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ACT.15 任務の休日<1>

「――――本当に、良いのか」

「えぇ。――私は、貴方と出会ったあの日から、貴方を支え続けると、貴方の味方であり続けると、私は誓いました」

「――すまない」

「いいえ。それに、謝るとしたら、私にではなくこの子に」

「そう――だな」

「――例え未来がどうであろうと、貴方はこの子に託すしかない。――そうでしょう?」

「――そうだ」

「なら、迷わないで。貴方が信じる道を、方法を。この子の為にも」

「あぁ。――本当に、すまない。――――ありがとう」





「 “ワイズ・トールニア”を捜す?」

 いきなり艦長室に呼ばれたかと思うと誰だか知らない人の捜索願いを出された。

「そう、ワイズ・トールニア」

「ワイズ・トールニアって……誰?」

 当然の疑問を口にする。フィーナは手元にある資料をめくる。そこには短い白髪と白い無精鬚の男が映っている写真が留められていた。

「ワイズ・トールニア。76歳。1969年に生まれる。AB型。趣味は盆栽。若い頃は――ある世界的に有名なロックバンドに憧れ、大学でサークルを組み、小さなライブを開いたりという――」

「フィーナ、重要なことだけでいいから」

 明らかに余計なことを言っているフィーナを制する。

「うん、ごめん。ちょっとふざけた」

 フィーナもわざとの事の様であっさりと謝る。むしろ、つっこまれるのを待っていたのだろう。

「ワイズ・トールニアはレヴァティン軍の軍事兵器研究総責任者だった男」

「レヴァティン軍?」

「そう。……まぁ、枢が知らないのも無理ないのかも知れないね。レヴァティン軍っていうのは、かつてのセントテイル軍のこと」

「えっ、セントテイル軍?」

 セントテイル軍は、あのヴァンデミエール首脳閣下が代表を取り締まっている国、あのラインズイールの軍の筈だ。何で……あぁ、そうか。ラインズイールは一度――

「ラインズイールは昔、一度国名が変わったのは知ってるよね?」

「あ、うん。……ヴィンラント、だよね?」

「そう、三代前の、第三十八首脳閣下――つまりイェルミル・ヴァンデミエールの実父であるリェル・ヴァンデミエールがヴィンラントを、根本から変えた」

 資料を再び机の上に置いて、こちらに向き直る。一応、僕の後ろにアイリもいるのだが、やっぱり無言だ。それとも、もう既にこの話は知ってるってことなのかな?

 「今でこそ、ヴィンラントは“国会”というものが存在していたものの、その構成議員自体はほとんどが財力を持った、貴族だった。……当時、ヴィンラントは冷害に襲われ、自給率が著しく低下していた。土地柄か、元々昔からヴィンラントには冷害が周期的に起きていたんだ。だからその周期的に起きる冷害に対し、主に食料を備えていた。しかし、その時の冷害は長く、十年は続いた。次第に、食料は底を突いていった。国民は飢えていく。自分たちで自給出来ない以上、他国から輸入するしかない。……だけど」

 ――当時の議員はそれをしなかった。

「当時の首脳閣下はそれをしなかった。もちろん、それは首脳の一存ではなく、国会の大多数の意志だった。何故かというと」

 ただ輸入を求めるだけなのに。

「単純に貴族たちは自己に対する誇りプライドが高かった。他国からこの状況下で輸入を求めるというのは、他国に屈することだと思ったらしい」

 これは知っている。昔、この話を聞いて僕は苛立ちを感じたことを覚えている。

「しかし、食料は刻一刻と尽きていく。郊外の町や小さな村によっては、子供にろくに食べ物を与えることが出来ず、飢餓で息絶える者まで現れた。次第に国民の不満は溜まっていく。結果、あちこちでデモが始まった。頑なに他国そとからの干渉を拒むその外政制度を変えろ、と。しかしそれでも、貴族議員たちは動かなかった。――自らの地位を落としたくなかったから。政治的権利の無い国民の意思を受け入れるということは、自分の絶対的な地位が崩れるということだから。だけどそんな中、国民と同じ意思を持つ者たちが居た。それが、リェル・ヴァンデミエールを始めとする十数人の議員だった。彼らも貴族ではあったけど、いつでも国民のことを考えていた。……よって、彼らは奮起した。彼らは国民を味方につけ、あっとういう間に国を内部から変えていった。主権を議員から国民へと実質的に移行させた。議員にも貴族以外の者が多く参入した。それから自己利的な政治ではなく、他国とも手を取り合うような政治に変わっていった。無論、言うまでもなく、その時の首脳閣下が、リェル・ヴァンデミエールだった。……こういうこと」

「……なるほど」

「こういうのは学校とかでは習わなかったの?」

「僕は世界史を取らなかったからね」

「ふぅーん……」

 特に興味無さそうにフィーナは答えた。

「っと、まぁ、話が逸れたけど、つまり捜して欲しい、ワイズ・トールニアは旧レヴァティン軍の研究主任だった人。元々ヴィンラントは技術力が高くてね、その技術を他国に流していなかっただけなんだ。つい数十年前に他国と共同で兵器の研究とかをしたんだ」

「……つまりはその人を捜して、その研究技術を貰って来いってこと?」

「その通り、その通り、御名答」

 フィーナは一度だけ、手を叩いた。

「そんな簡単にくれるの? それにいくら過去のことだとはいっても、国家機密とかのレベルなんじゃ……」

 国の軍の兵器の研究成果を寄越せ、だよ? そんな簡単にくれるものじゃないでしょう、普通に考えて。

「だいじょぶだいじょぶ。今の私達には誰が支援としてついてくれてる?」

「…………あ」

「そういうこと。それに枢くんが行けばバッチリだよ」

「僕が?」

「うん、そういうことだからよろしくね。詳しいことはこれに書いてあるから」

 フィーナは強引に話を進める。そして僕に資料を渡してきた。

「大人数で行けないからね、アイリと2人でお願い」

「二人?」「分かった」

 枢が疑問の言葉を出すのと同時にアイリは了承の言葉を言っていた。

「じゃ、そういうことで」

 フィーナがビシッ、右手を上げた。頼む、みたいなジェスチャーだ。

「え、ちょ――」

 いや、あの、凄い聴きたいことたくさんあるんだけど!?

枢が困惑している間に、アイリは部屋を後にしようと扉まで既に歩き始めていた。枢がキョロキョロとしている間にアイリは扉まで到達してしまう。

「……」

 そしてアイリは振り返りじっとこちらを見つめてくる。まるで早くしろ、と言うように。

「――はぁ、分かったよ」

 結局、枢はその疑問を飲み込む。何で僕なんだ? もっと適切な人がいるだろうに……。疑問は全く解消されていないけど、仕方なしに枢は部屋を後にした。


 残されたのはフィーナだけ。デスクから立ち上がり、ソファーまで歩き、座る。そしてテーブルの上にある平べったい大きな缶を開ける。中にはクッキーがたくさん入っていた。

「――んむ」

 もぐもぐと、味わうように食べる。その顔は、非常に緩んでいた。フィーナの大好物なのだろうか。

 一枚目を食べ終わり、二枚目を食べようかとフィーナが手を伸ばした瞬間

『艦長』

「……どうぞ」

 伸ばした手を止め、返事をした。扉が開き、カニスが入室してくる。その表情は固い。

「艦長」

カニスはフィーナの傍まで寄る。そして後ろで腕を組んで立った。

「分かってる。でも、彼には真実を知ってもらわないと」

 フィーナも苦い顔をする。

「……そうですね」

 フィーナは再びクッキーに手を伸ばした。

「残す問題は……時間、ですね」

「ほぅね……」

 口にクッキーを含みながら喋る。そのせいで音がはっきりと出ていない。

「……口に物を入れながら喋るのはどうかと」

「ほまかいこほ気にひない気にひない……んぐんぐ」

 カニスの注意も気にせず、クッキーを食べることをフィーナは止めなかった。

「あと二十日……いや、十五日でも続いてくれれば……」

「そうですね……。……やはり一番厄介なのは」

「あの“ケツァール”だね」


 ケツァール。あの中空を自在に飛び回る奇抜なアウラ。その様はまさに怪鳥ケツァールだ。武装は近接装備に限られているとはいえ、こちらの火器が当たらなければ意味がない。空中に居続けているというのにレーザーブレードを展開するほど、エネルギー的に余裕を持っている。明らかに、何か新しい技術を持っているに違いない。考えられる可能性は――。

 フィーナはまた新しいクッキーを口に運び、歯と手で割った。カニスは先ほどとはほとんど姿勢を変えず、腕を組んで立っている。

「現状、あの飛翔能力に太刀打ち出来るアウラは存在しません」

「分かってる。だから、枢くんに彼の所に行ってもらうんだよ――」



「――何で僕なんだ?」

 艦長室を出て、アイリと二人並んで歩いている。枢はまだ疑問を引きずっていた。

「……分からない」

 うーん、まぁいいや。悩んでも仕方無い。


「 “石の都ソリディアクル” ……か」

 ベッドに寝転びながら、フィーナに渡された資料に目を通す。ここに書かれていることはワイズ・トールニアさんに関する情報と、僕達が向かう街についての事だった。ワイズ・トールニアさんに関する情報と言っても、生年月日や職歴、家族構成などの比較的表向きなことばかりであまり深いものではなかった。今ここで読んでもあまり意味はないだろう。

 街についての情報も、そこまで裏の情報がある、という訳ではなさそうだ。とは言っても、ソリディアクルなんて街はほとんど知らないので、読むけれど。

 ソリディアクルは、ラインズイールの名観光スポットでもある、歴史ある、石造りで出来た建物が名物の街らしい。現在では、建物の表面にコンクリートが見えているものはあまりない。表面に薄い金属板や、膜を張り、視覚的に清潔にされている場合が多い。その点、このソリディアクルの街はそれをしていないというのは結構古いものなのだろう。最低でも、建築されたのは三十年以上前か。この写真を見るに、中世ヨーロッパのようなイメージだ。結構川もそのまま残されている。その川をゴンドラのような船で渡るということも出来るようだ。……結構、楽しめるところなのかもしれない。まぁ、仕事で行くんだから観光なんてしないけど――。



「――カナメ、あそこに、いるかもしれない」

 そう言ってピンクの色鮮やかなワゴンを指さす。そのワゴンは横が開く特殊な車で、中には透明なパネルで囲われている棚がある。その中にあるのはちょっと変わったケーキのようなもの。車の前には、“ソリディアクル名物! エクリシア!”という派手な字体で描かれている旗が立っていた。今は一見、甘い洋菓子を売っているお店みたいになっている。というか、ほとんどお店だけど。

 アイリはその店に向かって小走りに駆けていく。その片手に財布を持って。

「……はぁ」

 枢は腰に手をつけて溜息を吐く。さて、僕達は何の為に来たんだっけか? そうだ、人捜しだよ。ワイズ・トールニア捜索だよ。

 僕とアイリの姿はいつもの部隊服でも、制服でもなく私服だ。僕は首元が荒く編まれている茶色のタイトなシャツ一枚にジーパン姿。僕はあまり服には凝ってない。人並み興味はあるけど。というか、昔シルバーアクセサリーとかジャラジャラ着けてみたら、美沙都に「似合わない」とばっさり言われてしまったから。……今なら僕にも、似合うのかな?

 アイリの服装はこれまたシンプルなものだった。白のノースリーブのシャツに少しフリルのついた黒のミニスカート。それに小さなハートを模したネックレスを着けていた。このアイリの服装は、優紀さんのコーディネートだったりする。

街をうろつく上で部隊服というのも変なので私服で行くという当然の流れになった。のだが。アイリは何故か私服を持っていなかった。どうしようかと思っていた所に、何故だか優紀さんが服を持っていた。しかもサイズがぴったりの。どうもアイリに昔、着せようとしたらしい。拒否されたみたいだけど。

――んで、今の状況はというと。

「んぐ、ワイズ・トールニア、いなかったよ。……んぐ」

「……だろうね」

 アイリはその手にクレープのようなものを持っている。そしてそのクレープもどきを両手で掴み、顔の前に持っていく。当然、食べるつもりなのだろう。

「あーんっ」

 その瞬間、アイリの顔は満面の笑みに包まれた。

「――ッ」

 思わず、僕は食べる瞬間のアイリの、その可愛い笑顔に反応してしまった。今までに見たことのない、無邪気な、子供のような満面の笑みを見せている。普段は何を考えているのかよく分からない無表情だが、今のアイリは普通の、年相応の女の子だった。

「……んぅ?」

 アイリがクレープもどきを口に含みながらこちらを見る。

「や、何でもない」

 その口元にクリームが付いているのもまた何とも可愛かった。

「んぐ、んぐ……それじゃ、んぐ。行こう……んぐ」

 と言って先を歩き始めた。ということはまた歩きながら食べるのか……。さっきはパイのような焼きものだっけか。そんなに甘いものばかりよく食べれるなぁ。……てか、行儀悪いぞ、アイリ。

「んぐ、あっちにも、行ってみようっ」

「おわっ――」

 そう言ってアイリはまた駆けていった。クレープもどきを咥えながら。僕の手を引きながら。駆けていくその先には、カラフルな彩りで、アクセサリーやらぬいぐるみやらが並べてあるファンシーショップだった。何だか、今のアイリは本当に普通の女の子だ。こう思うのは既に二度目な気がするけど。

 でも、本当に普通の女の子だ。可愛い、年相応の笑顔。普段見せない一面を見た気がして少し得した気分だ。今のご時世、加えて任務中に、不謹慎だけど。

 あまりアイリはこういう風に、外で遊ぶっていう機会は少なかったのかも知れない。こうして街をぶらついたり、いわゆるウィンドウショッピングをしてみたり、甘い物を巡って食べ歩きしたり。アイリの同い年の女の子なら、皆しているようなことを。

多分、アイリはかなり長くコスモスに居る。確証はないけど、アイリの振舞いやみんなの接し方から、そう感じる。もしそうならば、こんな風に街をぶらつく機会は本当に、なかったのかもしれない。

僕が知っているコスモスは、当然、僕が入隊してからのコスモスだ。元々コスモスは秘匿の機関らしいし、僕はコスモスなんて存在は知らなかった。だから、ひょっとすると、僕が入る前は、それこそ毎日のように、紛争をなくすために世界中を飛び回っていたのかもしれない。自らの命を、死の天秤にかけて。そんな実現できるか分からない、信念を立てて。

「はやくっ、カナメ」

「ちょ――――ま、いいか」

 だから、僕はこう思った。今日ぐらい、今ぐらい。アイリには、楽しんでもらおう。こんなことで、アイリの笑顔が見れるなら。神様だって、許してくれるさ。……なんてね。

 そんなことを思いながら、僕はアイリの手に引かれながら、石の都ソリディアクルを走り回った。

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