ACT.23 an upset<6>
60部!
世の中には天才というものはやはりいるものだ。
ある一点に精通したプロフェッショナルや、あらゆる分野に精通した神のような存在も、きっといるのだろう。
少なからず、戦場には機神がいた。未だ誰も見た事のない未知の兵器を駆り、数多の命を奪い去るまさに“鬼”。
そして、それが一人とは限らない。二つの才能と二つの機神。それは確かに存在し、消炎の中に在り続けていた。――――共に。
そう、神は敵対しているとは限らず、一つの所に固まっていないとは限らない。
だからこそ、天才は歯痒さを感じていた。もう一人への天才へ、嫉妬などは微塵もなく、ただ純粋に“殺し合いたい”と。
自分と同じ高みにいる存在。自分の右に立つ存在。自分と同等の存在。そんな相手が才能を発揮した分野は同じエリア。それは偶然か、運命か。……どちらでも、大差はないが。
同じ目線で、同じ場に立ち、同じ敵を見据え、共に肩を並べ――命を助けあってきた。
そんな相手は自分と同じ力を有しているからこそ、完全に背中を任せられた。
そんな相手は自分と同じ力を有しているからこそ、無性に殴り合いたくなるのだ。
だが何という皮肉なのだろう。全力の力をぶつけ合い、殺しあえたはずの相手は、いつの間にか自らの手で葬り去ってしまっていたのだ。
「――莫迦な」
黒いヘルメットを被った男は歯を軋った。その原因は、眼下に駆ける一機のアウラを対象に向けられていた。
爪は既に残数五。そこまで、あの巨大な天使に喰われていた。
“ネフィル”は機動性は悪い筈だ。それは当然、あの重厚な装甲を構えている故。鈍足な機体を数本のアンカーで捉えることは容易い筈。
しかし現実はどうだ。未だに“ネフィル”は健在ではないか。
合わせて二発。それだけしか“ネフィル”にハイペロンは着弾していない。だがそれも着弾と呼ぶのもおごかましい位に掠っただけ。
霧に覆われた地上では“ネフィル”が忙しなくステップを幾度となく繰り返し、アンカーを避け続けている。一見乱雑に見えるそれも、その実、全て意味のあるものだった。
“ネフィル”が立ち止まる時は必ず“アンカー背にしている”。つまり彼は、縦横無尽にアンカーが飛び交う中、全てのアンカーを空間的に理解し、予測し、誘っているのだ。
「――撃てない」
またも、ハイペロンを射出しようとするが、“ネフィル”の背後にはまたアンカーがある。撃てば巻き込んでしまう故、射出することが出来ない。当然、自滅覚悟で撃って当たるのであれば、男は早々にやっている。
業を煮やし、ルシファーは強硬手段に出る事にした。上空を漂うことは中断。
手の甲から、黒いブレード。それはハイペロン粒子を固定した、通過した空間を圧縮するブレードだ。それは、腕の長さほどあるのかと言うほど、巨い。
展開していた五つのアンカーを一度全て巻き戻す。怪訝そうに見上げた“ネフィル”へ、肘を後ろに引き、ブレードを突き立て、降下する。
だが当然、“ネフィル”は苦もなく後方へステップするだけ。難なく避けられるが、当然それは男も予測済み。
突き立て屈んだ体制を戻すと同時に、背後から二つの尾が“ネフィル”目掛け飛来する。左翼と右翼に分かれ、挟み撃ち。またもネフィルは後方へステップ。
共に、“ネフィル”は右腕を伸ばすと共にレーザーガンを照射した。傾けたルシファーの脇を短い光弾が掠り抜けていく。ルシファーは怯まない。
再度、一本のアンカーを射出。それはサソリの尾の様に、後方から頭“ネフィル”の上へ、死角を突くため上から回り、後方へ。それとともにルシファーはブレードを前方へ突きだし、ステップする。ブレードは触れるだけでいいのだ。太刀も、刃も関係ない。
ジルは舌打ちと共に、円を描き、ルシファーの背後を一瞬で取った。ルシファーはそのまま虚空をブレードで突き刺すだけ。
だがそれは、反応出来なかった訳ではない。
「――野郎」
ルシファーの背後には“顔だけ覗かせるアンカー”。何も、アンカーは空中に射出する必要はないのだ。
“ネフィル”は僅か背を仰け反らせるのみ。ルシファーの背後から黒い光線が発生。空気に残留を残した。黒い光はネフィルの装甲を数寸抉っただけ。
怯まず、尚も“ネフィル”は右手を伸ばし、銃口を向けていた。
が、ルシファーは“上”へステップした。
ジルは完全に虚を突かれる形となる。それは当然だ。今までこれほどまでに空中を闊歩するアウラなど存在しなかったのだ。故にジルにとっては眼前の敵は強敵ではなく、難敵。
眼だけで“ネフィル”はルシファーを追った。頭部全体で追わなかったのは、既に消えたルシファーのその奥からは、つい一秒前に背後に回り込んでいたアンカーの機首がこちらを向き、黒い光が収束していたから。
端的に言えば、ジルは失念していた。いい加減、だらだらとした戦いに終止符と言うものを打ちたかったのだ。敵は上空でアンカーを操作するだけで、こちらは踊らされているだけのように避けるだけ。そんなものは、ジルの望む殺し合いではない。だから、攻め急いでしまった。だから、虚を穿たれた。
またも身を捻り、光線を回避しようとする。今度は狙われた回避行動ではない。
伸びる光線は“ネフィル”の腹部を深く抉った。しかしそれはジルを内包したコックピットに届くということはない。それだけ、“ネフィル”の装甲は厚いということ。
だがその屈強で在った装甲も、今では一部が失せている。
当然、ルシファーはそれで留めるつもりはない。
先程両翼から照射したアンカー。空中に停止していたそれは、再び“ネフィル”へと首を向けた。
即座に“ネフィル”は後方へステップ。ジルの眼前では黒い光線が交差し、尚深い闇を形成していた。
追撃。
停止していた虚を突いたアンカーにまたも光が収束する。同時、背後から新たなアンカーを射出。黒い光がネフィルへ。弾丸の速度を持ってアンカーが。それぞれネフィルへと猛攻する。
「――やはりな」
ジルが呟くと共に“ネフィル”はレーザーガンの照準を定めた。右腕部だけでなく左腕部も。眼前では黒い光を放たんとする爪と、後方では直接穿たんと頭部へ飛来する爪。だが、定めた狙いはそれらではない。
「お前、それは二つ同時にしか操作出来ないんだな?」
と、空中に停止していたアンカーは穴を開けた。その後、“ネフィル”は重い脚部で機体を傾かせたが、眼前の光線は肩部を、飛来した爪は頭部へと詰め寄り球状の光を落としたが僅かに頭部と地点はずれていた。
ジルは回避よりも、排除を優先させた。
“その後”、背後から新たなアンカーが射出される。それは同時に、機体は詰め寄る為。それをジルは視界に取られると、左腕部のレーザーガンを収納、同時、蒼白いブレードを展開させた。
だが“ネフィル”の眼はそれを見ていない。頭部上方の爪をブレードが斬り裂かんと半月を描く。
男は無言に、その光景を見てアンカーの動きを停止させた。そして即座にアンカーを引き寄せる。一瞬の差をもって、ブレードによる両断から守り切る。
「――気づいたか」
「ああ。何故かは見当もつかないが、お前はアンカーを二個操作し一定の動作を終えると、また新たなアンカーと切り替わっている。その間、操作を打ち切られたアンカーは変化しないバーニアを吹かせ続けてホバーしているだけだ。複数放ったのは、最初だけだな。あれは恐らく、一つのターゲットを追うというだけの単純動作だから、可能だったのだろう。複雑に幾重ものアンカーを操作し、狙うことは不可能な訳だ」
追うだけなら、原理はミサイルと同じ。多少の補助で十分賄える。だが、狙うとなるとそれは銃をも持ち照準を合わせる事と変わらない。
「……肯定だ」
「で、どうするんだ。からくりは既に暴いたぞ。……まだやるのか? 俺は忙しい身なんだ。客人を迎える為に会場へ先に行かねばならん」
客人とは、無論枢。世代を超えた死闘にしか、今のジルには生き甲斐を見出せない。
「もう少し付き合ってもらうぞ。まだ不十分何だ」
そう言うと、またも背後からアンカーが這い伸びた。だが向かう先は“ネフィル”ではなくハイペロンの剣を携えた自らの右腕。そこへ、まるで木の根の様に巻きついて行く。
「……何だ?」
巻き付き、発生しているブレードの柄の様になる。だがそれだけ。見た目にも、腕が太くなったのみにしか見えない。
「何の意味がある?」
「直ぐに――分かるさ」
一度、腕を横一線。
直後にルシファーは身体を前面に、“ネフィル”目掛けて隕石の如き飛来する。
目の前に近づいたかと思うと、一瞬上に上昇し、そのまま振り被りの態勢に入った。
その光景に、ジルは恐ろしい疑問を覚えた。何せ、ブレードを振る瞬間に彼我の距離を開けているのだ。距離的に精々届くか届かないかの瀬戸際。
訝しみながらも“ネフィル”は右腕を上げ、照準を定めた。
振り下ろされる。
その腕が半ばに来た瞬間。
「肥大化した!?」
叫ぶと共に、“ネフィル”は後方へステップ。紙一重で避けたつもりだが、その肥大化の度合いが尋常ではなく、またも装甲を圧縮された。
尚もコックピット部分。袈裟に、大きな傷が“ネフィル”の装甲につく。
舌打ちと共に“ネフィル”は光弾を放つ。だがそれも上空へとステップするのみで難なく避ける。ルシファーは上下という新たな軸を回避行動に使用できるため、パターンが多く、ジルは上手く狙えないでいた。
だがそんなことを考慮などしているわけがなく、ルシファーは尚も猛進する。いや、考慮しているからこその猛進か。
空間を一閃するブレードにネフィルは苦戦する。加えて、アンカーだ。
背後に回ればアンカーも背後に回る。横に避ければアンカーは横へ回る。重機である“ネフィル”にとってこれはこの上ない悪条件であった。
理想を言えば、小回りの利く機体で回避し、僅かな隙を見て一閃、或いは一撃をぶち込めばいいが、“ネフィル”の重さではそうもいかない。
だがその悪条件は、ジルにとっては堪らない悦び。
よって、ジルも猛進することに決めた。
縦に一閃、振り降ろされた巨大なブレードを後方へステップ。鼻先を擦ったそれを見送り、前方へステップし直す。
当然、ルシファーの眼前には主を守る為に尾の蛇はその空間へ照射している。
だが、“ネフィル”突貫した。
「――何!?」
その自殺行為とも取れるそれを見、とにかく男が虚を突かれたのには変わりはない。
“ネフィル”はブレードを突き刺さんとする。ルシファーは振り下ろした腕をそのままに、撃ち抜くであろう眼前の敵を見据え、眼が煌めく。
ハイペロンは照射された。ルシファーの前方を平行に、黒い光線は通過する。その僅かな隙間に身を置き、前方へと“ネフィル”は突き伸ばした。
振り下ろしたままのルシファーは背を反り、腕の半々分を抉るだけに留める。紫電が漏れてい入るものの、動作に支障はない。だがまだ、刃は装甲に収まったまま。
“ネフィル”が身を置いた空間というのも、全身ほどの空間は空かれていない。従って、“ネフィル”はコアの前後左右、大部分が喰われた。それはおよそ、ネフィルの胴回りほど。
食い込んだブレードは健在。装甲を喰われている“ネフィル”は、そんなことを眼は追わず、眼前の敵のみを捉えている。食い込んだブレードを、袈裟に引き裂いた。
男は舌打ちをし、ジルは喉で嗤う。
“ネフィル”は装甲を半ば、ルシファーは右腕を肘の上から。お互いにそれだけ喰らっていた。
コックピットの部分をそれだけ装甲を減らしているというのに、“ネフィル”は未だ顕在。
「――何故だ」
目を絞り、腹を細めたネフィルを見やると、その腹にまた灰の装甲があるではないか。
そう脳が認識したその瞬間――ぞり、と装甲が剥がれ落ちた。
「な、――」
と漏れた声が出ると同時、“ネフィル”の全身の装甲が剥がれ落ちた。腹も、腕も、脚も、頭部でさえ。
その姿、まさに同一。何と。無論――――ネフィルと。
新たに姿を現したそれは、まさにネフィルと同一存在。カラーが異なるのみで、そこにいるのは間違いなく翼を失くした天使の相貌。
その様に、ジルは腹の底からの嗤いを起こした。
そう、だからネフィル。ただオーガトロンを有しているだけでなく、姿まで、存在まで酷似している双子の兄妹機だから。
“どちらが本来の姿かは分からない”が、とにかく“ネフィル”とネフィルは似過ぎている。
それに、ジルは心から震えた。
「何だ、その様は――」
嗤いを堪えながら、ジルは、
「くくっ――あ? 知らねぇよ」
でもさ、と。
「明らかに、これは正真正銘のネフィルってことだろう?」
ジルは首を鳴らし、一歩踏み寄る。
「さぁ、身軽になったぞ。――――共に踊ろうか」




