ACT.4 少女の純真<2>
「――敵機、2時方向より接近。どうしますか?」
オペーレーターが現在の状況を報告すると共に指示を仰ぐ。
「距離は?」
「400……380……360……かなり速いです」
ふむ……と顎に手を当てフィーナは思案する。
「……」
そして数秒の静寂。
「……距離100を切ったら目標を捕捉して分裂ミサイルを1番から3番まで。距離80でハイエンドミサイルを1番から5番まで発射。さらに距離50で広角ミサイルを1番から3番まで発射。ラージエイトのタイムラグは2で」
「了解です」
10人あまりのオペレーターが目の前のキーを忙しくタッチしている。
「……今度はどなたなのでしょうかね?」
初老の男が口を開く。
「さあ……わからない」
フィーナはそのオペレーターらの真ん中、つまり艦長席に座っていた。
「買った恨みは星の数ほど、ですな」
「ええ」
ため息交じりにフィーナは答える。
「……パイロットは……やはり『あの子ら』でしょうか」
「うん……多分」
フィーナは苦々しい顔をする。
――辺りは暗い。しかし灯りを点けることは叶わない。今点灯してしまったら、敵にこの艦の位置を明確に知らせることになってしまう。
クリフはモニターを見る。
(150……130……120……そろそろだな)
目の前のモニターには、限界まで拡大された小さな、小さな黒い点が3つ、映し出されていた。
――黒々とした空を、薄黒とした雲を突き抜け、掻き分け飛ぶ漆黒の物体。それらの速さは異常な早さだった。物体は、よく見る飛行機型の戦闘機の形をしている。だが漆黒。黒の空を背景にすれば肉眼で捉えるのすら、難しいかもしれない。
3機が同時に降下し始める。角度を徐々に変え、緩やかと。3機は機械のように息が合っていた。
雲を突き抜け、雲下に出る。すると目の前からミサイルが飛来する。ご丁寧に各機一発ずつ。3機は散開する。3発であったはずのミサイルの外皮が分解され、それぞれ10発もの小型ミサイルへと展開される。戦闘機はその分裂した僅かな間を、機体を縦に傾け、すり抜ける。速度は一切落としていなかった。後ろでは対象をこれ以上追尾しきれなくなったミサイルがロックを解除され、直進していた。何発かはミサイル同士で被弾し、爆発していた。
3機は、機体を元の横の状態を戻す。する今度は先程より比較的遅いミサイルが上左右を伴い襲ってくる。3機は臆せず、空いた下のスペースを飛び抜け――ようとするが、ミサイルは戦闘機が通り過ぎようとするところを先回りするように収束する。3機は左に回避する。先程の進行方向とはやく60度ほどの角度を描くように曲がっていった。ミサイルはミサイル同士でまたも爆発した。しかしまだ、ミサイルはもう1セットあった。左に曲がる3機をしつこく追い続ける。左へ曲がったせいで戦闘機のスピードは落ちていた。しかしその内の2機はまた右に曲がり、ミサイルを回避しつつユスティティアへと進行方向を修正する。
――閑静とした甲板。その上には2機のアウラが在していた。1機は紅蓮の重量アウラ、ウルヌアス。もう1機は灰色の軽量アウラ、ミネルア。ミネルアは片膝を地に着け、台座の上に設置してあるスナイパーライフルを構えていた。そのライフルの長さは異常だった。自機の3倍はあるような、超長射程、超高精度の代物だった。
「……あいかわらずでけぇな、その銃」
クリフは1人呟いた。当然、ユーコからは返事は来ない。彼女は今、集中し、獲物をサイトに捉えている。
(まだ……まだ……)
スコープ内では3機の戦闘機が分裂ミサイルを回避している。サイトの十字をその内の1機に合わせる。
(まだ、まだ……)
1セット目のハイエンドミサイルを回避している。左へ旋回。十字はまだ追ってきている。
(まだ、まだ、まだ……今ッ!)
戦闘機がこちらに向いたその瞬間、ユーコはトリガーを押す。ヨルムンガルドのマズルフラッシュにより、甲板が一瞬だけ輝いた。ミネルアはその反動で、半歩ほど地面を滑った。
――方向を修正したその瞬間。右の1機に突如大きな穴が空く。それはヨルムンガルドから放たれた銃弾だった。撃ち抜かれた機体はそのまま慣性で前に進みながら降下する。それでももう1機は何事もなかったように進む。
「――チッ!」
唯一曲がらなかった機体のパイロットが、そのチューブが付いたマスクの下で毒づく。
数秒後、降下した機体は黒い煙を上げ、後に橙の炎を上げた。
1機は圧倒的スピードでユスティティアに近づく。距離60。漆黒の機体は徐々にスピードを落としていった。距離55。時速3000kmから、最終的に時速1000kmまで落とした。
――距離50。その領域に踏み入れた瞬間圧倒的な数のミサイルが展開される。数は50……100……もはや数えきれない。空がミサイルに埋め尽くされたかのような錯覚。漆黒の機体はまた左に曲がろうとする。が、散布されている範囲から逃れられない。蟲のようなミサイルに突っ込んでしまう。次々と爆発の連鎖が起こる。全てのミサイルは、ある一点に集まっていた。――爆発が収まると、そこには漆黒の機体の跡形もなかった。
「――チッ! 役立たずが!」
マスクのパイロットは再び悪態を吐く。そのパイロットが乗っている機体は、またも雲河の上。さらにいえば、そこの座標はユスティティの遙か上空。
『1機まだ生きてる! 上空500!』
ウィンドウ内のフィーナが叫ぶ。
「わーってるよ」
クリフは操縦桿を握り返す。
『空爆かもしれないから気をつけて』
「了解」
ミネルアはヨルムンガルドを、今度は上空に構えていた。
――上空。漆黒の機体は滞空している。背面からは青い炎が機体を空中へと支えている。――その炎が消える。
機体は降下する。そしてやがて雲を抜け、下には黒い海が広がる。
「……コードA2」
マスクの男は低く呟く。
その瞬間、漆黒の機体はその姿を豹変させる。翼を曲げ、機首を曲げ、装甲を剥がす。暗闇でうまく見えないが、イバラのマークが刻まれた装甲が落ち、風に流された。
そこには、漆黒の戦闘機だったはずの機体は、背部に巨大なブースターを持つ漆黒の人型アウラへと成り替わっていた。
「可変!?」
ユーコは叫ぶ。
『まさか――』
フィーナも驚愕する。
「……」
クリフは何も言わず、操縦桿を握り締める。
正体不明機はそのまま降下する。腰の格納部が開く。中から丸い球状のものが転げ出た。1秒後、その球体は、人の目を壊せるような激しい光を放った。
「――うっ!」
スコープで上部を凝視していたユーコは突如の光に苦しむ。
「大丈夫か!? ユーコ!」
クリフはユーコに呼び掛けた。
「え、えぇ、何とか」
しかしまだユーコの視界は回復していない。治るまであと数秒は掛かるだろう。
「閃光弾とは……小癪な真似を――」
クリフは歯噛みした。
そしてついにクリフのロック可能距離まで敵機が近付く。
「――ッ!?」
既に漆黒の機体はスカイダイビングするような態勢で、こちらに銃を構えていた。
「ユーコ! 避けろ!」
「えっ……」
しかしユーコの視力はまだ回復し切っておらず、まだぼやけている。
ドンッドンッドンッ――!
漆黒の機体はそのライフルから3発連射する。その弾自体は実弾だが、わずかに青い稲妻を帯びていた。――超電磁砲。
その弾の1発は甲板に突き刺さっただけだが、他の2発はミネルアに当たる。右腕と左足を弾かれる。彼我の距離はかなりあるというのに、マスクのパイロットは当ててしまった。かなりの腕前だ。
ミネルアはその身体を支える足を失い、地面に倒れる。
「ぐぅっ――!」
その衝撃がコックピット内にも響く。体のあちこちをぶつける。パイロットスーツを着ているため負傷はしないが、衝突による衝撃は防げない。
――ネフィルのコックピットの中。
「あっ!」
モニターの中で、灰色の機体が何かに打たれ、膝をついていた。
「……ユーコ」
アイリは小さく、名前を呟いた。
「ユーコ大丈夫か! それじゃもう無理だ! とっとと引っ込め!」
クリフが叫ぶ。ウルカヌスはその両手の巨大なライフルを上空に構える。既に互いの距離は近くなっていた。
「わ、分かった。ごめん、後は任せた」
これ以上戦闘を継続することは困難。無理に戦ってもウルカヌスの動きを鈍らせるだけ。自分がこの場にいることにメリットはないと判断し、ユーコはリフトへと這いつくばった。そしてハンガーへと収納される。
ウルカヌスは反動に耐えられるよう、前かがみに構える。
「オラァッ!」
巨大な肩部が開く。中には大量のミサイルが詰まっていた。何十発ものミサイルが連続で広がり、対象を包み込むように打ち出される。それぞれのミサイルはランダムに動く、撹乱用だ。しかし撹乱用と言っても、これだけの数があれば、主兵器として狙えるほどに回避難度は高い。
「――下らない」
漆黒の機体は、武器を構えも、回避行動を取ることもしなかった。
ブースターに光が収束する。光の動きが止まる。その瞬間、爆音を響かせ漆黒の機体は加速する。真下へと。漆黒の機体は、青白い尾を引いている。
そしてその先にはミサイルが飛来している。が、ミサイルが漆黒の機体へと方向を向ける前に通過する。それは、異常な速さだった。
「な――」
なんだあれは!? とクリフは驚愕する。
(無茶苦茶だ! あれは戦闘機のブースターをそのまま使ってるのか!?)
――アウラと戦闘機で使うブースターは同じように見えるが、その実、全く違うのだ。まず加速力と最大上限速度が違う。アウラは加速力はあるものの、それはあくまで瞬発的なもの。一瞬だけ加速できるものの。故にそれはすぐに減速する。
しかし戦闘機の類のブースターでは、長時間での超加速を要求される。そして最大速度。これに大きな差が出る。戦闘機は空気抵抗をなくすための形を形成し、パイロットへの負担を減らすようになっている。――がアウラは別だ。形状の問題で出来ない。だから、速くすればするほど、機体自体も空気抵抗に耐えられず、パイロット自身が圧死してしまう――はずなのだが。
しかし目の前の機体はそれを難なくこなしている。
「チルドレンかっ!」
ライフルを撃つ。が、漆黒の機体は軽くステップし、かわす。既にその時には、ブースターから光は放出されていなかった。だが先の加速の余韻で、まだ速い。
ウルカヌスは後方支援だ。その超火力での重量により、近距離でのマンツーマンには不得手も不得手だった。間合いを詰められればミサイルは機能せず、頼れる武器はライフルと僅かな近距離武装のみとなる。
「――ほら、簡単じゃないか。このヴィレイグなら。……所詮あれは実験体か」
あっという間だった。漆黒の機体は、ユスティティアの甲板立っている。漆黒の機体は、ウルカヌスと対峙する。ヴィレイグの赤い眼がウルカヌスを捉える。その様はまるで死神。
「クソッ!」
ウルカヌスはライフルを構える。サイトを敵機に合わせる。
「――無駄だよ」
ヴィレイグは再びそのブースターを咆哮させる。自身の何倍もの体積の光が広がる。まるで翼のように。するとさっきまでいた場所よりも斜め右に、それもかなり離れた場所に転換していた。爆音を響かせながら。まるで見えない。
「んなことも出来んのかよ!」
ウルカヌスも右へ旋回しつつ、左へステップする。距離を広げるために。
「だから、無駄だと」
しかしその広げた距離もあっという間に詰められる。お互いにライフルを向けたら、銃口同士がキスできるほどの距離まで。
「――ッ!」
連続使用も出来るか! とクリフは心の中で驚き、あれだけの熱量に耐えるなんてどんな噴射口だ! と毒づく。そしてライフルを構える。今度は精射でなく速射する。ヴィレイグ目掛けて巨大な弾が飛ぶ。ちょうどコックピット目掛けて。しかしヴィレイグは両足を外側に広げ、体制を低くしてかわす。そして左手を地面につける。まるでクラウチングスタートのような。
ウルカヌスはひるまずもう一度撃――とうとするが、既に敵機は懐に踏み込んでいた。
「――ッ! デタラメだ!」
ヴィレイグは左腕を腰に持っていき、赤く光る、熱至型単分子ブレードを引き抜き、そのまま流れるように斬りつける。しかしその必殺の斬撃はウルカヌスの厚い装甲に弾かれる。
「何ッ!」
「伊達にメタボってないんでね!」
ウルカヌスは左手でヴィレイグの頭を鷲掴みにし、持ち上げる。
「捕まえたぜ?」
「クッ!」
ウルカヌスはライフルを捨てる。ウルカヌスの右椀部の手の甲辺りから、ギミックが飛び出す。そこから紫色のレーザーナイフが発生する。
「これで終わりだ!」
ウルカヌスは振りかぶる。
「いくら装甲が厚かろうが!」
しかしヴィレイグはその振りかぶった右椀部の肘部をブレードで突く。案の定、そこはジョイント部のため装甲に穴があったのだ。ブレードは見事に突き刺さった。
「チッ!」
右腕は動かない。動きを封じられる。
「ならこのまま――!」
頭を握りつぶす!
ヴィレイグの頭部が徐々にメキメキ唸る。
「舐めるなッ!」
ヴィレイグは左椀部の肘を目掛けてレールガンを連射する。
1発2発3発――。ヴィレイグの頭部は徐々に潰れていく。4発5発。ついにウルカヌスの肘がもげた。
ヴィレイグはそのまま地面に着地し、後ろに後退する。
「クソッ! 両腕やられた――」
――これ以上、黙って見ていられない。このままじゃ、あの人は――!
「ごめん、アイリ!」
ちょっと乱暴に操縦席から退かす。
「――っ。……カナメ?」
操縦席が通常の形に戻った。そして座る。アイリには脇に立って貰うことにする。セラフィには気のせいか溜息をつかれたような気がした。
回線を公開にする。
「退いて下さい! 僕に、行かせてください!」
ゆっくりと、人を踏まないように。しかし急いで歩く。
「お、おい! しかし――!」
下で整備員の人が制止する声が聞こえた。
『良いから! 彼に出撃させてあげて!』
フィーナの声がハンガー全体に響き渡る。その声に一瞬戸惑うも、下の人たちはその指示に従う。
「こっちだ! 坊主!」
リフト近くの整備員が手招きする。言われたとおりに、そしてさっき見た通りにする。
そしてモニターの中でフィーナが喋る。
『……頼んだよ、枢くん』
「うん。出来る限りのことは……するよ」
――そうだ。この力を受けた意味とか、何をすべきかとか、戦争に加担するとか、そんな難しいことは考えなくていい。そんなの僕には分らない。ただ、これ以上人が死んで欲しくないから。これ以上、悲しい事が起きて欲しくないから。目の前で人が死んでいって欲しくない。だから、だから助けるんだ。助けたいから――助けるんだっ!
枢の目は決意に満ちていた。
ネフィルは、リフトにより上昇していた。
ヴィレイグはウルカヌスから大きく跳び退いた。
「お前の装甲が硬いのはよく分かった。だがもう、これで何も出来まい」
レールガンをウルカヌスに向ける。
「クッ――!」
確かにもう、何も出来ない。右腕は破損、左腕は動力系を切断されている。残っている兵装は、肩部ミサイルにレーザーキャノン。火力はあるが、近距離戦では、不利な武器ばかりであった。
しかし、クリフにはそれでも、大抵の敵ならこの悪条件の中勝つほどの腕はあるのだ。腕はあるのだが、今回の敵が異常すぎた。
1つ、あの機動力は明らかに異を成している。瞬間的な爆発力が半端じゃない。しかも連続使用を可能としている。その性能は、中身の生存を全く考慮に入れてはいない、非人道的な性能。
2つ、それを実現可能、それに対して耐えられるパイトロットの存在。
――ドンッ!
銃口から、加速しつくされた銃弾が撃ち込まれる。しかしその弾はウルカヌスの装甲を撃ち抜くことなく弾かれる。
「ホントに丈夫なんだな、それ」
――ドンドンドンドンドンドン!
今度こそ、容赦なく打ち込まれる。休む間もなく、息をつく暇もなく。射撃と射撃の間を最大限まで減らした連射。ウルカヌスは着弾の衝撃でうまく動けず、かわせない。
――ドンドンドンドン!
ウルカヌスの装甲も限界に近づく。徐々にその紅い甲冑が剥がれ、素組みのフレームが顔を覗かせる。
「クソッ!」
ウルカヌスの脚部の装甲が開き、10ものミサイルがヴィレイグへ向かって、飛来する。しかしそのミサイルは、この距離で使うには広がり過ぎている。
「……」
ヴィレイグは前へ1歩動くだけで回避した。それだけで、ミサイルは対象を追い切れなくなってしまう。しかし、銃撃が一瞬だけ止む。
その機会を逃さない。ウルカヌスはそのまま地面を滑る。ヴィレイグとの距離を空ける為に円を描きながら段々と外へと広がっている。
「クソッ! ――なんとか何ねぇのか!」
クリフは頭を巡らせる。敵の兵装は、確認できたのはレールガンと実弾ブレード。戦闘機の状態での武装が残っているのならミサイルもあると考えるべきだ。こちらの兵装は肩部ミサイル、脚部ミサイル――どれも中距離だ。あとは腰のレーザーキャノンか。これではアイツに当たられないだろう。――ここは甲板だ。しかし海のど真ん中ではない。岸の奥に森もある。そこにアイツを誘い込む――いや、それじゃダメだ。俺がここを離れた瞬間、アイツはユスティティアへの攻撃を開始するだろう。
「――ッ!?」
ヴィレイグが突然消える。青く輝くながら。またもウルカヌスは懐に入り込まれていた。このスピードは、機体も、パイロットも、反応しきれるレベルではなかった。もはや光だ。
「メンドクサイ。始めからこうすれば良かったんだ」
そう冷たく、言い放った。
(間に合え――間に合え――)
ネフィルは今、リフトで甲板に出るべく上昇していた。この上では、あの紅いアウラが戦っている。それに状況は劣勢だ。一刻一秒も争う状況だ。
「ごめんね、アイリ」
巻き添えを喰わせてしまったアイリに謝る。
「……構わない」
しかし当の本人はやはり無表情だった。
『そろそろだよ、枢くん』
「……うん」
枢は操縦桿を握り締める。その頬には一筋の汗が垂れていた。
今度はあの地下のように、無人のノームアウラじゃない。有人だ。今度こそ、完全にアウラとアウラと“戦い”になるだろう。命の奪い合い。
「僕は……怖いんだ」
誰ともなく、僕は呟く。
――僕が命を落とす。もちろん、それも怖い。だけど何より……。枢はさらに操縦桿を強く握り締めた。
「……」
アイリは無言で枢を見つめていた。
「……人を、殺めるのが」
「……そう」
慰めるでもなく、嘲るでもなく、アイリはその独白にただ頷いた。
天井が十字に割れていく。黒い空が見えた。その黒い中、黄色く綺麗な満月も見えた。
――ヴィレイグは左手を左腰に持っていく。逆手で2本目のブレードを抜き放った。そしてそのままブレードを振り下ろす。ウルカヌスは避けることも叶わず、その左足に深々と突き刺さった。
「ッのバケモンが!」
脚部の装甲が開く。この近距離でミサイルを撃ち込む気のようだ。
「――させるかッ!」
突き刺さったブレードを左に斬り裂く。ウルカヌスの左足は、切断された。そしてそのまま、ミネルアと同じように倒れこむ。
倒れこみ、仰向けになった瞬間に、残った右足からミサイルが空へと打ち上げられた。
「これでやっと――終わりだな」
コア部を踏むながら、ヴィレイグは見下ろす。満月を背にしながら。漆黒の機体に、さらに黒みが強まる。そして赤い瞳が一点。その一点は、獲物を捉えている。
ブレードを振り被る。その先を、ウルカヌスのコックピットへと狙いを定める。
「――おやすみ」
そしてブレードを振り下ろ――
「――ッ!?」
――そうとするが、出来なかった。突如後方から、ウルカヌスの目の前に、庇うようにアウラが出現する。そのアウラは、ヴィレイグの胸部に――つまりコックピットに巨大なレーザーブレードを向けていた。
「天使、か……」
クリフは呟く。その機体は、この暗闇の中でも、神々しいほどに純白だった。
「マスター」
セラフィが僕に呼び掛ける。
「……うん、分かってる。アイリ、捕まっててね」
上昇が止まる。甲板に出た。奥の方では、漆黒のアウラが紅いアウラを踏みつけていた。
「……ROブースト、オープン」
枢は静かに呟く。ネフィルの背中から左右対称の2本のバーが展開される。
「ROブースト、READY」
セラフィが応答する。
その瞬間、2本の間に赤白い電磁、いや、熱、いや、何か正体不明の高エネルギーが溢れ出す。だが、少量なのは一瞬だけ。直後に莫大な量の光で溢れる。甲板全体が一瞬輝く。それは一定の形を保持しない。それはまるで巨大な2つの尾の様に。それはまるで巨大な翼の様に。霧のように形を成さないその光は飛び立つ為に瞬いているように見える。
その瞬間、ネフィルは加速する。後ろを輝かせながら。辺りに超高速度による衝撃波が発破する。
「ぐっ……」
「っ……」
コックピット内には急激な加速による強いGを受ける。
だがそれも一瞬で終わる。何も思う間もなく目的地に到達した。加速の最中、その左腕から巨大なレーザーブレードが発生する。
ネフィルは、漆黒のイモータルの前に立ちふさがった。その圧倒的な動きに、この場の誰も反応できずにいた。
「天使、か……」
クリフの声が通信として入ってくる。
「この、機体、は――!?」
男の驚愕の声も入った。
ネフィルは左腕に展開した巨大なレーザーブレードを敵に向ける。
「撤退、してください」
「――何だと?」
怒りを顕わにした声が入る。
「撤退してください。僕は、撃ちたくありません」
「舐める――」
『――ここまでだ』
男の声を遮る声があった。しかしそれはノイズが激しく、枢にはまともに聴き取れなかった。
「し、しかし!」
『2度も言わせるな』
「ぐっ――」
ノイズ交じりの声に気圧される。
「……了解」
漆黒のイモータルは空中へ浮かびあがる。そして変形する。しかし、最初の変形時にパージしたせいで元の完璧な戦闘機では無くなっていた。
「へ、変形!?」
枢は驚く。枢が見ていたモニターは甲板しか写していない為、上空の事は見えなかった。
漆黒の機体は元来た方向に合わせ、ブースターを吹かす。そしてすぐに加速し、あっという間に飛び去って行った。