EXTRA.ACT.1 ある日の日常
主に時系列。その他諸々。色々なことは気にせず読んでやって下さい。
楽しんでくれたら、幸いです。
「――枢くん。あの、本当に言い辛いんだけどね……」
目の前には、その言葉通り、とても辛そうな顔をしたフィーナがいる。
僕は、今日も訓練頑張ろう! と訓練室に向かおうとしたところで、艦長室に呼ばれた。
「枢くんには……コスモスを……除隊してもらうことになった」
「――え?」
そしてフィーナの突然の一言。僕がその言葉を聞いて驚くのと同時に、フィーナは僕から目を逸らすように顔を伏せた。
「フィーナ、一体、何の冗談――」
「冗談じゃないんだよ、ごめん」
再びフィーナから衝撃的な言葉を聞かされる。冗談としか思えないが、そのフィーナの態度は真に迫るものがあった。何で? 僕がコスモスを抜ける? 何でさ、どうしてさ?
「クオン」
カニスさんに後ろから声を掛けられる。困惑しながらもカニスさんに顔だけ振り返る。そして、カニスさんに目でここから出ろ、と言われる。
「……」
そしてそれに従う様に、体もカニスさんに向けた。カニスさんが部屋を出ていく。後ろについてそのまま僕も部屋を出ていった。
「……っ」
扉が閉まる途中で、後ろからフィーナの何かの息が漏れるような音がした。
カニスさんと廊下を歩く。僕の部屋に向かう為だ。
「……クオン」
「……何ですか」
「あまり、気にするな」
「…………」
カニスさんが溜息混じりに言った。とは言っても、気にしない方が無理だというもの。僕は本当に、コスモスから抜けるのだろうか。
そう悩んでいると、前からアイリが歩いてきた。
「――――カナメ」
アイリが無表情のまま、僕の名前を呟く。
「アイリ……」
「…………。……っ」
アイリは何も言わず、口を押さえて立ち去って行ってしまった。……これはあれだろうか。よくマンガとかで見る、登場人物の転校が決まってしまい別れの言葉を言おうと対面するが悲しみが先行してしまい何も喋れず口を押さえてそのままその場を立ち去る的な。
「…………」
――――マジッすか。
今は、僕の個人部屋にいる。何をしているかと言えば、何もしていない。特にやることはない。特別、荷物もここに持ってきているわけではないから。
カニスさんが言うには、夜明けまでには日本に着くらしいから、それまではここで待たなければならない。
そして不意に来客を知らせるアラームが鳴る。
『枢君、今、大丈夫?』
「あ、はい」
立ち上がり、扉まで向かう。
「どうぞ」
ロックを解除する。開いたそこには、優紀さんがいた。
「枢君……」
「……はい」
優紀さんも目を伏せていた。いつもの堂々とした優紀さんではなかった。落ち着きがないように見える。
「あの……あのね、枢君。私……」
そしておずおずと口を開き始めた。
「私……今まで言えなかったけど……」
一度下を向き、一拍空ける。
「――――枢君のことが好きなのッ!」
「――――――はいぃ!?」
な、なんだってー!? いや、ちょい待てちょい待て。何だ、何だこの超展開は! くそっ、僕の思考がいろいろついていかないぞ! しかも気のせいか優紀さん目が潤んでるじゃないか!
「だから、ね? 最後の思い出に……私の部屋に、来て。……っ」
「ッーーーー!!!!」
と上目使いで見てくる。これに落ちない男はいるのだろうか。部屋に来てってこれは、そ、その、あ、あ、あ、あれですか!? や、やばい。自分でも顔がめっちゃ真っ赤になってるのが分かる。
「……嫌?」
そう言って優紀さんは僕の腕を掴んでくる。今まで見たことがないほど、しおらしい優紀さんが目の前にいる。男の守ってあげたくなる感を激しくくすぐられる。
「あ、あの、嫌、っていうか、その、えと、あの――」
「枢君……」
困惑している僕に、さらにもう片手まで掴んでくる。
「え、う、あ、えと、い、あの、ぇと、あ、ご、ごめんなさいっ!」
優紀さんの手を離して、扉を閉めた。
『枢君!』
失礼かもしれないが、仕方無い! ごめん、優紀さん!
「何だ、何だ。――クソッ、落ち付け、僕」
何とか自分の心臓を落ち着かせようとする。
「――――ッ!」
しかし落ち着こうとすると先程の優紀さんの姿が脳裡に浮かぶ。下から見上げてくる上目使い、そして潤んだ瞳、僕の腕を掴んだ優紀さんの感触。僕の中で再生される。
と、枢が苦悩していると再び来客を知らせるアラームが響く。
「ッ! は、はい」
頭を抱えていた枢は、慌てて扉を開けに行く。
「クリフさん……」
扉を開けたそこにいたのは、今度はクリフさんだった。
「枢……実は、俺な……」
クリフさんは目の前でもぢもぢし始める。心なしか頬を赤く染めて。ちょっと待て、嫌な予感がするんだけど……。
「俺! お前のこと愛して――」
「――全力で勘弁して下さい!!!」
と通常の十倍ぐらいの速度で力一杯閉める。……なんてこった。
「――って、ちょっと待て。さすがにこれはおかしい気がするぞ」
先ほどのクリフさん来訪から数分。いろいろと落ち付いた僕は、冷静に思考を巡らせる。とりあえず、何の前触れもなくこの急展開。そしてみんなの様子がおかしいこと。皆、何かを堪えるように喋っていたこと。確かに、表面上は悲しみを耐えるようだったが、何か……。そしてカニスさんが溜息混じりに僕を励ましていたこと。少し、変だ。いや、かなり変だ。特にクリフさん。皆に違和感を覚える。いや、クリフさんに限っては違和感どころではないのだが。
そうやって、違和感を引き寄せながら答えに辿りつこうと考えていると、何かの情報を受信したらしく、携帯が光った。その拍子で、画面に時刻等が表示される。
「…………ん?」
そして、思い出す。いや、閃く。ここは日本ではない。ということは……
「……なるほど、そういうことか」
枢の顔がにやける。
「……優紀さん? 居ますか?」
優紀さんの部屋の前に立ち、呼びかける。
『あっ、枢君? ちょっと待ってね』
「あ、いえ! そのままで良いです。聞いて下さい」
『え、あ、うん』
そして一時の沈黙。わざと空気に重みをつけ、深刻な雰囲気を作り出す。
「先程は、申し訳ありませんでした。あんな、一方的に」
『え……あ? あ、あぁ、うん。気にしなくていいよ。一方的なのは私の方だし』
「だけど、あの、僕も……優紀さんのこと、好きでした」
そして僕はその場を一気に立ち去る。優紀さんが出てくる前にこの場から離れなければ!
『え!? ちょ! 枢君!?』
ユーコが扉を開けて飛び出す。が、そこには誰もいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
よし、演技は完ぺきだったはずだ。次は……クリフさんだ。
――クリフさんにも、終わった。優紀さんと同じ方法だ。同じく演技も完璧だった。しかし、そんなことはあまり関係なかったようだ。どうもクリフさんは激しく酔っ払っていたようで、変にテンションが高かった。だからあまりこの行動を行う必要はなかったかもしれない。明日には忘れていそうだ。よし……次はフィーナだ。
「フィーナ、良い?」
艦長室の前に立ち、呼びかける。この一枚の壁の向こうでは、今頃にやけているフィーナが居る筈だ。どうせこんな悪戯はフィーナだろう。こんな悪戯……倍返しだ!
『え? あ、枢くん!? ちょっと待って!』
パタパタと壁を挟んでもフィーナの足音がしっかり聞こえた。
「ど、どうしたの? 枢くん?」
「いや、フィーナに一言、言いたくて」
慌てて出てきたフィーナに向かって、深刻な面持ちで答える。優紀さんと同じように、重い空気を意図的に造る。
「な、何?」
「多分、これで最後になるだろうから。僕の本音を、君に打ち明ける」
「ほ、本音?」
「……あぁ」
フィーナはうろたえている。よし、僕の演技は完ぺきのようだ。この調子で――
「僕は……」
そのまま僕は両手を前に出す。
「フィーナのことが好きだ」
そのままフィーナを抱き締めた。
「――ふぇぇえ!?」
フィーナの耳が真っ赤になる。
「あ、あの、その、えと、あの?」
「――ぷっ」
耐え切れず、枢は吹き出してしまう。
「へ?」
フィーナはキョトンとする。目がテンと言ったヤツだ。
「――あッ!」
フィーナは気づいたようだ。自分が逆手に取られたことに。僕は腕を放した。
「――――か・な・めくんんん?」
フィーナの体がプルプルと震える。どうやら怒っているようだ。――今日は3月31日。
「――ぷっ」
再び吹き出してしまう。あんなことを言われたんだから、こんなことをするのだって、許される筈だ。僕は駆けだす。――ただしそれは日本での日付。
「枢くーん!?」
フィーナから逃げるように。――今いる場所は日本よりも数時間以上早く進んでいる。
「ははっ、お互い様でしょ? フィーナ!」
だって今日は、“エイプリルフール”なのだから。
――無論、後に優紀さんにも怒られたのは言うまでもない(逆ギレ?)。ちなみにクリフさんは全然覚えていなかった。