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ACT.20 シュペルビア殲滅作戦<4>

「先程は済まなかった、ミィル。何分立て込んでいてな。あまり艦長の気を逸らすような話題は避けたかったのだ」

 飲料水の自動供給機の前に設けられた休憩スペースにミィルは居た。

 紙コップのコーヒーを包むように両手で持ち、疲れたように俯いている。

 だがカニスから声を掛けられると直ぐに、はっとしたように顔を上げた。

「あ、い、いえ。私も無神経でした。艦の皆もあんな状態だったのに……とにかく直ぐに、報告したいとしかその時は考えられなかったので」

「何をだ? 一体」

 そう訊いてからカニスもコーヒーのボタンを押す。ほぼ同時にカップが落ち、液体が注がれていく。

 コーヒーがカップの既定の嵩まで注がれるほどの時間の間沈黙を置き、やがてミィルは話し始めた。

「……実は、ある程度ネフィルの未知性能が解読出来たんです」

「――ほぉ?」

 驚いた、というように反射的にカニスは反応する。

「それは、一体?」

 静かな問いかけに、ぽつぽつとミィルは語り出した。

「……あの機体、いつも傷一つ無かったのでおそらく機体整備なんてしなかったと思います。駆動部も通常のアウラとは逸脱していますし、調べようにアクセスを拒否しますから。それで、私はネフィルの装甲を傷つけてみたんです――こんなことをすると枢さんに怒られてしまうのですが。そうすると、あの装甲、傷つけた部分から黒い霧が出るんです。そして気づけば傷なんか跡形もなく塞がっていて、元のあの真っ白な装甲に戻っている。だから今度は、かなり深くまで傷つけました。パイロット緊急救命用の、強力なバーナーで装甲を焼き切りました。すると、あの白い装甲の内側には黒い装甲がありました。でもその装甲が見えたのもほんの一瞬――というより、過熱している間しか見えませんでした。過熱を止めると装甲がまた再生するんです」

「……」

「――信じられませんよね。私も、自分の目を疑いました。でも、目の前で現実に起こっている出来事でした。だから私はもう一度、過熱しました。今度は映像記録も残しました。念の為何万倍にも拡大できるような機器で。そして今度は装甲再生中の映像をよく観察しました。拡大映像もです。…………何が見えたと思いますか?」

「……解らん」

「――細胞分裂です。いえ、実際は細胞ではなく金属分子なのでしょうけれど。とにかく、一つの分子が分裂し、それぞれが分裂前の大きさまで戻っていく。装甲が再生するという事実を前提にすれば当然なのですが、その分子は未知の配列です。未知の原子に未知の並び方。あの装甲の原材料を何処で手に入れたのか知りませんが、もはや私達の言う金属ですらない可能性があります」

 話しているミィル自身、到底信じられない話をカニスは黙して耳を傾けていた。

 渇いた喉を潤すようにコーヒーを喉に流していく。

「そして結局、お前の結論は何に至った?」

「――――ネフィルは、生きているのではないかと」




「――おい、どうすんだ、キョウヤ。あのバケモン、お前ぶん殴ってこいよ」

 助けて貰った恩などそっちのけで、ギリアムは無理難題を投げつけた。

「無理ですよ。なんなんですか、アイツは」

 黒煙がたゆたう風景に一つ白いモノ。

 ――純白の白。

 ――不屈な白。

 ――絶対的な白。

 今までの灰の装甲とはカラーリングが一新されている。

 何故かは分からない。推測できることは、あの爆発を受けたから?

 ならばあれは内側の装甲だという事か?

 キョウヤ達は分からないことだらけだった。

 この状況も。

 目の前の正体不明アンノウンも。

「だけどアイツ、武装は何もない筈よね?」

 そうだ、とキョウヤもその言葉に暁光を見出す。

 背部のキューブ状のユニットもなくなっていた。ライフルは当然の如くならアイツは脅威にならないのではないかと――

「――莫迦野郎! 何呆けてやがる!」

 気づけばキョウヤの体は横に衝撃を受けていた。

 気づけば前方のモニターには白い天使の姿はなかった。

 気づけば、天使は直ぐ横を通り過ぎていた。

 レーザーライフルと同じ、眩い蒼の光を爆散させて、この一キロはあるこの距離を瞬時に詰めている。

 横に突き飛ばしたギリアムのファルスは天使の攻撃を受けていた。

 天使の右腕にはその腕ほどの大きさまである巨大なレーザーブレード。

 それがファルスの右腕を刻んでいた。

「大佐!?」

「――大丈夫、掠っただけだ」

 だがライフルを腕ごと切り落とされてしまっていた。

 ――何という質の悪い冗談だ。

 一千メートルという距離を一秒も掛けずに移動した?

 何があれをそんな化物染みた瞬間出力を出させる。何があれに耐えられる。

 次元の違う強大な敵に、キョウヤは身を竦めた。

 ――ファルス? ――アクストラ?

 そんなものがあれに対抗できるとでも言うのか。俺はこんな、矮小な物アクストラであの天使に挑んでいたのか。

 背部に光が溜まっていく。

 二つの円が交わるように光は輪郭を取り散布していていた。

 ――瞬く。

 二つの羽は巨大な鉄の身体を加速させ弱者の首を駆りに行く――

「あああぁああぁああぁあ―――――ッ!!」

 ――その天使の姿は横に薙ぎ払われていた。

 雄叫びと共に白い風は突然現れた。霧を裂いて突き抜けた風に、あの天使は脚を狩られている。

「なん、だ――」

 風は立ち止まり、その姿を振り返らせた。

「天、使――?」

 口から洩れたその形容。

 現れた風は、――そう、まるで翼を失くした


 ――無翼の天使だった。




 呼吸が荒い。

 過度な速度を出し続け、流れる景色の全てを認識し、記憶し、処理し続けていたからだ。

 脳を焼くような鋭く永い痛み。


“――嗚呼、今はそれすら心地良い”


 この痛みと同じモノをアイツに味合わせてやる。

 いや、もっとだ。

 父さんを足蹴にし、母さんを焼き払い、妹を、僕を傷つけたアイツに。

 何故僕が戦場なんかに居るんだ。

 何故僕が戦場に居続ける。

 何故僕はこの兵器ネフィルを捨て去らない。

 人を救いたい?

 そんなのは、きっと嘘だ。だって僕には――


 先程巨大なアウラを殴った場所へと振り返った。それと同時に巨大なアウラも体勢を整え、こちらを向く。

 思考は酷く冷静だ。あつい痛みを押し退け、凍えた感情が冷却していく。

 純白の白。それは酷くネフィルに似た彩色。

 だがそれの骨格は“あの”時のネフィルだ。

 何故、灰から白へと変色しているのか。気づけば武装も何もない。あの時のレーザーライフルも、背部に在った何らかの兵器も。

 しかし直ぐにその疑問は追いやった。ここは戦場だ。敵が損害を受けていて何がおかしい。

 丸腰の敵を相貌で睨みつける。


“さあ、早くあの“ネフィル”を殺してアイツへ――”


 双眸を絞り、純白の“ネフィル”を見据える。

 敵は丸腰だ。武装は隠し持っているかもしれないがそれは所詮搭載できる程度の物。大した脅威ではない筈だ。あるとしたらブレードの類か。

 加えてあの“ネフィル”はネフィルに比べれば機動性など雲泥の差。近接ではこちらが有利だ。分類すれば、ネフィルは白兵戦、“ネフィル”は隊集団戦なのだから。

 何も躊躇することはない。この左手に持つ電磁砲レールガンで“ネフィル”を撃つだけだ。

 脳裏に銃口を向ける様を描くと同時に、トリガーを握る指に力を加えた。

 “ネフィル”はその右手から地面を穿つ程の長いブレードを出現させる。

 同時に背部に翼の光が収束していた。

 それに構わず、僕は銃口をコックピットへ合わせトリガーを――

「――何を、考えているんだ?」

 途端に、僕の脳は“正常に”冷却された。

 背筋に蜘蛛のような悪寒が這いずりまわる。

 一体、僕は何を考えていた? 銃を向ける? コックピットへ? それにより何を望んでいた?


 ――人を、殺す?


「――ッ!」

 目の前に広がる光景に絶句する。

 光。光。目の前に広がる光景はただ光。

 葛藤に駆られているその刹那に、すでに“ネフィル”は掠めるほどに接近していた。

 彼奴が振り被るのは光の剣。重厚な装甲をバターのように斬りこむ刃。

 描く軌道は横一文字。光にはや、太刀筋など関係ない。ただ斬りたい座標を通り過ぎれば良いというだけ。

 既に避けるという段階ではなくなっていた。反応し、目の前に迫っているという事実だけをどうにか理解した。

 死。その刹那に宿る感情は恐怖。死という事実に脳は停止フリーズする。

 無意識に目を強く瞑った。叶わないと知りながら、助かる事を祈りながら。

 “ネフィル”は遥か後方へと流れる。巨大な身駆が幻のように俊敏に。

「――腹部装甲、破損」

 しかしセラフィの機械的な女性の声に目を開けた。

「生き、てる?」

「はい、マスター。――――腹部装甲、再生。“オーガトロン”活性率87%。ゾーンレッド、危険です」

「再生? オーガ、トロン?」

 事態に頭が回らない。

 どういうことだ。確かに斬られた筈。その証拠に装甲は破損している。

 だけど何故僕は生きてる? 何故コックピットが残っている?

「装甲再生率70%」

 しかし枢のその言葉には応えることなく、セラフィは結果をただ述べる。

 ネフィルはコックピットのある腹部から黒い霧を出していた。濃霧と奇妙に混じりながら吐き続ける。

「――装甲再生率100%。オーガトロン活性率50%。ゾーングリーンへ移行完了」

 セラフィの言葉と共に黒い霧の排出は止んでいた。

 黒の霧が晴れたそこには、元通りのネフィルの装甲が存在している。

「ど、どういうこと!? セラフィ! 一体何が――」

 そこまで言い掛けて再び息を呑む。

 再び“ネフィル”は戻ってきていた。またもブレードは同じ軌道を描き、僕は死ぬ――筈だ。

「――腹部装甲、破損。――腹部装甲、再生。“オーガトロン”活性率87%。ゾーンレッド、危険です」

 意味の分からない提示に疑問の声を再度上げそうになるが、その思考を切り替える。

 優先すべきは“ネフィル”を“最低限”の戦闘停止に追い込むこと。

 ターンし、斬り返すネフィルをステップで回避する。

 元々ネフィルより遅い故に、楽に回避できた。

 後方に流れる“ネフィル”を追うため、今度はネフィルが振り返る。

「脚を殺せば――」

 “ネフィル”の脚元へ銃を向け、ライフルに紫電を発生させる。

 電気が弾ける音と共に、光速の弾丸は発射された。

 “ネフィル”がターンすると同時に、弾丸は膝に接触する。

「――え?」

 現実離れした光景に思考が凍結しかける。

 純白の装甲に触れた途端、蒸発した水蒸気のように純白の霧が発生し、弾丸を呑みこんだ。

 それはネフィルと対照的な光景。

「どうなってるんだ!? 一体!」

 訳が分からない。この状況も、、敵の機体ネフィルも、自分の機体ネフィルも。

 このレールガンは平均的なアウラの装甲なら跡形もなく抉り取るような――あのヴィレイグの銃を超える代物だ。全く効かないとは考えられない。

 それにあの霧。氷結が解けた水蒸気のようにも、燃え盛る炎のようにも視える奇妙な霧。あれは、一体。

 しかしやはり枢に考える時間は与えられない。

 ブレードは効かないと見限ったのか、“ネフィル”は光の粒子へと雲散させた。

 するとそのまま右の拳を大きく広げ、

「――ッ!」

 そのまま突貫しネフィルの頭部を掴んだ。

 頭部を潰されてはマズイと、即座に右手の銃を動かした。

 狙うのは頭を掴んでいる右腕。

 銃口に紫電がチラつく。

 瞬間、“ネフィル”は右手に持った頭部を地面に叩きつけるように振った。

「な――」

 ネフィルは体勢を大きく崩した。思わぬ衝撃にたたらを踏む。

 だが既に“ネフィル”は行動に移していた。

 今度は左の腕に、レーザーブレードが形成されている。即座に振り、袈裟に切り裂いた。

「――レールガンを?」

 しかし両断されたのはネフィル自身ではなくネフィルが持っているレールガンだった。

 何故、と疑問に思った直後、銃には暴発があることを思い出す。

 既に銃口では火花が際限なく溢れている。

 慌てて指を広げレールガンを落そうとするが間に合わない。

 そのままグレネード以上の規模の爆発――悠にネフィルを包みこむほどの爆炎が立ち昇った。

「――――ッ!」

 爆発に歯を食いしばる。

「装甲99%破損。残低装甲、裏脚部――再生不可」

 セラフィは“再生”という言葉を発した。

 それによりネフィルは大破していないと知る。

「裏脚部装甲、解除パージ。――オーガトロン活性率99%――100%。ゾーンレッド、オーバー。――モード、“オーガトロナイズ”。移行完了」

「オーガトロナイズ?」

 呟きを受けたネフィルの姿は純白の天使とは程遠い。

 天を追われた成れの果て。

 ――恐怖の体現、

  ――嫉妬の形成、

 ――憎しみの生成

  、――殺傷衝動の顕現。

 ふかぐろい装甲に身を包んだ、まるで神より堕胎し神に抗う、邪猾で邪侈なその様は、翼を堕とした――


 ――堕落したくろい天使

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