ACT.23 an upset<2>
何だか自分的に凄い展開です。ちょっと不安。
「――オクタウィウスか? 私だ、カニスだ。――ああ、無論だ。だが恐らく私単独では盗れんぞ? ……ああ、了承した」
パネルを操作し、カニスは通信を切る。ケリエルのコックピットの中、腕を枕にして深く寄りかかった。
……事は成した。大まかな状況は、カニスの思惑通りに出来上がっていた。
コスモスに適度な情報を与え、適度に情報を隠蔽させ、適度に戦場へ干渉させる。副艦長という立場は幾らでも裏から情報が操作しやすく、権限もある為、行動の修正など容易かった。
ただ、問題を上げるならば、オーガトロンの真実を一人が知ってしまったこと。人智を越えた有り得ない事実であるため、辿り着けることは想像を絶するほどに難儀であったが、彼女は知ってしまった。
加えてコスモスがディスクの入手すること。
ちょうどカニスがM.F.G.社へ訪れている際に行われたカニスの知りえない任務の為、阻止することが出来なかった。何より、“あの時”の十年来罪人と繋がりがあるとは……逆にカニスの想像を超えられたというのが事実だ。
故に今から行うは事後処理。
最も一方的に、コスモスへと為す術もなくディスクとワイズの遺産であるアウラを回収するには、その二つを内包した飛来するミサイルを巡行中に受け取ることだ。だがそれは、戦闘機以上の速度を上げて巡航する物体を受け止めなくてはならないため、不可能に近い。
従って、後は着地した直後のミサイルを回収することが確実となってくる。
しかしそれには大きな問題がある。……コスモスと対面することになるという事。元々回収するのはあちら側なのだ。当然といえば当然だ。
そしてこの状況、確実にこちらがディスクを回収することは推測されているだろう。早期の段階で。
だが幸運にも、シュペルビア殲滅作戦の勃発が枢達の帰還と重なったため、想定されていた人員よりも少ない筈。そこはこちらのプラス方向への誤算だ。
……ふと、フィーナはいつから内通者の存在を危惧していたのか、と考える。
恐らく、可能性を想定したのは十五年前から。つまり、コスモス設立と考えるのが自然だろう。
だが捜索し始めたのは?
「……そうか、ジェノスか」
顎に手を当てカニスは呟く。脳裏に浮上中のユスティティアを夜に紛れる黒い機体が三機強襲した様を思い浮かべる。
その時が順当だろう。極秘に動いていた艦の位置が割れていたのだ。怪しむとしたらあの時からか。
だが、あんな情報は幾らでも流せるものだ。特定は叶わなかったのだろう。
では、獅子身中の虫の存在を特定し始めたのは?
「……オルレア、だな」
新型アウラをコスモスの監視の下発見することが出来なかったという“誤”報告。かなり無茶があったのだろう。この時にフィーナは確信を得ていた筈だ。しかしあの場合はどうしようも無かった。人の目を盗み、大量のアウラを虎視眈々と準備するなどやはり不可能に近いのだ――霧の世界以外では。
その時には監査班やその班との通信仲介メンバーに絞っていたのかも知れない――カニスを含め。だが、彼女の甘さ故に特定は叶わなかった。
と、モニターに何らかの通信を受信した合図であるマークが映されていた。既にコスモスとの通信は受け付けない様に設定してある為、コスモスであることは有り得ない。
パネルを操作し、通信を受託する。本来ならば顔を映す筈のウィンドウが開かれたが、そこには“SOUND ONLY”の文字のみが浮かび上がっていた。
「誰だ」
怪訝な表情を浮かべながら、カニスは返答した。
「――俺は、ハゼクラという。アンタがカニスで合ってるのか?」
若い男の声。声の揺るぎ無い芯の太さから、強い若者であると確信する。
「ああ、そうだが?」
「俺がディスクとアウラの回収を支援する。着地地点の座標を教えてくれ」
「……証拠は?」
一時の沈黙後、
「証拠? ……そうだな、『オクタウィウス・ウィリウム』。……これでいいか?」
カニスはその名前を聞くと同時に大きく息を吐きながら、
「ああ、了承した。今から座標データを送る」
「君は大人しくしていてくれ。アルメニア・アルスの破壊命令は出されていない。僕に用があるのはそこで横たわっている黒い骸だけだ」
レールガンをアルメニア・アルスのコックピットへ向けながら、ジェノスは冷たく言い放つ。
もがれた腕を後ろにやり、まだ存在する左腕を前に出してアルスは敵を見据えていた。
イリウムは殺意を剥き出しにするも、その殺意に応えうるだけの行動は出来ない。必死で頭を巡らせるも、アルメニア・アルスには既に武器はない。カルトヴェニア・アルスの所持武器であったレールガンは右腕と共に落としてしまった。
「ソイツを、どうするつもりだ?」
「別に君に話す必要はないが……まぁ良いだろう。簡単だよ。消滅させる。彼には痕跡を残されてしまっては困るんだよ」
「痕跡……? どういうことだ?」
何故、痕跡を消す必要があるのか。残っていてシュペルビアに困るのか。ジャスバーは既に死人で、口を開くことすらままならないというのに。
いや、それとも機体自体が、だろうか。どちらにせよ、はっきりと定まらない。
ただ何にせよ……兄の死体に何かをするということだけ、イリウムは理解する。
「そこまでは教えないさ。面倒臭い。まぁ、とにかく君には何ら興味すらないから、黙って見ていてくれ」
アルメニア・アルスに向けていた銃口をそのままスライドさせ、カルトヴェニア・アルスへ。
ジェノスは表情も無く、トリガーへと指を這わせる。
瞬間、イリウムの背筋に寒気と共に形容しがたい怒りが湧き出た。
「お疲れ様、ジャスバー」
銃口に紫電が集まる。刹那の直後に雷弾は発射される。
破壊する為。カルトヴェニア・アルスを破壊する為。兄を破壊する為。既に死したその身を更に破壊する為。
しかしそれは決して、イリウムにとっては黙って見ていることが出来るモノではなかった。
脚部を煌めかせ、アルメニア・アルスは大気を駆け抜ける。
弾丸が銃口から顔を出すよりも更に早く。弾丸と同等のスピードで奔る。左腕を前へ伸ばしながら。
飛び込んだアルメニア・アルスはレールガンの先を左手で握りしめ、躊躇せずに引き寄せた。
直後、弾丸が発射された。逸らされた銃口から、ジェノスの思い描いていた軌道とは違うものを辿り、弾丸は地に跡をつけた。
「貴様――邪魔をするなと言っただろう」
「兄さんに、何をする気だ」
「言ったろう。消滅させるって。これで撃ち込むんだよ、ガンガンと」
「させない!」
「どうしてだ。君がしたことだろう?」
「ちが――」
う、と。
途端、息が詰まる。
違うと、否定したかった。そんな、ただ命を殺害行為ではなくもっと、もっと違う何かだと。
けれど結局は、同じ事だと気づく。
「ほら、退けよ」
ヴィレイグは左腕でアルメニア・アルスを押し退ける。たたらを踏みながら、アルメニア・アルスは何とか踏みとどまった。
レールガンを横たえるアウラに向けると、再度一閃の電撃がレールガンの銃身を奔る。
その光景をイリウムはまじまじと見つめる。光る銃口。横たえるカルトヴェニア・アルス。
「止めろぉぉ――!」
アルメニア・アルスは飛び出した。銃口を手繰り寄せる事もせず、ただ一心不乱に前へと飛び出す。銃口は変わらない。銃口が見るその先にはカルトヴェニア・アルス――
「な――」
――否。そこに立ちはだかったのはアルメニア・アルス。
紫電を帯びた銃弾は、アルメニア・アルスの装甲を打ち砕いた。
人気のない灰色の通路に足音だけが響いていた。
しかしその音に、一人の男の声が加わる。
「艦長、これからどうするんです?」
走りながら、ビートはフィーナに問いかけた。
頭に若干の痛みが走っているのは、この際気にしない事にしている。
「とりあえず、ワイズからのディスクを回収する。――とは言っても、パイロットは全員出払ってるから、着地点付近の森林に回収班を待機させる。ラインズイールにも援護の要請をしておいたから、間に合えばラインズイール軍が来てくれる。……そして着地と同時に回収班は急いで機体を回収。その間、ユスティティアとラインズイール軍はミサイル、バルカンその他全武装で徹底援護。今はそれしか出来ない」
パイロットは全て出払っている。基本的に少数精鋭であるコスモスはいつでも人手が足りない。アイラの機体数自体はなかなかに多いのだが、いかんせん乗るべき人が少ない。IMアウラを五機所持している時点で戦力としては破格なのだが、数自体は少ない。だから、コスモスは絨毯爆撃の類の作戦は苦手となる。そういう作戦を取る場合は、ウルカヌスの火力に頼ってしまうところが大きい。
技術人員ならある程度は増やしやすいが、直接命を落とす危険性のある者はほいほいと入れる訳にはいかない。コスモスに所属している以上、無理難題を押し付ける事も多い。
だからここではヴァンデミエールとのパイプが非常に助かるものとなっていた。要請を送ると、彼は快く引き受けてくれた。ラインズイール軍も殲滅作戦にかなりの人員を割いているにも関わらず、だ。
「了解。回収班の指示は任せろ」
「うん、よろしく。……今は君が、副艦長みたいなものだよ?」
「……ああ」
ビートは俯き、けれど力強く答えた。
俯いた理由はやはり二人のクルーのこと。
この世を去ってしまった一人の少女の事。
クルーを撃ち殺した一人の男の事。
ビートはなんだかんだ言いつつもコスモスの事が好きだったのだ。
艦長に無茶な仕事を押し付けられようと、腹に殴打を喰らおうと、コスモスという在り方はとても心地良い。
見返りを求めず、戦争の蕾を積むだけに存在する機関。国を守るでもなく、利益を求めるでもなく。……ただ世界を守るため。
そんな子供じみた理想を自分達は追いかけている。けれどそんな理想を迷わず皆追いかけている。それはとても、素晴らしい事だ。
――けれど、それを胸に抱いてなどいない男はいた。
ビートは知らず、爪が食い込むほど拳を握っていた。
「何、あれ――」
そこに在るのは一機アウラ。
細見のフォルムで、橙の配色に紅の溝を彫り込まれた独特のフォルム。そしてまた、右腕が左の腕よりも一回り大きい。
そしてその手には巨大な銃を持っていた。狙撃銃のように長く、しかし狙撃銃のように鋭利な形状をしていない。まるでパンツァーシュレックのようなロケットランチャーにしか見えない銃。しかし、銃口がそれにしては小さい。
アイリは思考を必死に巡らすが、該当する兵器は見つからない。考えられる可能性は弾薬室の確保、か。
だが何より奇怪なのは、中空に苦もなく浮いていること。
「……チッ、ネフィルか。一番外れを引いたな」
男の声がコックピット内に響き渡る。嘆息と共に吐かれた言葉には、酷く落胆の色が見られていた。
「どういう意味だ?」
「お前が知った話じゃない。気にするな。……まぁ良い。続行する」
瞬間、下げられていた巨大な銃がネフィルに向けられる。
「枢!」
「大丈夫、大丈夫だから……」
枢は飛び込んできそうになるプロセルピナを止める。
それは当然、賢明な判断と言えるだろう。ネフィルにはオーガトロンがある。三桁のアウラを巻き込むような大規模の爆発を全身に浴びながらも無傷にいる代物だ。ちょっとやそっと、所ではなく、本当に傷をつけられるのかどうかさえ怪しいものだ。
今は純白の装甲に身を包んでいるものの、損傷を受け、装甲が剥がれさえすれば、またオーガトロナイズへ移行する。恐らく最強の、無敵の装甲だ。
敵を倒せないにしても、ネフィルが膝をつくことはないだろう。
故に枢は強気でいた。
「大丈夫……か。まぁそうだろうな。……忌々しい」
「どういう、ことだ?」
「お前には関係ないと言っただろう」
正体不明の指が動作する。向けられた先はネフィル。
指が動く瞬間にネフィルはステップする。幾ら装甲にオーガトロンがあるとは言え、無暗に受けようとは毛頭思わない。
弾丸が放たれる。
と、同時に、銃器とは思えないほどの発砲音が響く。通常のライフルの発砲音を百、重ねたようなそんな酷く重い重圧音。
音が響くと共に正体不明の右腕が極端にぶれる。それは発砲時の急激な衝撃に耐えている為。恐らく通常のアウラなら一瞬で腕がへし折れるほどの衝撃。それきっと、イージス艦の主砲並み、或いはそれ以上。だがそれを正体不明は耐えきっている。
その強大な衝撃により放たれた弾丸は、数瞬前までネフィルが在った空間を切り裂いていく。
弾丸はゆうに身切れている。ステップにより移動したため、着弾地点よりネフィルは大きく離れていた。故に直撃は有り得ない。――が。
着弾地点には炎が巻き上がった。正体不明のように赤く高く炎を上げ、黒く暗い煙を同時に吐き出している。
そう、着弾した弾丸が爆発した。だがその爆発の規模も並ではない。グレネード、ミサイル――そんな類の武器は既に遥か凌駕している。
続けてもう一発。
「な――」
しかし今度はプロセルピナへ。
アイリはその銃口の移動の変化に気づき、即座に後方へステップした。弾丸を避ける分には十分な距離を移動した。着弾を免れるだけならば。
「アイリ――!」
ネフィルはプロセルピナの元へ駆ける。翼を羽ばたかせ。
一瞬で弾丸と同等の速度を刻む翼で、ネフィルはプロセルピナの前へと立ちふさがる。
放たれた弾丸が着弾する。ネフィルは背を向け、プロセルピナを包み込むように抱きしめた。
爆炎。
そのグレネードより、ミサイルよりも広大な爆発の所以はその弾丸に込められた一つの機構。それは、“アウラ動力炉”。
単純な話だった。ライフルよりも少し大きい弾丸の一つ一つに鉱素を混ぜる。衝撃と熱によりエネルギーの発生。着弾により拡散。鉱素の核同士で反応を起こしていた所に酸素が触れることで、大規模な爆発が起こる。それを、ただ正体不明は行っているだけだ。
ネフィルはその背中に爆炎を受け止めていた。サイズが縮小されているとはいえ、動力炉が暴走した際に発生するエネルギーは膨大だ。既にネフィルの背部の装甲は剥がれおち、黒い装甲が空気に曝されていた。
「出たな……“オーガトロン”。……試させてもらう」
再び構え直し、正体不明のパイロットはトリガーを握る。
向けられた銃口はネフィル。
再度巨大なライフルが吠える。二度、三度、四度、五度――
全ての弾丸がネフィルの背に直接撃ち込まれ、背中で爆発を繰り返している。
「オーガトロン、死滅率30%。イエローゾーン」
六度、七度、八度――
休むことなく弾丸は降り注ぎ、ネフィルの背中を焼き続ける。
そのどちらもが、脅威的な存在だった。アウラ動力炉を爆薬とする弾丸を受け止めきるネフィルも、不滅であるオーガトロンを死滅へと追い詰めているその弾丸も。そして、その衝撃を受け止める腕も。全てが何かを超越している。
「枢!」
「大丈夫、大丈夫だから……」
予想以上に次弾装填の感覚が速い。殆ど一秒を待たずに撃ってくる。あんな衝撃のある銃を連発で短時間に打ち続ける事も脅威だが、何よりあの弾数の残りを気にしていない。ということは、あれは殆どマシンガンのように無蓄蔵にあるのか、或いは――あれは消費しつくしても
構わない武装だという事か。
アイリは目の前の状況に歯噛みする。枢がまた、自分の身を守っている事実。自分の身を挺して、犠牲にして、力を行使して寿命を縮めて――
「――がっ、は――ぁ」
突然、枢の咳が聞こえた。それも決して渇いていない、酷く水気が混ざった音。
それが血だということは明白だった。
――死。
アイリの脳裏に、ある未来が過る。厭な予感。厭な結末。厭な運命。――決められた運命。
「それは、嫌だッ!」
「アイリ!?」
気づけば、プロセルピナはネフィルから飛び出していた。




