ACT.2 運命への道
「――天、使――?」
そう錯覚する程、綺麗なフォルムだった。細身で曲線を描き、まるで人間のような型。だが騎士とも思える鋭利でもあるフォルム、そして人間を模しているとは思えない優美な存在感。
それだけで、僕はかなり特異なアウラだと思い至るのに迷いは無かった。
――大抵のアウラは、角張ったようなフォルムだ。人型の各部位に四角い装甲を装備したイメージ。
そして脚部に関してだが、大抵は直立していない。つまり人のような脚ではないのだ。まぁ、一部の機動性を追求した機体では多少、直立型はあるらしいが。しかしそれ以外での直立は難しい。
何故なら、重心の対処が非常に困難だからだ。アウラの重さは、それこそ何十トン、何百トン――それ以上の世界だ。これでは機動戦時に、いくら大発明の『Slave System』といえど自身の体重をカバー仕切れず倒れてしまう。
それこそ完全なAIなら、脚部は前後にずれていたり逆間接型だったり、四足だったり立膝をしているようだったりと完全な人型からは離れてい無いのかも知れないが。
――しかし目の前のそれは、完全に人型だった。
いや、その美麗さには人型というのもおこがましいほど。
僕はこの機体の美しさをを前に呆けていた。きっと誰もが見惚れる。本当に、こんなものをヒトが創りだせるのかと――。
だが見惚れているのもほんの数瞬。
“貴方は――”
「え……?」
脳に、直接響く声。耳から入っていない、脳に直接反響したように濁りのない声。
まさか……目の前のアウラ、から?
“貴方は――力を”
女性の声。しかし感情を感じ取れない。まるで機械だ。
“――力を望みますか?”
シャー、とローラーと地面との摩擦音が建物内に響く。さっき破壊されたドックス3らから、この企業の警備全体にネットワークを介して繋がったのだろう。
直にここに何体ものセキュリティーアウラが集まる。それもおそらく、ドックス3よりも強力な、より戦闘に最適化されたアウラが。外敵を排除する為の、戦闘用アウラが。
「――あぁ」
ここで死んだら僕は結衣との約束を果たせない。――それに僕はいつも思っていたはずだ。
「――僕は」
頭を上げて生きることを授けられた僕が死ぬのは許されない。――こんな悲しみに満ちた世界は許せないと。
「僕はその力を――」
だから死ねない。――だから力を。
「――望むッ!」
生きる為の力を! ――世界を変える力を!
“――受託しました”
瞬間、目の前のアウラは屈み、僕の目の前にその右手を差し伸べる。……乗れ、ということなんだろうな。
「この機体は、ナンバー『FA-00 ネフィル』です。マスター」
僕はあの後、手に導かれるまま、コクピットへと入った。
コクピットは腹部にあったのだが……驚いた。声の指示に従い、僕が腹部に触れた瞬間、装甲が粒子状に分解され、僕を招き入れたのだ。そう、何かのSF映画のように。そしてまた入った途端、逆再生されたかのようにまた装甲が元通りになった。一体、どんな仕組みだというのか。
しかし、驚く余裕は僕にはないらしい。
「……ネフィル」
ぼそりと呟く。
「肯定」
その言葉にも律儀に反応し、答えた。それに少し肩を上げて驚いてしまう。
「君は?」
AIらしきものに僕は話しかける。
君と呼び続けるのもあれだし、やまさかAIなどと呼び捨てるのもおかしい話だろう。だから名前が知りたい。
「……質問の意図が理解できません」
「だから君の事。君は、なんて呼んだら良い?」
そんなにおかしなことだろうか。
「わた、し……?」
しかしAIは困惑する。
「うん」
「私は……『セラフィ』。『セラフィ』とお呼びください」
「わかった、セラフィ。それで、どうすればいいの? 当然、操縦なんか分からないよ? 僕は」
こんなアウラなんてものはネットやニュースで見るくらいだ。軍が設立されているとはいえ、結局は米軍基地を利用して活動しているのだ。大多数の人直接は目にしたことが無い。なんやかんや言っても、僕の住む日本は戦争とは一線を置いている。
だから当然、操縦など出来ない。操縦桿すら、コックピットに座ったことすらこれが初めてだ。
アウラはニュースやネットで視る程度。中に入ったらそこで得た情報などは使い物にならない。
ましてやこのアウラ――ネフィルは、かなり“特殊”だろう。素人目の僕でも、そんなのは身体全体で感じる。
「……」
しかしセラフィから、乗れないという事に関して何も提示されない。
「セラフィ?」
訝しみ、再度問いかける。が、モニターを見て息が詰まった。
モニター上では、幾重ものウィンドウが開かれてはまた閉じている。何やら数字が書いてあるような気がするが、それもまた出ては消えるのでおよそ人間の眼で追える速さではない。恐ろしいスピードだ。こんなのはパソコンで“生”のプログラムの動きを見るより尚速い。一体、どれほどの情報を処理しているというのか。
それにたとえ、読み取れたとしても意味を理解をすることは不可能だろう。
次第に、めまぐるしかった速度が緩まっていく。
その直後、耳を疑う言葉をセラフィは言った。
「……搭乗者『久遠 枢』確定。……『フェイクス』と承認」
「な――!?」
フェイクス!? 僕が!? それにどうして僕を認識する!?
自分の顔が驚きにひきつっていくことが分かる。
「ねえ! 何で僕がフェイクスなん――」
だ、と。しかし僕の言葉はセラフィに遮られる。
「――敵機、来ます」
「――ッ」
目の前のモニター……を見るまでもなく、見たい光景が脳裡に映りこんだ。それは、フェイクス故に。
「『インフェリアアウラ』、ナンバー『PRIMATE-1』と暫定」
“PRIMATE-1”――それも警備用のアウラだった。しかし先ほどの犬のような形状ではなく、典型的な人型アウラ。
少し灰の混じった白に、角ばったフォルム。こちらも全てAIに任せるものだ。脚部が直立型のため、動きはかなり緩慢な筈。
だが当然初めて乗る人間。敗北するなんてことは有り得ない。アウラの中では底辺に位置する性能でも――腐ってもアウラはアウラなのだ。どんな兵器よりも脅威であることには変わりはない。
むしろ、その兵力が無人で稼働している事に悪寒するべきだ。
「――」
頭を振り払い、あらゆる思考を失せさせる。
理由は後で聞けばいい。とにかく今はこの状況を打開することに専念するべきだ。僕がフェイクスだと言うなら――こんな奴に劣る筈がないのだから。
背もたれに思いっきり、体を押しつけるように寄り掛かる。後ろの体全てが密着するように。
頭を置くクッション部にも押しつける。首の辺りにビリッと静電気のような痛みが走る感覚。
だがそれだけで終わる。脳内に漠然と、ネフィルの情報が入りこむ。膨大な量だ。簡易接続だが、動かせる程度には知識が入り、ネフィルに同調することが出来た。
そして脳内で問う。
“武装は?”
“LG-Rレーザーガン、CNK単分子ナイフ、RNKレーザーナイフです”
“――現在展開中の武装は?”
“――右椀部にレーザーガンを”
枢の脳に様々な情報が入りこむ。
「――よし」
問答は刹那。
ゆっくりと、目を開け息を吸う。頭を切り替える為、左右の操縦桿を握り締めた。
「――ッ!」
ネフィルは右手を前に伸ばし武器を構える。
その手の甲に装備されている小さなレーザーガン。さらにその先にはPRIMATE-1。
バシュ、焼けた様なという音と共に小さな光弾が発射される。弾は敵機の中心――の少し上を貫いた。貫いた場所には穴が空き向こうの壁が見えていた。
その空洞には火花が散っている。数秒後、爆散。
「増援です。『Rou-3』三機。『PRIMATE-1』二機」
「やっぱり、集まってきた」
規模の割には少ない気もするが、金喰い虫であるアウラを設置するのはこんなものなのだろう。
PRIMATE-1がRou-3の後方を陣取り、援護に回る。前線はドックス3が展開されていた。ドックス3を尖兵に、後方射撃にPRIMATE-1という典型的な陣営。
ドックス3は加速し、曲線気味に右往左往しながら、地面を滑り迫って来る。
「クソッ!」
予想より動きが速く、照準である十字の印が敵の機体に追いつかない。始めて見るアウラはやはり速かった。そして火花を散らし近づくその様には恐怖を感じ震える事を抑えられない。
唇を噛み、痛みによって平常な精神へと落ち着かせる。
十字の照準を合わせ、一番近いドックス3を撃ち抜く。また橙の炎が上がり、爆散した。
刹那、その爆風の中から残りのドッグス3が飛び出てくる。
僕はその光景に恐怖してしまった。彼らは命を持ち得ない。故に誘爆の恐れがある爆炎の中でさえ、躊躇なく突っ込むことが出来る。身を焼く熱さに苦しむことはなく、ただただ与えられた命令に従事し行動する最高の兵器。
「敵機、ガトリング展開済み。回避を」
だが変わらず、セラフィは起伏なく対応する。
「分かってる!」
機体の前に設置されたブースターを吹かし後退する。その移動に、摩擦という抵抗は少ない。
――そう、これがアウラ独特の移動方法だ。足の裏に巨大な球状の特殊ローラーを装着し、地面を滑っていく。これにより地上で安定した高速移動が、それも全方向に可能となる。
左に円を描くように回る。照準はドックスに構えたままだ。ドックス3がハンガーまで侵入する。そしてガトリングを発射する。
誘い込みに成功した。入口とネフィルを結ぶ直線状には敵機の姿はない。これで入って来たドックス3と擬似的な一対一が出来上がる。
「ッ!」
弾丸を左へ瞬間移動して回避する。機体は一瞬で加速するが、すぐにローラーは摩擦の抵抗を訴え、減速する。
弾丸は虚空を貫き、地面を貫いた。そしてネルフィはすかさず撃つ。爆散。
その間に次々とドックス3は侵入していた。
そのまま瞬間移動の勢いを殺すことなく高速で地面を滑り、残りのドックスの後ろに回り込む。ネフィルは、左手を横へ水平に伸ばした。
“――手首からギミックナイフを展開”
ドックスの背中にそのナイフを突き立てる。ナイフは深々とドックスに刺さっていった。即座にナイフを引き抜き、後退する。引き抜いた部分から、ドックスの液体燃料が零れ出し、そして爆散する。
「しまっ――」
いつの間にか、入口からはPRIMATE-1が見える位置に移動していた。
PRIMATE-1はその両腕のライフルを構え、ネフィルを撃ち貫かんとする。
重厚な銃撃音が四度鳴り響く。
四つの銃口から直径50mmという巨大な弾が交互に、連続で撃ち出される。
それを左にシフトし回避。直後右に瞬間移動。更に左に旋回しつつ後退する。しかし最後の一発が胴体部の部分に掠った。着弾部分の装甲が僅かに削れ、焼けた黒い煙のような物が微小発生していた。
セラフィが被弾、と冷静に告げる。
「クッ――!」
被弾という事実に歯噛みする。程度はどうあれ、弾は浴びてしまった。
レーザーガンを二発連続で打ち込む。それぞれの光弾が敵機に向かっていく。その間にもPRIMATE-1はライフルを連射する。
レーザーガンがやや中心を撃ち貫く――が、その直後にネフィルの頭部の横を敵の弾丸が掠め通過していった。
「ハッ、――ハッ」
極度の緊張から脈が上がり、呼吸が乱れている。アウラとの戦闘が、ここまで心臓を圧迫するとは思わなかった。頭痛が起き、少し吐き気すらする。
「――ハッ、ハァ……ここから出るには、どうしたらいい?」
とにかく戦場から逃げしたいため、息を整える事もせずにセラフィに問いかける。
「後ろのドアを開け、少し進んだところに昇降リフトがあります」
「……、分かった」
急いでそこに向かい、とにかく外――安全な場所へ。
疑問は数多くあるが、それは身の安全を確保してからにする。とにかく、こんな戦場に居ては身が持たない。
ブーストを噴かし、地面を滑る。その速度は少し遅い。いつまた敵が来るか分からないため、警戒しなければならない。
「おかしいな……五機……いや八機も撃破したってのに、他のアウラが集まってこない」
あれから何十秒か経っているが、アウラが集まる気配は全くなかった。あれが全て、とはやはり考えづらい。――こんな物があるのだから。
「下階で戦闘が行われている事が原因である可能性が一番高いと思われます」
「戦闘!? ……そうか、さっきの爆発はそれか……」
「肯定です」
「だったら尚更ここに長く居座るわけにはいかない。こんないつ巻き込まれるか分からん所からはとっとと離だ……つ――!?」
不意に足元が揺れた。地震なんてものの比じゃない。それこそ、爆発したような――直後に、床がひび割れ、見事に崩壊する。
「いっ!?」
急いでブースターを垂直に噴かす。
数秒なら空中に浮いていられるはず――
「申し訳ありません。メインブースターの垂直機構は現在修正中です」
――何だけど。
「なっ!?」
ここになって衝撃事実が判明してしまった。なんとこの機体はメンテ不足であった!
「マ、ジ、か、よー!」
枢の叫び虚しく、ネフィルは真っ暗な、下へと為す術もなく落ちていった。
「……? ここ、は?」
セラフィに問い掛ける。
「最下層、B7階。あのまま落下したようです」
「あー……」
面倒な事になる前に早く――そう思った矢先。
ドーン、と横の方の壁が爆発した。
「なんだっ!?」
爆発した方向に視線を移す。すると、その爆発した壁から黒い機体が飛び出してきた。
「あの機体は……?」
脚部が直立型。膝部が少し鋭利に――装甲をぶち抜けるのかというくらいに伸びている。頭部はバイクなどのフルフェイスヘルメットの全体的な曲線を少し角張らせたりしたような形状。右耳の辺りに上に指令用のアンテナが立っている。中量型の角張ったコア、椀部は肩が少し突き出ている。
両腕にマシンガン、右肩の後ろに展開式の巨大レーザーキャノンが装備されていた。
見たことがない機体だった。ということは――
「あれは……」
「一般アウラではありません。『イモータル』と思われます」
「やっぱり……」
――“イモータル”。国、企業等の量産型フレームを使っていない、この世で2つと存在しないアウラ。要は“特注品”。ワンオフ機体だ。
イモータルを持つという事は、当然そのパイロットは超一流ということだ。まず、人型戦闘アウラ1機の時点で数億以上が掛かってしまう。と、いうかアウラを運用すること自体が相当金が掛かる。弾薬費、燃料費諸共含め。――で、イモータルは特注品だ。当然、莫大な金が掛かっている。これを与するということは相当な財があり金に物を言わせて作ったか、その実力を買われ作ることができたか。……まぁ当然、大抵は後者だろう。元から軍に居た者がその腕を信頼され、イモータルを受ける。孤立傭兵が企業に雇われ、その際に受ける。……まぁ、様々だ。
全てのイモータルに例外なく共通することは――強い。
目の前では、黒い機体の後に続きミサイルが飛び交う。
黒い機体はそのミサイルにマシンガンを乱射する。そのミサイルは、物凄い……量だった。まるで蜂の群棲がぶわっと迫ってくるような。もはや、気味が悪い。
そしてゆっくりと、白い巨大な機体が現れる。それはネフィルとは趣が違っていたが、同じくまるで、天使のようだった。
黒い機体にミサイルが被弾する。
『――!?』
コックピット内に、女の人の声が響いた。通信として入ったようだ。何かの拍子で公開電波回線になったのだろうか。
黒い機体は一発のミサイルに被弾した瞬間、今まで高速移動していたのが嘘のように動作がピタリと止まってしまった。
何だ、と訝しげに眼を細める。
「この戦いに干渉することに、利益はありません。離脱するtことを推奨します」
セラフィがあくまで、客観的な合理的な意見を提示する。
「……」
いいのだろうか。目の前のこれを見過ごして。これは戦争の一端だ。父さんと母さんを奪った。結衣を、貶めた。
――今僕が乗っている物は何だ? ――僕が手に入れた力はなんだ? その力は、何の為に使う――?
先程現れた白い機体がその腕に装備している、自身よりデカいライフル状の武器を構える。そのライフルは、青い光を帯びていた。
――レーザー、ライフル!?
しかし黒の機体は動かない。――動け、ない?
『あっ――』
この声は、知っている。絶望の前に漏らす声。振り切れたような声。
――結衣。
僕は操縦桿を強く握る。
「僕には……僕にはッ!」
僕にはこれは、見過ごせない――!
「う……おおおおぉお!」
僕は黒い機体の許へと走る。ただ一直線に。
青い光が収束する。これから放出するエネルギーの密度を高める為に。
間に合え――、と。
あと一瞬後にはもう撃たれる。
それより前にネフィルをあの黒い機体の前に立たせる事が出来た。
「シールド、最大出力」
セラフィが何かを呟く。だが僕には認識できない。情けないことに、僕はいっぱいいっぱいだった。
「クッ!」
操縦桿を強く握りしめる。
レーザーは発射された。それはネフィルを包み込むほどの大きさ。眩い、神々しい光。
しかしその光は、ネフィルに届くことはなかった。光に干渉する光がある。その光は何重もの6角形を――ネフィルを護る防護壁のように形成する、緑の光だった。その光と光の接触部が、陽電子と陽電子の干渉で歪みこむ。光が直進していない。
「っ!」
だがそれも一瞬。接触が終わると、途端に空間は更なる眩い光に包まれた。
――真っ白だけの世界に、徐々に色が戻ってくる。
目を凝らして前を見やる。前にはあの巨大な白い機体。その機体は、何故かピクリとも動かない。気を取り直して、操縦桿を握る。
「どういうことだ……?」
独り言のように呟く。
「機体負荷やオーバーヒート等の影響で強制停止したものかと思われます」
セラフィは控えめに言った。
「よし、なら今のうちに――」
退散だ、と思ったがもう一つのアウラから通信が入る。
『あなたは……』
先程の声だ。
『あなたは、何者? ……何故、私を?』
抑揚はないが、綺麗な声。
『それに、その機体は……』
その質問にどうしよう、と思案していると……
‘退散を推奨’
……という文字が前のモニターに映し出されていた。それに僕は従うことにした。
「……分かった」
僕はその文字に頷き、機体を走らせた。
『あ――』
通信を切る。こんなこと言うのは何だけど、あの機体が動けない状態で良かった。きっとあの機体は軍のものだろう。もし動けたら――まぁそんな手荒な真似はされないと思うが――とりあえず連行ぐらいはされそうだ。何せ、こんな物に乗っているのだ。それに仲間と連絡出来るだろうから、動けなくてもここから脱出するのは容易なはずだ。大丈夫だろう。
判断し、僕達はその黒い機体を放置したまま、その空間から立ち去った。