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ACT.18 感情<1>

「これ、は――?」

 枢は目の前の存在に、ただ一瞬視界に捉えただけで心を奪われた。それほどに、目の前にあるものは強烈な衝撃を与えた。

「……」

 それはアイリも同じだった。目の前の機体から、眼を離せないでいる。

 一機のアウラ。

 ボディカラーは穢れを知らないような純白。華奢な細身のフォルム。目の前で整然と立ち尽くしているのは、純白の、鮮麗な、秀麗な、“アウラ”だ。

「……“ネフィル”?」

 僕は無意識に、思わずそう言葉を漏らしていた。

 ――そう、対峙しているアウラは、あまりにも枢の“ネフィル”と似ていた。

 雪のように白いボディカラーに、従来のアウラ技術を覆すような、華奢なフレーム。ただ、やはりネフィルとは風貌が似ていても、全く違っていた。枢のネフィルは、全体的に丸みを帯びたボディだが、一部――肩部や膝部は角ばったデザインをしている。それが、華奢なフレームながらも騎士のようなイメージを見る者に与える。

 だが、目の前のアウラは違う。その角質とした部分は見当たらない。余計なものを一切省いたような、質素で、簡素な印象だ。追加装備も無い。これではまるで、アウラの“素体”のようだ、と感じた。




 ――ギリアム・オスカーは、この空気に、言葉に表せられない、堪らない感覚を感じていた。それは少なくとも、ギリアム・オスカーという個たる存在を現実に繋ぎ止める確かな因子だった。

 誰もが無言になり、この先のことを案じる。

 自分は何時、何処で、何を行うべきなのか。敵は誰だ。仲間チームは誰だ。時間は。場所は。作戦概容は。結末条件は。合図サインは。目印マークは。好機チャンスは。機会タイミングは。――――果たして、自分は“生きる”のか。

 空気の抵抗を、運搬機はもろに浴びる。上空はとても気流が荒く、人間が沢山乗っているこの機体でさえも、何百トンもあるこの機体でさえも、だ。

 これは、例えどんなに発達した技術でも御し得ない自然の力だ。所詮人は、地球に生まれ、地球に育った生き物だ。

 だから大地を敬う事だけは辞めてはならない――――何て、哲学的な事を、他人に言わせれば俺らしくない事を考えるのは、やはりこれから戦場に向かうからか。ギリアムはそう、自身を心の中で軽く嘲笑しつつ、物思いに耽る。

 人は何かしらの窮地に達すると、思考がとても速く回るようになっているものだ。例えば――サッカーで味方にパスするか独力でシュートするかの瀬戸際では、本人に自覚は出来ないほど高速で回転しているし、人前に出て極度に緊張し動転している状態とは思考のスピードに神経がついて行けていないだけなのだ。“アガる”ということは、脳から発するべき信号を整理出来ない、或いはその信号を筋肉が運動神経として処理しきれていないだけなのだ。

 だから俺が余計なことを考えてしまうのは、きっとそれの一端だ。昂る感情が、無駄な思考を巡らせる。

 こちらが先手となる作戦に参加するといつも蘇る記憶がある。目標はただの補給基地だったハズだ。そう、ただの。大した戦力もなく、前線部隊が壊滅したことにより取り残された孤立した存在。戦場では恰好の餌食であり、ほぼ無抵抗で制圧クリア出来――る筈だったんだ。

 あの驚異的な戦力、武力、存在感、威圧感。陸の王者は戦車だと、信じて疑わなかった。しかし、既に新たな王は誕生していた。誰にも見向きもされないまま、辺境の基地で。


 ――次世代戦闘兵器アウラが。


 戦場はやはり何度赴いても決して慣れるものではない。

 もし、戦場で何も感じない者がいるならば、ソイツはイカれているのか、イカれてしまったのか……どちらかだけだ。

「どうしたんですか、大佐」

 眼下を微かに揺れる床に置いていると、ふと、少年に話しかけられた。端正な顔立ちをし、若干茶色気味の短い黒髪を揺らした少年――キョウヤだった。

「ん? ……いや、何でもないよ」

 ――ちなみに別に輸送機は揺れていない。ここは今、雲の上だから。例えとして持ち出しただけだ。




 これから人を殺しに行くという場合には、いつも心の中で呟く言葉がある。

 ――御免なさい。

 これは他でもない、キョウヤ自身の、キョウヤの両親に向けられた祈りのような謝罪だった。許しを請うわけでもなく、押し付ける訳でもなく、だた静かに、祈るように。一度だけ。

 この行いは、ただのキョウヤ自身での自己満足だった。それは自身も理解していることだった。

 人を殺すことを罪と決めたのは人間であり、全知全能、森羅万象を創ったという神様が決めたということではない。――そもそも、かのキリスト教でこそ、崇められているモノだって人間だ。

 単に、人間同士で際限なく殺し合われたらまともな社会を築くことが難しい。これが“法”というものが作られた確固たる理由だろう。

 あのテロリストも言っていた。“人間は傲慢だ”と。

 これに、キョウヤは強く同感せずには居られなかった。それを外に出すことはしなかったが。

 では仮に、全知全能である神が“人を人が殺すことは罪である”と決めたと仮定しよう。――いや、この行為は、道徳に反すると仮定する。無論、道徳とは言っても人間にとっての道徳ではない。言わばこの世の心理だとする。

 ならば理由は何故――この世に理由無しで在ることなど有り得ない、訳が分からないモノも、解明されていないだけだ――。

 蟷螂カマキリという昆虫がいる。とても有名だ。とても有名な話だが、彼らの雌雄同士で交尾をした後の行動を例に出してみる。とても有名だが、蟷螂の雌は、同じ種である、雄を食べる。自らの血肉として蓄えるのだ。

 果たしてこれは、どうなのだ。先の言う、道徳に反しているのだろうか。蟷螂だから――昆虫だから許される? 本能だから? 運命だから? 合理的だから? だから許される?

 これを人間に置き換えよう。

 生きるために借金をしなければならなかった。だけど今は、借金取りに追われて命を絶たれようとしている。借金取りを負債者は殺した。これは道徳に反している?

 ――深夜の暗闇で、欲望に任せて、見ず知らずの通りがかりの女性をナイフで惨殺した。これは道徳に反している?

 執拗に言い寄ってくる嫌な上司が居る。挙句にはプライベートを侵し、それで強請ゆすり、犯そうとしてくる。耐えられなくなり、殺してしまった。これは道徳に反している?

 ――先の通り魔の現場を通行人に見られてしまった。口封じにその通行人も惨殺した。これは道徳に反している?

 例を挙げれば切りがない。世の中には正当防衛という言葉がある。また、日本には専属殺――自らの血縁で前の世代である人を殺害する――という言葉がある。

 正当防衛では罪は軽くなり、専属殺では罪が重くなる。これは一体、何を意味しているのだろうか。

 キョウヤには、これらの違いが見出せなかった。過去に何度も考えた。寝る間も、食事の間も、考えた。でも結局、違いという答えは浮かばなかった。書物を見れば、回答らしきものも載っていた。しかし納得できない。共感できなかった。

 違いはない。罪ではない。仕方のないこと。仕様がないこと。諦めるしかないということ。人を殺されたという事において、キョウヤはこの結論に達していた。

 ただ、冷め切った、達観した倫理の中でもある一つの根強い感情は染み付いていた。拭い去ることが出来ない、とても強い感情。誰にも共感できない、共有できない、キョウヤ本人しか分からない、分かりえない感情。霧散させることも、消滅させることも、慰めることも、安らげることも、薄めることも、緩めることも、出来ない感情。ただただ――


 ――許せない。




「そのディスク、そこのモニターじゃ見れないの?」

 コクピットに座っている枢は、右後ろにあるモニターに顎を向けながら言った。今は操縦しているため、脇目を振ることが出来なかった。真夜中の街とはいえ、人がいないとは限らない。万が一、踏みつぶすなんてことがあってはならない。だから慎重に、静かに歩行する。

 分からないやってみる、と後ろにまるまって座っていたアイリは呟いて前へと乗り出す。その時に、アイリの髪からフローラル系の香りが漂い、鼻腔を刺激した。シャンプーの香りだろうか、何となく照れ臭くなり、顔を赤らめ左へと顔を向けてしまう。

「……どう?」

 一分ぐらい経っただろうか、というときに枢はアイリに問いかけた。顔は向けていない。まだその頬が若干赤かった。

「――駄目だった。まだパスワードが掛かってる。多分、フィーナが持ってるんだと思う」

 そう言って、アイリは直ぐディスクを取り出して、服の胸ポケットへと仕舞ってしまった。

「そっか、残念だ」

 そう言って、枢は操縦へと意識を向ける。その表情には若干の落胆が見えた。


 ――アイリは自分の両手で自分の細い体を抱きしめていた。身体は震えている。しかし枢に悟られてはいけない、絶対に。

 更に力を入れて抱きしめる。まるで孤独な夜に、お化けを恐れて子供が眠れないかのように。

 ――考えてはいけない。考えたくない。信じてはいけない。信じたくない。拒絶したい。信じられない。嫌だ。やめて。どうして。

 アイリの思考は無意味な、まるで螺旋階段のような思考を繰り返す。言い表しようのない不安を覚えた。背筋に冷水を垂らされているような、崖の淵に立たされているような、暗闇の中眉間にナイフを突き立てられているような。大切な何かを、失くしてしまった時のような。

 アイリは見てしまった。違和感が、解決してしまったのだ。


 何故、枢は初搭乗時にあのネフィルを退けられたのか。

 何故、訓練も受けていないのにあそこまでアウラ操縦技術に長けているのか。

 何故、ただの一学生が一度だけ言われただけで、十数桁もの英数字を記憶出来るのか。

 何故、彼はヘルズタワー事件で生き延びたのか。

 何故、彼はケレス――ジルと名乗っていたらしいが――から見逃されたのか。

 何故、“膝上から下”の足を亡くしたのに、義足を着けただけで歩けていたのか。

 何故、彼だけしかネフィルを操舵出来るのか。

 何故、ネフィルに“久遠 枢”として認証されているのか。

 何故、彼には出生の記録を見つけ出す事が出来ないのか。

 何故、彼は身に覚えがないのに、フェイクスなのか。


 気づいていた。予測していた。彼の背後関係を見れば容易に想像がつくことだった。けれど、目を背けていた。認めたくなかった。信じたくなかった。私は無意識に、そこへ至る思考の回路を遮断していた。


 『チルドレン計画』――『被験者項目』――『久遠 枢』。


 それが、アイリの見たディスクに記録されていたファイルだった。

 ――そしてチルドレンの寿命は、二十歳なのだ。




 その日、ソリディアクルで一軒の火災があった。炎上したのは大きな屋敷。炎の勢いは信じられないほど早く、消化作業に入る頃には半壊していた。油か何か――とにかく特殊な成分が強く含まれていたのか、大量の水を浴びせても、その黒い炎が消える事はなかった。

 生存者は確認できず、灰となったものから元が何であったか確認出来るものは数えるほどしかなかった。窓も、壁も、柱でさえも燃え尽き、何かの灰と混ざり合い、ただ灰でしかないものへとなっていた。

 ただ、形から察するに、何か人形のような灰の塊が横たわっていると、消防隊員は報告した。

 そして、このニュースを枢たちが耳にするのは数日後だった。

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