ACT.22 束の間<1>
自動で開く自分の体十人分以上ある巨大な鉄の扉を開ける。
人払いをしてある筈のそこにはユスティティアの制服である蒼色の服を纏った青年がいた。
「――や、ビート」
出来るだけ……出来るだけいつも通りに。それだけを念頭において、言葉を発し、表情を作り、身体を動かす。
まるで待ち合わせ場所に早く来た友人に挨拶をする時のように片手を上げ、会うのが楽しみだったというような満面の笑みを浮かべて、フィーナはビートに向かって言った。その姿を見てビートは驚いたように一瞬目を見張るが、直ぐに溜息を吐きながらフィーナにゆっくりと歩み寄る。
そして、片手を優しく頭の上に置いた。
「……馬鹿野郎、笑い過ぎだ」
その不自然な笑顔を少し悲しみながらも、優しく諭す。そしてあやす様に二度、柔らかく頭を叩いた。
今度は逆にフィーナが目を見張る番だった。普段通りに、冷静に、何事も無かったかのように顔を“造った”筈なのに。だから少女はバレるとは思わなかったのだ。
「……そうだね」
ビートの言葉に、フィーナは目を伏せる。それしか出来なかった。
少女は小さな肩にコスモスという思いモノを背負っている。一国の軍に匹敵する――いや、むしろそれ以上を誇るその武力。悲劇を背負い、身を捧げ子供のような馬鹿げた理想――“世界平和”を実現させようとするクルー達の想い。それはどちらも重く、ちっぽけな少女では背負いきれない。
だからと言って、弱音は吐けないのだ。背負えなくとも、背負わなければならない。皆、その小さな背中について来てくれるのだ。疑いもせず、艦長――と。
だから涙でさえも見せたくはなかった。誰にも。誰にも、心配掛けたくはないのだ。平和へ、一縷の曇りもなく皆で進むために。
フィーナは目を瞬かせる。
「……この、馬鹿野郎が!」
ビートは銀の髪を殴りつける。高く振り上げられ、降ろされたその拳。
瞬間、フィーナは泪した。
「いったぁ! 何すんのさ、ビート!」
「バーカ。いてぇのか? この程度で泣いてんじゃねーよ、莫迦! そんなに痛かったか! 俺の拳が!」
「痛くないよ! 泣いてないよ!」
「おぉおぉ、よく言うぜ。そんなに涙溜めてる癖に。いやぁ〜、日々のトレーニングの賜物だぜ。これでフィーナにもへぇこらこき使われなくても済むってもんだぜ!」
「なにを!」
フィーナはそう言い、袖で何度も目を擦る。
三度往復し、不意に顔を上げた。と、同時にビートは駆け出す。
「あ、コラ! 待て!」
「うっせ! お前の拳いてぇんだよ! 殴られてたまるか!」
「一発ぶたせろ〜!」
逃げるビートの服を掴み、脳点に一撃を入れるのはまた数分後。
フィーナは痛くなどなかった。流れた涙は、決して痛みによるものなんかじゃなかったから。
「キョウヤ……生きてるよね」
「当たり前だ。誰がお前を引っ張ったと思ってるんだ」
「あはは……そうだよね」
そのいつも通りの少し突っ張った少年の答えに、安堵して少女は答えた。
そうなのだ、少年はいつもそっけない。けれどいつも一生懸命で、他人の事を想っている。
きっと、彼は子供なのだ。良い意味でも、悪い意味でも。
人が死ぬのが許せないなんていう戦場に赴く為の幼い理由。きっとそんな理由で軍にまで乗り出すのは、本当に極々一部だろう。だから彼はここまで一筋に生きてこれたのだし、信念を曲げずに、いつでも人を助ける道を選んでいたのだろう。
「ねぇ……キョウヤ」
「何だよ」
「……何でもない」
「……何だよ、それ」
あのレーザーライフルの暴発による爆発を見た時、本当にティアラは自分の命は終わったと思った。あの爆発は、核を脳裏に浮かばせる。
ファルスの推力じゃ決して逃げられない。そう即座に悟ってしまうほど、壮観する光景。きのこのように浮かぶ爆炎、太陽が弾けた様な眩い光。
あれライフルにはどれ程のエネルギーが在ったのか――否。あの光弾には、一体どれほどのエネルギーが内包されていたのか。
人の身を、鉄の身を即座に蒸失させるエネルギーの塊が暴走を為し、行き先を失くし、収縮して拡散する――それが、あの馬鹿げた規模の爆発。あれの規模は、動力炉暴走と同じだろう。
その焼跡を、白い霧の中霞みながらも見つめる。
「ねぇ……終わったの、かな」
「さぁ、分かんねぇな。熱源は確かに消えたようみたいだが…………まぁとりあえず、俺達の負けだ」
キョウヤは投げ捨ててしまった。自分で抗うという事を。
人を死なせたくないと、心の底の底から想っているというのに、三桁もの人の命が一瞬で消えうせてしまった。キョウヤの目の前で。所詮救えた命は二つだけ。
そしてキョウヤはあの天使を抑える役目だった。……責任感を感じている、何て生易しい重圧ではないのだろう。今、彼の身体を潰そうとしている何かは。たった二つでも命を救えた――そんな慰めでは意味がない。彼を覆う自身への責苦というがんじがらめの鎖から逃れられない。
……だが、それも無理はない。あの天使の二機は、それほどまでに圧倒的な武力を有していた。
何も寄せ付けない奇怪な装甲。三桁のアウラを巻き込む爆発を浴びて尚その様は何一つ殺がれていない。
正しく天使であり、神の使いである人間を管理するモノだ。
そしてそれと闘っていた細身の堕天使。勝るとも劣らない力を持っていた。
全身から迸る黒い何かは、見る者の心臓を握り締めるような圧迫感を携えている。
その二機の戦いは壮絶。凄まじい音と、衝撃と、闇を持って暴れまわる天上の暴君。
あれは天使の模倣だ。所詮、自分たちが駆るヒトの模倣では太刀打ちできないのだと痛感させる。
武器も失い、戦機も失くし、戦意を削がれた自分たちの出る幕はもうない。
雄軍は全滅。――――所詮、その程度の力だった。
「……ねぇ」
「何だよ」
苛立ちに任せ、少し強く返してしまった。それを直ぐに理解し、自己にキョウヤは嫌悪を抱く。
「……キョウヤ」
「だから何だ、って」
「……ありがとね、助けてくれて」
「――――」
悔しさに熱せられていた脳が、不意に冷やされる。
そのとても短い言葉はキョウヤの鎖を溶かすものではないが、それでも。心からのその言葉に、キョウヤの抜け出そうという力は湧く。
「……当然だ、そんなの」
「うん……ありがとう。――大好きだよ」
「な――」
冷やされた脳がまた加熱した。しかし今度は脳だけでなく、顔全体も加熱された。
普段から言われている事だが、今は何故か深く胸を突いていた。
何を素っ頓狂なことを言っているのかと、キョウヤは口をわなわなさせる。アクストラのコックピット内のモニター越しでは、いつもの笑顔――より少し悲しそうな、けれど暖かい笑顔を見せているティアラの姿が映っている。
それを見、また言葉が詰まるが、何とか脳味噌から言葉を引っ張り出し、叩きだした。相も変わらず、ぶっきらぼうな言葉を。
「ば、馬鹿か……お前は」
「馬鹿じゃないよ。だって、好きなんだもん」
口を尖らせ、少女の純真な気持ちを汲み取る。それは決して本心からの音。ありがとう、と――感謝の言葉と同じ、心の底から湧く言葉と感情。
キョウヤは頬を掻きながら答えを返した。
「……………んなの、俺だってそ――」
「――なぁ、俺居るの分かってる?」
「んな!」
「あ――!」
「……おい!」
拳骨のような声を上げるギリアム。
「いや、ええ、分かってましたよ。大佐」
「嘘吐け! 二人の世界創りやがって……俺はどうすりゃ良いってんだよ。大体これ公開回線何だからな! 周囲に駄々漏れだぞ! ばーか!」
「……ばーか、ってアンタ」
三十過ぎた軍人で渋めの親父が言っている言葉だと思うと、二人は背筋に悪寒が走るのを止められなかった。
「――おい! テメェ! もやし!」
甲高い金属のような声を上げ、がなる音がコックピット内に響く。
「五月蝿いわね……そんな状態なんだからぎゃーぎゃー吼えない。全く」
背もたれに身を預け、目を開きモニターに移る光景を視界に入れる。
そこに居るのは四肢と頭部を穿たれたケツァールの姿。
翼どころか手足さえ落とされた怪鳥はもはやそのパイロットを入れるだけの入れ物になっている。
「煩い! オレをどうするつもりだ!」
優紀の溜息交じりの願いを、優紀と同じ言葉で返して、尚もC11は暴れていた。
「どうするって……まぁ、順当に考えれば尋問と人体検査だろうなぁ」
「人体、検査――」
その言葉を耳にした途端、C11の声色が明瞭に強張る。
震え、切れ切れに零した。
「馬鹿、クリフ! ……なるべく身の安全は試みるわ。ただ、尋問は避けられないわよ。何せ貴女はシュペルビアに所属していたんだからね」
「――――」
また、ケツァールのパイロットは黙ってしまった。
ミネルアによって、殺さず戦闘不能に追い込まれたケツァールは、そのままユーコとクリフらに身柄を拘束された。……とは言っても、本来はしっかりと手錠をかけ正式に身柄を拘束する予定だったが、コックピットが何もせずとも壊れていて、じゃあそのままでいいやという流れになったのだ。
元より、彼女に暴れられるとこちらも一苦労では済まないので本当に好都合だったが。
ふと、クリフがチルドレンという言葉を漏らしたことにより、彼女の異常性は発覚した。
突如、これまで威勢を納め親を失った赤子の様に脅え始めたのだ。
その様子に二人は予想がついた。
彼らとて、チルドレンを見たのは一度や二度ではない。戦場で見もしたし、病室で見もした。……病室で横たえる彼らの姿は、あまり思い出したくないものだが。
大抵彼らは闇を抱えている。一番顕著なのは情緒の不安定さだ。穏やかだったり、冷静だった雰囲気が突如スイッチを押したように暴れまわったり、彼女のように脅えたり。そして次に目立つのは自身の体を触られること。それはすなわち検査であったり、病院などの機関に施された時には鎮静するのに強力な麻酔がいるほどだ。
彼女は、その典型例と言える。
感情が高ぶり、自分の体を診られることを極端に恐れる。……余程の、実験があったのだろう。
だからそんな様を見て、優紀は心境が複雑になってしまった。
直ぐにでも殺してやる、と出向いたものの、こんな彼女の姿を見て少しその気持ちが薄れてきてしまったのだ。
もちろん、彼女とて無暗に人を殺して回った殺人鬼でありテロリストである。許されるはずもないし、優紀が憎むべき対象なのだ。
けれど彼女も戦争という人殺しの現象の被害者なのだ。
身を壊し、心も壊された弱者。寿命は短く、戦場においてのみ価値がある創られた兵器の歯車。
その運命を背負うことは酷く悲しく、とても辛い。そして、底なしの絶望である。
ただのフェイクスである優紀やクリフにはやはり理解出来ないし、申し訳ない思いがるものの理解したくなかった。
だから、優紀は目の前の一人の女性を只憎むことが出来なくなって何とも複雑な心境だった。
「……はぁ」
「どうした、ユーコ」
「何でもないわ。……それより、貴方空気読みなさいよ。今後特訓するように」
「な――俺が、KY? KYはアイツだろう? 俺じゃ……いや、そんな……馬鹿な」
クリフは一人、頭を抱えた。
「――――」
男は独り、暗がりのコックピットの中堪え切れずに喉の奥で低く嗤う。
「――――ク」
それは、これほど愉快なことはない故に。思惑通りに破綻する人間。感情の矛先を自分に向ける人間。それらが堪らなく愉快で、滑稽でしかない。
怒りに身を任し、心を壊す人間のその刹那。何度味わっても鳥肌が立つ。
人間抱く感情は最も素である感情は負のマイナスなものだ。
人間が――いや、生物が生誕しまず初めに抱く感情は“――死にたくない”。自らの種の絶滅を恐れ、自身の消滅を恐れ、生存競争が始まっていく。それが自然なのだ。
――殺し合いという命を扱うことをするなら、お互い剥き出しで無くては詰まらない。
人間には癌がある。不治の病。そして寿命という運命。確かに人類も死を決定づけられている。
だが、人類には人類以外に天敵がいない。陸には殺戮兵器が闊歩し、海には鉄の揺り籠にて漂い、空には鉄の鳥が飛び続ける。それらを操る人類の他に、これらが蔓延る処でどんな猛獣が歩けよう。地球に還らぬモノで身を固め、地球を焼き続ける。
故に、人類の天敵は人類そのものなのだ。
そして次第に本来の種族争いという大元の生存競争から逸脱していく。
今の世界はどうだ。ヒト同士お互いに牙で喰い合っているではないか。……これほど、面白い生物はいないだろう。
けれどやはり、まだ刺激が足りない。
やはりもっと、目に見えて怯える要素が無くてはならない。
――そう確か、誰かがそう言っていた。
ならば、人類革命計画などは人類の進化ではないのだろう。つまらない、という点においてはジルにとってもこの計画ほど憎しみを抱くものはない。
宇宙に躍進したからと言って、何になる。
それでは、人類が進化する訳ではないのだ。
敵というものから命を守り、死を回避し背を受ける。それが、生物の取るべき道だ。
――なら、やることはただ一つ。
「行こうか」
誰ともなく、ジルは呟く。
天翼は迷わず一つの地へ羽ばたき続けていた。
宇宙へと聳え立つ無間の塔――――『ガルダヴァジュラ』へ




