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ACT.14 もう、帰せない日常<1>

 ――汚く狭く暗い部屋。ベッドに1人、ジルは両腕を頭の後ろに組み敷き、横になっていた。横に置いてあった端末が明るい光を放ちながら震動する。男は面倒くさそうに、ゆっくりと目を開く。そして息を漏らしながら起き上り手を伸ばして端末のスイッチを押し、耳元に持っていく。

「あ? 何? …………何故殺さなかったって? 決まってるじゃねぇか」

 男の貌が変化する。悦びの顔に。

「そっちの方が楽しいからだよ」

 孤独な部屋の中、ジルの声だけが響く。

「……なら先に言っとけよ。……あぁ、分かったよ。分かった分かった、次会ったら殺す。これで良いんだろ?」

 ジルは耳から端末を放し、ベッドの端に放り投げた。

「……チッ、つまらん。もっと遊びたかったんだが……ま、しょうがねぇか」

 再びベッドに横になる。ジルはあの時の、あいつを思い出す。憎しみに満ちていく、負の感情に満ちていく、歪んだ、濁っていく瞳。ジルは口の端を吊りあげる。

「クッ……楽しみだ」




「――19」

 殴るように、ネフィルは目の前のカエルの腹部に左手のブレードで突き刺す。カエルは停止する。ネフィルはそのカエルを右手で横に突き倒す。

「ROブースター、オープン」

 カエルが地面に倒れた瞬間、ネフィルに紅い翼が生える。直後、一瞬で奥にいた2機のドッグスの背後に移動する。そしてブースタ出力を最大に。ネフィルは反転する。

「――20、21」

 そのまま両腕にブレードを展開する。そして前方へステップ、ドッグスの間をすり抜けるように。すり抜けるその一瞬で、ネフィルは両腕を上に振り上げ、振り下ろす。ネフィルが静止した時には既に、ドッグスは両機とも両断されていた。

 ブレードが光の粒子となり、消滅する。同時に、前方から4機のPRIMATE―1が左右に滑りながら迫ってくる。その両手には全機、ライフルが構えられている。

 ネフィルは素早く腰からライフルを抜く。そして瞬間移動ステップ。直後に弾丸が空を突き抜けた。

「――22、23」

 ネフィルのライフルが瞬発的にフラッシュする。直後にはPRIMATE―1の2機に穴が空いていた。

「24、25」

 そのまま連続で撃ち抜いた。これで、全ての敵を制圧クリアした。

「……次、お願いします」

 枢は呟いた。

『ダメだ。お前もう何時間やってると思ってんだ。5時間だぞ? もう限界だ』

 クリフの少し怒った声が響く。

「……わかりました」

 周りの砂漠状だった景色が分解され、暗闇の空間に戻った。そして訓練機シュミュレートの扉が開いた。枢の目には白い天井が映った。枢は立ち上がる。

「……」

「枢くん、無理しない方が良いよ」

 前からフィーナが歩いてくる。

「いや、大丈夫だよ」

「……」

 そう言いながらも枢の目の下には、若干の隈が出来ていた。


 ――あれから、3日が過ぎた。この3日間、僕の中には、闘争心というべきか、そんな感情がずっと存在していた。とにかく、何かを破壊したい。そんなことばかり思っている。だから、一日の大半を訓練室シミュレートルームで過ごしていた。とにかく、アウラに弾丸を叩きこみ、ブレードで斬り伏せ、破壊したかったのだ。喩え、虚像でも。


「あ、久遠さん」

 前からミィルが駆け寄ってきた。

 ちなみに、ミィルはコスモスで雇うという形になった。彼女を助けた軍人は、既に7年前に他界したらしく、はっきりとした行く当てがないらしい。あそこの工場の所属する企業の、他の工場に異動して働くということも当然出来るのだが、彼女からコスモスにいることを選んだようだ。

「どう? 何か分かった?」

 フィーナがミィルに訊く。

「ネピル――あ、すいません、ネフィルの事ですね。えと……まだ、あまり根本的なことは。やはり見たこともないデータばかりでして。あんまり、下手に弄るわけにもいかないですし」

 ミィルは申し訳なさそうに、少し顔を伏せる。


 初め、フィーナはミィルがコスモスに入隊する事を渋っていた。僕は特別な例として、やはり、一般人をおいそれと入隊させるわけにはいかないらしい。だけど、フィーナはミィルのある一言でその態度を急変した。

 ミィルは、機体ネフィルの名称を言った。さすがにフィーナもこれには驚いた。何せ極秘トップシークレットである筈のネフィルの存在を知っていたのだ。何故かと訊けば、昔、何かの書類で見たことがある気がすると言った。彼女がどういう状況にあったのかは分からないが、この情報源を逃す手はなかった。フィーナはすぐにOKを出した。まぁそのあと、フィーナはミィルの技術力の高さに驚き、入隊させて良かったなどと喜んでたけど。

 ……あ、何故僕がミィルのことを呼び捨てにしているかと言うと、本人からさん付でなくていいとのお達しがあったから。あと敬語もよしてください、と言われた。

「……あ、でも、あのコックピット開閉の仕組みはわかりました」

「ホント!?」

 フィーナが喰い付く。

「え、えぇ……どうやらあれは、装甲を原子レベルまで一気に分解し、その後特殊な電磁波で原子を集め、再び元の装甲に至るまで組み立てるという原理のようです」

 少し後ずさりしながらミィルは答える。

「そんなことできるの?」

「まぁ……私にもにわかに信じられませんが、実際にこれと思われる数値は出てますね」

 僕もそんなシステムは、信じられない。原子レベルまで分解なんて……。

「でも、その分解させるエネルギーと特殊な電磁波の正体が掴めてないので、あまり進歩したとは言えませんが」

 ミィルは苦笑する。

「それでも凄いよ! この調子で全部解析しちゃって!」

 フィーナは子供のように両手を上げて興奮していた。

「は、はい。頑張ります」 そのテンションの高さに、またもミィルは苦笑する。

「あ、あの……それで」

「?」

 ミィルが僕の方を向いてくる。

「この後、時間とか、空いてますか? あと、お昼はもう、済ませてしまいましたか?」

 おずおずと、若干顔を下に向けながら訊いてくる。

「? まだだけど」

 首を傾げながら枢は答える。年が近いせいか、呼び捨てとタメ口にあまり違和感はなかった。ミィルは相変わらず警護だけど。

 その瞬間、ミィルの表情が明るくなる。

「じゃあ! お昼ご一緒しませんか?」

 少し身を乗り出しながら訊いてきた。

「は、はい、良いですよ」

「…………ほっ」

 ミィルは胸を撫で下ろす。

「??」

「あ、じゃ、じゃあ、行きましょう」

「あ、はい……」

 何だろう……。ミィルさん、3日前とは明らかに態度が違うんだよな……。あんなことがあった後だから、嫌われでもしてるかと思ったけど、そういう感じじゃないし……何なんだろう?

 枢は首を傾げながら、ミィルと一緒に歩いていった。



 食堂で、ミィルと2人でお昼ご飯をとる。

「それにしても、ホント、よく分かったね、あの仕組み」

 無論、ネフィルの装甲の開閉の仕組みだ。こんな簡単に見つかるのであれば、フィーナやコスモスの皆は苦労しないだろう。

「え、あぁ、あれはですね、私、初めて見た時から目星はついてたんですよ」

「え? 何で?」

 枢は少し驚く。

「あそこで、初めて乗ったときあるじゃないですか。あのコックピットに入る時に……これが、ほんの少しなんですが、振動したんです」

 そう言って、首の後ろに手をやってから、作業服の中に来ているTシャツの中に手を入れ、何かを取り出す。そして僕に渡される。

「……ペンダント?」

 それは銀色の板の様なペンダントだった。

「はい。これ、銀で出来てるんです。だから、何か電気が通っていたのかな? と思って。今は特定の物にしか作用しない電磁波なんてのは普通に使われてますからね。だからその線で、重点的に調べてみたんですよ」

「……なるほど」

 話を聞きつつも、ペンダントを観察する。一見、普通の板状のペンダントに見えるが、何だかこれは軍のドッグタグの様に僕は見えた。擦り減ったりしていてよく分からないけど。

 目を凝らして見ると、何かアルファベットで彫られていた。A……K……R…………ダメだ、よく分からない。

「あの、すみません、ペンダントを……」

「え、あ、ごめん」

 慌てて観察を中断し、ミィルに返す。

「すみません、これ、大切なものなので」

 そう言って、ミィルは両手で握り締める。

「それは……あの、軍人さんの?」

 僕がそう言うと、ミィルは一瞬だけ驚き、

「え? あ、はい……そうです。これは私の……御守りみたいなものですね」

 そう言って笑う。しかしその表情には悲しみが混ざっている。

「そう……」

 その笑顔を見ると、その軍人さんがどれだけミィルの心の支えになっていたのかが良く分かった。もしかして、その軍人さんが亡くなった理由も、アウラによるものなのだろうか。そうだとしたら……アウラが引き起こす悲しみが、この世界には多すぎる。



「休暇!?」

 艦長室にて。フィーナの口から予想外の言葉が出る。

「何で? 今、こんな時に?」

 いつシュペルビアが次の行動を起こすか分からないっていうのに。

「……こっちの被害が著しくてね。しばらくまともに動けないんだよ。……先の作戦で、破損して戦闘不能に陥ったアウラは約半数。これじゃ全然身動きが取れないんだよ」

「でも……」

「大丈夫、それでも彼らにもこっちと同様ぐらいの、かなりの損失がいっているはずだから。すぐに行動は移せないはず。……それに、彼らの戦力は異常なんだよ。本当に、ただのテロリストじゃない。こっちと同等の力がある。だから、下手に動く訳には行かないんだよ」

「でもっ!」

 つい、声を荒げる。

「枢くんの気持ちも分かる。……でも、分かって」

 フィーナが辛そうに言う。そんな顔をされたら、僕にはもう何も言えない。

「……分かった」

 僕は部屋を後にしようとする。

「ごめん、枢くん」

「いいよ、フィーナのせいじゃない。僕も、ごめん」

 そう言って、枢は枢はドアを開け、部屋を出ていった。




「――もっと出力を上げて」

 ミネルアの足下に立っている整備員に、ユーコは話しかける。

「え? これ以上ですか? これでも今までのミネルアの2倍以上出力を上げているんですよ?」

 整備員は反論する。

「まだダメよ。これの……最低2倍は欲しい」

 その瞬間、整備員は驚いたように、そして激しく反論する。

「4倍ですか!? 無茶ですよ! そんなのチルドレンじゃない限り――」

「――お願い。まだ、足りないの」

 ユーコは力を込めて進言する。その迫力に整備員は後ずさる。

「し、しかし……」

「無茶は承知よ。お願い」

「…………分かりました」

 観念したように整備員は手元のパネルに打ち込み始めた。ユーコはミネルアを見上げる。しかしその瞳はミネルアを見てはいない。

「そう――まだ、まだあれには追いつけない」

 ユーコは4日前を回想する。




「――なんて動き!」

 ライフルを持った右手を伸ばし、右足を前に出し、狙いを定める。標的は、正体不明アンノウンアウラ。


 ドンッ!


 ミネルアのライフルの銃口がフラッシュする。しかし弾丸は、そのアウラにかすりもしない。


 その正体不明機アンノウンの恰好は、ネフィル以上に極限まで薄められた装甲。空気抵抗を極限まで無くした曲線を描くフォルム。対空性能を極限まで追求したブーストの配置。どれもが空中戦を想定されていた。実際に見るのは、初めてのタイプだった。初め、コイツが強襲して来た時までは、正直疑っていた。空を自在に翔べるアウラなど。


 ドンッ!


「――ッ! ダメだ! 追いつけない!」

 しかし、目の前でそれは存在していた。空中で自在に機体をコントロールする為に配置された、胸、背中、腰、両足、両肘とあらゆる所にブースターが設置され、それぞれの場所から忙しなく炎が噴射されたり停止されたりしている。

 敵機が全てのブースターを下向きに噴射し、ホバーした瞬間にライフルのロックオンサイトに収めても、すぐに空中でステップされてしまう。

「――ッ!?」

 正体不明機アンノウンがこちらに向かってくる。彼我の距離は急激に縮められる。そのボディカラーは緑と赤の鮮やかなカラー。背部に2つあるブースターが翼の様に見え、こちらに滑空してくる様は、まるで怪鳥だった。

 ミネルアは即座に後ろの腰に装備していた単分子ナイフを左手で、順手で引き抜く。そのまま前に構え、横にし、敵機と重ねる。ライフルを持った右腕は、後ろの下げる。敵機の右腕からレーザーブレードが展開される。その瞬間、ミネルアは左腕と右腕を入れ替えるようにしてライフルで狙いを定める。そして、撃つ。敵機は直線上にこちらへ向かっている。当たる確率は高い筈。

『無駄だッ!』

 女の声がミネルアのコックピットへと入る。敵機のパイロットも、女性のようだ。

 正体不明機アンノウンは機体を右に反転するようにして回避した。速度は全く落ちていない。そして体勢を即座に戻す。結局、全く変化せず、敵機は猛スピードでミネルアへ突進する。敵機は右腕を逆側に振りかぶった。

「――ッ!」

 ついに、2機が交差する。正体不明機アンノウンは、ミネルアの目の前に来た瞬間、右腕を横薙ぎに振り抜こうとする。ミネルアは左脚を前に出し、腰を落とし、前かがみの状態で一歩踏み出す。それと同時にレーザーブレードが振り払われた。ミネルアの屈んだ腰のすぐ上をレーザーブレードが通り過ぎる。紙一重でミネルアはかわした。かわしたと同時に、左腕の

単分子ナイフを上に衝き上げる。――が。

 敵機は頭部を中心に回転するようにして回避する。脚部はそのまま円を描く。結果、正体不明機アンノウンはミネルアの背後をとったような形になる。

『終いだ!』

 右腕を突き刺そうと、トリガーを動かそうとしたその瞬間。

『――ッ!?』

 ミネルアは後ろ向きでライフルの銃口を敵機に突き付けた。

『――チッ!』

 敵機は真上に瞬間移動ステップした。その直後に弾丸が空を突き抜ける。ミネルアはそれと同時にブースターを使い、その場で反転する。

「逃がさない――ッ!」

 右手を振り被り、ナイフをとうごうする。

『チィ――ッ!』

 さらに真上へ瞬間移動ステップする。そのままミネルアは続けざまにライフルを向け、撃つ。敵機はそれをも右に瞬間移動ステップして回避した。

「――クッ」

 ユーコの表情に苦味が増していく。今のも全て回避されるのか、と。

『ウザい――ウザい――ウザい――ウザい――ウザいッ!』

「――ッ!?」

 突然、敵のパイロットの態度が急変する。

『ウザい――ウザすぎる! お前! 殺す! 絶対殺す!』

 敵のパイロットは、マスクの下で叫ぶ。しかし敵機のコックピット内にアラーム音が響き渡る。

『クソ――ッ! 時間切れかよ!』

 敵のパイロットは毒づく。

『覚えてろ! このもやしめ! 次会ったら絶対殺す!』

「待――」

 ――てと静止させる声を掛ける間もなく、あっという間に飛び去っていった。人型では、有り得ない速度で。

「…………」

 ユーコは、ミネルアは立ち尽くす。そして周りを見渡す。周りには、崩れた瓦礫と、死体しかなかった。護れなかった。

「――――ごめん」

 そう、ユーコは1人、懺悔した。





 ――いつぶりだろうか、大体、2週間ぶりになるのだろうか。自分の家に戻ってきた。そして自分のベッドに横になっている。

 今、時刻は夜中の1時だ。だけど、あまり、眠れる気がしない。目を瞑ると現れる、母さんと父さんの姿。そして、ジルの姿。僕が想うことは、両親を失った悲しみと、ジルへの復讐と、自分への無力さ。そんなことを繰り返し繰り返し考えている。

 そういえば、アイリもユスティティアに帰ってから様子が変に感じた。無口なのはいつも通りなんだけど……いつもと違う無口になっている気がした。普段は別にただ口を開かないだけで、でも今はずっと何かを考えているような。少し上の空な。そんな感じ。


 そして、ベッドに横になってから2時間弱。やっと眠気が漂ってくる。僕は願う。どうか、夢は視ませんように。

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