ACT.20 シュペルビア殲滅作戦<2>
およそ二百対三百。
かつてないほどアウラを同時投入したその圧倒的な規模の戦いは、霧を焼き払いながら拡大していった。
一つの施設を中心に広がる狭い戦闘エリア。僅かな空間に地上を埋め尽くすようにアウラが現れる。
ライフル、グレネード――様々な兵器が交錯し、命を奪い合う。――人間も、アウラも、草も塵芥と化していく。
その兵器を駆るモノはアウラ。
鉄の巨人であるアウラは、その人型の相貌に対し遺憾なく人間並みの動きを再現する。
連合軍はシュペルビアのアジトである巨大な研究所を取り囲むように降下した。数はおよそ三百。ギリアム達ラインズイールの部隊を含む半数のアウラは正面に降り立った。
彼らはキョウヤの駆るアクストラを核とし正面から突破していく。囮に近いが、ギリアムはその作戦を容認した。
研究所が要塞となっているということは杞憂に終わったが、研究所の外壁である壁の強固さは変わらない。嵐のように振りかぶる弾丸の雨でさえ掠り傷。やはり入口から突破していくしかない。
入口は二つ。正面と裏に一つずつあった。
周りを取り囲み、圧倒的有利に見えた連合軍だが、その実は違っていた。
正面には“ネフィル”とおよそ百のアウラ。
裏にはケツァールとヴィレイグ、加えて百のアウラが展開されていた。
状況はかなり悪い、とギリアムは焦る。
「クソッ――どうすりゃいい!」
次々とホークスは槍を携え、向かってくる。
ホークスの背後にはクラウル。標準ライフル装備に加え、長距離スナイパーライフルを持った機体もいる。
前線に先兵であるホークスを展開し、中間に標準装備のクラウル、その後ろに長距離装備のクラウル。
典型的な布陣だ。
連合軍もそれと大差ない布陣を広げているが、状況は五分ではない。
――白い天使。
あれの存在がこの均衡に近づくであろう状況を一新している。
こちらの人員では対象となるのはアクストラだが、あの天使と比べれば互角とは到底言えない。
パイロットの腕はともかくとして、機体の性能が不可解だ。
あの弾を呑みこむような捕食能力。あの性能に太刀打ちできる兵器が現存しているのかすら分からない。
何故今まで情報が一切無かったのか。あのような兵器が実現するなどという話、片鱗すら耳にしたことが無い。
「畜生ッ!」
誰とも分からない兵士が白い天使へグレネードを撃ちこんだ。
「何でだよッ!?」
しかし無傷。
白い靄を出すだけで損傷は一切存在しない。
「――どうすりゃあいい!?」
誰ともなくギリアムは叫ぶ。
敵は“ネフィル”だけではない。“ネフィル”後方からはホークスを始めとするシュペルビアの群棲が尚も向かってくる。
何十もの弾の嵐を左右に滑り、避け、槍で一突きにする。
それに乗じてスナイパーライフルの弾が高速にこちらのアウラを何機か撃ち抜いてくる。
「どうします!? ヤバいですよ、大佐!」
ティアラは迫ってくるホークスを迎撃しながら問う。
ホークスは槍の射程距離に近付いた途端、瞬間移動し一気に突き刺してくる。そこを利用して、スナイパーライフルを至近距離で撃ち込む。その方法でティアラは何機もあしらっていた。
「分かってるよ! んなこと!」
ギリアムはファルスを動かし、近づいてくるホークスの動きを先読みし、ライフルを当てていく。
正確に敵の回避ポイントに弾を撃ち込むその技術はギリアムの兵士としての確かな腕と言えるだろう。
「――仕方ねぇ! キョウヤ! ティアラ! 俺達で突破する! 固まっていくぞ!」
三機で固まり。敵の陣営に突貫する。
それにより敵の注意は三機に集まるだろう。そこを狙撃班にサポートして貰うしかない。
白い天使は何処かの誰かに任せる。百機もいれば誰か対処するだろうと高を括る。
「――というより、それ以外打破出来ねェよな」
この作戦の最終目標はシュペルビアの壊滅。すなわちこの研究所が無くなれば次の兵器は生産が追い付かない。そうなればシュペルビアが瓦解していくのは時間の問題だろう。
既にキョウヤは二人と離れて研究所寄りの位置にいる。
「ティアラ! キョウヤのとこへ突っ走るぞ!」
「了――解ッ!」
ファルスでホークスの頭部を零距離で貫通させながら、ティアラは言った。
「あーあ、つまんねぇなぁー」
怪鳥は空中を飛びまわる。
「何で雑魚ばっかなんだ?」
ケツァールは背部に高出力のブースターを背負っていた。背中から大きな角が生えているように四本。その縦と縦の間に赤い巨大な光を纏っている。
噴出する様はまるで翼で、それはネフィルやアクストラのブースターシステムとよく似ている。巨大な翼は機体の二倍以上はある程。
R.O.ブースターやブリッツが瞬間出力に特化しているのに対し、ケツァールのブースターは持久力に特化している。R.O.ブースターやブリッツの半分程の出力とは言え、極限まで重量を減らしたケツァールを持ち上げるには十二分だった。
羽ばたいたケツァールは銃を乱射する機体に飛びつく。
「じゃあな」
レーザーブレードをコア部に突き刺す。
パイロットの身体は悲鳴を上げる間もなく両断される。
ケツァールは直ぐに跳び退き、また羽ばたく。刺されたファルスは爆散した。
「クソッ! 当たれ、当たれ、当たれ!」
ファルスは飛んでいる怪鳥へ銃を乱射する。しかし怪鳥は優雅に、されど高速に回遊するだけで避けていた。中心にファルスを置きながら、輪を描くように回る。
「何か、醜いなぁ」
そのまま渦潮の様に中心に近づき、急速に墜ちてファルスを縦に両断した。その勢いを殺す為、地面に向け何度もブースターを吹き付け、再び飛び立つ。
「んー、つまらない」
一機と。また高速に近づき、突き刺す。
――虫唾が走る。誰が実験動物だ。
「だからさぁ」
また一機。獲物を捉えるように飛び付き、その爪で掻き切る。
――オレを好きなように弄繰り回したんだろう? なら俺にだってやり返す権利はある。
「はやく」
また一機。高速に回る機体に、ファルスは旋回が追い付かない。
――単純な理由だ。殺すんだ。オレの好きなように。
「アイツが出てこないと!」
三機。低空に飛び、出力を上げたブレードでファルスの上部を通過し、両断していく。
ケツァールのパイロットが求めるのはミネルアだった。
――だから自分の思い通りに殺せないあいつが憎くて堪らない。
殺す、殺す。壊す。
それだけが存在意味であり、それのみを望んで生きている。それのみを望むようにこの地に産み落とされた。
「お前ら全員死ぬぜッ!」
口を引き攣らせながら憎悪を吐き出す。
自分の体は既に人間ではない。金属との融合を果たしたいわば人造人間。
チルドレン、製造番号C11。それが与えられた固有名詞。――ふざけるなよ。
固まっていた一小隊を根こそぎ壊したケツァールは再び宙に舞った。次の獲物を定めるように空中で停止する。
C11は舌なめずりしながら、消滅した隊の右後方に位置していたもう一つの正体に狙いを定める。
選定理由は怖気づいたように何も出来ないでいたからだ。銃をろくに構えず、脅威という存在に身を震わし思考を止めるだけの無力者。
オレにとって、無抵抗の人間を痛ぶるのは堪らなく快感だからだ。――かつてオレがされたようにやり返す。
ケツァールの翼が膨れ上がった。それは次の獲物へ没入する為の動作に他ならない。
「銃も構えねェで――オレに殺されたいってことだよなぁ!?」
罵りながら、獲物を逃がさぬよう爪で捉えんと飛来する。
戦意を削ぎ落とされた兵士にはそれを御しえる術はない。今までかつないほどの圧倒的な死。今までは映像を見て恐怖していただけの存在が自らを目掛けて迫りくる。
かつてないほどの異形。在り得ないほどの死の塊。死に魅入られたイキモノは、死が蔓延る戦場でさえ際立っていた。
言葉も通じない獣に丸腰で遭遇したような恐怖感と喪失感を、怪鳥は体現している。
「死に去れ!」
音速で怪鳥は飛び掛かる。
右手にブレードを振り翳し、刹那の間に突き刺すだけ――だがケツァールは動きを止めた。
C11は人外の視力で遠くに在る待ち望んでいた獲物を捉えている。
「――来たな」
見えたのはミネルア。
ケツァールと同じように空中に浮き、その両手では巨大な狙撃銃を構えていた。
恐らく、あのまま標的であったアウラに飛びかかっていればその直線状に撃ち込まれ直撃していたのだろう。
通常の狙撃銃の二倍はある銃だ。弾速も計り知れず、その威力も同じであろう。ただでさえ薄いケツァールは、あんな大砲染みた弾に触れては粉々になる可能性もある。
そう巡らせ、やはり思い通りにいかないミネルアの存在にC11は苛立つ。恐怖とは裏腹の高揚を感ずる。
「待ってたぜ、モヤシぃ!」
がなる女性の声が荒々しく響いた。眉をしかませその声を優紀は耳に聞き届けた。憎しみに身を駆られた獣の咆哮。優紀にはその声が堪らなく不快に感じた。
怒気を潜ませ、優紀は応じる。
「そう……残念だけど、私にそっちの気はないのよ」
「ぬかせッ!」
ケツァールは標的を切り替え飛び掛かる。
火を噴く尾は一直線にミネルアへと伸び、喰らいつく。
ブレードを、コア目掛け。
「死ねッ!」
堕とす言霊を穿きつけた。
「お断りよ!」
腰の僅か上部を横一文字で斬りつけるブレードを、微少に横に流れるだけで紙一重に避けた。
同時に、右腕に抱えたヨルムンガルドを振り被る。
半月を描く起動の巨大銃はケツァールの背部を殴りつける。
「――ッ!」
打撃と同時に生じた衝撃に、C11は呻きを漏らす。
「さっきの言葉、そのまま返すわ!」
鈍器として利用したヨルムンガルドを即座に銃の構えへと持ち変える。
――ドン
大砲のような音が響き渡る。
ケツァールの背後に友軍がいないことは確認済み。パイロットが存在するコクピット部目掛け、弾丸は直進する。
――が、当たらない。
吹き飛ばされ、前方に飛びながらもブースターを小刻みに噴射させ、四方に動きまわる。それはミサイルを避ける時の動作に似ていた。
「何でお前は!?」
初めて感じる苛立ちに脳が震える。
反転し、ミネルアへと向き直った。
向かってくる怪鳥にスコープを覗くか刹那迷ったが、それを放棄する。接近してくる怪鳥に備え、ナイフを装備した。
「大人しくオレに殺されてれば良いんだよ――!」
翼が瞬くように光が揺れる。収束し発散する光は、彼我の距離を縮める暗示を為していた。
爆発的な加速を持って、ミネルアへ。
肉を喰らう巨大鳥ののように、爪を光らせ猛進する。
「あんたみたいな奴がいるから――!」
過去の記憶を反芻し、優紀は独白をする。それは覆せない事実であり、優紀を駆り立てる過去だった。
迫り来る猛獣を構える狩人のように整然とミネルアは構える。
ナイフを片手に、正面へたずえた。両断するように、意識を集中させる。
――二人の咆哮は噛み付き合い、二機の刃は重なり合った。