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ACT.19 決着と決別<3>

「――双子だな」

 誰ともなく、低い声が発せられる。

 目の前には一つの寝台。

 上には脚に血を流した、眠りに堕ちた一人の女性と、へその緒で繋がれた二人の胎児。

「男と――女」

 兄と妹。先に男が出てきたので兄、後から出たのが妹。実際は先に出てくる方は子宮の下にいるのだから弟だ、という見解があるが大した差ではないだろう。

 二人が人間として成り立つことはほぼ同時刻となるのだから。


『 一卵性双生児。

 一つの卵子が多胚化し受精した。偶然の産物。神の悪戯。

 二児の遺伝子は全くの同一。すなわち流れる血も、体を生成している一つ一つの細胞さえ同一。

 我々にとってこれ以上興味深いものはなかった。

 植えつけられた凶暴性と母性。整えられたフェロモン分泌により、この二つはどちらに偏る事もなく、均一に保たれる。故に理想的な王の在り方を実現できる。

 民には飴を、敵には鞭を。

 しかしそれはあくまで一人の人間に体現した場合。

 なら二つに分けた場合は。しかも一卵性双生児。遺伝子レベルまで同一の存在だ。

 同じ物が出来上がるのか――それとも。


 出生してからしばらくの間、出来るだけ干渉せず、彼ら二人を一つの部屋に入れ、一日の大半を二人だけで過ごさせ監視することにした。

 幸い親は病弱で、母親は既に二回に渡る出生に耐えられず死んだ。我々に快く託してくれた。

 彼らに思わせるのだ。

 社会は自分ともう一人の血を別けた自分だけ。世界は二人だけ。頂点に立つ者も、間に立つ者も、下に入る者もいない。

 どちらかが優位に立つか、或いは同等か。

 生まれたばかりの彼らには理性などという高等な感情は持ちえない。

 あるのは動物としての本能だ。ならば上下が決まるはずだ。


 数日も経った頃、早々にこの観察は終了した。結果が得られたからだ。

 決まって泣き出すのは妹という事が分かったからだ。それは突然だったり、兄弟でじゃれあっている時だったり様々だが。

 二人に共同の食事を与えれば、多く取るのは兄の方だ。出生時の体重はほぼ同じ。体格等は“実験”に影響はないと判断した。


 一度転がり出した石は止まらないということか、二人の差は如実に表れた。

 兄は活発に行動し、乳母の手から離れ一人で何処かへと歩いて行ってしまう。

 逆に妹は一度覚えた人の温もりというものをなかなか放そうとしなかった。

 同じ双子とは思えないほど両極端な性格だった。

 人格生成を行う時間は与えていない。ならば外的要因は関係ない。これらは彼らが生まれ持った性質ということだろう。


 兄は凶暴性を強く持ち、妹は母性を強く持った。――いや、それしか持たないというべきか。

 結果的に性別の通りに収まった気が感じられるが、これは“また”の機会に持ち越すとする。


 王が死んだ。

 これにより実験は次の段階へシフトされた。

 二人を王に任命する。彼らの人間性が政策にどれだけ出るのかという事を観察する。前回までと同様に、理性によるフィルターの影響の観察も兼ねていた。

 概ね我々の予想通りであった。

 兄は拒絶することしか知らず、妹は受け入れることしか知らない。

 他の考えなど浮かばないのだろう。或いは、血が拒絶する。


 だが、一つ気がかりなことがある。

 ある日、妹が兄を殺害した。受け入れることしか知らない筈の妹に何らかの影響があったのか。それとも拒絶という感情が浮かぶほど、拒絶という好意を嫌悪していたのか。真意は分からない。やはり血だけでは人間の感情は操作できないのかも知れない。

 だが、御社との共同なら、或いは――。


 正直、心が疼くのが止まらない。完璧な存在を創り出すほど、科学者としての血が騒ぐことはないよ。


 ――これらにより、金属血液ナノブラッドは人体へ大いに影響を与える、尚且つ操作が可能であったと再認識する。

 今回は一卵性双生児という特殊なケースであるため、不快な結果が残るものがあったが、二卵性双生児や通常の兄妹等で試験しなければ分からない。しかし概ね成功と言えるだろう。

 植生された二つの感情は、血を分けるとどちらかがどちらかの大部分を有することになるとここに下す。


 十年後の御社との共同開発が楽しみだ。幸運を。


 実験の詳細データはディスクに。

 大雑把ではあるが、我々の実験の経過は順調であることをここに記す。 』



 私がこの文書を彼から初めて見せられた時は怒りと憎しみしか浮かばなかった。

 だが、この感情も奴らに植えつけられた人口の感情であるのかと苛立った。

 ディスクを見るに、私達にはプライベートというものは存在していなかったようだ。

 十七年の一日の我々の行動は細かく記載されていた。起床時刻から始まり就寝時刻に終わり、細かい癖、寝相の有無、味の嗜好、排便の回数、性癖までもが分析されていた。

 私は構わない。しかし妹がこのような羞恥に曝されていることは耐えられなかった。

「この企業は何処だ?」

 彼を睨みつけながら私は問うた。命の恩人に向けられた目じゃないが、私はそんなのは制御できる心境ではなかった。

MFGマテリアル・フロム・グレディエイト社の子会社だ。だがもうその企業はない。その文書は五年前だぞ?」

 私は昏睡から目が覚めて五年という月日が経っていたことを知った。

 世界は急激に変動していたようだった。

 世界のアウラ技術はこの五年で比べ物にならないほど高みに近づいている。

 目が覚めると、私の祖国に立つ王者は、私の知らない者だった。

「妹は、エイリアは、どうなっている?」

「お姫様は失踪したそうだ。城のアウラを持ってな。――お陰で一機しか盗れなかった」

 彼は深く溜息を吐いた。

 反して私の心はどこか救われた。妹が生きていると分かり心から安堵する。

「なぁ、ジャスバー」

 しかし彼は私の心を断ち切った。

「お前は納得しているのか?」

 何を、と問う暇もなく彼は続けた。

「お前は――いや、お前達は玩ばれたんだ。玩具のように……違うなおもちゃなんて可愛いものじゃない。モルモットか、或いは家畜だ。それで良いのか? お前と、妹は毎日毎日診られ続けてきたんだ。身体だけでなく、心まで」

 このとき、拒絶という感情を拒絶することが出来なかった。

 深く根付いたこの暗い感情は離れない。

「お前が生まれた理由はただの実験だ。あの国は大きなラボなんだよ。分かるか? お前の存在は――」

 深くその口を歪ませて言う。

「作り物だ」




「意味が、分かんねェよ!」

 イリウムは罵倒で返した。

「――そうか」

 それでいいとウサベルは頷く。

 そうだ。彼女は知らない方が良い。あんな吐き気がする、おぞましい事実など。

 真実を知り、狂い、悶えるのは私だけで良い。ただでさえ、既に人間として狂っているのだ。

 ウサベルは拒絶しか知らない。

 だがイリウムは拒絶も知った。

 彼女は確実に人間として形成しつつある。呪いの血を覆しているのだ。

 きっかけは私の殺害だ。これ以上嬉しいことはない。

 剣を片手にアルメニア・アルスは猛進してくる。私はコアを目掛け、銃を向ける。だが撃たない。――長く続くように。

 アルメニア・アルスは銃口が向けられると即座にその場から跳ぶ。

 AIが集中する頭部を失った時点で、射撃は致命的だ。それでも、カルトヴェニア・アルスには銃を握るメリットがある。黒のアルスにとっては剣を振るより、銃を向ける方が速いのだから。

「お前は、変わったな。昔は言葉使いもそんなに粗暴では無かった。昔は私の後ろで泣くだけだったというのに」

「煩い!」

 私は嬉しかった。これは唯一、拒絶しか持たない私の中で芽生えた母性だ。

 守り受け入れ、愛でるのは私の妹のみ。


 ――何て皮肉。兄は妹を受け入れることで正常に近づき、妹は兄を否定することで正常に近づくのだ。

 二人が共に正常になることは、もう叶わない。ならば――


 私には拒絶することしか出来ない。だがイリウムは、拒絶を手に入れたのだ。煩いと叫び、邪魔な存在を撥ね退ける意思を宿したのだ。

 徐々に、彼我の距離は縮まる。肉眼でも十分に定められる距離。

 右往左往する白のアルスを、私は銃口で追従していく。

 一発。

 電磁筒リニアにより加速され、放たれた弾丸は白のアルスへ吸い込まれていく。しかしアルメニア・アルスに当たることはない。

 超人的な反応をイリウムは魅せ、弾丸を難なくかわす。


 ――長く。なるべく長く。


 ジャスバーは深くトリガーを握りなおす。




 らちが明かない。

 距離を縮めてからというもの、黒のアルスは的確にこちらを捉えていた。

 銃器の扱いに特化しているというのは嘘ではないらしい。飛び跳ねる俺の機体をしつこく追ってくる。

 向こうは片手。こちらは両手が健在。ならこれを利用しない手はないだろう。

 銃が向けられ、避ける。その着地先は落ちたブレードの上だ。

 アルメニア・アルスは着地と同時に膝を曲げる。ブレードを取ろうと手を伸ばす。

「――させん」

 ブレードは弾かれた。白色のブレードは電気を帯びた弾に当てられ、砕けた。伸ばした手を止める。

 向こうは静止しているものには驚異的に、正確に迅速に照準してくる。これがもし万全の態勢だとしたら、と軽く悪寒する。

 だが今はそれではないと被りを振る。

 ――何度跳んだだろうか。既に数は忘れた。

 ――どれくらい対峙していたのか。既に分からない。

 相手の弾が切れるまで待とうか。超電磁砲レールガンなら弾数は少ない筈。

 ……いや、俺の“しょう”に合わない。

 突貫して叩き斬る――!




 アルメニア・アルスは跳躍した。それは驚くほど小刻みに――そう、まるで飛蝗バッタだ。

 赤い尾を引きながら、確実にアルメニア・アルスはアルトヴェニア・アルスへと接近する。

 上下左右と小刻みに動く奇跡は、黒のアルスも負うのが辛くなってきていた。

 尚も白のアルスは速度を上げる。白のアルスも速度の限界が近いのは変わらなかった。何よりAIが無くなった時点でパイロットに掛かる負担は大きい。

 頭痛が起き、血が煮える。

 白のアルスは一際高く跳ね上がると、何度も何度も脚部のブースターを吹かした。瞬時に音速の域まで到達し、黒のアルスの方向へと奔っていく。黒のアルスは銃口を追従させる。

 人間離れした動体視力。音速で飛び交う巨人を精確に目は捉えている。

 白のアルスはそのまま崖の上へと到達した。それは丁度黒のアルスの背中に。

「小賢しい――」

 アンカーを引き抜き、黒のアルスも飛翔する。壁に対し垂直に跳んだまま、銃を抱えるように身を反転させ、構える。

「何ッ!?」

 ――が、既にアルメニア・アルスは崖上に立ってなどいなかった。

 ジャスバーは即座に判断する。相手が何処に居るのか。

 空中で跳んだまま、銃を真上に向けた。

 そこにはブレードを真下に突き立て飛来してくるアルメニア・アルスの姿がある。

 月を背に、舞い降りる。

 カルトヴェニア・アルスはブーストを爆発させ、更に加速する。

 隕石のように落ちる刃は、カルトヴェニア・アルスの左右の脚の間を抜けていく。

 しかし安堵する暇はない。

 順手に持っていた右腕で、地面に突き刺さったブレードを振り上げる。地面を刳り抜き、刻み、切り裂き、岩を巻き上げ、刃は振れる。刃剣先は右の脚部を僅かに掠った。負傷を表す狼煙のろしである火花が瞬く。

「甘いッ――」

 しかし好機とばかりにカルトヴェニア・アルスは超電磁砲レールガンを片手で構えた。引き金を引く。

 バチィ――と轟き弾は飛来する。

 今度こそ弾はアルメニア・アルスへと吸い込まれていく。しかしコアからは少し逸れて左腕の接続部。

 しかしアルメニア・アルスは怯まない。

 飛来してくる弾など認知出来ていないかのようにそのまま左腕をカルトヴェニア・アルスに向けた。それは拳を向けるように。けれども指は開かれた。

 ――アンカー射出。

 ほぼ超電磁レール弾と軌道を相対して、走り抜けていく。

 弾とアンカーは交わらなかった。

 アンカーを掠めた弾は、コードを斬り、左腕を撃ち貫いた。

「――うぁッ」

 アルメニア・アルスはのコックピットでも、火花が走る。イリウムは呻いた。

 アルメニア・アルスはのコアとの接続部に大きな穴が空き、そこから岩肌が覗けていた。

「――ッ!」

 ジャスバーはまた、その声に再びトリガーに掛けた指に戸惑いを覚える。しかしそれは一瞬。刹那の間。

 だがその刹那が仇となる。

 その一瞬の間にアンカーはカルトヴェニア・アルスに到達し

「――ッ」

 残った腕へと掠めた。

 それは二の腕の半分をもぎ取った。

 動かないことはないが、銃を持つ手が緩んでしまった。

 イリウムはそれを確認すると、ブレードを渾身の想いで投擲する。それは銃弾と引けを取らぬ速度で飛来する。

 飛ばされた衛星ブレード惑星カルトヴェニア・アルスへと重力によって引かれる。

 猛攻と、自身への戸惑いと――エイリアへの戸惑いで対処する思考が生まれない。


 ――否、ジャスバーは思考を止めた。


 別に殺す必要など、ジャスバーにとってはないのだ。

 この身を国に捧げた想いも、この手で民を葬ったことも、この手で銃を握ったのも、魂を悪魔テロリストに売ったことも、エイリアの前で姿を現したことも――願いは一つなのだから。

 私は拒絶しか感情を持ち得ない。ならば拒絶で表す愛情も、在る筈なのだから。


 ――愛すべき妹の為に。




 抵抗はしないと、エイリアは悟っていた。

 それは双子故の人智外の能力か、ただの勘かは分からない。

 飛来したブレードを見つめるカルトヴェニア・アルスは、そのまま受け止めるだろう。


 ――今では分かるんだ。あの兄があの時何故あんなことをしたのか。あの兄が今何故こんなことをしているのか。何故手を止めるのか、何故今受け入れようとしているのか。


 でもエイリアは引くことは出来ない。

 私が――私でいれなくなるから。




 右腕をカルトヴェニア・アルスへ向け、アンカーを射出したそれは胸部、コックピットの僅か上にに突き刺さった。

 巻き取る。

 後方へ勢い弱まることなく飛び退くカルトヴェニア・アルスに引き寄せられ、アルメニア・アルスは飛んでいく。

 カルトヴェニア・アルスは地面へ墜落する。着地の衝撃で、右の脚がもぎ取れた。

 アルメニア・アルスもそれに追従し、地面へ降り立った。満身創痍で横たわるその右手から、銃を取り――

「終わりだ」

 ――静かに、エイリアは呟いた。




 思えば、俺の人生はエイリアに捧げていたんだろう。

 いつでも気にかけ、いつでもあいつを優先していた。

 煩いとも思わなかったし、うっとおしいとも思わなかった。幼い頃の私には、エイリアの笑顔が天使の笑顔以外に見えなかったのだから。

 だから、エイリアの害を拒絶する。荒事で構わない。エイリアに害が及ぶことは俺が拒絶し続ける。エイリアはいつも受け止め、泣いていたから。


 私は兄さんに護られてきた。

 きっと兄さんがいなければ私は生きていけなかった。今を生きてはいなかった。

 身体も心も弱かった私は兄さんに頼りきりだった。

 少し怖いところもあったけど、私にとっては兄さんは白馬に乗った王子様のようなものだ。

 いや、それ以上だろう。

 兄さんはいつも、私から厭なことを遠ざけてくれるから。


 自分が死ぬことには悲しみはなかった。俺にはエイリアが全てなのだから。

 ただ一つ、悔いはあった。エイリアに向けた、受け入れて欲しい許しを乞うような懺悔。

 きっと私は最期だ。もうエイリアと言葉を交わし、触れ合い、笑い合うことなどないだろう。

 別れる前に、これだけは伝えよう。


 兄さんが死ぬということは正直悲しかった。私は兄さんがいるからここまで生きてこれたのだから。それはすがる対象として、また憎んで生きる目的を持ったため。

 分かっていたんだ。兄さんの行動の全ては私から厭なことを遠ざける為だという事が。

 ただ一つ、悔いはあった。兄さんに向けた、否定して欲しい心の内。そうしてくれなければ、正義わたしが揺らいでしまう。

 きっと兄さんとは最期だ。もう兄さんと言葉を交わし、触れ合い、笑い合うことなどないだろう。

 別れる前に、これだけは伝えよう。


「――エイリア」

「何、兄さん」

「ごめんな」

「何が?」

「一度だけ、俺は恨んだ。エイリアの事を。お前が俺に銃を向けた時。顔の火傷を初めて見て、お前に憎悪を持ってしまった。俺は一瞬でも、お前を否定してしまった。……許してくれ。エイリア――」

「――――うん、許すよ。兄さん」

 エイリアは優しく受け入れた。

 ジャスバーはエイリアに包まれ、満たされ、泣いた。


「――兄さん」

「何だ、エイリア」

「ひとつ訊きたいことがあるの」

「何?」

「私は、あの時兄さんを憎んで銃を持った。でも、今になって考えると分からなくなる。兄さんはどうして、あんな風になってしまったの? 兄さんは私にとって悲しいことはあの時まで一度だってしなかった。ねぇ、どうして? もしかして、私の為だったの――?」

「――――いいや、あれは、俺の為だよ。怖かったんだ。皆が。俺を襲ってきそうで」

 そう、と呟き、エイリアは涙を流した。

 ジャスバーはエイリアの想いを“受け取り”、事実を否定した。


「――お別れだ、言い残すことは、あるか」

 途切れ途切れに、言葉を綴る。

 最後の時。

「いいや、もう、何も、ないさ」

 喉が上手く動かない。

 二人は涙を流している。喉を何度も鳴らしそうになり、その度に息を呑む。

 お互いに悟られないようにひた隠し、けれどもお互いにそれは分かっていた。

 二人は感動的なまでに心が通い、悲劇的なまでに交わらなかった。


 悔いなど――無い筈が無かった。

 最も愛する者と別れるのだ。もう会えない、もう顔が見れない、もう声が聞けない、もう手を触れられない。

 ――いやだ。

 何度もそう叫びたくなる。

 ――死にたくない。

 何度もそう叫びたくなる。

 ――殺したくない。

 何度もそう叫びたくなる。


 けれどそれは口にしてはならない禁句。

 心が折れ、全てが崩れてしまうから。

 悪を受け入れてはならない――悲しみは拒絶しなければならない。

 後悔は否定しなければならない――願いは拒絶しなければならない。

 そうでなければ、

 私は揺らいでしまうから――エイリアはまた歪んでしまうのだから。


「それじゃあ――」

 前に進まなくてはならない。

「ああ――」

 だけど少しでもゆっくりと。それは二人に共通した強い願い。

「もう――」

 受け入れてしまいそうになる。けれど、“拒絶しなければ”。

「早く、しろ――」

 この先を、拒絶したくなってしまう。それではダメだ。“受け入れなければ”。

「ああ――」

 頷き、深呼吸する。


「「――――――さようなら」」


 ――不思議と、静かに銃声は木霊した。

   直ぐに消えそうに儚くも、月まで届きそうな程に、それは強かった。


 ヒトに踊らされた二人の悲劇は、幕を下ろす。

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