか、とんでもないものを生み出してしまったのではないだろうか、という予感が横切ったからだ。

 天使の暴れる様はとても恐ろしい。

 そんな物は、兵器として認められない。

 当然だろう。人が手綱を握れない兵器など、ただの災害でしかないのだから。そんな危険分子でしかないものは兵器として呼べない。味方を――ましてや搭乗者を喰う兵器など在ってはならない。

 それ故に凍結。

 しかし、その考えも一年ほどの時が経つと、一変して変わった。

 ある存在を生みだすことに成功したからである。細胞を後天的に弄ったチルドレンとは一線を違えるまた新たな存在。その身の異質さは、人類という種からまた逸脱した存在と言えた。――オーガトロンとの半身である。

 真っ先に浮かんだ考えはその人物をネフィルに乗せる事。既に大量のオーガトロンを使用してしまったのだ。幾ら凍結といえども、そのままにしておくつもりは毛頭なかった。何か、少しでも解決策に成り得ることがあれば、直ぐにでも試すような心内だった。だから、オーガトロンとのハーフの存在はとても良いタイミングと言えた。

 今度は只の金属ではなく、正真正銘のオーガトロンを身に宿したハーフなのだ。それならばと、一先ず凍結を解き、試験的に実行を試みる。

 行う作業は同じ。首筋の簡易接続部とコックピットの伝達部を密着させ、頭をコックピットへと寄り掛からせれば、見えないほどに細い、色素の薄いコードが頭へと無数に突き刺さる。それにより、ネフィルと同調ダイブすることが可能なのだ。

 その試行に選ばれた人間は、まだ赤子で、頭の毛が生え揃っていないような乳児だった。だがそれを、殆どの研究員は戸惑うことなくコックピットへと乗せてみる。その父親でさえその色を見せずに。

 同調ダイブ。いつもならそこで直ぐに拒絶反応が起こり、暴走が始まっていた。

 しかし、起こらなかった。だが事を急いで失敗してはいけない。だから見張りながら、待つ。

 数分見守るも、何もない。


「……」


 誰も知らない、見る事のない、赤子を抱いたコックピットの中ではある一つの意思が言葉を綴ろうとしていた。

 穏やかに深く息を吸う赤子。その生命を認識する。

 それと同調した意思は、何かしらの感情を抱く。


「…………かな、め」


 意思は赤子の名を呟いた。

 自分が何故生まれたのかも分からない。世界というものを認識した瞬間、既にこの意識はアウラなんていう兵器に縛られていた。

 そんな中で身体に不快なモノを混ぜられる。だから次に投入されるモノも今までと同じだと思っていた。

 だけど、感じたのは深いという感情とは掛け離れたもの。


「かなめ」


 自分に記憶するように、深く刻みつけるように。存在を愛でるように名を呟く。

 それに反応するように、赤子は無機質なシートの上で身動ぎした。


「……枢」


 誰も知られない中で、確かに二人は出会っていた。




「マスター、良かったのですか?」


「うん? 何が?」


「彼女のことです」


「あぁ、うん……」


 流れる景色を横目に、セラフィの言葉を受け流す。ROBによって流れる景色はとても目で追い切れないが、無駄だと知りつつも物理的に目で追おうと試みる。


「……ありがとね、セラフィ」


「何が、ですか?」


「だって……君が傍にいてくれたんじゃないか。あの孤独な戦場で、僕の心が、壊れそうになっている時は。それを僕は、今になってようやく理解したよ」


 枢はネフィルとほぼ同化している。

 それは視界や、聴覚のみならず、触覚や痛覚まで。それらはネフィルから枢へと流されている情報だ。ブースターを吹かす今では、進行形で流れている物だ。

 しかしそれはあくまでネフィルから枢である。そんなのはフェイクスであれば誰でも行える行為。

 逆に、枢からネフィルに送られる情報もある。ある程度の指示や要求がそれに当たる。だがそれも、やはりフェイクスであれば誰でも可能な行為だ。

 ネフィルと枢。この二つの存在に送受される情報はそれだけではなかった。

 オーガトロンを運用する上で最も重要なファクターとなる存在、感情だ。

 オーガトロンはただあるだけの装甲では効果は深いものではない。補食も再生もするが、本領発揮にはまだ遠い。

 その効力を最大限に上げるのが感情だ。オーガトロンとて生物なのだ。ならば、意思を持たない筈がない。活動は流れる感情によって活性化を起こす。故に暴走。その成れの果てがオーガトロナイズなのだ。不幸中の幸いというべきか。不慮の現象は、結果として兵器にとってはメリットとなった。

 故に、セラフィは常に枢の感情というものを感じ取っていた。寸分の狂いもなく。戸惑いも、葛藤も、悲しみも、絶望も、怒りも。そして――喜びが無かったという事も。

 濁流のように流れる情報を受け止めていたのは枢だけでなく、セラフィとてそれは同じだった。

 幾度となく暴走しかけていた。オルレアの時や、ジルと会った時、人を護れなくて泣いた時――数えれば切りがない。そこまでぶれるほど、少年の心には戦場という人殺しの世界は重かった。


「私は、何も出来ませんでした。一番、マスターの感情を理解していたというのに」


 その言葉に枢は何も言葉を返さない。枢にとっては十分であっても、セラフィにとっては納得のいかないものなのだろう。


「そんなこと、ないけどね……」


 後から知って、その大切さを知るという事もある。今の枢の心情はそれに近いものがあった。

 ネフィル――セラフィを創った人たちは何処まで分かっていたのだろうか。

 オーガトロンはただ衝撃を喰うだけの生き物では無い事を知っていたのだろうか。

 しっかりと感情に連鎖して活動を為す事を知っていたのだろうか。

 ネフィルにはただの意思ではなく、セラフィという一つの存在がいたことを知っていたのだろうか。

 そしてその存在とパイロットが互いに機体を運用し合うような関係になっていることを知っていたのだろうか。

 と、余計なことを考えていた思考を中断する。だって、そんなことはどうでもいいのだから。

 ただ確かなことは、そんなのも悪くない、むしろ有り難いと思うのだから。

 枢は、戦いに於いて決して孤独ではない。それはどんなに有り難く、心強いことなのだろう。


「あと、どのくらい?」


「残り五時間十二分です」


 何の、と言わずとも伝わる。それほどまでに、既に枢とセラフィはしっかりと同調していた。



 セラフィと深く同調した際に、あらゆる知識が流れ込んだ。過去や、知り得なかった謎も。だが、そんなものは枢の関心を全く得られない。

 枢が関心を示す要素は、ジルの行動を予測し得る情報。

 ほぼ確実といえるそれは、残り五時間十二分という一つの時間。

 それは衛星の通過時刻までのカウントダウンに他ならない。それまでに、ネフィルはガルダヴァジュラに到達し、ジルを止めなければ、きっと人類は冗談でなく狂ってしまう。

 ガルダヴァジュラ。それは、『人類革命計画エボリューションプロジェクト』の中心に位置する重要な存在だ。

 聳え立つ高いタワーの高度は、大気圏から宇宙空間へと飛び出す事が出来るほどの高度に及ぶ巨大な建造物。

 霞むような広さの円周を伴って、世界で最も劣化せず強固な物質を用いて、コストパフォーマンスを完全に外視して組み立てられた設計により建てられた超超巨大な建造物。

 地上と衛星の両側から建てられたそれは驚異の安定さを誇り、かつ建設期間というものを究極に縮め、今や殆ど完成しているのだ。

 地球外惑星への大移住という名声の元に建てられたそれは神鳥の名を冠するに相応しい。

 そこへは、定期的に通過する衛星が存在する。かつては建設に利用されていた巨大な衛星だが、現在では汎用中継宇宙ステーションとして機能し始めている。一万平方キロメートルを誇る面積を持つその衛星は、もはや一つの都市だ。

 ジルはその時刻に合わせ、ガルダヴァジュラへと乗り込もうとしている。

 ならば奴がやる事など一つでしかないだろう。


 ――衛星を地球に叩き落とす気だ。


 そんなことをしては、地球の環境が滅茶苦茶になってしまう。

 大気圏を通過する段階で、割れる可能性も、そのまま落ちる可能性も両方あるが、どちらにしてもあまり変わらない。落下した際の影響など、計り知れない。

 都市に落ちれば、想像を絶するほどの人が死ぬだろう。それは下敷きになった者に限らない。余波を受ける人間も膨大な数だけいる筈だ。

 海に落ちれば、海流という海流はことごとく乱れてしまう。そうなれば暖流と寒流がごちゃごちゃに入り乱れ、天候はこの上無く崩れる。加えて、海に住む生態系などはもはや滅ぶだろう。

 だが何より恐れるのは津波だ。ある意味では、大陸に墜ちた方がマシなのだ。被害がそれだけで収まる可能性が高いのだから。

 かつて地上を闊歩していた恐竜が絶滅した理由に、隕石の墜落によるものという説があるほどだ。それは大海に落ちた超巨大な隕石が海中の土砂、或いは海水そのものを巻き上げ、地上を覆ってしまったからと謂われている。

 確かに、今の技術ならば地下に逃げ込む事も可能かもしれない。けれど避難はいつまで続ければ良いのだろう。十年? 百年? そんな途方もない期間、地下に潜り続けることなど可能だろうか。食糧はどうする。問題など山積みだ。

 それに墜落は今、これから、不意に、だ。それでは人類が地下にシェルターを用意する準備など何もない。

 これでは正真正銘の人類殲滅が行われてしまう。

 そんなことは阻止しなくてはならない。

 何より、アイツがやるというのならば尚更だ。尚、許せない。

 酔狂としか思えない愚行だが、ジルならば、やりかねない。或いはそれで枢を招き寄せ、避けられない状況に仕立て上げたのか。

 何にせよ、枢にとってそれは避けるなどという選択肢はあり得ないのだが。


「残り二千キロです、マスター」


 その言葉に、一度枢は目を瞑る。

 馳せる思いは、あの時まで遡る。

 人生が変わった日、地獄を見せられた日、悪魔を目にした日。

 今更、あそこに行かなければ良かった、などと言ってもどうしようもない。過ぎた過去だ。過去を変えることなど出来ない。

 だから今からやるべきことを。今から自分がするべきことを。

 目的地まで、翼を羽ばたかせる。

 ジルが待つガルダヴァジュラへ。

 枢という存在を終わらせる為に。

 枢という存在を始める為に。

 枢という存在を前へと進む為に。


 決戦の地へと、向かう。

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