ACT.16 殲滅、塵滅、掃討<3>
「――どうだ? 終わったか?」
ギリアムは自機のアウラである“ファルス”の足元で、手元のパネルを打ち込んでいる整備士に問いかける。
「オスカー中佐」
「構わん。そのままで」
作業を中断し、敬礼しようとした整備士を静止する。F
「はっ。……既に八割方終えています。中佐注文通り、全体の推進力と出力を上げておきました。その代わり、射撃精度などは落ちていますが……」
「構わん。承知の上だ」
「……後は、デバックと、仕上げの中佐の試乗のみです」
「そうか、ご苦労だったな。引き続き頑張ってくれ。……俺を死なせないでくれよ?」
ギリアムは苦笑交じりに言う。
「はっ、もちろんであります」
しかし返す整備士の敬礼は少し硬かった。
「…………なるほど」
コックピット内に深く腰掛け、キョウヤは端末に目を落とし、パネルを打ち込んでいた。表示される情報は今搭乗している機体の情報。
「……機動力……推進力……瞬間出力……伝達性……出力……容量……運動性……すげぇ……ファルスなんて比じゃねぇ……」
その表示されている数値に驚愕する。そこにある数字は全てがクラウルの二倍近くだった。
キョウヤは頭の中で構想する。今まで、機体の反応が付いていかないせいで実現しなかった幻想に。あの斬撃は当たる筈だった。あの銃撃は紙一重でなく、完全に避けられる筈だった。あの動作からあの動作まで、刹那の内に繋げられる筈だった。――それが出来れば、守れる筈だった。キョウヤは、夢を夢想する。
「……けど、謎だよなぁ……何で俺なんだ……」
そこがキョウヤにとって不明な点だった。まぁ、確かに、この選抜隊に選ばれたことで自分に腕があることを、多少、自負してはいるが、やはり理解できなかった。
例えば。例えパイロットの腕でも、キョウヤはギリアムには到底敵わないだろう。言うまでもなく、例えパイロットの経験でも、キョウヤはギリアムの足下にも及ばないだろう。そして軍での階級でも、キョウヤとギリアムでは差がある。何故ギリアムが選ばれず、キョウヤが選ばれたのか。何故、この試作機を託されたのか……。
……まぁ、何にせよ、この機体を渡されたのは事実だ。そして、初めて乗る機体なのだ。空気、感覚、情報、物質的にも、概念的にも、出来る限り馴染まなければならない。知らなくてはならない。だから叩きこまなくては。まずはマニュアルを。
「どうだー、キョウヤ?」
「うぉっ!?」
不意に開いたコックピットの前方からギリアムが顔を覗かせた。
「び、びっくりさせないで下さいよ、中佐!」
「や、悪い悪い。お前がそんな集中してるとはな。……どうだ、気に入ったか?」
「……まぁ、気に入ったというか……スペックは、凄いですね。量産型疑似機体どころか、多分、ほとんどのIMを超えてると思います」
「ほぉ……へぇ……ふぅん……」
そう言ってギリアムはコックピット内をキョロキョロと見回す。……この人は暇なのか? ……暇なんだろうな。キョウヤは溜息を軽く吐く。
「……おもしろそうだな。……どうだ? 俺と仮想訓練ってみるか?」
「――良いですね」
二人は怪しく笑う。
辺りは喧騒に包まれていた。まだ日が落ちて間もないというのに、店の客はほぼ全員が酔っ払っているようだ。酔っ払っている同士騒がしいのは気にならないのだろうが、こっちとしては幾分辛いものがあった。
「…………」
「…………」
僕とアイリはカウンター席に座ってから一度も会話を交わしていない。この騒音の中話すには、かなりの声量が必要で、きっと疲れるからだ。まぁ、ここの店はこういう店であるし、本来未成年の僕は入れないわけだし、店員の人に訳を話してここにいさせてもらってるわけだから、当然文句は言えないのだが……。
――十分後。一人の老人が店に現れた。風貌は白鬚に白髪。何故か千鳥足だった。
「うーい!」
カウンター席まで歩いて来、そしてどかっとアイリの隣に座った。……この人は既に酔っ払ってるのか? 来店前から……。アイリが顔を顰めている。どうやら酒臭いらしい。
カウンター内に立っているマスターがグラスを拭きながら老人に話しかける。その口からは呆れたように溜息を吐いていた。
「……またお屋敷で飲まれていたのですか?」
「おぉ……また追いだされた……あの石頭メイドめ――あ、いつものお願いね」
老人は人差し指を立てて言う。
「……かしこまりました。……メイドさんも大変ですね」
店員はカウンターの奥へとたくさん瓶が置いてある方へと行ってしまった。
「……ねぇ、カナメ」
「ん? 何?」
アイリが小声で僕に話し掛けてくる。小声と言っても周りがうるさすぎるので実際は普通の音量なのかも知れないけど。
「この人がワイ――――ひゃッ!?」
アイリの立ち上がる様に急に背筋が急に伸びる。アイリにしては珍しい、素っ頓狂な声を出す。――瞬間。
「――へ?」
旋風が巻き起こる。僕の髪はその風に勢いよく右に靡く。僕の耳には風が空気を震わす甲高い音が入ってくる。
「ぐはぁっ!」
その旋風の正体は、アイリの見事なまでの回し蹴り。目で捉えるのも困難な程、動作が一瞬なれば、その威力は計り知れない――。
その回し蹴りは老人の体に見事に入っていた。しかしやはり蹴りの動作は一瞬でも、力の加減はしたようだ。反動でイスから落ちた老人は苦しそうに呻くだけで――、
「こ、こら! 老人は労わるもん――」
「――」
「ひ、ひぃいい! ご、ごめんなさいー!」
――大丈夫なようだ。こちらからはアイリの表情は見えないものの――黒い負のオーラを発生させているのが感じられる為――多分、恐ろしい形相で見下ろしているアイリに、あの老人は顔を両手で隠して怯えている。
「ちょ、アイリ!? いきなりどうしたの!?」
「こ、この人が……私のお尻を、触って――」
「申し訳ない、お嬢さん。このお爺さんは、いわゆる『変態』、あるいは『セクハラおやじ』って奴でね――あ、こちらの飲み物はあちらの御老人のプレゼント……いや、お詫びの品だよ」
マスターが場を収めながら、何やらカラフルな飲み物を僕達のカウンター席の上へ静かに置いた。
「え、あ、僕達まだ未成年……」
この場に身を置きながら、言うべきことがおかしい気もするが、僕はそんなことを言ってしまった。
「大丈夫。ソフトドリンクですよ」
床に尻もちを着いたまま老人は“わしゃあそんなものを出すなんて一言も言っとらん!”とか怒っている。
「良いじゃあないか! 減るもんじゃ無し! わしゃあ――!」
「――トー爺さん、いい加減にしないとエティマさんを呼びますよ?」
にっこりと老人に語りかける。
「…………そ、それだけは」
ショボーン、といった感じで老人は首を垂らした。そして渋々席へとまた着き始める。――――ん? ちょっと待って、トー爺さん?
「……あ、あのぉ……もしかしてあなたは……ワイズ・トールニアさん?」
半べそかいている老人に
「んぁ――? あぁ……、そうじゃよ。わしが、ワイズ・トールニアじゃ」
「「……」」
「……ん? なんじゃ? どうした?」
「――ハンマーヘッド! やるな、少尉!」
ギリアムは目の前の機体性能――いや、目の前の若いパイロットの腕に驚く。通常の三倍以上ものブーストの量を噴射しながら、ファルスの周りを動き続ける。その動きは流線的に速く、また瞬間的に颯い。
――その機体は、軍隊への正式配備にしては珍しく、明るい黄色に黒を交えた色。見る者へ与える印象は、“雷”。
今までこちらが追い立て回していたはずの、目の前の黄金たるアウラは、不意に失速し、そのままファルスの頭上を跳び越えた。このままでは後ろを取られる。だがしかし、向こうは空中に居るのだ。着地前にこちらが攻め返せばいい。
ファルスは即座に旋回する。着地地点を感覚で予測し、ライフルの銃口を向ける――が、
「――なッ!?」
その機体は空中で反転し、着地する前にこちらより先に銃口を向けていた。厳密には、頭部が地面に向いた逆さまの状態で、両腕を使い、こちらに構えている。
――その黄金たるボディが流れる様はまるで彗星。細身なボディ。頭部や肩、肘に膝、各部が異様に鋭利なそのデザインは、刺々しい、獣のような狂暴性、攻撃性を象徴する。
「どうだッ!」
「――クッ!」
ファルスは瞬間移動する。その刹那の間に、重厚な弾丸は敵のライフルから撃ち込まれていた。そして虚像の大地に突き刺さる。
その刹那の内にギリアムは思考する。――何て性能だ。あの細身のフォルムに加え、アウラの標準機以上の重量を持ちつつ、この空中制御性能……さすが、ラインズイールの新型は伊達ではないということか? ――いや、それとも搭乗者の才能か? 確かに機体性能は良いのだろう。しかしそれを扱う腕が無ければ――
『チッ! 外した! ――なら!』
黄金のアウラはさらに前方への加速に体制を崩さぬよう、体制を低くする。
「近づかせんよ! 少尉!」
後方へ加速し、後退しながら右腕のライフルを目前の敵目掛けて撃ちつけようと、ギリアムは再び敵機をダットサイトへと合わせる――。
――意識を限界まで集中させる。コイツなら、いける。俺に、銃器は要らない。俺には、剣だけで、十分だ――!
「――ブリッツ!」
『Blitz.』
キョウヤの声に、瞬時にA.I.は応答する。無機質な女性の声。
「――グッ」
――瞬間。黄金のアウラは加速する。同時に、ファルスが装備しているライフルの銃口が閃く。その弾丸はコックピットへの直撃機動。間違いなく撃ち貫く。しかし黄金のアウラは止まらない。
――“ブリッツ”。それは自機を極端に加速させる新兵装。しかし加速の反面、制御が効かなくなる。加速と同時に噴射する、その背部の
黄金の粒子が瞬く様は、ネフィルの“ROB”を思わせる。それは外見も中身も、とてもよく似ていた。
「当た――」
弾丸は変わらず、コックピットを目掛けて加速する。ど真ん中を撃ち抜く絶好のコース。当たるまで、コンマ十乗の時間ですら、掛かるのだろうか。避けることは不可能の筈。
「――る」
左脚を、弾丸へ向かい、大きく、強く踏み込んだ。その脚部は、大地に重圧を与える。加速と、元々のアウラの重量と相まって、地面は耐えきれず一瞬の内に沈没した。そして、黄金のアウラは右背部の粒子を一際膨大に噴射する。
「――――かァ!!」
その正面に深く踏み込んだ左脚、左右出力の違う膨大な加速を利用し、黄金のアウラは迫りつつも身を捻り、回転した。
『――何ッ!?』
――通常のターンでは、前後で違う左右別のブースターを噴射させるその構造上、どうしてもその場に留まらなければならない。しかし、このキョウヤの方法ならば、リスクは大きいが、動作を起こしながら旋回が可能だ。
――全ては一瞬の出来事。
黄金のアウラはファルスの目の前まで瞬間移動する。身を捻り、弾丸を紙一重でかわしながら。すでにその腕に銃器はない。
「――もらった!」
故に行うべき行動は一つ。――ただ目の前の機体を斬りつけるのみ!
黄金のアウラの、深緑の瞳が光る――。
――機体名称RA‐1。その黄金の、雷の女神は、通称――“アクストラ”。
「斬れろ――ッ!」
アクストラは、回転によりエネルギーが加えられたブレードを振り抜き、両断する――!
『グッ――』
ファルスは即座に左腰のブレードを逆手で引き抜いた。
――甲高い金属音が響く。
そのファルスから抜かれた、熱至型ブレードはまだ鞘から抜け切っていないものの、なんとかアクストラのブレードを受け止めていた。熱と熱のぶつかり合い。二つのブレードは振動し、互いの対象物を斬らんとする。
圧しつ圧されつ。それが続くと思われた――が、しかし。
『――斬ら、れる!?』
アクストラのブレードは、徐々にファルスのブレードを侵していく。ファルスの熱至型ブレードの半分。
――マズイ、とファルスはすぐにブレードを放し、後方に瞬間移動する。本体から切り離された分子は、その力を無くし、あっという間に両断されてしまった。斬られたブレードは、無残に爆発する。同時に、地面の砂が巻き上がった。
「まだまだッ!」
アクストラはその爆風の中、更に一回転する。キョウヤはブレードを、まるで“苦無”のように投げつける。
爆風の中、投擲されたブレードはまさに弾丸のように突き抜ける。
『――ッ!』
しかしギリアムは反応する。突如爆風を突き抜け、向かってくる凶弾へ。
ファルスはライフルでブレードを正確無比に撃ち落とした。ファルスは驚異的な速度で反応した。その速度はアクストラと同等。量産機とは思えない、反応速度。
――アクストラの猛攻は止まらない。
「ブリッツ!!」
『Blitz.』
キョウヤは命ずる。新たに手に入れた力を。A.I.は呼応する。主の命に。
『またそれか、少尉!』
所詮は直線上の動きだ。既に見切った、とファルスはライフルを構え――
『――なッ』
――既にアクストラは、ファルスの懐に踏み込んでいた。
ギリアムの眼が見開かれる。先程より、出力が上がっている――!?
――“鞘の内”。右手を腰に添え、腰を低くし、身構える。右の肩口を対する相手に向けた、特異な構え。小刀のような短い刀身でもなく、長い刀身の刀をその密着状態で使う、元来の長所を無視しての異質性。それは、密着状態では不利とされたものを、“近間の飛び道具”と恐れられるまで磨き上げられた、“武”。
「――――」
柄を右手は握る。キョウヤの意識は研ぎ澄まされる。圧倒的な集中力。全ての流体を、その瞳は見極める。
刹那の内に終わるなら、何も出来ないほど一瞬なら、その前に全てを予測し、想像すれば良い。
キョウヤは夢想し、構想する。その刹那の内に起こることを。自らの手で創り出す創造を。――幻想ではなく、現実を――!
「うぉぉおおぉおぉ――!」
刀が鞘の中を奔る。
――立合い抜き。それはまさに、“抜刀術”だった。
ハンマーヘッド:軍事用語。戦闘機同士の追いかけ、追いかけ回されの戦闘時、お互いにほぼ地面に対し直角にブーストを吹かし続け、追い掛けられている方の戦闘機が不意に失速し、後ろにいる追いかける側だった敵機の背後を取る、という戦法。……みたいです。特別な軍事用語らしいので、もし分からなくて不愉快に思っている方がいたら申し訳ない、と思い一応補足として後書きに掲載させて頂きました。