ACT.16 殲滅、塵滅、掃討<2>
幾つもの、アウラが待機している。このハンガーにあるだけでも、数は三十。おそらく、今作戦に出向くアウラの総数は、二百機を下らないだろう。大規模な作戦。経済面など一切考慮に入れていない、ただただ目的を遂行するだけのもの。
それらアウラを見上げる、黒の軍服姿の無聊鬚を生やした男が居た。見たところ、齢四十前後の男だ。男はこれからのことに思いを馳せる。これから為すべき任務。無論、赴く場は戦場だ。それ以外に、居場所はない。存在理由はその身を投げ出し、戦う。何の為に。それは世界の為、戦友の為、自身の為。この身が応える魂は、戦場での滾る熱。故に我が身が此処に在ることに、異存はない。
「――オスカー中佐」
黒の軍服姿の男――オスカーと呼ばれた男がその声に振り向く。そして目の前にいる少年にギリアムは苦笑する。
「ギリアムで構わんよ」
「はっ、失礼しました」
少年は右手で敬礼をした。
「……で、どうした? アマツキ少尉」
アマツキは敬礼を解く。こちらはギリアムと違って、緑の軍服であった。
「――ギリアム中佐。……俺は、この作戦、納得できません。そんな、敵の居場所が分かったからといって、直ぐに攻撃を仕掛けるなど……もっと、効率の良い方法が……」
「……」
ギリアムは、不満を顕わにしている若い、アマツキのその表情を黙って見つめる。
――そう、今作戦は“シュペルビア”を殲滅すること。ミラリア国の衛星映像により判明したシュペルビアの本拠地を、国連加盟国の合同作戦で掃討する。地球に巣食う害虫は即刻駆除しなければならない。国連が下した命令だった。
発見された施設は、地球最大の大陸“カーディナル大陸”のミラリア衛星軌道上、オストランドの郊外に位置するものだった。
作戦内容は、極めて単純な、武力行使。国連加盟国の軍の精鋭を集め、空母を経由して上空五千メートルからの降下、展開、制圧、或いは殲滅というものだった。その施設はかなり大きい物で、通常のハンガーの十倍以上はあるようだ。一応、実動部隊が降下される前に爆撃を行うようだが、あまり意味がない。期待出来ない。何故なら、それだけ大きければ、外壁も強固なものでなければならない。加えて前戦時に建てられた研究施設なのだろう。ならば多少の実験に耐え得る強度も必要だからだ。よって、爆撃にもほぼ絶対の確率で耐えられるようだ。
国連がアウラを行使して動く。これはかなり大規模な――もしかすると、歴史上、今までで一番大きい戦闘かもしれない。
「……気持ちは分かるがな、少尉。今、世界は危機的な状況に陥っている。それは君とて分かっている筈だ。……もたもたしてられんのだろう。仕方のないことだ」
「だけど――!」
「――少尉」
「――ッ!」
ギリアムの眼が少尉の瞳を貫く。
「割り切れ。迷いの香りは、戦場で死神を呼び寄せる」
「…………」
少尉はその迫力と重い言葉に押し黙ってしまう。ギリアムは数多の戦場を駆け、生き残り、そして数多の戦友と別れた男だった。まだ若い少尉にはその深みが、重い。
「今作戦に抜擢されたんだ。若くとも、君の腕は確かなんだ。私も保障する。……期待しているぞ、戦果を上げてくれ、少尉。そして死ぬな」
「……了解」
俯き、敬礼もせずに了承の言葉を口にする。
「……ふ」
その若さに、ギリアムは苦笑する。
「……それじゃあな。俺はこれから会議に向かう」
そう言って、ギリアムはその場を立ち去った。
「クソッ……」
少年は拳を硬く握る。
「……こんな作戦じゃ……また人がたくさん死んじまうじゃねぇか……」
歯を噛み締める。少年にとって、それが何よりの苦痛であった。何かもっと、ある筈だ。こんな強攻作戦ではなく、もっと、もっと――。
少年がその若い身で軍に籍を置くのは――『人を守りたい』。そんな単純で、純粋で、強い意志のもとによるものだから。これ以上人を失いたくない。失って良い命なんて――
「――キョーウヤー!」
「ん?」
少年を呼ぶ声がする。キョウヤは顎を上に上げ、顔を上方へと思いっきり向けた。
「なんだ……ティアラか……」
「むっ!」
キョウヤの頭上にある、金網状の通路の上に居たのは一人の少女。その少女も、キョウヤと同じ軍服を着ていた。
「なんだって何よ! 何だって!」
「いえいえ……別に。……む」
キョウヤは誤魔化した後、ティアラをじっと見つめる。
「な、何よ?」
「……いや、軍服がスカートだったら良いなっておも――うごっ!」
キョウヤの顔面にティアラの両膝が突き刺さっていた。
「着地!」
ティアラは両手を広げ、華麗に着地していた。おもわず『10』と書いてある札を挙げたくなる感じ。
「てめっ! ティアラ!」
キョウヤは血が出ている押さえながら怒る。
「いやらしいこと考えてたキョウヤにお仕置きしただけだよ」
「違う! 俺は健全な一男子としての本音を素直にだな――がふっ!」
ティアラの掌蹄がキョウヤのみぞに見事に入った。キョウヤはゴミの様に吹っ飛んでいき、
「がはっ!」
壁にその背中をぶつける。
「まったく……」
「っつ痛てて……くそ、手加減してくれよ……うぷ」
キョウヤはみぞに掌蹄破を喰らったせいで胃の物を戻しそうになる。
「――で? また中佐に抗議してたの?」
「……ん、あぁ、まぁ、な。……だって、嫌だろ。こんな人が死ぬのは……」
「そりゃそうだけど、ね」
「……まぁ良いさ。それをさせない為に、俺はここに在るんだ」
キョウヤは自分の握り締めた拳を見つめる。信念に満ちた瞳で。
「ふふーん」
ティアラは小悪魔のようににやけた自分の唇に人差し指を当てる。
「えいっ!」
「のわっ!」
ティアラはキョウヤの腕に急に抱きついた。
「な、何すんだよ」
「いやいや。私はそんなキョウヤくんがやっぱ大好きだなぁー、と思って」
「――な、何言ってんだよッ! バカ! 離れろ!」
キョウヤは腕を思いっきり振り、ティアラを腕から振り払う。
「誰かに見られたらどうすんだよ!」
「恥ずかしがり屋さんめ。良いじゃない別にー。私達そういう関係な・ん・だ・か・ら」
「――なッ!? ――そんなのは、断じてちがぁーう!!!」
「……ごちそうさまでした」
カレー完食。感想としては、美味しかったです。僕は甘いのしか食べられないけど、これは食べれた。何だろう……りんごとかチョコレートとかそういう類の隠し味でも入れてあるのかもしれない。僕が作る物や、普段食べてるカレーとは結構違っていた。日本とラインズイールとの食文化の違いという奴なのかも知れない。……まぁ、よくわかんないけど。とにかく、美味しかった。
とは言っても、やはり辛いモノは辛い。食べてる最中に水を飲むことはあまり好きではない。だから途中で飲まなかった。食べ終わった今、思いっきり水を飲む。氷の入っているギンギンに冷えた水が、一気に喉を下る。
ちなみに、アイリはとっくに食べ終わっている。あの小さい口でどうやってここまで早く食べることが出来るのか謎だが。僕が半分食べ終わる頃には、既にアイリの皿の上には何もなかった。
「おっ、食い終わったな」
僕にカレーを食べるように言った店員が近付く。
「はい、ごちそうさまでした」
「……よし、それで。訊きたいのは何だったっけな?」
「ワイズ・ロールニアさんの事です」
「おぉ、おぉ……そうだったそうだった、トー爺さんのことだったな。…………全く、何だってあんな酔いどれ爺さんを捜してるんだか」
「酔いどれ爺さん?」
「まっ、会えば分かるさ。……トー爺さんには『ドロップス』って店に夕方辺りに行けば会える」
「『ドロップス』……ですか。分かりました」
「結構この近くだが……場所分かるか?」
「あ、いえ……」
「じゃ、ちょっと待ってろ」
といって店員は店の奥に行ってしまった。……と思ったらすぐに戻ってきた。紙とペンを持っていた。
「今書いてやる。えっととりあえずここに店があるとして――――」
なんだかんだで、とりあえず良い人みたいだった。
「……なるほどね」
口元を隠すように手で覆っている。フィーナは考え込む。
『……どう思いますか? フィーナ嬢』
「……ま、普通に怪しすぎるね。釈然としないというかなんというか」
『私も同意見です。……それに――』
『「――掃討作戦が成功するとは思えない」』
ヴァンデミエールとフィーナの二人で一つの文を紡ぐ。それは二人の同一意思だった。
「まず、このタイミングでその情報が見つかるのが怪しい。……どの国も積極的に動かず、耐えるように身を護る中、八つの国が堕とされる。ついに限界。心情的にも、経済的にも。あらゆる面において――」
『――そこでキュレリア大統領からの、あの情報提示。衛星軌道上からの偶然、奇跡とも言えるほどの、上空からのミスト・ゴーフの透写。これには各国の学者も首を捻っている……』
「……そう、確かに有り得ないことじゃないんだけど……可能性が低すぎる。――いや、それが起こり得るための要素が低すぎる」
ミスト・ゴーフの大気圏外からの撮影。
ミスト・ゴーフが、何故『深霧の森』の森の異名を持つのかは、その名の通り、決して晴れない霧で覆われている為だった。その霧の粒子は、ただの水蒸気などではない。汚染されきった大気と混ざった、重粒子なのだ。だから、沈みこそしないものの、風に靡くことすらほぼ無い。しかしそれは、あくまで机上の空論。数値を測定し、虚具を掛け、予想を導き、予測を出す。机上の空論。断じて、現実ではない。
今の科学技術がかなりの水準に至っているとはいえ、空論は空論。僅か数十年の月日しか経っていない事象を現実として語るにはまだ不十分過ぎたようだ。
「……ま、とは言っても、ミラニアが何かするメリットがないからね」
シュペルビアによって害を被っていない国はない、と言っても、過ぎた言葉ではない。
『そうですね……』
無論、ミラニアも。
『まぁ、ミラニアが貴女達を罠に掛けるような真似は、しないでしょう』
ヴァンデミエールはモニターの向こうで苦笑する。
「……そうだね」
『では私は引き続き、何かありましたらまたご連絡致します』
「うん、ありがとね。ヴァンデミエール」
『いえいえ。それでは』
モニターはその電子を跡形もなく空気中から姿を消した――。
「――ふん。とは言っても、アイツは怪しすぎるな……ユリウス・インペラトル」
ヴァンデミエールか呟くその名は、ミラニア政府、大統領。その声色には、怒気すら含まれている。
「……坊ちゃま」
「分かっている。心配するな。……加減はするさ」
ヴァンデミエールは足を組み、両手を握り、両眼を瞑り、思考の淵へと堕ちていった――。
――かくして、時は過ぎた。……かっこいい言い回しをしたが、何てことはない。夕方になっただけだ。だから今から店へと向かわなくては。
とりあえず、この時間まではどうせ暇だったので街をぶらぶらしていた。アイリも街に出たがっていたしね。
「んーー」
して、そのアイリは、左の手首に巻いているブレスレットを胸に持っていき、ぎゅーっと抱きしめている。その抱き締めている顔は、満面の笑み。
このブレスレットは、僕からアイリに送ったプレゼントだったりする。ファンシーショップの店内をぶらぶらしている時に、アイリに似合いそうなアクセサリーがあったので、こっそり買っておいたのだ。……あまり人にアクセサリーとかプレゼントするのは良くない云々と美沙都から聞いたことがあるようなないような気がしたが、まぁ、アイリならそんなことは気にしないだろうな、と思ったから。
渡したのは十数分前なのだが、アイリはずっと胸に抱き締めている。これは十中八九――
「……うん、良かったよ。喜んでくれて」
「んぅ?」
「や、何でもない」
こうして僕達は歩く。見馴染まぬ街を――。
「――ここか」
目の前に立ち広がるのは木造風の建物。扉の上に大きく飾られている看板には『Drops』。間違いないだろう。
あの先輩らしき店員に聞いた話だがここの店の主人が何故『Drops』という名称を付けたというと、“この店に入った客は猟銃で撃ち落としたかのように店に居座るから”的な理由らしい。……まぁ、かなり変わった主人だということは間違いなだろう。
「カナメ、入ろう」
流石にブレスレットを抱き締めることには飽きたのか、結構普通のアイリが隣に立っている。だけど右手は相変わらずブレスレットに添えている。
「あぁ、そうだね」
僕は店の扉に手をかけた。