ACT.23 an upset<5>
「いや、待てよ」
ウルカヌスへと迫る刃は、その言葉と共にぴたりと止まった。
最早触れるようなその距離。微塵の間を残し、刃は止まる。それと共に、不可解な状況にクリフと優紀の思考も止まっていた。
「……貴方達は生かしておきましょう」
そう言い、刃の光が失われる。元に深緑の色に戻ると、刃は元の肘部へと折りたたまれた。
力を抜く機体を見つめるも、クリフの思考は止まったまま。自分を殺す気満々だった敵が突然、止めたのだ。加えて本気で死を覚悟した直後だ。尚更思考は凍りつく。
「どうしてだ?」
「何、簡単なことですよ。……貴方達は私と、この機体が何であるか知りたいでしょう?」
その誘導するような口調に苛立つが、言っていることは事実なのでクリフは同意する。
「ああ、当然だ。……何だ、親切に教えてくれるのか? “先生”」
と、その言葉に男は笑った。上品な笑い声が二人のコックピットに伝わる。
「……ふふっ。いえいえ、そんな訳はありませんよ。自分で考えて下さい。ホームワークですよ、クリフ君」
「お前どうして――」
「どうして俺の名前を知っている、何てことは言わないで下さいよ」
ぐ、とクリフは言葉を詰まらせる。先程から会話の主導権を敵に握られ、更には先回りまでされる始末。こめかみに血管が浮き出そうになるも、状況が状況なだけにクリフは堪える。
「もうコスモスなんて秘匿集団じゃないんですよ。余りに有名ですよ、貴方達は。ありとあらゆる紛争に干渉しては、ありとあらゆる企業にも出現する。全てのクルーが明らかになるのも時間の問題でしょう。ましてやイモータルの駆り手など、周知の事実も同然ですよ。……ねぇ、麗しきレディ、ユーコ・オリガヤ」
「馴れ馴れしい男は好きじゃないわね」
内心、クリフは心臓を跳ねさせたが、悟られぬよう口にチャックをする。
「失礼しました。……まぁとにかく、貴方達は殺しはしませんよ。もう十分ですしね。……貴方達には私達を追いかけて貰いたい。……いえ、追い掛けざるを得なくなるでしょう。ですので、手掛かりを差し上げます」
一息。間を空けて呟く。
「……『イブリースΞレプリカ』。それが我が愛機の名称です」
「イブリース、レプリカ?」
「ええ。悪魔の名を冠するこの機体には……貴方達の機体など足下にも及ばない」
その言葉に、二人は息を詰まらせた。それは先ほど思い知らされた事実。
敏捷性が極端に高い運動性能。極めて高い出力。浮遊性能。そして、ミサイルでさえ感知できない不可視性能。
「それでは、お二方。またお会いしましょう」
敬う主相手のように、片腕を身体の前へ横にし、執事を思わせるお辞儀で頭を垂れる。
抗う術を亡くしたクリフとユーコに背を向け、無防備にも背中を向け、飛び去っていった。
傷跡に、焼け爛れたケツァールを残して。
「枢は――死なせないッ!」
ネフィルの陰からプロセルピナは飛び出すと、灼熱の炎の中を突っ切る。
その異常に正体不明は気づいた。爆炎の中目を凝らし、動く黒い影にサイトを合わせる。
「――E2」
直後、陽炎から飛び出したのはプロセルピナ。しかしその姿は人型ではなかった。その姿に酷似したものは航空戦闘機。
炎を貫き飛び出したのはイーグル形態でのプロセルピナ。蒼白い光を爆散させながら飛び立つプロセルピナ追従するように、炎は流れる。
「逃げるのか――?」
突きぬけ空へと掛けるプロセルピナを横目に男は呟いた。
だが、軽口を叩いていられるのも刹那。横切ったと思った直後、異常な旋回を持って、橙のアウラへと機首を向けた。同時、機首に備え付けられたガンガトリング・アヴェンジャーが閃光を放つ。
「――小癪な」
右翼へと僅かにステップを行使し、横切れば手を伸ばし届くほどに紙一重で避ける。
魂胆は単純だ。擦れ違う直後に左腕に展開する実体ブレードで翼を薙ぐ。それで鉄の鳥は翼を失い地に墜ちる。後は右手のヴォルカニクで撃ち貫くだけ。それで只の煤に変わる。簡単だ。
簡単な、筈だった。
「――A2」
擦れ違ったその瞬間、その刹那の間に既に人型に変形していた。人型に成ったその腕には、既に第三の小太刀が抜かれていた。
横一閃、小太刀は疾風の如き駆け抜ける。橙のアウラは腰を折り、今度は狙わず紙一重に避ける。
だが橙のアウラはそれだけでは終わらない。突き刺さんと左腕を振り被る。
しかしプロセルピナもそれだけでは終わらなかった。勢いよく振った小太刀の軌跡は、そのままプロセルピナの身体を引きずっていく。横に回る腕の勢いを殺さず、機体全体を横にし、流れで縦に回転し、刃を振り落とす――!
「バ、カな――」
まさに刹那の駆動。ただ突き刺すのみで終わるその動作よりも速く、一瞬で二連の撃を叩きつける。そのトリッキーな動きは、その場にいる者全てを魅了させた。
凍結しかけた思考を熱し、橙のアウラは慌てて後方にステップする。
「――E2」
だが、まだプロセルピナの追撃は終わらない。鷹の如きその姿形はまたも喰らいついてくる。一直線に向かいつつ、アヴェンジャーを連射する。咄嗟に肥大化した右腕で受ける。分厚い装甲で出来たその部分は、ガトリング如きでは破れない。
しかし脅威はそれに繋がる猛攻。
腹を見せ、僅か上空へと上がったプロセルピナは、
「――A2」
取りだした小太刀を振り被る。そして、振り降ろす。振り下ろすと同時、プロセルピナは下方へとステップした。機体自体が瞬間的に降下し、尚刃は降ろされる。それらの相乗効果に伴う破壊力は語る意味もない。
またも、苦しく橙のアウラは後方へとステップする。前方へと降り立ったプロセルピナは、中空でターンし、小太刀を投擲する。
臨界まで溜められた矢のように迫る小太刀。それは小太刀ではなくまさに矢。咄嗟に、ヴォルカニクで防いでしまう。深々と突き刺さる穴からは紫電が漏れている。
そして、爆散。暴発した銃の炎を橙のアウラはまともに浴びる。そしてその陽炎の裏、
「――E2」
既にプロセルピナは再びイーグルへ。背後に瞬く光。それを認識し終わると、既にプロセルピナは橙のアウラの頭上へと飛行していた。
「――A2」
伸びた腕には第四の小太刀。逆手に持ち、殺意を込めて振り下ろす。半月を描いた刃は橙のアウラの左肩を貫く。刃の半身が飛び出している様を見れば、ジョイント部を穿った事が容易に分かる。
枢は思わず、その剣舞に魅入ってしまう。
――そう、これがアイリの紛れもない実力だ。幼い頃よりアウラに搭乗し、日々訓練に修錬を積み重ね、知識を受け、身体に染み込ませる。
コスモス最年少にしてコスモスのエースであるその腕は、決して酔狂などではない。
初めて与えられた可変機を受けたその日に身体に馴染ませ、加えて今では独自の変形動作により従来の動作時間を十分の一までに縮めた事を可能にした偉業。才能。
何より、その小さな身体が初めて搭乗したものがイモータルなのだ。何より彼女は、父の残したプロセルピナ以外は認めなかった。
初めて乗ったアウラがイモータルということなど、もはや手綱を持った事の無い人間が暴れ馬に乗るようなその悪条件をアイリは乗り越えてきた。才能、腕、センス、そのどれもが枢と比べて引けを取らない。如何な正体不明と言えども、苦戦しない筈はない。
証拠に、敵と見做せるのはネフィルだけと高を括っていた橙のアウラ搭乗者も、額に汗を滲ませ、息を荒げている。
刃を振り下ろすも、プロセルピナは橙のアウラのように宙に漂うことは叶わない。従って、正体不明の肩を足場に立つ。
この状況に、自分の様に男は苛立つ。憎しみと殺意を籠め、黒の瞳を介して頭上の無礼者を眼光が射抜く。
「貴様――グザファンを汚らわしい土足で踏むなど……」
満身創痍である、橙のアウラ――『グザファンΞレプリカ』は右腕を頭上へと奮う。ガトリングの銃弾で傷一つつかない強固な装甲は殴打するだけで十分な武具として機能する。
無論、プロセルピナに当たる筈はない。
前転するように、プロセルピナは腰を起点に宙へと回天する。振られた拳は虚しく空振った。
丁度頭が逆さに来た辺り、プロセルピナは最後の一本、第五の小太刀を引き抜く。と共に、回転の慣性を利用し、円の軌道で斬撃した。回転の勢いと、振り降ろされた刃。またも威力は相乗する。
しかしその短い刃では届く装甲は頭部のみだった。頭部を真っ二つに引き裂くと、そのままプロセルピナは降下する。
際に、二機は背中合わせになった。その瞬間を決してアイリは見逃さない。追撃、猛攻、斬撃はまだ浴びせられると。
グザファンの背中から生える小太刀の柄を逆手に握り、引き抜くとともに装甲を両断した。
引き裂かれたのは左腕。火花が散ると共に、グザファンの腕は切断された。装甲の袖口から激しく紫電が零れ出る。
だが、まだ終わらない。
同時、その宙でターンし二度斬りつける。順手で袈裟に、逆手で逆袈裟に。しかしその二閃が通ることはなかった。遮る肥大化した右腕によって阻まれた。
男は呻きながらそれらの斬撃を、何とかイブリースの右腕で防ぎきる。
結果、プロセルピナが健在した状態で、地に降り立つ。同時にアイリは一息だけ吐いた。
プロセルピナが上を見れば巨大な銃と左腕を失ったグザファンΞレプリカ。悪魔の王の名を冠するアウラは、全身傷だらけで空中に漂っていた。焼け爛れ所々橙は黒くなり、刀傷を全身に浴び、尚隻腕。この状況――旧世代の兵器によって傷つけられたこの状況は男にとってこの上ない屈辱であった。ネフィルではない、一般のイモータルから傷を負うなど。その男のプライドというプライドを踏みにじったようなもの。
故に怒り。怒り。怒り。眼下に立つ二本の刀を携えるアウラを――
「――必ず殺す」
と。
途端、グザファンの右手の装甲がずるり、と外れた。前触れもなくそれはプロセルピナの前へと落ちる。思わずそれを視界で追おうとしてしまうが、
「――アイリ!」
枢の叫び声で中断。プロセルピナはステップと共に顎を上げる。
一瞬前までプロセルピナがいた地点を、抉るように右腕が伸ばされていた。地面とグザファンの距離自体は在った筈。少なくとも、腕が届く距離ではない。……だが、その掌はしっかりと地面を抉っていた。
眼前の地面を抉る細く伸びたその腕は、太く折りたたまれていた腕が展開されたということ。関節が四つある奇妙な腕の先、手が触れていた地面に穴が空いていた。それはそこで爆発が起きたかのように半球状の凹み。
だが枢とアイリは見逃さなかった。掌の先から稲妻を内包した黒い光が瞬いていたのを。
だらり、と力なく永い右腕を下ろし、グザファンは悪魔の如く低空の宙漂っていた。
「ミサイルが……ハイペロンに包まれちまった」
ミサイルの半ばを中心に、全貌の殆どを覆う黒い光。
目に見えて、加えて言うなら音でさえ、メキメキと凹んでいた。月のクレーターのように表面が変形していく。
思わず、目の前の惨劇に皆脚を止めていた。任務は失敗。その事だけが頭に残る。
「よし、良いだろう。ハゼクラ。あれではディスクに一つくらいひびは入っただろう」
「……そうだな。じゃあ、任務完了か」
そう言い、カニスの駆るケリエルはミサイルを横目に後退していく。通り過ぎるその機体に幾つかのファルスは銃を上げようとするが、動作が鈍く、ケリエルはあっという間に通り過ぎてしまう。
タイタンも後退する。その途中に、最後の仕上げ、と言わんばかりに玉を放った。放物線を描き、それは再びミサイルへと直撃する。更に、凹むは酷になった。
「カニス! お前……何なんだよ――畜生!」
震えるビートの声が、カニスの耳に入る。厳老な表情に変わりはない。
少なくとも、ビートの目にはカニスは副艦長として理想に見えていた。フィーナの右腕として徹底的にサポートし、いつもフィーナの後ろで騎士のように佇んでいる初老の男はコスモスに不可欠な存在だと思っていた。思っていたのに、現実はこれだ。
疑いもしなかった自分が情けなくて、フィーナにそれを独りで負わせてしまったことも情けなくて……何も出来ない自分が本当に嫌だった。だから涙が流れる。それは悔しさから、不甲斐無さから。大の大人の男が、その両目から涙を滴らせる。
その声にカニスは応えることにした。
「……ビート」
聞き慣れた威厳のある声。ブリーフィングでは何度もその声を聞いた。報告を行う際もその声はよく聞いていた。
「お前は、お前達は――コスモスで在り続けろ」
ただそれだけ。呟くと既に通信は切れていた。外部と完全に遮断した音信不通。
これで、カニスはもうコスモスに戻らないであろうことを自然と確信した。




