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ACT.16 殲滅、塵滅、掃討<1>

「――解体、あるいは他国と連盟合併せざるを得ない状況に追い込まれた国家の数は八。カルニア、オストランド、キルビス、ミューバ、エリウムンド、イルクト、コーランド、そして、G.M.U.。……加えて、内三つの国、オストランド、イルクト、G.M.U.は世界経済規模での主たる部分を担っています。……申し上げるまでもありませんが、G.M.U.は連合国家です。その組織骨子としての数は十三。その十三の国家が実質的壊滅状態にあります」

 東洋人らしきものが淡々と語る。囲む者達は各国の代表。

「……で? このことについて何か言うことはないのかね?」

 コールマイル公がヴァンデミエールを睨みつける。その眼には深い怒りが込められている。だが、無論、その怒りの矛先は間違っている。

「……」

 その眼をヴァンデミエールは何も言わずに、静かに受け止める。ヴァンデミエールは黙したまま、口を開かない。

「……フンッ……ガキが」

 コールマイルは誰にも聞こえないよう、吐き捨てた。

「……やはり消極的に動いてはダメなのでは?」

「だが、しかし、彼らの戦力は一国の軍にも匹敵する戦力だぞ?」

「だからといって、このまま奴らを野放しにする訳にはいかないでしょう」

「そうだ。既に八つの国が堕とされているのだ。このまま黙っている訳にはいかん」

「ですが、こういう時ほど慎重に動かなくては」

 平行線。お互いの意見が食い違う。交わることはなさそうだった。

しかし、それも当然だった。ここに集まっているのは国連に所属している国の代表者の全てが集まっている。国連の所属国家は、国家全体の約七割。当然、及ぶ範囲は地球の裏側から裏側まで。それぞれの立場が違い過ぎた。次の狙いは我が国かと慌てる者もいれば、その正反対の位置に属する国もある、ということだ。

 だから意見が食い違うのも当然だった。被害を既に受けている、もしくは目に見えて迫っている国は、早急に対処すべき、とっとと潰すべきだと叫ぶ。しかしまだ、遠い国、まだ傍観者のような立場にいる国としてはまだ冷静に状況を見極めたい。これが大まかな二つの意見だった。

「……では仮に、彼らに攻撃を仕掛けるとして、具体案はあるのですか? コールマイル公」

 イストリア国のコールマイルを主とする、強行派の押しに負け、多少の譲歩をする。

「ぐっ――いや……」

 コールマイルはそう言い詰められて言葉に詰まる。その様子を見て、追求した男は小さく溜息を吐く。

「……確かな情報も無く、そのような強行的な策は――」

「――あります」

 皆、その男に一斉に視線が集まる。ヴァンデミエールも少し驚いた様子でその男を見る。その男は、金髪に鬚を生やし、黒いスーツを来た紳士的な容貌だった。

「情報なら、あります」

 その男は、隣に立っていた男に目配らせをする。男は恭しく礼をし、脚元に置いてあったジェラルミンケースを手に取る。そしてテーブルの上に置き、ジェラルミンケースを開く。中から小さなノートパソコンを取り出す。

「こちらの映像は、我が国の監視衛星が捉えたものです」

 空中にホログラムが映し出される。そこに映っていたのは、雲。

「これは……?」

「衛星周期上にあるミスト・ゴーフです」

「……深霧しんむの森、か」


 霧の森ミスト・ゴーフ。地球温暖化と火山活性化、大陸プレート変動の激化に伴い発生したと云われる、自然現象。世界中の所々に深い霧が発生し、その地表を隠している。およそ三十年前から発生し始めていた。この地域は外界と切断されている世界。深い霧は、その霧の含む特殊な粒子で電波を乱し、その厚い霧は光を遮断し、その覆う水蒸気は熱すらも感知させない。だから――


 今映っているモノも、そのうちの一つ。特に珍しいことではない――が。

「――これは?」

「捉えられたのは偶然です。正直、運が良かったと思います」

 僅かに雲が開き、地表が覗く。しかしそこに映っているのは地表ではなく、ある一つの古い施設。


 ――だから、霧の下が宇宙そらから見えることなど有り得ないと言っていい程のこと。こんなことは、ミスト・ゴーフが発生してから初めてだった。その初めてが、これなのだ。


「これはかの前戦時に建てられた未亡の軍事施設だと思われます」

 次の瞬間、

「――ッ!?」

 室内は少しのざわめきに包まれた。

「――“クラウル”?」

 その施設に、何機もの灰色のアウラが砂飛沫を上げながら、施設内へと次々に収納される。

「はい」

「しかしこれが、一体、何だと言うんだね……?」

 コールマイルの額に若干の汗が滲む。明らかな同様の現れであった。口では疑問を発しているが、内心、気づいていた。この機体が何であるか。

「……拡大します」

 停止された映像が次々と拡大される。それは、クラウルの肩部を中心に。

「――シュペルビア……」

 ヴァンデミエールが呟く。室内は先ほどの比ではないほどのざわめきに包まれた。中には、敵の本拠地アジトを見つけられたと、歓喜する者もいた。

「……」

 男は一人、口を釣り上げた。――嗤う。


 拡大されたその映像には、黒い薔薇のマーク――。




 ――広がるのは、赤い海。だけどここは、海からは遠い。距離もある、高さもある。それに海は青い筈だ。だけど赤い。

 足元は水浸し。何だろう……臭い。

 やかましい。不愉快で甲高い、様々なノイズが響く。逃げ回る。殺される。逃げ回る。ころされる。にげまわる。ころされる。ニゲマワル。コロサレル。コロサレル。コロサレル。――コロサレル。

 目の前に誰かが立ちふさがる。違う。抱き締めてきた。

 力一杯抱き締めてくる。温かい。心地よい。安心できる。でも怖い。

 腕から力が抜けた。ぼくは水浸しの床に落ちる。殺された。お母さんが、殺された。逃げなきゃ。コロサレル。逃げなきゃ。コロサレル。逃げなきゃ。コロサレル。

 ――知っている。この光景を。僕は知っている。

 お父さんはもう死んでいる。殺された。お姉ちゃんも、動かない。次はぼくだ。殺される。

 ――止めろ。

 殺される。嫌だ。

 ――止めろ。

 殺される。嫌だ!

 ――止めろ!

 殺される。――嫌だ!

 ――止めろォォォ――!!!




 ――あぁ、やってしまった。

 目が覚めた瞬間に思ったことはそんな後悔の念だった。目の前に、すぐ隣にいるのは一人の少年。悲しみを知り、心に傷を負った、心優しき少年。

 ――さて、私は昨日、何をやってしまったんだか。

 あれだけ酔っ払っていたのに記憶に残っているのは、幸運か、不幸か。判断しかねる……。あぁ……こう思いだすだけで自分の顔が赤くなっているのが分かる。……とても、恥ずかしい。

「……ん」

「――ッ」

 カナメが身じろぎする。それに私は少しびっくりしてしまう。起きてしまったのかと思ったから。今起きられると、どんな顔して会えば良いか分からない。……気持ちを落ち着かせなければ。……お風呂、入ろう。………………あ、服とタオル。



「――ッ!」

 見ていた景色が一変する。赤の景色から、目の前に広がるのは装飾を施された天井。

「……ゆ、め?」

 ……の、ようだ。

 夢の中では人が、殺されていた。皆逃げ回り、殺され、辺りに血が飛び散っていた。

 僕は知っていた。アレを。あの“地獄”を。

 だけど、違った。あの夢の光景と、僕がた光景とは。確かに、建物の内部の雰囲気や装飾なども似ていた。そこにいた客、テロリストは違っていた。僕が見間違える筈がない、忘れるはずはない。あの“地獄”を。

 何より、僕を抱き締めていた人。あの人を、僕は知らない。僕の母親ではない。

 ――では何故、あんな夢を。

 何故、僕の知らない夢を視たのだろうか。……ただの妄想? 普通に視ただけの夢? ……かも知れない。

 でも、気になる。気になるんだ。あの声が。ぼくが発したあの、よく知っている声が――。


「……うわ」

 自分のシャツを摘む。そのシャツは僕の寝汗でぐっしょりとしていた。額も凄かった。全身が汗まみれだった。僕が背中を着けていたベッドの部分は汗を吸い取り、大きな染みを造っていた。

「ん……気持ち悪い……。んで、寒い」

 濡れきったそのシャツは、クーラーによって冷やされていて、とても冷たかった。

 とりあえずベッドから起き上がる。どうしよう……シャワーでも浴びるか。

 自分の荷物であるボストンの中を探り服を取り出す。

「おっと、タオルタオル」

 タオルを忘れるところだった。入口の扉付近に置いてあるバスタオルを手に取る。扉に手を掛ける。

「さって、朝風呂としようかな――――いッ!?」

 湯気が立ち込める。その奥にいるのは――

「アイリッ!?」

「――カナメ?」

 またまた一糸纏わないアイリが居た。

「――う、ぁ」

  頭が回らない。

「ぇ――あ」

 言葉を発することが出来ない。

「ご、ご、ご、ご、ご――」

 呂律が回らない。言うべきことがある筈なのに、頭は狂ったように熱を発生させてまともに機能してくれない。

「……えと、カナメ」

「え!? あ、はい!」

「……あの、恥ずかしいん……だけど」

「し、失礼しましたッーー!!」

 扉を勢いよく締め、疾風のごとくそこから立ち去った。


「――まいった」

 まさか二日連続とは……。てか起きた時に気づけよ、僕。隣にアイリがいないっていうことは何かしら思うところがあるだろうに……。まぁ、そんな例せいでいられる頭じゃなかったんだけどさ。

 変な夢を見たからだろうか。酷く頭が痛い。何だろう……こんなに頭が痛いのはあのアウラの訓練以来な気がする。だけどまぁ、今頭が痛いのは原因が別な気がするけど。

「……ぅあー……まだ、顔熱いや」

 両手で頬に触れる。その触れた体温はまるで風邪でもひいているかのように熱かった。




「…………」

 イリウムは訓練室シミュレーションルームの壁に独り、腕を組み、寄り掛かっていた。その顔は大画面のモニターに向いているが、その瞳が見ているモノはモニターではなく、過去。

「……っ」

 イリウムは奥歯を締める。

「……イリウム?」

 その声に振り返る。声の主はフィーナだった。

「ん? おぉ、フィーナか」

「珍しいね、やらないの?」

 フィーナはモニターを見て言う。

「あの中に私が混ざっちゃあダメだろ」

「……そうか、投入テストをしてるのね」

 モニターに映るアウラは、量産型のノームである“クラウル”と、それに取って代わる様に新しく配備された“ケリエル”。この二種類のアウラが、モニターの中で大戦争を起こしていた。

「なかなかみたいだぜ、新入りケリエル。反応速度がクラウルの二倍以上。肌に合う奴によっちゃあ三倍とかにも感じるってよ」

「へぇ……じゃあ、あの自己紹介文カタログスペックも誇張じゃないんだ」

「だな。加えて自動出力オートデバイス自動予測オートプレディクション自動修正オートアジャスメント自動補正オートリヴィジョン。んでもって極めつけの完全重力制御か……。最高だな。随分と乗り心地がよさそうだ。乗り物酔いも無くなるな」

 イリウムは笑う。

「そこが一番値を張った所だからね。結局、アウラも人が操縦するものだからね。どんなに凄いものでも、人間が堪えられなきゃ意味がないから」

「まっ、凄いことだな。一体どうなってるのやら」

「それはコックピット内の圧力とスーツの磁場と粒子とでリポーションフェノメノンが発生して、搭乗者の身体及び内臓を――」

「あーいい、いい! どうせ聞いてもわかんねぇから!」

 組んでいた腕をパタパタと振り、否定のジェスチャーをする。その姿にフィーナは苦笑した。

「多分、イリウム達のIMにも起用されると思うよ」

「……俺は遠慮しとくわ」

「えっ――? 何で?」

「……腕が、鈍りそうだからな」

「……そう」

 フィーナの表情が若干暗くなる。今度はイリウムがその姿を見て苦笑した。

「ま、重力統制くらいは、欲しいかな」

 頭に手を乗せる。フィーナは擽ったそうに片目を瞑る。

「――っ。分かった。どうにかそれだけを、システムから独立させるよ」

「……こいつらは俺達コスモスだけか? 配属されてるのは」

「そうみたいだね。実売直前の試行運転も兼ねての、だね」

「……ま、しょうがねぇか。向こうも商売だしな」

 そして、イリウムは不意に背中を向けた。その場を離れようとする。

「……? 何処行くの?」

「悪い、ちょい戻るわ」

「……そう」

「今度はちょっと長引きそうだ。……悪ぃな」

「……りょーかい」

 言葉足らずだが、二人には通じたのだろう。フィーナはその去って行く背中を見送ってから、

「…………何があったんだろ、イリウム」

 独り呟いた。



 照りつける太陽の中、枢とアイリは眩い光に目を細める。

「――じゃ、どうする? アイリ。当然、当てなんかないよね?」

「ない」

「んじゃ、ここは定番の……喫茶店とかに訊いていくか」

 酒場とかがもっと定番な感じがするが、今はまだ朝の為、開店していないだろう。それに僕達未成年が入れるか怪しい。

「うん、分かった」

 アイリはそれに頷いた。


「――ワイズ・トールニアさんって、御存知ですか?」

「あー、分からないねぇ。お客様の名前を把握してるわけじゃないからねぇ……」

「そうですか。どうも、ありがとうございます」


 ……。

 …………。

 ……。


「――ワイズ・トールニアさんという人を御存知ですか?」

「んー、知らないねぇ。ごめんね、坊や」

「いえ、ありがとうございます」


 ……。

 …………。

 ……。


「―ワイズ・トールニアさんという人を捜してるんですが、御存知ですか?」

「ワイズ・トールニア……ねぇ……ん〜、分からないねぇ」

 首を捻る。しかし出た結果は“分からない”。

「そうですか……」

「あの人じゃねぇか?」

 奥からまた別の店員がやってくる。

「あの人、ですか?」

 言われた店員はいまいち分からないといった顔をしている。片方が敬語で片方がタメ口ということは先輩と後輩とかだろうか。……どうでもいいことだけど。

「あの人……。坊や、その捜してる人ってのは爺さんかい?」

 奥からやってきた店員が僕に訊ねた。

「あ、はい。ご老人ですね」

「じゃ、間違いねぇよ。トー爺さんだ」

「あぁ、トー爺さん」

 後輩らしき店員も分かったらしい。

「“トー爺さん”……ですか?」

 “トールニア”だから“トー”爺さんなのか。

「そう、多分、トー爺さんだ」

「どうすれば、その人に会えますか?」

 とりあえずフィーナから渡された情報は、今ほとんど役に立たない。せっかく初めて知ってる人に会ったんだ、ここで最大限に訊き出さなければ。

「んー……そうだなぁ……」

 先輩らしき店員が腕を組み、唸り声を上げながら悩む素振りをする。……物凄くわざとらしい。

「……今はちょうど昼時か……この店のカレーでも食べれば、会えるかもな」

 にやり、という音が聞こえてきそうだった。要はここで食事すれば、教えてくれるということか。……ずるい。

「……分かりました」

 僕らには頷くしかなかった。

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