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ACT.24 追憶

たまにはアリだと思うんだ

「ねえ、母さん。明々後日、ホントに行けるの?」

 僕はリビングからテレビを見つつ、首だけ振り返り聞く。

 母さんの後ろ姿は、昔から凄く見ていて安心する。

 トントントントンと、包丁とまな板がぶつかる音は、母がいるということを象徴しているかのようにも感じる。

「ええ、もちろんよ。お父さんも明日は久々に休みが取れるって言ってたもの」

「お母さぁん、それいっつもじゃん〜」

 結衣はソファーの上で脚をバタつかせて不平不満をぶーぶー言っている。そういう時の癖で、結衣はいつも脚をバタバタさせるのだ。

 それ対して、

「お父さんだって頑張ってるんだから、そう言わないと。それに結衣。脚をバタバタさせるの止めなさいって言ってるでしょう?」

「だいじょうぶだよぉー、こんなことするのはうちだけだもん」

 こんなやり取りをするのもいつもの事だ。

「母さんの言う通りだぞ。それは行儀悪いから止めなさいっ」

 結衣の頭をぐりぐり、わしわしとする。これをやると、結衣はきゃーと言って更に脚をバタつかせるのだ。それが面白くて、僕もやっているのだが……何だが意味無い気がする。というかもしかして結衣はこれを期待してやっているんじゃないのか?

「お兄ちゃん、くすぐったい」

「バタバタするからだぞー?」

 より一層、激しくやると、より一層、結衣もキャーとか言う。

 その姿にどうしても笑ってしまう。

 そのくすぐったそうに目を瞑っている様子を見て、自分でも、可愛い妹だなぁ、とか兄ながら思ってしまうのだ。

「でもさぁー、遅くない?」

「何が?」

「美沙都!」

「えっ、美沙ねえ来るの!?」

 途端に、結衣は目を輝かせる。

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「言ってない! やったぁ美沙ねえだ! 泊まる!? 泊まる!? 泊まるよね!? 泊まらせようよ!」

 僕の肩をガタガタと揺さぶってくる。

 きらきらした笑顔を見せながら、泊まらせようなんて言っている。

「いや、でも、そん、な、こと、伝え、てな、いからっ! ……泊まらないんじゃない?」

「えええええええええええええええ〜〜〜〜〜」

「分かった、分かった。とりあえず、落ち付いて、結衣」

 ぐあっと迫ってくる結衣の肩を押し返しながら言う。

「枢、美沙都ちゃんが来るのって六時半じゃなかった?」

「あれ? そうだっけ?」

 掛けてある時計を見ればまだ六時。そりゃあ来る筈がない。

「ねえねえお兄ちゃん! 美沙ねえに泊まろうって言ってよ! まだ家にいるでしょ?」

「ん〜〜〜〜〜まぁ、分かったよ。電話掛けてみる」

 そう言って電話へと向かう。後ろではやったぁ〜〜なんてはしゃいでいる結衣。そしてまたも脚をバタバタしたせいで母さんから注意を受けていた。

 その光景に、なんだかおかしくて口が自然と笑っている。

 数度の呼び出し音の後、妙な雑音が聞こえ始めた。繋がったという事なのだろうが、何だか美沙都と美奈子さんの軽く言い争っているような感じ。

 聞こえた限りだと、美奈子さんが「どれでも似合ってるから大丈夫よ!」なんて聞こえた気がするけれど。

「もしもし、枢ですが……」

「あっ、枢くん? もしかして美沙都に?」

 何やら後ろで枢!? なんて驚かれてる気がする。

「はい、そうです」

「あ、じゃあちょっと待ってねぇ〜。――――ほら、枢くんよ! 早く出なさいって」

 美奈子さんの声が遠くなると共に、美沙都の声が近くなる。どうやら変わってくれたらしい。

「も、ももももしもし、枢!?」

「そ、そうだけど……どうかした?」

「い、いいいいやいやいや、何でもない何でもない」

「なら、良いけど」

 一息、美沙都の深い息使いが聞こえた。

「…………で、何の用なの?」

「いや、結衣がね、美沙都に泊まって欲しいってうるさいんだけど……どうかな? 明日休みだし」

「とととととととと泊まる!?」

「う、うん……」

 美沙都のうろたえっぷりに逆にこっちがびっくりしてしまう。

「いや、初めてじゃないでしょ?」

「そ、そそ、そうだけどさぁ……」

「???」

 美沙都の反応は良く分からない。けれどまぁとりあえず、用件を伝えなければ話にならないだろう。

「で、どう?」

「ちょ、ちょっと待って!」

「あ、うん」

 ……その数秒後、美沙都から聞こえてきた返事は大丈夫を意味するものだった。


「やったぁ! 美沙ねえだ!」

「ゆ、結衣ちゃん」

 と、玄関の扉を開けた途端、外にいた美沙都へ抱きつく結衣。飛んでくる結衣を慌てて抱き返す美沙都。傍目から見ると、まるで姉妹みたいだ。

「いらっしゃい、美沙都」

「お、お邪魔します……」

「……?」

 何故か目を逸らしながら玄関を潜る。首を傾げながらも、美沙都を向かい入れる。

 とは言え、まだ夕食まで時間がある。リビングのテーブルに全員ついて、一先ず今からどうするかを考えてみる。

 結衣は美沙都の膝の上で楽しそうに脚を揺らしている。

「どうする? ご飯出来るまで三十分くらいあるみたいだけど」

「じゃあ髭のやつやろうよ!」

 美沙都を見上げる結衣。その笑顔は本当に楽しそうに輝いている。

 昔から、結衣は美沙都のことが好きだった。何故かはよく分からないけれど、多分面倒見が良い所とか、姉貴っぽいところとか、そんなところにもしかしたら惹かれたのかも知れない。

「髭のやつ?」

「あの、あれだよ。樽があって、穴が一杯空いてて、そこに刺してく……」

「あぁあぁ! …………楽しいの? 結衣ちゃん?」

 と、怪訝そうに美沙都は結衣の顔を覗き込む。けれどうん、と力強く頷く結衣。

 それは僕も同感である。あんなのの何処が楽しいというのか――

「――罰ゲームを作るの!」

「「何ぃ!?」」

「だから、罰ゲーム!」

「た、例えば……?」

「ん〜〜〜……」

 と小首を捻る結衣。

 すると頭に電球が浮かび上がるかの如く頭をあげ、

「お兄ちゃんと美沙ねえがキスするとか!!」

「「「ぶっ――!」」

「わ、これすっごい良い!」

「「良くない!!」」

 声を揃える僕と美沙都。

「えぇ……何で?」

 ん? と首を傾げる結衣。その本当に純粋に疑問を抱く結衣の表情に美沙都は少しだけたじろぐ。

「じゃあ、美沙ねえ。お兄ちゃんのこと嫌いなの?」

「え!? いや! あ、そのぉ……」

 結衣の顔を見、一瞬だけ僕の顔を見、

「別にそういう訳じゃ……」

「じゃあ二人は結婚するんだね!」

「「何でさ!」」

「えぇ……」

 そ、そこで泣きそうにならないでくれよ、結衣。




「どう? 美沙都ちゃん」

 手を組み、顎をその上に乗せ、満面の笑みを浮かべて母さんは美沙都へと質問している。

 どう、とは無論料理のことだろう。それも自分が作った。

 目の前に広がるのはカレー。ただし、甘口。それは僕が食べれないからだ。

 母さんが自分で質問するだけあって、確かにおいしそうな匂いを漂わせている。まぁ、食べてみても味は美味しい。それは結衣の顔を見れば一目瞭然なのである。

 ……うん、旨い。やっぱりカレーは甘口だ。と、僕はカレーにがっつく。

「はい、おいしいです、おばさん。今度是非、私に教えて下さい。というか、料理全般私に教えて下さい」

「あら、もちろん良いわよぉ〜。それに将来、私が食べさせてもらう事になるかもしれないしねぇ〜」

「は!?」

「……ねぇ? 枢」

 大量の米を口に含みながら、

「……ふぇ? ふぉめん、ふぃいてらかっか」

「食べながら喋らない」

「ふぁ〜い……」

 もぐもぐと、必死に噛む。聞いて来たのはそっちじゃんか、と軽く心で愚痴る。

「ねえ、美沙都ちゃん」

 何て、本人ももう既に話を変えてるし。

「……何ですか?」

 小さな口に放り込んでいた食べ物を噛み、呑みこむと、美沙都が聞き返した。

「いや、何か美沙都ちゃんの服お洒落だなぁ……っておもって」

 と言っているのを聞き取り、僕は美沙都の服を見る。

「い、いえいえ! そんなことないです。いつも学校に来ていく服ですよ」

「嘘だぁ……そんな服今まで見たことないよ?」

「う、煩い!」

 美沙都が来ている服は、何だかワイシャツっぽい服に赤のチェック調のネクタイを巻いていて、その上にベージュのカーディガンを羽織っていた。更に言えば、スカートも赤のチェック調のミニで、靴下もなにやら膝上まであるものを履いている。

 僕としては、おしゃれをしているように見えるのだが。どうなんだ。

「か、枢! テーブルに潜ってまで見ないでよ!」

「あ、ごめ――いたっ!」

「あ、ごめん」

 つま先が鼻の頭にクリーンヒット。更に元の体勢へと戻る際にテーブルに頭をぶつける。鼻の頭を抑えながら座りなおせば、

「お馬鹿」

 何て母さんからはたかれる。

「ごめんねぇ……美沙都ちゃん。枢馬鹿だから」

 自分の息子じゃない?

「そうですね」

 あれ? 否定しない。

「……で、何で美沙都はそんな恰好をしているの?」

 と、言った途端固まる美沙都と母さんの二人。結衣だけは変わらずがつがつとカレーを食べていた。口元にいっぱい茶色がついているのは気にしないことにする。何故か知らないけど人参までへばりついているのも気にしないようにする。

 そんなことより気になっているものはこの空気だ。

「ど、どうしたの?」

「お馬鹿」

 またはたかれる。まぁ、痛くはないから良いんだけど。

「ごめんねぇ、本当に。うちの枢は鈍いから……全く、誰に似たのか」

「いえいえ、お気になさら……って別にそういう訳じゃないですから!」

 慌てて言ったせいか、美沙都は口から少しだけ唾が飛んでいた。

 その様子を母さんは微笑みながら見ている。僕は訳分からん。

「おかわり!」

 という結衣の声が唐突にあげられた。




 騒がしい夕食を終え、お風呂に入ればもう寝る時間だ。

 時刻は十時。かなり眠い時間である。

 一人、自分の部屋にいる僕は結構眠いのだけど、風呂まで一緒に入って寝るのも一緒という結衣と美沙都はまだ興奮しているようで、はしゃぐ音が聞こえる。

 結衣の笑い声や、ベッドの軋む音が聞こえる。何だか随分と楽しそうだ。まぁ、それも当然だろう。結衣にとって、美沙都はお姉さんみたいな存在だからな。美沙都の姿を見ればすぐに抱きつく。その様子を見るのも、僕としてはとても微笑ましい訳で。

「明々後日か……」

 二人の笑い声を背景に、思うことは明々後日の事。

 父さんが久々に休みを取れると言ってレストランを予約した日。年に数回あるものの、五分の一ぐらいの確率で大抵潰れる。つまりは二〇パーセントくらいしか成功率のない家族サービスなのである。

 でも、父さんが忙しいのも分かっている。家に帰らないなんて殆どだ。確かにそれは寂しいけれど、それは別に父さんが僕らの事を考えていない訳じゃないから、良い。たまにの休日で許してあげる事にしている。

 それ以外には不自由などないからだ。何をしている会社化は知らないけれど、家が家計に困っているわけではなさそう、というのは何となくわかる。

 何だかテレビでは仕事と私どっちが大事なの? というセリフをたまに耳にするけど、その質問は何か違う気がする。少なからず、僕の父さんに限っては家族が大事だから仕事に精を出しているようにしか見えないからだ。

 父さんが頑張ってくれているから、僕と結衣と、母さんは笑っていられるのだし、母さんと僕と結衣が父さんを信頼しているから妙ないざこざが起きない。

 ある意味では、僕たちの仕事は父さんの帰ってくる場所を護る事なんだと思う。それは当然、家とかそういう事じゃなく……もっとこう、そう、家族だ。

 その家族というものを大事にしていくのが僕たちは笑って暮らしているのだと思う。

 父さんがいないのは寂しい事だけど、我慢する。だから遊べる時には仕返しみたいに思いっきり遊ぶのだ。

 昔何をしていたのかよく分からないけど、体力は何気にあるらしい。だから遊園地に引っ張り出しても、公園に引っ張り出しても大丈夫。そういうのは、凄い楽しい。

 何てことを考えると、瞼が重くなって来た。

 隣の部屋でもぼそぼそと話し声が聞こえるだけだ。時計をみれば既に四〇分くらい経っている。結衣にはそろそろ眠い時間なのだろう。まああれだけ髭のやつではしゃいでいれば疲れるというものだ。

 今日の夕食は楽しかった。よくは分からなかったことも、まぁあったけど、ああいうご飯はとても楽しい。賑やかで、笑顔が絶えない。

 今度は美沙都じゃなくあいつも呼ぼう。まだあんまり話したことがないけれど、何だか気が合いそうだ。名前は、冬夜だ。上は…………ああ、そう、柄崎だ。柄崎冬夜。美沙都とも仲が良いみたいだし、誘えばきっとまた楽しいだろう。

 二度、瞬きをする。それに気持ちよさを覚えてしまう。結構、限界らしい。

 もう一度頭に過るのは明々後日の事。

 どのぐらいぶりだろうか。半年? 一年は経ってないだろうから、きっとそのぐらいだろう。父さんとまともに話すのも久しぶりだ。

 うん、楽しみだ。しかも何だか地上何十階だかっていうタワーにフランスだかっていう高級レストランだかっていう所を予約したらしい。

 うん、本当に楽しみだ。

 と、眼を瞑る。馳せる想いは明日、明後日、明々後日へ。

「楽しみ、だなぁ……」

 僕の意識は埋没する。



 ――――楽しみ? 冗談じゃない。

     行った世界はただの赤い地獄だったっていうのに。

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