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ACT.17 明かされるモノ<2>

連載再開します。更新は前ほど頻繁ではないかも知れませんが、どうぞまた、宜しくお願いします。

「枢くんは!? アイリは!? まだ繋がらないの!?」

『――はい。二人の端末デバイスの電波は一切拾えません。こちらからの強制接触も受けつけません』

「――――――!」

 フィーナは拳を握り締めながら、肩を震わしている。

「――分かった! そのまま繋がるまで続けて!」

 通信が切れる。途端にフィーナは「うがーーーー!」と両手で髪を掻き毟る。

「……繋がりそうにありませんか」

 通信が切れ、頭が沸騰してるんじゃないかという程いきり立っているフィーナに、対照的に静かにカニスは話し掛ける。

「うん、そうだね! もうね、ECM(電子対策)があるとかの次元じゃないんじゃない!? ECCCM(対対電子対策)とかECCCCCM(対対対対電子対策)ぐらいまであるんじゃないかな!? あの屋敷ようさいは!」

 掴みかかるような勢いのフィーナ。

「……と、私に言われましても――」

 両手を前に出し、カニスは眉を寄せ、困った表情を見せた。

『――あの、フィーナさん』

 不意に響く声に、フィーナは動きをピタッと停止させた。

「ん? 何、ミィル?」

『ちょっとお話したいことがあるんですが、宜しいですか――?』




「――何……でも?」

 枢は目の前のしわだらけの顔を凝視する。

「あぁ、何でも、だ。私に答えられることならば」

 ワイズは、枢の眼を正面から見据えて言う。

 嘘を言ってるわけでは……ない気がする。なら、この人は一体――

「……貴方は、一体何者なんですか? それに何故、父さんのことを……?」

 訳が分からない。目の前にいる人は、軍に所属していた、元研究員。何故父さんのことを知っている? 彼は軍人だ。僕の父は一般人のはずだ。住んでいる国も違う。この二人に接点なんてあるは、ず――

「ふむ、それが問いか。……まぁ、良いじゃろ。全てを話す時間くらい、あるからの」

 ワイズさんは椅子を座りなおし、深く腰掛ける。

「私は知っての通り、元軍人だ。旧レヴァティン軍。階級は……無かったな。特殊な配置だったものでな。私の研究は、視神経を中心とする神経に関係する研究モノ。まぁ、要するにフェイクスじゃな」

 それは知っている。フィーナから貰った資料に書いてあった。そんなことよりも――

「何故ワシがアキラを知っているのかは……ワシとアキラは……旧レヴァティン軍と“夜桜会よざくらかい”との共同研究で同じチームを組んでいたんじゃ」

 夜桜会? 研究? チーム? 何故そこで、父さんの名前が出てくる?

「――あぁ、夜桜会というのは……そうじゃな、いわゆる現日本の独立機関といったところじゃな。汚れ仕事を請け負ったり、世間に公表できないような強引な行政を行ったりの。表向きは憲法審査委員会という位置づけになっておるから、国家お墨付きで、法に縛られない。じゃがその裏ではいろいろとやってる……ま、今の世の中何処の国にでもあるがの」

 思考が追い付かない。訳が分からない。意味が分からない。――いや、理解したくないのか。

「この事を知っておるのは一部の政治家――」

「――ち、ちょっと待ってください」

 まだ続けようとするワイズさんの会話を止め、強引に聞く。そうでもしなければ、この問題が僕の中で解決しない。何だ、と少し不機嫌そうにワイズは応える。

「いや、その、確かに父さんはアウラ産業に携わる企業に勤めていたけど……何で、父さんがその軍の研究に――?」

「……カナメ。お主、アキラから何も聞いておらんのか?」

 少し驚いたようにワイズ問う。椅子を深く腰掛けた状態から、少し前屈みになっていた。

「……」

 枢は無言で肯定の意を表する。それをワイズは感じ取り、

「……呆れたわ。アイツめ、本当に何も話しておらんのか……」

 こめかみの辺りに指を押しつけて、溜息を吐いた。

「……いいか、アキラは軍人だったんだ。それもアウラ搭乗の先駆者だ」

「軍、人?」

 呆れたように、もう一度溜息を吐く。それは枢に向けたモノではなく、ある馬鹿者へだった。

「そうだ。日本に軍が設立される前、アキラは旧レヴァティン軍に所属していた」

 枢はその現実味のない言葉に息を呑んだ。

 まさか……いや、でも……“あの時”の父さんの対処は……ほとんど完璧だったような気が、する。

 ――脳裏に浮かぶ様は今でも鮮明だ。父さんがテロリストの銃を奪い、的確に照射する姿。

「……話を進めるぞ。まだアウラのバリエーションも少なく、低コストの無人機も開発されていない頃、アキラはアウラに乗っていた。……まだ“フェイクス”という技術もない。“アウラ”というものが存在していても、それを扱える人間が少ない。だから“アウラ”を実際にロールアウトした直ぐには、一部の“物好き”な人間以外には、見向きもされなかった。しかしそれでも、やはりこの技術に魅了された物好きはいる――ワシのような、な。それから数年経った……じゃが、まだアウラは、ほとんどの人間には扱えず、辛うじて扱えても、全ての性能を引き出せていないために、従来の戦闘機より戦闘力が低い。にも関わらず、コストがかかる。技術だけ突っ走っている、非現実的な兵器。おそらく、兵器としては最低のレベル。いやーーもはや“兵器”と呼んでいいのかすら、当時は分からなかった――が」

 まだ頭の中が混乱している。しかし話は進んでいるので、何とか耳にいれ、咀嚼する。

「アキラ・カナメ。お前の父親の存在が、世界のアウラへの印象が激変した」

 声は明瞭に響く。ノイズも混じらず、もやも懸からず。ただただ現実として伝達する。

「紛争の前線に設置された補給基地。旧レヴァティン軍は、ここで試験的にアウラによる防衛小隊を展開した。……結果は誰もが予想しえないモノだった。アウラ小隊が撃墜した数、21機。内、重戦車13機、戦闘機イーグルを5機。そして最も階級の高かった隊長機が撃墜したモノは約5割」

 それがアキラだ、としわを伴った唇は告げる。

「しかしこの結果を見ても、量産が困難、扱うことも困難、多数の人間に普及されない、少数の人間しか扱えない兵器なら兵器としては未熟だ、見限る者達はいた。……だが、次第にアウラを“兵器”として昇華させようとする者達が現れた。人間に扱えないのならと、アウラ自体を簡略化し、COMに任せる無人機を開発しようとする者達。何としても人間に扱えるようにと、OSの開発をし始めた者達。そして、“アウラ”を扱えるように“それを扱う人間ものを改良”しようとする者達。これらの方向性を目指す人間が増えた。――それで、今に至るわけじゃな」

 頭痛がする。知りえない現実、認めがたい現実。それはまるで濁流のように流れ込む。

「……大丈夫か?」

「……平気です。続けてください」

 顔を見ず、床を見ながら答える。

「――そして数年後、アキラは旧レヴァティン軍を抜け、自衛隊を廃止し設立された日本軍に志願した。各国の軍の間で噂されたエースパイロットだ。日本軍は快く受け入れ、彼に高い地位も与えた……まぁ、そこら辺の経緯はあまり詳しいことは知らないがの」

 吐き気がする。頭痛が酷い。膝が痛む。

「……話を戻そう。そして、旧レヴァティンと日本軍――夜桜会との共同研究が実施された――」




 暗い部屋の中、約40人程の様々な人間が、パイプ椅子に座りながら、目の前に投影されている映像を見ている。プロレスラーのようにガタイの良い男。顔に多数の傷を負っている男。若い男、そして女までもがいた。

「――以上が作戦概容です。これは各国部隊全てに共通する事項です。それぞれの部隊によって異なる細かい内容に関しては、この後のミーティング時に確認を宜しくお願いします。それでは、解散してください」

 その言葉と同時に、すぐに皆、席を立つ。ざわつくことなく、静寂を纏いながら。交わす言葉はない。それも当然だった。何せ俺達は、今までその額に銃を突き付けあってきたような仲なのだから。

「ふぅ……」

 目の前の光景に溜息し、ギリアムは苦笑する。こんなんでやっていけるのか、と。心の中で思いながらギリアムもまた立ち上がり、誰とも言葉を交わさず、部屋を出て行く。

「ギリアム大佐」

 開けた扉をくぐり、左に曲がろうとした時に、後ろから話しかけられる。

「ん? どうした?」

 作戦概容を説明していたラインズイール軍の男だ。眼鏡を掛けていて、背も高くなく、特に筋肉がついているわけでもない。戦わない、後方に配属されるような軍人なのだろう。

「いえ、RA−1の動作に支障はないか、と確認をしておきたいので」

「RA−1? ……あぁ、アクストラか。……順調のようだ。あれは凄い兵器ものだな」

「そうですか。了解しました。では、また後ほどアマクサ少尉からレポートを受け、作戦本部の方へ提示をお願いします」

「あいよ……」

 ――確かに凄い兵器だが、素晴らしい兵器とは言えんな。結局兵器は、何処まで行っても兵器だ。兵器は、人を傷つけることしかできない。人を守るにも、人を傷つけなければならない。だが、まぁ……扱う人間がアイツなら、多少は安心出来る、か――?




「――無論、研究内容は“アウラ”に対応できる人間の強化開発。つまりは、“フェイクス”関連。しかし、我々が完成を求めた結果モノはフェイクスなんてものじゃあない。――――“チルドレン”」

「チルドレン……?」

 ワイズさんはその単語を発した瞬間に、とても苦い表情を見せた。

「……そうだ。十六年前の当時、まだフェイクスの技術は今のようにあまり高度なものではなかった。当時は今のように医療技術も発達しておらず、人体を弄るには人間が持ち得る技術はあまりにも稚拙だった。……フェイクスが何かとは、知っておるな?」

「アウラと直結するために、手術を施された、人間」

 これを自分で口にするのはとてつもなく辛かった。自分で自分を“まともな人間じゃない”と言っているのと同じだから。それも、自分には、覚えが全くない。

「そうだ。人工皮膚への置換、視神経を始めとする感覚神経への金属神経ナノファイバーの移植、外部から接続アクセスするための端末デバイスの移植、そして金属と身体の“馴染み”を持たす為の常用する薬物投与。そして、フェイクスは適正のある人間と無い人間に顕著な差が出る。何故か分かるか?」

「……いえ」

「それは――“人間の体を機械に馴染ませるために改造を施すから”だ。……当たり前だが、ここが重要なんじゃ」

 話すにつれ、ワイズさんの顔は何故か苦味を帯びていく。

「ならば――“人間として出来上がる前に機械に馴染ませれば良い”」

 その言葉に僕は息を呑んだ。なんという強引な考え。まるで子供のような、安易な考え。馬鹿馬鹿しい、幼稚な、夢見がちな考え。

 だけど、目の前の人間はその夢を現実へと昇華させた。

「それが旧レヴァティン軍と夜桜会との共同研究の内容だった。まだ母子の胎内に着床して間もない胎児に対し強化を施す」

「そんな……」

 ワイズさんは頭を下げ、自らの握った拳を見つめる。

「分かっておる……分かっておる。それが人道に外れた行為だということは。しかしワシらには――ワシにはチルドレンの技術が必要じゃったんじゃ……」

「それは、戦争を終わらすために?」

「…………アキラ達には、あの前大戦を終わらせる為の――」

 頭を上げ、今度は僕を真っ直ぐに見据えた。

「――あの戦争を終わらす、種が必要じゃったんじゃ」

真っ直ぐ。とても真っ直ぐ、僕の瞳を見る。

「……」

 そして僕から一度目を反らし、再び話し始めた。

「……この研究を進めるには、通常のフェイクスへの手術を施すよりも大多数の人員が必要な上、大規模な施設、装置が必要だった。つまり、端的に言えば、莫大な資金が必要だった。正直、あまり結果を期待されていないこの研究に回される予算は少なかった。だから、ラインズイール国内のある企業――強いては財を持つ人間に支援と、そして参加を依頼した。内容を話したところ、喜んで協力してくれた。本社がラインズイールだからな。幾らでもコネはあった。……そして依頼した人物、それが、オク、タ――――」

「……?」

 声が不自然に途絶える。ワイズさんは口の形を忙しなく変えるが、そこから声が発せられることはない。話そうとする意思は伝わる。しかし声が音として出る気配がない。――まるで喉に何かを詰まらせたように。

 そして次第に、その額に脂汗が滲んできた。

「――ッ、――ァ」

 ……あまりにも様子がおかしい。今までは饒舌に話を続けてきたというのに。

 そう思い、枢が話しかけようと口を開こうとした時――

「え――!?」

 ワイズさんは、血を吐き出した。

「――!? ワイズさん!?」

 急いで駆け寄る。

「――ク、ソ。そういう事か――だから――」

 あの糞餓鬼が、途切れ途切れに苦く罵る。

 ――ガキ?

 枢はその言葉にとてつもない不安と不快感を覚えたが、すぐにそれに構っている場合ではないと被りを振る。ワイズの弱々しい肢体に飛びつく。

「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

 横に回り、背中に手を回し、顔を覗きながら話しかけるが応える様子がない。先から訳の分からないことをぶつぶつとひたすらに呟いている。

「――どうしたんですかっ!?」

 枢はただ、焦り、要領の得ない呼びかけをする。

 ――焦り。それが僕の中で暴れまわる。目の前の様子は明らかに尋常ではない。“血を吐く”など、普通なら有り得ないのだか、ら――。

「……すまない、枢。どうやら私は、地雷に触れ、てしまったようだ」

 息も絶え絶えに、口を開く。僕に話しかけているのは分かるのだがその顔は上を向いておらず、右の、どこか見当違いの方向へと話しかけている。

「そんなことより――そうだ! エティマさんを――」

「良い。必要ない。症状これは、自分で、良く……理解している」

「――理解?」

 こう話している間も、口の端からは血が零れ続けている。それは止めどなく流れる。

「あぁ……、そうだ。…………いいか、枢。――、――するな」

「――ぇ」

 思考がフリーズする。今、何て言ったんだ。掠れた、濡れた、細々とした声で鮮明には聞き取れなかったけど。確かに、こう言ったハズだ。


 ――コスモスを信用するな?


「それは一体どういう――」

「あぁ――待ち詫びた、やっと会える」

 涙が、皺だらけの頬を伝った。嗚咽を堪えて閉ざしていた唇は、とても細かく震えている。涙に濡れた瞳は、天井を――否、空を映している。透き通る青。そこに記憶の中の面影を重ね――

「遅れてすまない……リィラ」

 ワイズさんの体から、かすかな力でさえも抜けていく。

「……ワイズさん? ……ワイズさん?」

 体を揺らす。首がガクガクと揺れるが、全く反応がない。血の気が引く。背中には悪寒を感じ、全体の体温が下がったかのように感じる。

「そん、な……」

 先程まで荒々しかった呼吸が途絶えた。胸は動いていない、口も動いていない。

 枢は痙攣したように震えながら、ワイズの首元へと指を這わせる。ここを触って、血が流れていなかったら。――その先の答えは考えたくなかった。

 静かに、首筋へと触れた。

「……死ん、で……る」

 僕の指が、生きている証である鼓動を感じることは出来なかった。


 ワイズさんは、僕の目の前で、僕の腕の中で、亡くなった。


 また人が、死んだ。

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