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ACT.3 過去の傷。もう戻らないモノ。

「高い! 綺麗! そして美味しい!」


 妹は目の前にある豪勢なイタリアンに喰らいついている。その食べっぷりは周りの高級感にまったくもって調和していない。明らかに浮いていた。

 ここはタワービルの42階……ん? 52階? ま、まぁとにかく高い場所にある高級イタリアレストランだ。そして、景色を楽しみながら食事できるという最高の席を予約しておいたのである。だから妹はかなりはしゃいでいる。ここはファミレスじゃないんだぞ? いやファミレスでもはしゃがれるのは困るけど。


「ね! お兄ちゃん!」


 妹は隣にいる兄に声をかける。


「あぁ、分かった、分かったから。もうちょっと静かに、な?」


 僕は妹のあまりにも無礼過ぎる態度を慌てて鎮めようとする。


「むぅ〜」


 その妹は頬をいじけた様に膨らませる。


「そうよ? 結衣」


 母さんが結衣を咎める。


「むぅぅ〜」


 結衣は元々膨らましていた頬を更に膨らましていじける。が、この高級レストランに二度と来れないという厳しい条件の前には屈伏するしかないのだった。


「それにしてもやっとだよなぁ。誰かさんがずぅっと先延ばしにしてたせいでさぁ」


 じとーっとわざと横目で父さんを見やる。


「だーかーら、悪かったって言ってるだろ……」


 申し訳なさそうに父さんは肩をすくめて言う。


「ったく……」


 父さんもふてくされた様に再び食べ始める。

 結構前からここに食べに来るという約束をしていたけど、父さんの仕事がなんかもう少しで一区切り付くだか終わるだかという状況がずっと続きなかなか行けなかったのだ。何の仕事をしているかはよく分からないが。でもやっと時間が空いたということでここに来ることが出来た。


「まぁまぁ、ここで無粋な話はなし! とにかく食べましょう」


 母さんがこの場を取り繕う。もちろんふざけているだけだ。だから別に全然、空気が悪くなっているわけではないのだけれど。


 ――この時は本当に楽しかった。妹は今日のこの外食を凄く喜んでいたし、僕も表面上では冷めた態度を取っていたが、内心ではかなり嬉しかった。高級レストラン云々の以前に、家族揃っての食事が素直に嬉しかったのだ。

 普段は僕と結衣と母さんだけの食事だ。父さんは僕達が寝た後に帰宅、そして僕達が起きる頃には既に出社している。会社オフィスで寝泊まりすることも少なくなかった。そんなおやと子の交わらない生活サイクル。だけど父さんは仕事の鬼という訳ではない。ちゃんと家族のことも考えている。その証拠に、時間が空けば今日みたいに家族サービスをしてくれる。今日みたいな日は一年に何回あるか分からない。貴重な、大事な日だ。

 だから本当に嬉しかった。本当に楽しかった。――その時は。


 家族の団欒は銃声により引き裂かれる。

 突然銃を持った集団テロリストがこのレストランに侵入してきた。

 テロリストは客に銃を向け脅す。周りでは悲鳴を上げる者、泣き崩れる者。錯乱状態だ。何人かが強引に逃げようとするが、テロリストはその客を躊躇せず、容赦なく撃ち殺していた。辺りに舞う赤い血しぶき。その内の1滴が僕の頬に当たる。


「下手な真似はするな!」


 テロリストは叫ぶ。

 僕は目を見開く。僕には目の前の光景が信じられなかった。僕の思考は停止する。信じられない。何だこれは。これは本当に現実か? 僕達はただ、ここに食事に来ただけだ。

 頭が真っ白になる。嘘だ。こんなの嘘だ。信じられない信じられない……。

 胸の中を嫌な焦燥感が駆け回る。思わず頭を抱え、泣き叫びたくなる。


「お、お兄ちゃん……」


 妹の泣きすがるような声が聞こえる。その声によって、僕の停止していた思考回路が動き出す。


「手で頭を押さえて床に伏せろ!」


 テロリストが叫び、客達を脅す。その声に結衣はびくっと反応し、体を縮こませる。


「大丈夫だ。だからとにかく今は大人しくあいつらの言う事を聞くんだ」


 僕はそんなことしか言えなかった。今にも泣き崩れそうな、泣き叫びそうな妹が目の前にいるというのに――。情けない。……クソッ!


「おい、……は居たか?」


「いや、わ……らん。とにかく……り……を確認しよう」


 なにやらテロリスト同士で話している。が、距離があるうえ小声のため、うまく聞き取れなかった。


 客が全員顔を伏せ、ある程度静まったところでテロリストたちは客を調べ始めた。眼鏡を取ったり、頬を抓ったり、髪を引っ張ったり。乱暴で、妙に入念だった。

 僕から見える範囲では2人。おそらく反対側からもやっているだろうから計4人。入って来た時の人数は大体10……いや14人。

 内4人は点検に回っている。ということは客を監視しているのは10人。どうもこいつらの目的は金が目当てではないらしい。つまり自らが警察に連絡するような真似はしないということだ。

 今、僕のズボンのポケットには携帯が入っている。何とか警察に連絡が取れれば……今の僕にはそれぐらいしか。しかしそんなことが出来るのか? 10人近くが厳重に警戒しているというのに。……無理だ。そんなことが出来る筈がない。結局僕には何も出来ないのか。

 後ろでは妹のすすり泣く声が聞こえる。

 結衣があんなに泣いているというのに、1人の妹を守ることすら――!


 ――そしてテロリストの検査からしばらくの時間が経った。もうすぐ僕達の番だった。

 母さんが強引に立たされる。そして荒い検査が始まる。


「つっ!」


 母さんの長い、綺麗な髪の毛が乱暴に引っ張られる。その時の痛みで顔を歪ませる。

 その扱いに苛立つも、僕にはただ大人しく黙っていることしかできなかった。

 そして父さんの番だ。後ろから手を掴まれ強引に立たされた――瞬間。

 パリーン!

 突然窓ガラスが割れる。それと同時に1人のテロリストが頭から血を噴き出して倒れこんだ。その顔は原型をしっかりと留めていなかった。さらに、続けざまに何人かのテロリストが頭や腹から血を噴き出し倒れる。

 辺りは再びパニックに陥る。今度はテロリストも慌てていた。


「スナイパーだ! 狙撃されているぞ!」


 父さんの前に立っているテロリストが後ろを向きながら、他の仲間に叫んでいた。


「オラッ!」


 父さんは自分への注意が薄れた瞬間に、後ろにいたテロリストに思いっきり肘打ちを食らわしていた。


「カハッ」


 顔面に肘が直撃する。耐え切れず、テロリストは床に倒れこむ。その際に銃がその手から零れ落ちた。すかさず父さんはそれを拾いこみ、倒したテロリストに発砲する。足に当たっていた。


「ぐあぁ!」


 テロリストは足を押さえもがいている。


「父さん!」


 立ち上がり父さんに声をかける。


「枢! 母さんと結衣を連れて逃げろ!」


 父さんは僕に向かって叫ぶ。


「で、でも!」


 父さんを置いていくことに躊躇する。


「ぐ……貴様ぁ!」


 倒れていたテロリストが父さんを睨みつける。そして腰に手を伸ばす。テロリストは拳銃を抜き取った。


「父さん!」


「ッ!」


 父さんは再び発砲する。今度は腹に当たってしまっていた。


「いいから逃げろ! 早く!」


 父さんは物凄い剣幕で捲くし立てる。


「う、うん……」


 おずおずと僕は頷く。


「結衣! 母さん! 逃げよう!」


 母さんは既に立ち上がっていた。しかし結衣は足が震えて力が入らないようで、立ち上がれていなかった。


「結衣!」


 僕は結衣に向けて手を伸ばす。結衣がその手を掴んだ瞬間自分に引き寄せる。そして結衣を背負った。

 出口に向かう。テロリストは全員死んで……もしくは重体で、とにかく起きている者は居なかった。居るのは逃げ遅れた一部の客と僕達だけだった。


「父さん!」


 途中で振り返り、父さんに声をかける。


「あぁ」


 父さんは頷き、銃を捨てて駆け寄ってきた。



「うっ……」


 廊下に出た瞬間、僕の鼻腔は鉄臭い異臭に包まれた。僕は腹の底から来る嘔吐感を必死で押さえつける。

 廊下は酷い惨状だった。元はベージュ色だった壁が、今では床と同じような朱色に染まっている。床にはゴミのように散らばっている死体。客の死体モノもあれば警官や警備員の死体モノ、テロリストの死体モノもあった。首なし。目が潰れている死体モノ。腸が飛び出ている死体モノ。何かの臓器もそれ単品で転がっている。心臓のようなものが1m離れた所に居る死体と繋がっている。歩く度に血によってピチャピチャという音がたつ。――ここは地獄だ。僕はそう思った。

 1人の警官が駆け寄ってきた。


「あなた方で最後ですか?」


 その姿は機動隊のような重装備だった。その姿にも赤いしぶきがかかっている。


「ええ、多分」


 その質問に母さんが答えた。


「良かった。ではあちらの非常階段からお逃げ下さい」


 その言葉に従い、非常口の方へ向かう。警官もその後ろをついてくる。僕達の背後を護衛す

るように。そして扉をくぐった辺りで警官は再び口を開く。


「ここから4つ下の階の外で、我々のヘリが待機しています。それに乗って脱出を……」


 しかし警官の言葉は途中で切れる。


「クッ……とにかく早く! 急いでください!」


 ギギィ、と警官は扉を閉める。僕達から孤立するために。

 そして激しい銃撃音がする。銃撃戦が始まったようだ。思わず僕は身を竦めてしまった。


「……枢。行くぞ」


「う、うん」


 僕は結衣を背負い直し、父さんの後に続いた。結衣は僕の服を強く握りしめ、震えている。結衣だけは何としても守らなければ、そう決意する。



 それにしても。父さんは妙に落ち着いている、と思った。それにあの時のテロリストに対する咄嗟の対処。度胸が座っている、で済ませられるだろうか。


 ――慣れて、いる?



 靴と床との無機質な衝突音が響く。さっきの銃撃音は既になくなっていた。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」


 極度の緊張と妹を背負って走ったことで息が上がってきた。


「枢、代わるか?」


 父さんが僕に振り替える。その顔に全く疲労は見られない。


「いや、いい。大丈夫」


 強がっているわけじゃない。いざという時には、父さんは身軽な方がいいと思ったからだ。



 そして指定された階に着いた。途中テロリストに遭うこともなかった。もう制圧はあらかた終わったのかもしれない。そして、どこにヘリが居るかはすぐに分かった。何せテール・ローターの空気を裂く音がフロア中に響いているのだ。


「こっちだ!」


 父さんが先導する。その先の窓は割れていて、そこからすぐにヘリに乗り移れるようになっていた。乗り移れるようになっていた、とはいえへりからヘリまでは1m以上の幅があった。この高さでは、正直跳べるか不安だ。それに風がかなり強く吹いていた。


「少し下がっていて下さい!」


 ヘリの中にいた警官が僕達に叫ぶ。言われた通りに僕達は下がる。

 すると警官はアンカーのようなものを射出させ、床に食い込む。それは梯子だった。ちょうど窓からヘリまで渡れるようになっている。


「では早くこちらに!」


 確かにこれなら渡りやすい。怖いのは怖いけど。でも今はそんなこと言っていられない。

 まずは母さんから渡った。そして僕と結衣。最後に父さん。


「もう、大丈夫ですよ。……よく頑張ったね」


 泣き崩れた結衣にその警官は優しく微笑む。それに結衣は頷く。そして警官は操縦席へと向かった。その直後、結衣は泣き出す。


「うわぁん! お兄ちゃん! 怖かった……怖かったよぉ!」


 泣きながら、涙でくしゃくしゃの顔で僕に勢いよく抱きつく。


「……ッ!」


 母さんも緊張から一気に解放された為に涙が溢れ出す。母さんは父さんに抱きついた。父さんはその広い胸でしっかりと受け止めていた。

 ヘリは旋回し、背をタワーに向ける。そして機首を前屈みにさせる。ヘリは徐々に前に進み出した。

 結衣は僕の胸に顔を埋めていた。服が涙と鼻水で濡れるが、そんなことは気にしない。僕は結衣をしっかりと抱きしめる。

 ――助かった。助かったんだ、僕たちは。――怖かった。――怖かった!

 そう安堵した瞬間、僕も涙が溢れてきた。結衣と一緒に泣き叫びたくなる。しかしそれをグッと堪える。僕は袖で乱暴に涙を拭った。

 そして目を開けて、ヘリコプターの下を覗く。いや、覗いてしまった。


「――ッ!?」


 驚愕する。

 ――下では、戦争が起きていた。30m以上に及ぶ何10機の巨大なアウラが、縦横無尽にコンクリートを削りながら奔る。かなりの混戦状態。それらは何十cmもの銃弾を撃ち合う。1機、また1機と耐え切れずに爆発する。地面のあちこちから黒い煙が立っている。――いや、地面だけじゃない。ビルから――僕達がついさっきまで居たタワービルからも煙が立っていた。煙だけじゃなく、炎も上がっていた。

 アウラによる強攻的な襲撃。――テロ。

 約半数のアウラには日本軍のマークである桜がデカールされている。そしてもう半数には――黒い、イバラのマーク。

 ――その内の1機がこのヘリに気付く。赤いカメラアイがこっちを向く。――捕捉された。ライフルがこちらに向けられる。


「おいっ! 気づかれた!」


 さっきの警官が操縦士に叫ぶ。


「早く、早く安全な場所へ!」


「分かっています! しかしこれ以上は――!」


 2人の警官は大声で怒鳴りあう。母さんと妹はその声に身を強張らせる。

 風のせいでこれ以上ヘリの速度が上がらないようだ。


「ッ!」


 1人の警官が意を決したようにライフルを取り出す。そして乗り込み口から身を乗り出す。銃を構え、撃つ。しかしそれはアウラの装甲に弾かれる。


「クソッ!」


 たかだか人間が扱う銃ではあの殺戮兵器には意味をなさない。その分厚い装甲の前では、微々たるダメージですら負わせられない。

 アウラの銃口が、しっかりと、僕達ヘリを捉えた――



 ――眠っていた意識が覚醒する。


「う、ぅ――」


 頭を軽く振り、覚まさせる。いったい何が起こったのか分からない。それに熱い。体が燃えてるみたいだ。

 僕の体は何かの水溜りの上にあった。体を動かす度にピチャピチャと音が鳴る。

 立ち上がろうとする――が何故か立ち上がらない。立ち上がれなかった。何度やっても無駄だった。僕は自分の後ろを見る。


「――え?」


 足が――無かった。僕の足が。無い。無い。無い、無い無い無いナイ無イナいナイ――!


「あ、あ――」


 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ――!

 足を必死でバタつかせる。しかし膝から先が無い自分の足では何も出来なかった。更に腰の辺りにはヘリの残骸が圧し掛かっている。僕は全く動けなかった。

 ふと視線を上にあげる。すると父さんの右腕がこちらに差し伸べられていた。


「とう、さ――」


 必死で手を伸ばし、父さんの手を掴む。そして引っ張る――


「え――」


 ずるり、と力なく腕は引き抜かれる。ビチャッ、と赤い水溜りに落ちた。そこにあるのは、父さんの、腕――だけだった。


「あ――あ、あぁ――」


 そんな――。そ、そうだ――母さん――母さんは!

 視線を右に動かす。そこには、頭から赤い液体を流している結衣がいた。


「結衣!」


 僕は結衣に呼び掛ける。


「う……ぅ」


 意識は失っていないようだった。しかしその体の動きは鈍い。


「お、お兄ちゃん……?」


 結衣が僕の方を向く。だがやはり、体が満足に動かないようだ。ずるずると、結衣がこちらに這い寄ってくる。だけど力が入らないのか、遅々として進まない。


「お兄、ちゃん……」


「結衣……」


 お互いに右手を伸ばす。お互いの距離は目と鼻の先。だがお互いに触れられる距離とは程遠い。結衣の目も、鼻も、口もはっきり見えるのに。2人の距離は埋まらない。2人の手は届かない。埋められない。


「結衣ッ!」


 不意に母さんの叫び声が聞こえる。左から母さんが駆けてきた。


「おかあ――」


 途端に、岩と鉄が、鉄と岩砕けるような激しい銃声音がする。目の前にアウラの何十cm銃弾が数発撃ちこまれた。目の前が、石埃いしぼこりによって見えなくなる。


「うっ!」


 僕は腕で顔を庇う。腕には砕けて飛び散った石が当たる。

 ――そして3秒と経たず、砂埃が収まり、視界が明瞭になる。


「さ――、ん――?」


 ――結衣は仰向けに倒れていた。結衣は目を見開き、自分の上にかぶさる自らの母を見る。結衣の体はカタカタと小刻みに震えていた。――母さんは、結衣の上に、庇うように被さって、項垂うなだれていた。――――――上半身だけで。


「あ――あ――」


 結衣は自分の手についた血を見つめている。色を失った瞳で。

 僕はただ――目の前の光景が信じられない。受け入れられない。冗談じゃない、ふざけるな。なんで。どうして。なんで。こんな。

 こんな――こんな――!



「ぅああアあアああアあああああああアアアああぁあぁアぁあぁぁアあああアァァぁ

あァぁーーッ!!!!!!」

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