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ACT.17 明かされるモノ<3>

「――何処へ行くの?」

 目の前を歩く女性へとアイリは訊く。エティマは背筋を伸ばし、とても綺麗な歩き方をしている。

「書斎室でございます。……とは言っても、書物ではなく、電子データとして在るだけですが」

 ……それはそうだ。わざわざ膨大な量の情報を、保存と扱いが不便な紙を媒体にする意味がない。今の技術なら、かつての小さい図書館ぐらいの情報量ならディスクの数枚で足りるだろう。ディスクなら嵩張らないし、保存できる効率が違う。そして――その媒体に異常が無ければという条件が要るが――保存されている情報データは永遠に劣化しない。こちらの手を使わない理由など無いだろう。

「こちらです」

 エティマさんは扉の前で一度立ち止まり、こちらに振り向き一言言う。やはり律儀だ、メイドの格好は伊達じゃない……とか思った。

 腰から鍵束を出してノブに付いている鍵穴に差し込み、捻る。それだけではなかった。何やら小さなパネルのような物に手の平をかざしている。静脈検査とか、その辺りだろうか。

 家の中だというのに、これだけのセキュリティだ。無論、壁などの材質はかなり頑丈な物なのだろう。この部屋が如何に重要であるかということが、これではっきりと分かった。

「どうぞ、お入り下さい」

 内に開いた扉を抑えながら、私を招く。それに従い、私はこの厳重な部屋へと入室した。

 ――ガチャリ。

 背後で、扉が閉まる音と同時に、ロックが掛かる音。オートロックらしい。

「……少々お待ち下さい」

 エティマさんは一つのキーボードへと向かった。データを抽出しているのか。……私は待っている間、部屋を観察することにした。


 部屋を見渡す。広さは大体……五メートル……いや、六メートル四方だろうか。あまり広くはない。そして、全体的に光量が少なく、光も少し特殊らしく、部屋全体が淡い青のような色になっていた。

 何というか……ここだけ近代的な、無機質な設備になっていた。他の部屋では、例えば先ほどの部屋では暖炉があるなど、少なくとも見かけだけはアンティークな家具で揃えられていて、全体的なこの屋敷の“雰囲気”というものを創っていた。だけどここは違う。照明家具も一切置かれてなく天井全体が光るという無機質な物だし、時計や絵画など見かけを飾るような物も一切置かれていない。あるのは幾つかのデスクとモニターとキーボードと、あとは床に這っているコード。それと奥でゴミのように散らばっているディスクや何やらの記録媒体だけだった。

 ここは本当にデータを保存しておくだけ、或いは何かを管理するためだけの部屋のようだ。

「お待たせ致しました」

「――ッ! あ、ありがとう……」

 突然背後から声を掛けられて少し驚く。そして三枚のディスクケースを手渡された。各ケースに一枚ずつで計三枚。これが彼の研究内容なのか。

 ……それにしても、全く気が付かなかった。何でだろう……そんなに部屋の観察に夢中になっていたのだろうか。

「後もう一つ、お渡しする物があるのですが……それは一度談話室に戻ってからに致しましょう。恐らく、もうお話は終わっているでしょうから」

「……分かった」

 ――話?


 私はその言葉に違和感を覚えたが、追及する訳にもいかず、再び私はエティマさんの後をついてあの部屋へ戻ることになった。




「――それにしても」

「ん? 何だ?」

 目の前の壁に寄り掛かっている大佐が俺の零した一言に反応する。

「あ、いえ。何でアクストラの武装に“刀”なんて物があるのかな、と疑問に思いまして」

 キーボードを打ちながら話す。上官に対してこの態度は非常に失礼なものだが、この人ならそこら辺は気にしないだろう。

「あぁ……その事か。……疑問か?」

「そりゃ、気になりますよ。だって、あんな武器、非効率的じゃないですか。あんな武器を使うよりか、光学兵器を使用した方が――」

「じゃあ、要らないのか?」

「いや、それは無いです。少なくとも俺には、あの形状の武器以上に扱い易い武器は在りませんから」

 即答する。そう、俺にはあれ以上馴染む武器は恐らく存在しない。銃など以ての外、ソードでもサーベルでも、レイピアでも駄目なんだ。艶のある刃に、あの反りのある形状、方形の鍔。

「――だろうと思ってな。俺が要請しといたんだ。パイロットが、お前だって決まった時に。ふぁ――あ」

 欠伸をしながら、大佐は答える。

「……そうだったんですか。……ありがとうございます」

「んじゃ、今度飯か何か奢ってくれ」

 人差し指を立てながら、おどけた表情で言う。

 態度はテキトーだが、この人の行動には度々有能さが覗える。今回のこれは明らかで大きいものだが、昔からそうなのだ。その場ではあまり気付かないような、ほんの些細なことから今回のような大きなことから。そう――例えば道を歩いている時に自然と道路側を歩いてくれるような、そんなさり気無い気遣いがこの人にはあるのだ。そしてこの気遣いはこの人の人柄を示すと同時に、この人の観察力の高さにも繋がる結果だろう。

「……報告書レポート、終わりました」

 それは戦場でも繋がることだろう。戦場では、些細な事が結果に大きく作用する。

「おう、ご苦労だったな。――おぉ、意外と細かく書いてんだな。今日はもう休んでいいぞ。明日は遂に奴らをいぶり出すからな。しっかり休んでおけ」

 小耳に挟んだ事だが、昔、この人の部隊はこの人以外は全員全滅といったことがあったらしい。詳しくは知らない。どうも軍全体で禁忌タブーのような扱いになっているようで、皆――本人も含めあまり口にしてくれないのだ。

「はい」

 それは別に捨て駒として利用されたような作戦でもなく、ただ虚を突かれた作戦でのことらしい。

「それじゃあな、おやすみ。あの娘と良い夢みろよ」

 この人だけが生き残ったというのは、取りようによっては色々な解釈があるが――

「なッ!? ティアラは別にそんじゃんじゃ!?」

 慌てるキョウヤは呂律が上手く回っていなかった。そのせいで、意味の分からない言葉遣いとなってしまった。

「別のアイツとは言っとらんよ」

「ぐ!」

 キョウヤはギリアムの言葉に息を詰まらせた。その様子を見て、ギリアムは喉の奥で、まるで堪えられないかのように笑う。

「じゃあな、おやすみ」

「……はぁ」

 ――それでも、あの人が兵士として、戦場に在る者として最も重要な才能モノを持っているのは、確かなことだ。




「――それは急を要する事なのか?」

「……カニス?」

 フィーナが訝しみながら、カニスに問いかけと共に目をやる。

 カニスはノイズ混じりのミィルの声に応える。その言葉は冷静なものだが、口調には少しの怒気が孕んでいた。カニスの老厳とした眉間には、皺が寄っている。

『え、あの……えと』

 部屋全体に、歯切れの悪い呟きが響く。

 今、コスモス全体――さらに言えばユスティティアのクルーである全ての人間が息を吐く間もないほど忙しなく作業をしていることは、整備に専念しているミィルにも理解していることだった。それでも、ミィルが艦長室に来て、話がしたいということは抱える問題の重要性は自然と分かることだった。

 だが、

「……余計なことなら今は止めて欲しい。艦長も、私も、脇目を振っている暇はない。分かるな?」

 カニスは静かに、張り詰めた声で押さえつけるように問いかけた。


 ヴァンデミエールからの情報。国連所属国の軍隊を掻き集め、総力戦を行うということ。これに干渉するということは紛れもなく、コスモスの介入活動において、史上最大規模であることは目に見えていた。本来なら、勝敗は目に見えていた。戦力が一つの国家の軍に匹敵する戦力とはいえ、それでもたかが一国家である。三十余もの所属国を有する国際連合総力の軍事力には到底敵わない。

 ならば、何故コスモスが介入する必要があるのか。無論、コスモスはただ国連に加担し、シュペルビアに襲撃する訳ではなかった。

 ――両軍の停止。

 それが今回においてのコスモスの行動目的だった。

 不審な点が多すぎるのだ。まず、深霧の森ミストゴーフの霧が揺れ、ましてや晴れるなどあり得ないのだ。あれは“霧”と言っても水蒸気ではない。特殊な電磁場を受けている信じられないほどに軽い――金属としてはだが――粒子なのだ。磁場は陸土から上空に垂直に発生している。故に、粒子は固定されているのだ。動くとしたら上下。左右に動くことなど、それこそ原子レベルでないと影響が無いほど微量なものだ。だから、“風でなびく”かのようなことが起こることは極めて考にくい。無論、ミストゴーフは多くが謎に包まれているため、断定することは出来ないが。

 そしてもう一つの点。それは、もう一機のネフィルを失う訳にはいかないからだ。


 ミィルは理解していた。今は目の前に作戦に集中するべきだと。加えて、枢とアイリは不在なのだ。

 だがそれでも、話すべき内容だった。少なくとも、ミィルはそう思っていた。

『……分かりました』

 しかし、カニスの静かな怒気に襲われ、折れてしまった。そのままミィルは扉から離れ、

持ち場へと戻った。謝罪の言葉を口にしなかったのは、ミィルの納得いかない、という感情の表れだった。




「――ッ!?」

「……ッ!」

 部屋に戻ってきたアイリは目の前で起こっていることに目を見開いていた。エティマさんも、一瞬だが、顔が強張った。それも当然だ。僕の腕にはぐったりと力なく寄りかかっている人間がいるのだ。そしてその人間の口からは、かなりの量の血が垂れている。床に大きな血の水溜まりを創るほどの。

「――ッ! エティマさん! ワイズさんが――! ワイズさんが――」

 エティマさんが倒れたワイズさんの横まで駆け寄ってくる。そして膝の上に頭を置きつつ、即座に首元へ手を持っていき、脈を測る。冷静。彼女の行動はとても冷静だった。

 前にいる枢の瞳からは、大粒の涙が流れていた。そして忙しなくその瞳はあちこちを映す。明らかに動転していた。

「…………」

 エティマさんは目を伏せ、静かに首から手を離した。そのまま手の平を顔に持って行き……彼の両目を静かにつむらせた。

「急に! 血を吐き出して! それで――それで!」

「落ち着いて下さい、枢さん。落ち着いて。落ち着いて彼の症状がどうだったのか、話して下さい」

「は、はい……」

 荒い息のまま、深呼吸する。落ち着け。落ち着くんだ。落ち着け――。

 徐々に、息が整っていく。思考も鮮明になっていく。滲んだ視界を、右手で拭う。――――そしてまた、現実を再確認してしまった。

 また人が亡くなってしまった。僕の、目の前で。――そしてその片隅で、目の前で人が一人死んだというのに直ぐに落ち着ける自分の精神の異常性に対し、僅かに嫌悪を抱いた。

「…………ワイズさんが、突然血を吐いて、それからすぐに……ワイズさんは……」

「……血を吐いただけですか? 意識は錯乱していませんでしたか? 瞳孔は――目は見えていましたか?」

「意識? ……目?」

 そいうえば、彼はぶつぶつと何かを呟いていた。僕に語り掛ける時、僕の顔を見てはいなかった。

「錯乱というほどではありませんでしたが……一時的に少し混乱はしていたと思います。目も……見えていなかったんだと思います」

「……なら、これはワイズ様の研究の一端です」

 エティマさんは、ワイズさんの頭を膝の上に置いたまま、無表情な瞳で彼を見つめていた。

「研究? どういうことです?」

「自白や、拷問などの使用を目的として作られた技術です」

「自白――拷問?」

 ――変だ。彼が研究を行っていたとしても。

神経フェイクスの研究に並行して、このような研究も行っていたんです」

 だとしても何故――

「何で、それが、ワイズさん自身に?」

「――申し訳ありませんが、今説明している時間はありません」

「なッ――」

「今からお二人だけで地下へ行って下さい」

「地下――? ちょっと待って、エティマさん――」

 矢継ぎ早にエティマさんは話し続ける。僕たちが口を挟む隙が無いほどに。

「この部屋を出て右にずっと行き、突き当りを右に行けば、地下への階段があります」

 人が――それも主が死んだというのに彼女はどこまでも感情を込めず、事務的だ。何故だ。玄関での時も、この二人の関係はかなり良好的だったハズだ。ただの主従関係ではなく、まるで家族と触れあうような雰囲気だったハズだ――なのに。

「地下へ着いたら、そこにある“モノ”を持って行って下さい」

 なのに、何故彼女はこうまであっさりと受け入れ、乗り越えているのだろう。それとも、主の死というのは、乗り越えるという対象ではないのか。

「あの――」

 淡々と語るその表情は、あまりにも無表情。けれども、その無機質な表情は、何かが押し込まれている顔にも見える。瞳は未だに彼を見つめている。そして、何故かその目に違和感を感じる。

「――アクセスコードは『2319k5t99』です」

「ちょっと――」

 しっかり説明して欲しい。不自然だ。彼女がこうもあっさり受け入れた事も。僕に直ぐに症状を訊いてきた事も。まるであらかじめ分かっていたかのように。

 しかし、僕たちには何も分からない。だから彼女の話を止めようと、口を挟んだ――が。

「――分かった」

「アイリ?」

 直ぐ後ろでアイリの声が聞こえた。どうやら僕たちが話している間に、アイリもドアからこっちまで歩いて来たようだ。そしてそれは了承の声。

「静脈認証がありますが、そこで先程のディスクを挿入して下さい。それがパスの代わりになります」

「分かった」

 ――僕はさきの違和感が、何か分かった。エティマさんは――彼の両目を閉じさせてから、瞬きを一度もしていなかった。

「……それでは、お急ぎください。あまり時間がありません」


 ――瞬きをしない理由は、する必要がないから。


「こちらのことは、お任せ下さい。お気になさらず」

 お気になさらず。彼女はあくまで事務的に、機械的に話し続ける。彼女が僕らの訪問に出た時とは、大きく印象が違う。


 ――眼が、渇いていないから。では何故、眼が渇いていないのか。


「分かった。行こう、カナメ」

「…………うん」


 ――渇いている筈などなかった。彼女の瞳は――涙で潤っていたのだから。

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