ACT.20 シュペルビア殲滅作戦<5>
結構説明が長く入ってしまっています……。頑張ってください……
「生きている――なんて酔狂な戯言とお思いになるかもしれませんが、もし“そんな生きている物”がいるとすると仮定した場合、それほど理論と懸け離れた事実ではないんです。まず、ネフィルのコックピットの開閉手段ですね。
一つ仮説を上げるならあれは私達で言う所謂“口”である可能性です。これはそのままの意味です。ネフィルの装甲全体が細胞なのだとしたら、生き物だとしたら、有り得ないわけではありません。
ですが正直、可能性は低いでしょう。ですから恐らくは、あの開閉方法は電気による分子の切断と結合です。これも珍しい話ではありません。特殊な電界を介することによりタンパク質等の分子同士を乖離させる現象は生物学や医学では必要不可欠な技術です。電気泳動というものなのですが、推測するにこれの最たるものなのだと思います。では、その電界はどのように起こっているのか。それはネフィル自身だと、私は推測します」
技術者、科学者としての血が彼女を熱くさせているのだろう。普段の彼女と比べ珍しく、言葉に熱が入っている。
「生物は皆微弱ながら電流を発しています。電気を流すことで有名な魚類がいますよね……あれと同じです。どのようにして、というのはまだ分かりかねますが、恐らくネフィル自身に特殊な電流を流させ、電気泳動を強制的に起こしているのでしょう。
二つ目に装甲の再生能力です。コスモスの皆さんは久遠さんが彼の息子ということも相まって、パイロットとしての驚異的な腕があるのならば装甲に傷一つつかないことに関しても疑わなかったのかもしれませんが、私はやはり信じられなかったのです。だから、装甲に傷をつけるという行動に至りました。結果、あの装甲の再生能力を知りました。あれは先にも言いましたが、細胞分裂ならネフィルが生物という点に疑いは在りません」
熱の入った論をあげるミィルと違い、カニスはその険しい表情に皺を更に深くし話に聴き入っている。
「三つ目にネフィルの燃料です。従来のアウラにはIMジェネレーターが搭載されていて、それにより永久機関が出来上がっている訳ですが、それも完璧な永久機関とはいえません。少しずつエネルギーの総量も減っていきますし、二つの鉱素も僅かにですが劣化してしまいます。……ですが、ネフィルはそれらとは逸脱した領域の燃料を持っています。それは私達と同じ仕組みとして、です。何かを糧にエネルギーを補給し、それにより機体を動かしている。そのエネルギーが常時補給されるため、まるで永久機関のように見えているだけです。
そして四つ目。では、一体何を吸収しネフィルは動いているのか。……これは完全に推測にすぎません。ですが、十中八九、間違いないでしょう。――――“衝撃”です。ネフィルは自らを襲う“衝撃”を喰い、自らを動かす血肉としている。“衝撃”と言っても、殴るといったショック性のエネルギーに限定されるわけではありません。恐らく、電気や熱も“衝撃”に含ませます。エネルギーは必ず保存されるものです。ですから私が焼いたバーナーの熱も何かに利用されていなければなりません」
「――そうだな。その通りだ」
不意にカニスが口を挟む。ミィルは驚きに顔を上げ、カニスの顔を凝視する。
「恐らく、その時発生した霧は“奴ら”の唾液――消化液なるものだろう」
「……知って、いたんですか?」
ミィルの額から汗が一筋垂れる。それは興奮し語ったせいではない。
冷汗。
いつもの元老なるカニスの表情とはまた一線違う、凍るような空気。
「冥土の土産に一つ教えてやる」
「冥、土――?」
悲鳴のような声で反芻しながら、ミィルはソファーから腰を浮かせる。
その拍子にコーヒーの入ったカップが落ちたが、そんなことは気にならない。
カニスも落ちたカップなど目さえもやらず、軍服の胸元に手を伸ばした。
「あれを構成する生物鉱石の名だが、“我々”はこう呼んでいる。――“オーガトロン”」
次の瞬間、カニスの手に握られていたのは銃。
ブローバック式のオートマチック。銃口に取り付けられたコスモスには配給されていないサイレンサー。
そしてそのトリガーには既に人差し指が掛かっている。
「ッ――!」
ミィルが悲鳴を上げようと震える口を開いた瞬間、空気が漏れるような音が拳銃から鳴った。
その僅かな音をかき消すように、壁には穴があき、ミィルの眉間にも穴が空いていた。
壁に放射状に飛び散る血液、脳漿。
流れる血と床に広がるコーヒーが混ざりあい、奇妙な混合物を作り出している。
力なくずるずると、ミィルはその上に前のめりに横たわった。
「お前はとても優秀な科学者だ。故に知りすぎた。残念だったな。……血では喉は潤せないだろう。これをやる」
ピチャ、という音と共にカニスの飲んでいたカップが頭の横に置かれた。
既にミィルの目がそれを追うことは決してない。
鼻を刺す鉄の臭いにも表情一つ変えず、カニスは銃を仕舞った。
「――さて。ディスクを回収しなければな。これで私の任務は終了だ。あとは――」
そう呟き、カニスは血の足跡を付けながら、ハンガーへと足を向けた。
「モード、オーガトロナイズ?」
枢は知り得ない言葉を復唱した。噛み締めるように、ゆっくりと。
が、直後その呟きは呻きに代わる。
再び“ネフィル”が猛攻を振るってきた。
羽を瞬かせ、再び拳を広げて来る。無駄と悟ったか、既にブレードも展開されていない。――光による熱など、通用しないと。
「このッ――!」
頭部を握り締めるその指からは玄い霧と白い霧が蜃気楼のように混濁して発生している。
行われているのは獣の捕食。
お互いに喰らい突き、喰いちぎろうと、消化しようとする故。
ネフィルは頭部を握る腕と“ネフィル”の頭部を掴む。
「R.O.ブースター!」
枢の咆哮にセラフィは呼応する。
二度――三度、――四度!
ネフィルはブースターを何度も吹かす。その巨体が動くまで。
「うおおおおおおお――――!」
「――ッ!」
圧倒的な重量差を覆し、ネフィルは押し返す。まるでコンテナ車が人間に押されるかのような驚異的な光景。
ブースターを吹かす回数が募るにつれ、“ネフィル”が地を削る速度が速くなる。
「もっとだ!」
「――クッ」
一定量の摩擦を超えた時点で、“ネフィル”は後方に速度を上げていく。
初めて漏らした“ネフィル”のパイロットの呻きは、何処か既視感を思わせる音色を含んだ声だった。
枢は既に先へ行ってしまった。
イーグル形態でのプロセルピナの全速力を軽々と離していくあの翼の様なブースターを遺憾なく発揮し。
既に拡大したモニターに研究所の全貌は映っている。――が、ネフィルがいない。
目を瞑り頭を振って、枢を無意識に追ってしまう思考を振り払う。
彼は一人で大丈夫なんだ。私は先に到着している筈のユスティティアの部隊の援護。及び敵機のネフィルの回収だ。
そう再び自分に言い聞かせる。
あのディスクを見てから油断すると直ぐ枢の事を考えてしまう。――そして涙が流れそうになる。彼は本当に私の中でこんなにも大きな存在になっているということを再認識する。
――と、またも枢のことを考えてしまったと思考を切り替える。
既に巨大な研究所が視認できる程に近づいていた。
アイリは深く深呼吸し、トリガーを握りしめた。
「モード、A2」
アイリの声に応え、プロセルピナは人型へと姿を変える。
あのヴィレイグのように装甲を解除したりはしない。完璧な人型への移行。
――既にこれが今では“当たり前”になっている。
プロセルピナは下方にアウラが何も展開されていないのを訝しく思いながらも、研究所正面の扉へ降りた。
それと同時に、待ち構えていた様に扉が振動した。
アイリは強くトリガーを握り、身構える。
――扉が開き、中の暗闇に光が刺しやがて見える。
そこには一機のアウラが居た。
「やぁ、御機嫌よう」
漆黒のアウラが在った。
黒点のように深く、重い黒。
そこだけがまるで闇夜に堕ちたかのような錯覚を覚えるほど黒い。
「――なるほど。ヴィレイグの後継機か。これは楽しめそうだ」
喉の奥で男の声は笑っている。――この声には聞き覚えがある。
歯が肉に食い込むかというほど、強く噛む。
それは無意識に。自分が狂わない為に行う防衛的な本能によるもの。
「正面のアウラがほぼ全機墜ちた時は愕然としたが、そう捨てたもんじゃないな。どんなパイロットかは知らないが……それなりには楽しめるだろう?」
「――――ケレスッ!」
認識した瞬間、心臓が破裂するかと錯覚するほど膨張した。
背筋には氷が通い、脳は焼けている。
胸に通う感情は憎しみ。殺人衝動、破壊衝動。
ヘルズタワー事件を起こした男。
枢の父を殺した男。
枢の母を殺した男。
枢の妹を貶めた男。
枢の脚を奪った男。
私の人生を狂わせた男。
姉さんを奪っていった男。
母を殺した男。
私の――
「父さんを殺した――ッ!!!」
耳を擽る怒声に、男は口の端を歪めた。
「この声――――お前、もしかしてキルスティス首脳閣下殿の娘か! 堪らん! これは最高の御膳立てだ!」
豪快にケレス――ジルは腹を抱えて笑う。声を上げて、狂乱したように腹から笑う。
「ならばお前はあの化け物の妹か!? これは! ――ククッ、良い――良い! 最高だ! 俺を殺そうと牙を磨いでる奴が戦場には二人も居るのか!」
悦に浸るジルは熱弁する。
「――化け物にしたのは、お前達だろう!」
左手のマシンガンをプロセルピナは奮った。即座にジルは反応する。
弾丸は漆黒のアウラ――イシュトーヴァに掠ることなく、研究所の闇に吸い込まれた。
「勘違いしては困るなぁ。俺はただ依頼されただけだぜ? 俺の意思じゃない」
「それでも、やったのはお前だ!」
ステップした尚も銃口はイシュトーヴァを捉え続けている。
間髪入れず、更に撃ち込んでいった。
しかし当たらない。
まるで弾道を予測しているように先を読んで避けていく。銃口を向けた時点では既にブーストを吹かしていた。
その行為をほぼ無意識で行っているジルは更に言葉を続ける。
「――しかしあれほどの好機はなかった。何せあのアキラと閣下殿が同時に介するとは思わなかったよ! 一体何でだったんだろうなぁ? 星が俺に幸運を齎したのか?」
堪えられないというように笑いながら。
その一つ一つの言葉、発する声がアイリの感情を逆撫でていった。
「私が知るか!!」
無意味と解っていても、感情に任せて打ち続けてしまう。
五十はあるはずのキャンパーの残弾が切れていく。
「――でも、期待外れだな」
「え――」
稲妻のように、左右へステップを繰り返す。
左右に揺れる重心を制御し、足捌きを正確にクリアしていくその圧倒的な技術。
「お前には、その機体に乗る資格はないな」
既に伸ばした左腕の内側に、イシュトーヴァは踏み込んでいた。
電気泳動は少し調べただけなので、もしかしたら間違えて捉えているかもしれません。
興味のある人は調べてみてください。