ACT.20 シュペルビア殲滅作戦<3>
プロセルピナは音速を越え航空していた。
向かう先はミラニア領土。無論、シュペルビアの研究施設である。
プロセルピナは音速に達する為にイーグルへと移行しているというのに、目の前を駆けるネフィルは人型のまま疾走し続けている。
どう考えても異質だ。
何を持ってネフィルはあの速度を出し得ているのか。
何を持ってネフィルはあの速度に堪えうるのか。
明らかに人の手に余るモノだ。
そして――極致的な圧迫に耐えるパイロット。
高速に飛び回る戦闘機が何故矢の先のように鋭い形状になっているのか。それは当然空気抵抗なるものを減滅させるためだ。扇であおげは空気は乱され、横に薙ぎれば切れたように抵抗を感じず運動が出来る。
――だがネフィルは人型のまま。
風圧など数値が振り切れるほどに受けているだろう。となれば当然、パイロットに掛かる重力も桁違い。地上の何倍か、など論ずるだけ無意味だ。
パイロットである枢も数秒間浴びただけで気絶していた――初めての時は。
既に枢は数十分はR.O.ブースターを起動し続けている。
一目瞭然。
枢は成長していた。――否。浸蝕されているというのが正言だ。
着実と、確実にチルドレンとして進展を見せている。
ネフィルに初めて搭乗した際は殆ど通常の人間と変わりは無かった。――いや、既にフェイクスとなってはいたが。
イストリアでの作戦時にはR.O.ブースターの稼動時間は数十秒にまで伸びている。初めは一瞬だけで気絶するほど負担が掛かっていたというのに。
これは訓練で慣れるものではない。負荷は身体にも掛かるが、重要なのは脳への負担だ。身体への負担は耐負荷用スーツなりを着用すれば大体は解決するが、脳はどうにもならない。AIに受け渡すという手があるが、それではお門違いというものだ。
このプロセルピナや、他のIMを含めた数ある機体には重力制御などの新しいサポートシステムを搭載している。だが、ネフィルには搭載されていない。
いや、されていないのではなくて出来ない。
これは別に枢が機体を弄るのを止めているからという問題ではなく、ネフィルはシステムへの干渉を一切受け付けない。流石に新規の通信電波の導入くらいは許容しているがそれ以外は一切だ。
それに、ネフィルは機体整備を必要としない。通常のアウラとは全く異質の燃料は不滅永劫無蓄蔵なので言わずもがな。装甲ですら修理したことは一度もない。
何せネフィルは――掠り傷ですら帯びて帰還したことはない。
少なくとも、ネフィルがコスモスの手に渡ってからは一度たりとも装甲に傷がある姿を見た事が無い。
そしてさらに、思えば私達の前で枢はネフィルに一度も被弾させたことが無い。
これは一体何にを意味するのか。彼の天才的な戦闘センス? それともチルドレンゆえ?
厭な予感と最悪な推測しか頭を巡らない。
そして煮詰まる疑問は最終的に一つ。
枢が死んでしまったら私は一体どうすれば良い――――?
その疑問だけが私の頭から離れず、そしてどんな解答も見出せない難問だった。
三機はアクストラを前線に、残り二機が後ろに並列するという隊形をとっていた。
アクストラがその巨大な刀状のブレードで直接的に道を空け、残りの二機は遠距離援護に徹底する。
これで蟲のように埋め尽くされている中に一本、譲るように空間が出来るはず。
途中までは順調だった。
アクストラは何機も一瞬で斬り伏せ、ファルスはアクストラを撃ち狙うクラウルを集中的に大破させる。息の合った、絶妙なコンビネーション。
敵は群がっている為、後方の機体は下手に三機へ乱射する訳にはいかない。従って実質上はその三機に触れる前線の機体のみが戦闘を行う事になる。
しかし三機はそんなものは関係ない。前方なら、何処に撃っても当たるのではというほどにごちゃごちゃと敵軍のクラウルとホークスが混在しているのだ。
自身の陣営にのめり込んで来るシュペルビアのクラウル達は、その三機に銃口を向け、他の連合軍に背を向けるような形になる。
無論簡単に為せる技術ではないが、少数精鋭といのは功を為した。
――途中までは。
問題はあの天使がこちらへ脇目も振らず追ってくるという事。
単純な運行速度の問題ならばアレを相手にするのに何ら問題はない。しかし三機は敵を薙ぎ払いながら進んでいるのだ。どうしても進行速度は落ちる。
「――どうするんですか大佐! あの灰色の、どんどん迫ってきてますよ」
アクストラは槍を携えたホークスを袈裟で薙ぐ。
「うるせぇ! とにかく進め! 前進あるのみだ!」
えいえいおぉ、などと叫びながらギリアムはファルスにライフルを発火させる。
「でも幸い、彼奴は味方ごと薙ぎ払う気は無いらしいわね。敵さんが間にいるからあのレーザーは撃って来ない」
そう、それさえなければあの機体はおそるるに足りない、とティアラは気を明るくする。
不幸中の幸い、あの機体はとても遅い。屈強な見た目通りに、動きは鈍足だ。遠距離武装は恐らくあれだけだ。
そう、ティアラが発した途端、灰の天使は巨大なライフルを構えた。
「お、おい……まさか――」
光が収束する。
それは稲妻を放つ前兆。全てを蒸発させる、圧倒的な光の熱線。
天使と三機の間にはホークスやクラウルが無数にいる――というのに光は今にも爆発しそうな程溢れかえっている。
三機に飛びかかる機体達は気付かない。自分達の後ろで何が照射されるのか――いや、気にしていない?
「こっからじゃグレネードは無理だ! ティアラ! 当てれるか?」
右手にスナイパーライフルを持ったファルスは先ほどから近接でしか打ちこんでいない。そかしそのファルスのパイロットは頷く。
「やるしか無いんでしょ? やるわよ!」
基地方面へスライドしながら銃を構える。
綺麗に塗装されていない地面の上をローラーで滑るファルスは酷く揺れる。
その度にティアラの覗きこむ十字がぶれ、正確に合わせるのが困難になった。
ティアラは歯噛みする。
何と難しい射撃かと。
向かってくる敵機の恐怖に打ち勝ち、動く的を、動く障害物の間を縫って狙わなくてはならない。
精々一機。スナイパーライフルが十分な威力を持って貫き、その後方へ損害を与えられるのは。
しかしそう躊躇している間も光は収束していく。
かと言って一発撃てば次のリロードまで時間が掛かる。
――並大抵の緊張ではない。
ティアラは軽く息を吸い覚悟を決めた。その間も、後方ではアクストラが両断したホークスが爆散している。
「――ッ!」
ライフルとその直線状が空いたその一瞬、トリガーを引いた。
クラウルの、ホークスの脇を擦りぬけ、弾は一直線にライフルへと向かって行く。
「――よしッ!」
ライフルへの直撃を確認。
しかも銃口だ。ティアラは自分の腕に少し陶酔する。
当てられたライフルからは紫電が漏れ、溜めていた光も乱反射したように散らばり始めていた。
「――――ッ!?」
やがてその戦場にいる全てのパイロットは驚きに身を竦ませる。
一瞬、真昼間だといのに目が潰れるかというほどの光に包まれた。
ティアラと、天使の搭乗者だけはその光の起源を理解している。
ライフルが暴発したのだ。
圧縮され膨大なエネルギーの塊と化した光の束は、壊れた筒の中で拡散し、自滅した。
だが光に驚くのも束の間。
光の直後に、半球型のドームのような爆発が発生する。
それは核を思わせる巨大な菌糸類を象ったような。
天使の周辺に居たアウラは否応なしに爆発に揉まれ、焼け爛れていく。
しかしそれは三機とて例外ではない。
爆発の障壁が迫ってくるのをはっきりと視認していた。
身の危険を刹那に感じるも、迫る熱の壁は逃げきれないと本能的に察知し、諦めてしまった。
だがキョウヤは諦めない。
「ブリッツッ!!!」
叫ぶ声に呼応し、ブースターの光が閃光する。
刀を放り、両手で二機それぞれの腕を掴むとそのまま加速する。
「きゃ――」
「ぐぁ――」
二者それぞれ違う呻きを発しながら、二機のファルスは脚を外し、完全にアクストラへ引きずられる形となってしまう。
「奔れ、アクストラァ――!」
後方に大切な仲間二機を抱え、さらに後方では冗談めいた爆発の壁が迫った来ている。
リミッターを外し、ブースターが焼けるのも、エネルギーが枯渇するのも意に介さずただひたすらにただ無我夢中に駆け抜けた。
その長いと感じた爆発も直ぐに収束し、黒煙を上げているだけの元の戦場に戻る。
巻き込まれたアウラは完全に消滅。煤すら残っているのか判らない。
それを確認し、ブリッツを解く。
キョウヤは収まり軽く安堵した。
「何だったんだよ、あれは」
「ライフルの暴発よ」
「……そうか」
キョウヤはもはや、核としか思えない。
或いはアウラの駆動部爆発の類か。だがあれはただのライフルだったのか。
ただの、ではないが所詮は一つの武装に過ぎなかったのか。
あれ程の恐ろしいエネルギーを発生させ、抑え、照射する武器をあの灰の天使は扱っていたのだ。
キョウヤは身震いした。
待っていた塵も止み、元の霧に戻っていく。
黒から白へ、徐々に。
「……嘘、だろ?」
キョウヤ達は後方を確認し唖然とする。
熱で捻じれた光景の中、漂う黒煙に身を紛らせ、そこに在るのは――
――――断罪の“白”い天使。