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ACT.17 明かされるモノ<1>

 ――僕達のモチベーションが下がるのも無理のない話だった。

「何じゃ何じゃ、ふたりして……」

 フィーナから聞いた限りだと、兵器開発分野――フェイクスに関する導体ファイバー、脳漿壁に設置する素粒子回路チップに主な権威を持っている聡明な研究者と――あ……いや、そういえば何かバンドを学生時代にうんたらとか言っていたか。……それにしても……ねぇ。

 目の前の鼻の先の赤い老人を見つめる。……ま、まぁ、気を取り直して。

「実は僕達、貴方を捜していたんです」

「ワシを?」

「はい、僕は『久遠 枢』と言います。こっちの蹴り飛ばしたのが『アイラ・イテューナ』です」

「……クオン? …………坊主、父親の名は?」

 急に怪訝そうな顔で僕の顔を覗き込む。少したじろきながら、

「父さんの名前、ですか? 『彰』ですけど……」

「…………そうか」

「……父さんが、どうかしたんですか?」

「いや、後で話そう。……用はワシの研究に関することだろう? マスター、今日はこれで帰るよ」

「は、はぁ……」

 何だかマスターは話についていけない、といった様子。僕もついていけない。こうもあっさりと話が進むなんて……。


 ――そして3人は出て行く。ワイズが店の扉に手を掛けると、カウンター付近で客の往来を知らせる鈴の音色のようなベルが鳴る。

「――あ、お代」

 ちょうど閉まったドアを見て、マスターはハッと気づいたようにそう呟いた。



 ――街灯を減らし、意図的に暗くされた街並みを歩いて行く。

 本当に、イメージしている中世ヨーロッパのような街だ。基本的に、街を照らす光は軒並みの店や民家の、窓から零れた光と、空に在る月の光のみだった。僕達にとっては、車通りはないにしても、やはり暗い中歩くのは少し不安なものがあった。見慣れない所とあって、足下が不安な感じだ。

「――どうだ? あの阿婆擦れは相変わらずか?」

 しかしワイズさんは、全然そんなことはないらしい。先導を切って、がんがん進んでいく。

 突然ワイズさんは僕達に質問してきた。

「……阿婆擦あばずれ、ですか?」

 ……阿婆擦あばずれ? ……誰だ? 基本的にコスモスは女性が少ないし、そんな年を取ってる人は見た事無いんだけど……。アイリにもアイコンタクトを送る。

 “誰?” “分かんない” “だよねー”

「フィーナじゃよ、フィーナ」

「フィ、フィーナ……ですか?」

 ……フィーナって……フィーナだよね、あの。何で阿婆擦れ?

「そうじゃ、フィーナじゃ」

「……まぁ、フィーナはいつもテンション高い、ですね」

「カッカッ! 相変わらずのようじゃな」

 そう言い、ワイズさんは豪快に笑った。

 ……知り合い、なんだろうか? いや、まぁ知り合いなんだろうけど……ってかだったらフィーナが頼んだ方が良くない? 初対面の僕じゃなくて――



 ――などと話していると、ある一つの建物に辿り着いた。

「…………」

「…………」

「……どうじゃ? なかなか良い庭じゃろ?」

 そこには、とてつもない豪邸があった。奥には横幅のある三階建ての建造物がある。全体的に白の印象。そして二階と三階から突き出したベランダを支える為の柱に、黄土色に装飾を施されている。他にも扉なども黄土色の彫り物をされいていて、壁の白と見事に調和していた。

「ワシが直々にデザインしたんじゃ」

 そして、とてつもなく広い庭。大体の目測で……多分、少なく見ても一キロ四方はあると思う。少なからず霧宮高校の校庭よりかは広い。そして何より凄いのがこの広さでありながら、草木の手入れが全くと言って良い程抜かりがないこと。芝生は全て綺麗に切り揃えられているし、木が被っている草も形を保って整えられている。そして庭の中央に存在する噴水がまたこの庭の雰囲気を際立たせる要因となっていた。

 噴水の横を抜け、玄関まで辿り着く。……なるほど、合点がいった。街の人に訊いていくだけで誰だか分かるぐらいの人たる理由は、こういうことだったのか。これだけの豪邸の主だ。そりゃ、街でも名前を知っている人くらいたくさんいるだろう。

「――ま、話は中に入ってゆっくり話そうじゃないか」

 肩越しにこちらを向きながら、ワイズさんはそのドアの取っ手を握る。そして、その皺だらけの手は、重々しい扉を開いた。




「……」

 キョウヤはむすっとした顔で、外に停めてあるジープに寄りかかる。そのストレートな茶髪を、吹き抜ける風が優しく撫でる。

「キョーウヤッ!」

「ぅおっ!」

 頬に冷たい物が当たる。思わずびっくりしてしまい、裏返った声が出る。

「あはっ、ごめんごめん」

 上を見ると、ジープに乗り込み、こちらを上から覗いているティアラがいた。

「……はい、ドリンク」

 そして、ティアラはその手に握られた、上にストローが着けられているボトルが差し出されていた。

 中身は微量の塩分と糖分を含んだ、運動後に飲むドリンクだ。いわゆるスポーツドリンク。

「……サンキュ」

「……どしたの?」

「……別に」

 しかしそう呟くキョウヤの表情は、明らかに何もなかった顔ではない。

「はっは〜ん……」

 ティアラの顔がにんまりと笑う。

「な、なんだよ」

「また大佐に負けたんでしょ?]

[ぐっ!」

「しかも例によって優勢だったのに逆転されたと」

「がはっ!」

「……んで? 今回はどう負けたわけ?」

「……」




 ――一瞬だ。一瞬で終わる。距離は万全。体勢も問題ない。性能スペックも大丈夫だ。こいつなら俺の動きを――

「――はしれッ!」

 ――鋭き刃が、鞘を走る。

『グッ――』

 ギリアムは背筋に恐怖を走らせる。目の前の獣に。避けなければ。今すぐに。早く。あの腕が動く前に。振り上げれられる前に。、

 ファルスのブースターから、青い炎が漏れだす。――鞘からその白銀の刃が引き抜かれる。

 膨大なエネルギーを消費し、その重靭な機体を強引に後方へ引き摺り動かす。――火花を散らしながら、刃は半身までその姿を晒し出す。

 ――二つが、交差する。

 圧倒的なスピードを伴って振り上げられたブレード瞬間移動ステップしたファルスを斬り裂く。胸部コアと頭部。避けきれなかったファルスは、この二つを切り裂かれていた。頭部は両断され、胸部コアは前面が斬り裂かれ、搭乗者ギリアムの姿が露わになっていた。

『――ッ!』

 仮想物体バーチャルとはいえ、この雷神の女神を、生身で対峙するには、恐ろしすぎる。避けた殻の中から見るアクストラに、ギリアムは思わず息を呑んでしまった。

「――チッ!」

 クソ、一発で斬り伏せられなかった。――とはいえ、敵はメインカメラを失った。この状態では、いくらギリアム大佐とはいえ、形成をひっくり返すことなど出来ないだろう。ならば、このまま圧すのみ――!

「うぉぉおおぉ!」

 再び粒子が漏洩する。アクストラは振り上げた刃を返し、振り下げる体勢へと移行し、後方に粒子を撒き散らす。それとともに、再びファルスへと流星となって突貫する。

『――ッ!』

 ファルスは、迫りくるアクストラへ向かって再び瞬間移動ステップする。

「――ッ!?」

 キョウヤは予想外のことに驚く。

 こんなことが、人間に出来得ることなのだろうか。仮想物体バーチャルとはいえ、自らの目で、巨大なアウラと対峙しているのだ。それも自身は圧倒的不利な状況下。それを行うのはどれだけの恐怖を乗り越え、どれだけの勇気を持って踏み込まなければならないのか。普通なら、人間は恐怖からは無意識に遠ざかろうとするものだ。普通ならば。

 しかしギリアムは成し遂げた。最も難しい、その一歩を。

 キョウヤは不意を突かれ、振り上げたままの刃をどうすることも出来ない。ファルスも瞬間移動ステップしてる上、こちらもブリッツを使用している。彼我の距離が詰まるもの、それこそ刹那の内だった。

『やらせんよ! ――少尉!』

「――クッ!」

 アクストラの懐まで、ファルスは踏み込む。アクストラは已む無く右腕を振り下ろす。しかしその動作を行うには、二機は近づきすぎた。ファルスはアクストラの振り下げた右腕の肘部を、左の前腕で受け止める。そして二機は盛大にぶつかり合う。

『グッ――』

 装甲が裂けてしまっているため、仮想の衝撃がギリアムの身を圧す。

 ――いくらファルスが出力で負けているといっても、一瞬で決する訳ではない。アクストラの動きは、ファルスと共に事実上止まってしまった。

「――ッ」

 ヤバい、とキョウヤは感ずる。――しかしもう、既に遅かった。

 ファルスは左腕でアクストラの右腕を封じている。左手には武装を何も装備していない。持っている武装も射程ない

 動きが止まった一瞬の間に、ファルスは右手首に内蔵されている小さなブレードを展開する。丁度手首から手の甲へブレードが生えているような形になった。


 ――そして次の瞬間、アクストラのコクピットには『敗北』、そして『死』の文字が現われていた。




 ――ワイズさんは扉の横に吊るしてある輪のようなものを引く。すると微かに屋敷の中から鈴の音のようなものが聞こえた。

 無言で待つこと数十秒。

「おぉ、エティマ、戻ったぞ」

「……言いたいことはたくさんありますが、とりあえず、おかえりなさいませ。……こちらの方々は?」

 出てきたのは、メイド服を着た、とても綺麗な女性だった。その女性はこっちを見て、問いかける。

「坊主は『カナメ クオン』、嬢ちゃんの方は『アイラ・イテューナ』。両方、ワシの客人じゃ」

「“クオン”……? ……かしこまりました」

「?」

 女性は一瞬だけ驚いた。僕の名前を呟いた気がするけど……はて?

「主、ワイズ・トールニア様のお付きのメイドをさせていただいております、『エティマ』と申します」

 綺麗な長い金髪を揺らし、僕たちへ頭を下げた。

「あ、えと、『久遠 枢』です。よろしくお願いします」「……」

 僕は慌てて言葉を返し、アイリは無言でお辞儀をした。

「まぁ……とにかく中へ入ろう。エティマや、何か紅茶でも頼む」

「かしこまりました」

 そう言われると、エティマさんは恭しく礼をし、背筋をピシッと伸ばした綺麗な姿勢で、何処かへと歩いて行ってしまった。


 ――案内された部屋は、シャンデリアで照らされた、赤い絨毯が敷き詰められている部屋だった。所々に、僕が知り得ることもなさそうな装飾品が飾られていて、暖炉があった。当然火は灯されていないけど。灯されていたら暑くて死んじゃう。

「ふぅ……。ま、適当に腰を掛けておくれ」

 ワイズさんは、前後に揺れる椅子……名前は何ていったか……まぁとにかくそんな椅子に座った。僕らもそこらに置いてある適当な椅子に腰かける。……何だかこの部屋は……大きな犬が居眠りしていたり、暖炉の傍で読書をしたりと、そんなことをしそうな雰囲気の部屋だ。そんなことを思っていると、ノックの音が部屋に響く。不快に感じない、控え目なノック。

「失礼します」

 入ってきたのは先ほどのメイド服の女性、エティマさんだった。その手にはお盆を持っていて、三つのティーカップが乗っていた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 エティマさんは、軽く腰を曲げて、僕に紅茶を渡してきた。下に敷く皿を、乗っているカップを落とさないように受け取る。アイリも同じように、無言で受け取った。紅茶の色は、赤い感じ。ストレートティーとか、だろうか。

 そしてエティマさんはワイズさんの方へと歩いて行く。

「どうぞ」

「おぉ、さんきゅぅじゃ」

 同じように受け取る。そしてさっそく口に運んだ――が

「むっ! がは! ごほ! ――に、苦いぞ! この紅茶! 尋常じゃないほど!」

「どうも酒に酔われていた様なので、気付け代わりにと」

 視線を合わせず、エティマさんは何食わぬ顔で言ってのける。

「ま、まださっきのこと怒っとるんかぁ? 悪かった。ごめんなさいー」

 半べそでワイズさんは謝る。……うぅむ、二人はいつもこんな感じなのだろうか。

「それよりワイズ様、お早く話の方を……」

「う、うむ。そうじゃな」

 そう言って、そのとても苦いらしい紅茶をもう一口含んだ。それが喉を通ったあとには、ワイズさんの表情は、先ほどからは想像出来ないほど、真剣な表情に変わっていた。思わずその神妙な表情に、こっちも息を呑んでしまう。

「――。……よし。では話をすすめよう」

 エティマに紅茶を手渡した。エティマさんもあらかじめ分かっていたようで、既にワイズさんの隣で待機していた。

「フィーナから、ワシの研究技術の持って来いと言われた。そうじゃな?」

「はい。フィーナにはそう言えば分かる、と」

「……うむ、了解した。約束だからな、断れんさ。――エティマ」

「はい」

「……そちらのお嬢さんを、あの部屋へお連れしてくれ」

「かしこまりました」

 再び、エティマさんは恭しく礼をする。

「ではアイリ様。こちらへ」

「……」

 アイリは無言で頷いた。

 そして二人がドアをくぐった後、重々しい扉の閉まる音が、静かなこの部屋に響いた。

「……」

「……さて、ここにはワシと坊主――いや、カナメしかいない」

「そう、ですね」

「カナメ――アキラの息子よ、お主は、自分自身に疑問を抱いているな?」

「え――?」

「自らの不透明な出生、目的が謎に包まれたテロに巻き込まれ、自らはフェイクスになっており、そして――ネフィルにじぶんという存在を認識された」

「……」

 図星だった。全く持って、その通りだった。あの日から、常にこびり付いていた、自分自身――自分という存在への疑問。


 ――僕は、出生した記録というものがなかった。出生した際に病院から受け取った筈の証書がどこにもないことを知った。親から話された病院へハッキングして調べたところ、記録がなかったのだ。何故僕がそんなハッキングなんてことをしたのかは、今となっては分からない。幼いなりに、何か思うところがあったのかも知れない。

 ――“ヘルズタワー事件”での、テロリスト――シュペルビアの目的。それは未だ、明かされていなかった。警察、軍に拘束された構成員は皆、奥歯に仕込んだ毒を受け、自殺した。結局、誰の口からも真相を話されることはなかったのだ。犠牲者は311人。生存者は――三人。

 ――僕が初めてネフィルに乗った時、僕はフェイクスという認識を受けた。

 ――そして、僕は、ネフィル――セラフィに“久遠 枢”個人として認識された。何故。僕は、アウラとは、戦争とは縁遠い筈だったのに。


 ワイズさんは僕の顔を見て、口の端を吊り上げる。

「――良いだろう。何でも聞くがいい。ワシに答えられることなら、何でも話そう」

 まっすぐ、僕の瞳を見据えて言う。

「――――――――それがせめてもの、罪滅ぼしだ」

 そう小さく、ワイズは誰にも聞こえないよう、口から漏らした。

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