ACT.13 潜入護衛<2>
「――こんなところだと思います」
「おぉ! サンキューな、坊主!」
下の方でタオルをバンダナのように巻いている威勢の良いおじさんが居る。
「いえ」
その言葉を聞き、僕は昇降用の足を引っ掛けられるようになっているロープを使い降りる。
「おーい坊主! 次はこっち頼むぞ!」
「あ、はい!」
降りてすぐに呼ばれた方へと駆けていく。
「…………」
そんな枢の姿を、ミィルはじっと見つめている。
「おい、ミィル?」
呆けているミィルに、近くの若い男が呼び掛けた。
「え? あ、すみません」
びっくりしたように反応し、すぐに手元にあるモニターへと視線を移す。
「なんだぁ、ミィル。もしかしてあの坊主に惚れたか?」
にやにやとしながら若い男はミィルを茶化す。
「ち、違いますよ!」
ミィルは普段出さないような少し大きな声を出して反論する。男は両手を体の前に出し、両の手の平をミィルに向けてその反応もからかおうとする。
「……そんなんじゃ、ないですよ」
私は目の前のモニターを見る。
「……ふぅ」
そして息を漏らしながら、コックピットのシートに深く寄り掛かる。
――3日目。周りには干からびた大地と、遠くに森、山、そして人口の光がある。空には残念ながら星は見えない。空に、薄汚い空気が漂っているせいだ。星が見えないのは残念だ。何もやることがない今は、星を見上げる程度しか暇を潰せる方法はないのだから。
私がこの地に待機してから3日目。3km先には、私の護衛対象である工場がある。しかし当然、私はカナメのように現地に入りこむようなことはしたくない。だから離れた場所で、レーダー感度を上げて待機する事にした。当然、登録していない熱源が感知されればすぐに警報がなる。
3kmとは、有事の際に駆けつけるには、本来なら少し遠い距離だが、この機体なら問題ない。フィーナもそう判断したし。何よりこの機体は……。
「……ふぅ」
二度目の溜息を吐く。前に仮眠をとったのは40時間前か。さすがにそろそろ仮眠を取った方がいいかな。これ以上は、戦闘に支障を来たすかも知れない。――カナメ、どうしてるかな。
考えを巡らせ、そして終わらせ、コックピット内のライトを消す。
「……おやすみ、“プロセルピナ”」
アイリは静かに、目を閉じ浅い、浅い眠りについた。
「「いただきます」」
両手を合わせて食事の挨拶をしてから食べ始める。
「……」
「……」
周りの喧騒に反して、お互いしばらく無言で食を進める。肉を食べたり、サラダを食べたり。メニューの内容は結構肉類などの、スタミナがつきそうなものが多かった。まぁあれだけ忙しいと摂取するカロリーも多くなければ本当にぶっ倒れてしまうだろう。
「それにしても……」
僕がそんなことを考えていると、ミィルさんが不意に口を開く。フォークを置いたが、まだ食べ終わったわけではないようだ。半分以上残っている。
「……久遠さん、凄いですね。あんなに的確に、ズバズバと……」
そう、ぽつりと呟く。
――結局初日のあの、カエルに搭乗してから僕の労働内容は大きく変わった。言うなれば、肉体労働から頭脳労働へと完全に切り替わった。僕の主な仕事は“点検”。大体出来あがったアウラに僕が乗り込み、様々な面からチェックする。地味で、あまり意味がないことのように思えるが、これはかなり重要なことだ。
何故なら、整備士としてのプログラミングとパイロットとしてのプログラミングでは観点が違うからだ。傍目から、もしくはデータ上で見てプログラミングするのと、実際に乗り、戦闘した上でのプログラミングでは、違ってくるのも当然だ。例えで言うと……ゲームで初心者用に親切に設定されたオプションが逆にやりにくくなっているとか、そんな感じだろうか。観点の違いは、そういうことを生みやすい。ほんの些細な事象が命の生き死ににが関わる戦場では、かなり重要なことだ。ましてや、パイロットの目線だ。……ただまぁ、僕がやっているのはプログラミングなどという大それたものではなく、パイロットとしての“要望”を言っているようなものだけれど。それをプログラミングの皆が反映させる。たったこれだけでも、、かなりこの工場に貢献しているらしい。
今までは、完成したアウラはそのパイロットがいる部署に送り、点検し、それから現場配置されていたそうだ。つまり、僕がいることでその中継地点がなくなり、効率が良くなるとか。
運搬の時間も減らせるし、費用も減らせる。
「そんなことは、ないですよ」
照れているわけではない。照れ隠しではない。本当に、僕にとっては大したことではないんだ。
「凄いですよ! 私達の気がつかないことを、どんどん言ってくるんですから!」
少し興奮したように言う。
「それは、僕が……フェイクスだから」
「え……」
ミィルさんの顔が驚きで固まる。
「……そう、だったんですか」
しかしあまり影響はない。やはり多少は、予想していたことのようだ。
「……」
「……」
会話が途切れる。空気の悪い、間。
それも仕方がない。フェイクスになる人は、大抵が訳有りの人だから。人体に改造を施すなんて、普通の人間なら通らない道だろう。本来、軍隊内でさえもフェイクスは稀だ。“適性”という壁がある。それにフェイクスは宗教では“悪魔の子”、“悪魔に魂を売り渡した者”などという扱いもあるくらいだ。まぁ確かに、僕もその気持ちは分かる。何せ身体を弄ってるんだから。ほとんど人間とはいえ、体は“デジタル”だ。
だからあまり、フェイクスと言うのは誇れるものではない。……戦場以外では。戦場では、強さだけが秩序だから。フェイクスの力は偉大だ。僕が生き残っていられるほどに。
「……私は」
ミィルさんが口を開く。
「私は、パイロット……フェイクスになりたかったんです」
「え……?」
今度は僕が驚く番だった。
「……何で? それも、フェイクスに?」
手元にあるスープに視線を落としているミィルさんに問いかける。周りでは変わらず僕らとは関係なしに騒がしい。
「…………昔、私は、中東の、貧相な、郊外にあるスラム街に住んでいたんです」
ぽつぽつと、語る。
「国からも、政府からも見放された街で、何も援助もなく、自分たちで食料を作り、一食の足しにもならないような安い給料で、一日中働いたり。私の友達も何人か、奴隷商人のような人に売買されたりしていました」
ミィルさんの面持ちは暗い。
「それでも、私達は皆、必死で生きていた。皆で支え合って、生きてきた。――それなのに」
ミィルさんのスプーンを握る手に、力が入る。
「なのに――あの殺戮兵器が――――――!」
その目に涙を浮かべる。今にも、垂れてきそうだった。
「皆を踏みつぶし、引き千切り、焼き払い……殺していった。皆、皆、私の目の前で!」
ミィルさんの体が震える。
「――後から知ったことなんですが、そのアウラの実行犯にとっては、おもしろ半分の犯行だったそうです。……新しい玩具が手に入ったから、試してみたい。スラム街の、奴らなら良いだろう、と――」
さらに瞳に、涙が溜まっていく。
「何で――! 私達がおもしろ半分で殺されなくちゃいけなかったんですか!? スラム街の住民だから!? 貧乏だから!? みすぼらしいから!? 汚らわしいから!? だから殺されたんですか!? 皆! 母も――父も!」
下を向いていた顔を上げ、僕に向ける。
「だから、許せなかったんです。憎かったんです。殺したかったんです。――その犯人を。――でも、そんなことは出来ない。だから私は、その憎悪の矛先を、アウラ“自体”に向けることしか出来なかった。――でも、結果は不適合。それも叶わなかった」
「……」
……なんて言ったらいいか分からない。僕には、かける言葉が見つからなかった。ミィルさんは少しの間を開けてまた続ける。
「――その後、私を拾ってくれた軍人さんの計らいで、私はここで職に就くことになったんです。元々手先も器用だったんで、才能はあると、言われてましたし」
左目から、涙が伝う。
「だから――羨ましかった。貴方が。パイロットである貴方が。力を持っている貴方が。たった3日でしかないですが、私は貴方に羨望を覚えていました。いえ……すみません。羨望なんて、そんな綺麗なものではありません。……私は貴方に、憎しみにも似た嫉妬を覚えていました」
ミィルさんは唇を噛み締める。更に右目から涙が伝う。
「貴方には力があるのに、なんで私には力がないのかと。この3日間ずっと考えていました。貴方を見る度にいつもその想いがよぎる。父や母の、皆の顔が頭に浮かぶんです」
一度瞬きをした。そのせいで溜まっていた全ての涙が、いっぺんに流れ落ちる。
「私にも力があれば……今すぐにでも戦場で、この手で、アウラを――!」
「――ダメですよ」
「え……」
僕は立ち上がった。
「ダメですよ。……貴方みたいな優しい人が、あんなものを手にとっちゃ。……悲しかったんでしょう? お父さんやお母さん、皆が傷ついて」
「でも――私は――私は――!」
ミィルさんの瞳に、再び涙が浮かびあがる。
「貴方がアウラを手にしたら、今度は貴方が人の命を奪う番になるんですよ?」
「ッ!」
「相手の、対峙する人にだって恋人がいるかもしれない、子供もいるかもしれない。家族が、いるかもしれないんです。貴方は、知っている。それを失う辛さが。残された人の、悲しみが。だから、ダメなんです。貴方みたいな人が、人の命を奪うようなことは」
そのまま僕は続ける。そう、ダメなんだ。そんなことは。
「きっと貴方は、苦しむことになる。人の命を奪ったということに。奪われることの悲しみを、知っている人から。だから、ダメなんです。そんな、抜け道のない、悲しい、連鎖的なことは」
再びミィルさんの両目から涙が溢れ出る。
「……行きましょう。昼休み、終わりました」
そう言って、僕はお盆を持って立ち上がる。
「それでも……私は……」
俯いたまま、ミィルは呟く。ミィルさんは立ち上がる気配がない。
返却口まで向かおうとする。周りには、食堂には、誰もいないことに気づいた。ただ単に昼休みをもう過ぎているからいなくなったのか。それとも僕達に――いや、ミィルさんに気を使ったのか。
思えば、ここの主任と、一部の人は知っているのかも知れない。彼女の過去を。だから、ここにはパイロットが1人もいなかったのかもしれない。たった1人の搭乗者で仕事の効率が上がるのに、ここに手配しないのは少し不自然だから。
「……ミィルさん。先、行ってます」
未だ立ち上がらないミィルさんの背中に向かって一言言って、僕は食堂から出て行く。
――今は彼女を、1人にしておこう。そっと、しておこう。
彼女の背中は小刻みに震えていた。テーブルに、何滴もの雫が垂れる。そして誰もいない食堂に、小さな、悲しい嗚咽が響いた。
「……坊主。ミィルはどうした?」
1人の年配の男に声を掛けられる。
「あーっ、と……少し、遅れてから、来ると思います」
「……そうか」
男は静かに返事をした。
「おーい! 坊主! こっちの続き頼む!」
「あ、はい! ……それじゃ」
男に軽く頭を下げてから、走って向かう。
「……」
男はその背中をじっと見ていた。
――四日目。暇だ。依然レーダーには反応なし。まぁ、暇だということは平和で良いんだけど。モニターを覗く。すると光の加減で自分に顔が映りこんでいた。自分の顔に手をやる。自分の顔は、相変わらず無表情だった。
「……坊主、このリストに書いてあるヤツF7倉庫に行って取って来てくれねぇか?」
1人の男に端末を手渡される。
「はぁ……ってF7ってめちゃ端じゃないですか」
「ほーだよ。だから頼むんだ。こっち手が離せなくてな」
そしてキョロキョロ周りを見回しながら、
「あと……居た。おーい、ミィル! こいつといっしょにF7まで行ってくんねぇか!」
「いっ!?」
僕を指さしながら奥にいるミィルさんに叫ぶ。ミィルさんは手元にあるモニターから視線を外し、こちらを見る。
ついさっきまであんなことあったから気まずいんだけど……。
「あ、あの、僕1人でも大丈夫です」
「バカ言うな。このリストの中の半分も何かわからねぇだろ」
「ぐ……」
その通りだ。知らないものばっかなので間違えずに取って来れるとは思えない。
「わかりました」
しかしミィルさんは即答する。
「じゃ、頼むわ!」
そうミィルさんに向かって言ってから、男は作業に戻っていった。
――気まずい。
「……」
「……」
歩き始めてから早5分。全く会話がない。この沈黙は居心地が悪すぎるので、どうにかして解消したいが、手立てがなかった。今、この状態で会話を開始してもすぐに途切れるのが関の山。一度沈黙を破った後の沈黙がかなり気まずいのは知っている。というか、この沈黙はそんな軽々しい沈黙ではないのだが――。
――暗い空間。加えて狭い。そしてシートがある。コックピットだ。
「――では、準備はいいな」
男の――ケレスの言葉に返答はない。しかし構わず、ケレスは続ける。
「100後に、作戦を開始する」
そう一言だけ発し、ケレスは通信を切った。
そして結局一言も話さないまま、F7倉庫に着いた。ミィルさんが脇にあるパネルに触れると、重々しい扉が音を立てて開く。中には光があまり差し込んでいなく、暗い。が、扉が開き切ると同時に光が灯り出す。
僕とミィルさんが中に入ると、扉はまた再び閉まった。
「えーっと……」
僕は視線を右に左に動かし、目的のものがあるところを探す。
「あっちです」
ミィルさんはそう言って歩き始める。僕はその背中を追う。
「多分、ここに」
そういってミィルさんはしゃがみ、足下に散らばっている部品を漁り始める。僕も同じようにしゃがみ、手で邪魔なものをどかしながら探す。
――5
ミィルさんの探す手が、止まる。
「……?」
そのまま数秒、ミィルさんは止まった後、
「久遠さん……貴方は」
――4
「……ふぅ」
……暇だなぁ。
――3
「……もしかして」
――2
アイリは突然の警告音に驚く。
「――ッ!?」
今まで音沙汰もなかったレーダーに、突如反応が起きた。ここから3km離れた場所に赤いマーク――アウラ級の熱源!
――1
ミィルさんの口が再び開き始める。その瞬間。
――ドォォーン!
「――ッ!?」
重音が響くと共に、地面が震える。そして、上から破壊された天井が落ちてくる。
「危ない、ミィルさんッ!」
ミィルさんの腕を掴み、僕の方に抱きよせ、後ろへ転がるように飛ぶ。とにかく遠くへ飛ばなくては――!
そのまま地面を滑るように転がる。そのせいで僕は頬に擦り傷をつけてしまった。
一瞬前まで僕とミィルさんがいた所に瓦礫と化した天井が落ちていた。――間一髪。
「――あ」
天井が壊れたと同時に、壁も一部破壊されていた。そこから外の様子が見えた。――アウラ。漆黒のアウラが1機、銃を手にしながら駆けていた。倉庫の外で、爆発音や、悲鳴が聞こえる。
「――いやっ! いや!」
ミィルさんが僕の腕の中で悲鳴を上げる。きっと過去の事を思い出しているんだろう。ひどく混乱している。
「――いやよ! あ、あぁ!」
ミィルさんは頭を抱えて、赤子のように暴れる。僕はミィルさんを、しっかり両腕で抱いた。
「大丈夫!」
「――ッ」
「大丈夫だから! 僕が、守るから!」
「――ぁ」
ミィルさんを抱き締める。お陰でミィルさんは落ち着いたようで、暴れることはなくなった。
そしてミィルさんを抱きながら立ち上がる。
――どうする。今からネフィルを取りに行っていては間に合わない。ネフィルがあるのはここから丁度真逆の場所だ。取りに行く時間がない。――クソッ! 何の為に僕はここに居たんだ!
周りを見回す。カエルが一機あった。
「よし、これで……」
ミィルさんの手を掴み、支えながらカエルの足元まで行く。そして横にあるパネルのスイッチを押す。すぐに上からロープが垂れる。そのロープを掴む。今、僕は片手にミィルさんの手を、肩手にロープといった状態だ。
「ミィルさん、捕まって」
ミィルさんは僕に両手でしがみつく。重量をセンサーが感じ取り、ロープが昇る。
シートに座る。ミィルさんには脇に立っていてもらうことにする。
「……接続」
途端にモニターに様々な情報が表示される。熱、出力、装甲状態。
「……同調」
これでこのアウラは僕をパイロットとして認識する。
「じゃあごめん、ミィルさん。しっかり掴まってて」
涙を浮かべたミィルさんは黙ってうなずく。シートを掴むと同時に、僕の服も掴んでいた。
そしてそのままカエルは穴の空いた壁から外へと飛び出して行った。