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ACT.13 潜入護衛<1>

 僕は今、工場の整備場にいた。目の前には作業服の人たちがたくさんいる。みんな顔を近づけ合い、ぼそぼそと聴こえない声量で話していた。

 そしてその作業服は、コスモスのものとは違うものだ。ちなみに僕もその服を纏っている。僕は年配の、工場長とでもいうべき人の横に立っている。

「それではこれから1週間……よろしくお願いします」

 僕はお辞儀をした。



 ――昨日の出来事。



「潜入ッ!? 僕が!?」

 枢は酷く驚いている。

「そっ。潜入。慎重に慎重を、入念に入念を重ねて厳選した結果、この次の標的であろう獲物に大体の目星がついた」

 ここは作戦司令室オペレーティングルーム。ここには僕とフィーナしかいない。どうやらここにしか大画面でモニターを表示できる場所がないらしい。

 モニターには工場や山と様々な映像が次々と映し出される。

「何で僕が? 他にもっといるでしょう、相応しい人が。クリフさんとか優紀さんとかイリウムさんとか」

 アイリは言わない。見た目的に無理だと思う。

「もちろん、他の皆、クリフもユーコも同じような事はやってもらうよ。アイリもね」

 何っ、アイリも!? いや、あのちみっこさは隠れるにはもってこいなのか?

「だけどイリウムは諸事情で着任不可」

「諸事情?」

 諸事情とはなんだろう。任務に就けないほどの?

「これはあまり深く詮索しないで欲しい」

 フィーナがはっきりとした拒絶をするので僕もこれ以上追及できなくなる。

「でも……僕に潜入なんて……」

 無理だ。あくまで僕はつい最近まではただの高校生だったんだ。そんなスパイみたいに潜入なんて出来ない。出来る筈がない。

「大丈夫だよ。潜入っていっても従業員として、そこで1週間働いてもらうだけだから」

「働く?」

「1週間働いて、その間に有事があれば枢にはそこの工場の護衛に当たってもらう。……つまりネフィルも連れていくんだね」

「……なるほど」

 合点がいった。そういうことか。あくまで僕は従業員。そこで働く人に成り済ませるわけか。それで敵襲があったらその場の護衛部隊と共闘して迎撃に当たると。……でも、そんなうまくいくのかな? ネフィルを連れていくのだって、無理がある気がする。

「幸い、ネフィルは小柄だからトラックにでも積んで工場の近くに待機させておくことにする。トラックのコンテナには指紋静脈その他諸々のセキュリティー加えてパスワード及び特殊なIDカードがないと開かないようにする」

 ……なるほど。

「それでパスワードだけど……覚えてもらうことになるけど大丈夫?」

「す、数字だけなら多分」

 自信はないけど。10桁超えると難しい気がする。

「じゃあ言うよ……パスワードは“495872648596079742”」

 10桁軽く超えてる……。

「……良い?」

「…………多分」

「よし、じゃあ話を進めよう」

 何事も無かったようにフィーナは話を続ける。

「そして枢君にはこれを身に着けて行ってもらう」

 と言って、フィーナは後ろから何かを取り出す。

「これはバッチと……ブレスレット?」

 金色の高価そうな、何かの花を模したような模様が両方に彫られていた。

「そう。これは国連の使いである証なんだよ」

「国連!?」

「……ま、要は偉い人扱いになるんだよ。兵器工場とかの軍関係だと特にその特権は利きやすくなる。だから大抵の融通は利く。それを持ってればね。例え見た目が子供に見えても」

 へぇぇ……すごいな。いざとなればこれ見せつければ良いってことか。

「でも、何でこんなものがあるの?」

「それはね……、この人のお陰なんだ」

「この人?」

 その直後、モニターの画面が切り替わり、人が映った。その人物は高級そうな机に、高級そうな椅子に座り、後ろにはアンティークっぽいやはり高級な家具が並んでいた。

「ヴァ、ヴァ、ヴァンデミエール首脳閣下!?」

「どうも、はじめまして。枢君」

 にっこりと笑いかけてくる。

 そこにいたのは、先進行政国家『ラインズイール』のトップである、ヴァンデミエール首脳閣下。ラインズイールは治安が安定していて、日本と友好な関係を持っている国だ。そして今“一番住みたい外国の国”とかなんとかって雑誌かなんかで書いてあった気がする。

「え、え、えぇ!?」

「実は彼が3日前に、突然コンタクトして来たの。それで是非協力したいと……ねっ、ヴァンデミエール?」

「はい、その通りです。フィーナ嬢」

 フィーナは全く気にした様子もなく呼び捨てにし、またヴァンデミエールはとても国のトップだとは思えないほど恭しく接している。

「え、あ、そ、そう、な、の……?」

 枢は物凄く動揺している。

「そんなに緊張しないで下さい。今ここにいる私はただ“イェルミル・ヴァンデミエール”という一個人でしかないのですから」

 気さくな笑顔を見せる。

「まぁ……ちょっと特権を使わせて頂きましたがね」

 にやりと、種類の違う笑顔を見せる。

「ま、そういうわけだから。よろしくね――」



「――って言われてもさぁ!」

 枢は叫ぶ。

「おい新入り! 72番持って来てくれ!」

「えーと、72……72……はいっ、これですね!」

「こっち50番だ!」

「えーと、50……はいっ!」

「おーい! これ溶接7班に持ってってくれ!」

「はい……うわ、重い」

「これまとめ終わったデータだ! 持ってってくれ!」

「はいっ」

「あ、これも頼むわ!」

「……げっ、別棟じゃないですか」


 そしてかれこれ2時間。

「――し、しんど……」

 皆、作業を中断して何処かに行ってしまった。どうやら昼食休憩のようだ。まだこの場から動こうとしないのは僕を入れて2人だけ。

「……大丈夫ですか? 久遠さん」

 座りこむ僕を覗き込む、長い綺麗な茶髪が特徴的な、ミィルさんだ。今はその髪を束ね、上にあげてるけど。

「な、なんとか……」

 苦笑しながら答える。

「それじゃ、今お昼休みなので、食堂に行って私達も食事を頂きましょう」

「あ、はい」

 疲れている足に力を入れ立ち上がる。

「……じゃ、行きましょう」

 そういって長い髪を靡かせながら振り返り、僕を誘導するように歩いていった。


 ――2時間前。

「ちょっとした訳ありで一週間だけ働くことになった久遠 枢君だ。一週間だけだが、まぁしっかり使ってやってくれ」

 背中を軽く叩かれる。

「あと……ミィル!」

「はいっ!?」

 男の後ろに隠れていた小柄な人が驚いたように返事をする。それと同時にいた男達は僕達に視界を開けるように退いた。

「枢の世話してやってくれ。案内とか。年も近いし、一番適任だろう」

「あ、はい。わかりました」


 ――と、いうことなのである。

「何か食べたいものありますか?」

 席に僕を誘導したあと自分は座らず訪ねてくる。

「あ、えっと、お任せします」

「分かりました」

 そう言って微笑んだ。ミィルさんは人混みを縫うように歩き、切符を買う為の自販機に向かっていった。そして切符を渡すレジも兼ねての厨房に並んでいる何人かの男の後ろに並ぶ。

「あ……なんか、悪いな」

 ミィルさん1人で並ばせてしまっている。次からは気をつけないと。

 やがてミィルさんの番になり、気さくそうなおばさんに渡していた。そしてすぐにお盆を渡される。……って2枚も無理じゃん!

 僕はすぐに席を立ち、ミィルさんの元へと走る。

「僕も運びますよ」

「あはは、すいません」


「「……あ」」

 座っていた席が取られていた。

 どうもここの従業員はほとんどが、食堂を利用するらしく、人が多い。その利用者の割には十分な席が設けられていない。だからあぶれる人も少なくないらしい。そういう人たちは購買のような店で買うようだ。だけど僕達は食堂で買ってしまった。

「……仕方ないですね。外で食べましょう」

「はぁ……お任せします」


 そして外に設置してあるベンチで食べることにした。他の場所は軍の基地みたいに堅いイメージを感じさせるけど、ここだけは別だった。真ん中に大きな木が植えられていて、そこを中心に茶色のレンガが広がっていき、また規則的に木や花が植えられている、他とは違う癒しの空間。良い場所だと思った。

「それにしても、すごいですね」

 ミィルさんが唐突に話しかけてくる。

「……。え? 何がですか?」

 口の中にある物を飲み込んでから答える。しかしただ1つ、この場所で気になる点があった。

「大抵、2時間も持たずに倒れてしまうんですよ。あの新人さんの使い方で。結構、稀なんですよ? 体力が持つ人」

 周りが妙にカップルが多いような気がする点だ。

「あ……そうだったんですか」

「何かお身体を鍛えているようなこと、してました?」

 首を若干傾げながら訊いてくる。

「いや……特には何も……むしろ自分は、体は弱いと思ってたんですけど……」

 この脚のせいで、部活はおろか満足に授業の体育に参加出来やしなかったし。

「……」

「あ、えっと……すいません。何か気分を害するようなこと、訊いてしまいましたか?」

「え? あ、いや。全然そんなことないですよ!」

 やべ、顔に出てたのかな。

「そうですか。なら良かったのですが……」

 そこで会話が途切れてしまう。

「……」

「……」

 沈黙。……やばい、やばい。何か話題を……。

「「あのっ!」」

 二人同時に口を開く。だぁー! なんて古典的な!

「あ、あの、ミィルさんからどうぞ」

「いえ、私はお構いなく、久遠さんからどうぞ」

 そして互いに譲り合う。これはどこの国でも同じお約束なのか。

「あ……じゃあ」

 これ以上譲り合うのも何なので僕から話すことにする。

「ここって妙に手広い作業してますよね? 溶接からプログラミング、それに完成後のアウラの整備まで……」

 普通は効率を良くするために各々の専門の工場を建てて役割を割り振るんじゃないのか? ここでは全部の作業をやってるようにしか見えない。

「あぁー、それはですね。ここが臨時の、軍の補給基地になることがあるからですよ。だから生産から修理まで、何までこなせるようになってるんです」

「あぁー、なるほど」

「だから、忙しさも何倍です」

 ミィルさんは困ったように笑う。

「あはは、確かに凄い、想像以上に忙しかったです……」

 嗚呼……あの嵐のような忙しさがまた午後も続くのか……。……僕一週間持つかなぁ?

「あ、そういえばミィルさんは何を担当しているんです?」

「私はいわゆるプログラミングですね。装甲とかの骨組みが出来あがった『アウラ』の調整です」

 まぁそりゃそうか。あまりミィルさんが力仕事をしてるとは想像つかない。そして枢は、ふと思いだす。

「あ、そういえばミィルさんは何を話そうとしていたんです?」

 膝の上にお盆を置き、その上のスープの器を取ろうとしているミィルさんに尋ねた。ミィルさんも何か言おうとしてた筈だ。

「え? あぁ、別に大したことじゃないんですよ。ちょっと、久遠さんの年齢が気になっただけです。随分と、若く見えるので……」

 僕の胸辺りを見ながら言う。

「あ、僕の歳ですか。僕はえっと、17歳です。まぁ、あと少しで18になるんですけど」

「17歳ですか」

「ミィルさんは幾つなんです?」

 若さでいうならミィルさんもかなり若く見えるんだけど。…………ん? ……あ!? この質問ってめちゃくちゃ失礼なんじゃ!

「あ、すいません! えと、その、無礼な、質問を!」

「あ! いえ、気にしないで下さい。私もまだ17になったばかりですので」

 ミィルさんは苦笑しながら言う。

「えっ!? 17!?」

「……私、そんなに見えますか?」

 両頬を膨らまして、少し上目使いで見つめてくる。普通に可愛かった。

「いや、あの! そういうんじゃなくて! こう、随分としっかりしてるから! 僕と同い年とは思えなくて!」

 枢はフォークを持った手をぶんぶんと振り回し、必死で弁解する。

「良いですっ。どうせ私は老けていますっ」

 ミィルさんはそっぽを向いてしまう。

「いや、ホントに! 全然! あの、違うんですよ!」

「……ふふっ」

「へ?」

 不意にミィルさんの肩が震える。……笑われた?

「冗談ですよ。……あ。そろそろ休憩、終わりなんで行きましょう」

 ミィルは舌を出していたずらをした子供のように可愛く笑った。枢は思わずその笑顔に少し赤面してしまう。

 え、マジかー……まだ40分しか……。って僕はからかわれたのか。そしてまだ、足痛い。あぁ……また僕はこき使われるのか。

 枢はこれからのことを想像し、心で涙した。




「おい、坊主! 早くしろ!」

「はい!」

「こっちもだ! 坊主!」

「はいはい!」

「“はい”は一回!」

「はい!」

 つぁーーーー忙しすぎる! つかこき使い過ぎだ! 一週間とはいえ初日からこれかー!

「ルニ2番だ!」

「えーっと、はい!」

「アルニ1番! 10枚!」

「は、い! アルニ1、アルニ1……お、重い……」



「――うぁー、疲れた」

 壁に寄りかかり座る。どうやら一区切りついたようで、僕への指示もなくなったので休憩する。休めると時に休まないとこれはマジで死ぬ。

 首に掛けてあるタオルで顔全体を拭く。もともと溶接などでこの工場内は熱気が篭っている上に動き回ったお陰で汗を大量に掻いている。中のTシャツとかめちゃくちゃ汗吸ってるし……気持ち悪い。

 そんなことを心の中で愚痴りながら、周りの会話に耳を傾ける。大抵はよく分からない専門用語を言い合ったりしているだけでよく分からないが、中に気になる会話があった。それに意識を集中させる。

「――っぱどうにもならないか」

「えぇ、こればっかりは……」

 その会話には、ミィルさんも含まれていた。

「ここに居るわけないよなぁ?」

「居るわけないですよ、アウラに乗れる人なんて」

 ……アウラに乗れる人?

「じゃあしょうがないか、これは他の支部に回すように……」

「あのっ!」

 僕は立ち上がり、手を挙げてその会話をしている人達に周りの喧騒に負けない大声で呼び掛ける。

「僕、乗れますけど!」

「「……」」

 しかしすぐに反応が返って来ない。

「バカなこと言うんじゃね――」

 1人の中年の男が怒ったように怒鳴りかける。子供がふざけている、とかでも思ったのだろうか。

「――いや、待ってください。アイツ、あれですよ」

 しかし1人の若い男がそれを制する。

「――あぁ、そうか」

 中年の男もその言葉を聞き、納得していた。あれとは、例の“バッチ”と“ブレスレット”のことだろう。僕は一応、“国連の使い”なのだ。あの自己紹介の時に公には言われなかったが、おそらく裏では連絡が行き、皆知っていることなのだろう。……とはいえ、当然そんなのは嘘っぱちなのだが。でも、アウラに乗れるのは事実だ。

「……じゃあ、試しにやってみてくれるか? 坊主」

「はい、分かりました」


 ――そしてコックピットの中に入る。前方を開け、目の前にキーボードのようなものを幾つも展開させる。

 乗り込んだのは、通称『カエル』と呼ばれるアウラだ。製品名はGLO−E。カエルが二本脚で立ったような、そんな独特なフォルムが特徴的な、量産型のアウラだった。これはフェイクスではないパイロットが使うノームだ。

「……依頼主むこうさんの注文でよ。そいつを砂漠仕様デザートモービルにして欲しいんだとよ。一応やってはみたんだがよ、いまいちこっちとしては分からなくてよ。そういうのはパイロットの方が良く分かるんだろうってんでな」

「分かりました。ちょっと見てみます」

 その中年の男の言葉に返事をしてから、枢は深く座る。

「……接続コネクト

 ビリッ、と微量の静電気が流れて、そのままのような独特な感覚。これは僕とアウラが同調した証だ。

「……」

 目を閉じ、激流のように流れていく膨大な量の情報を探っていく。反応速度、回避行動パターン、供給重点率、補助動作、セキュリティ、酸素濃度、G制御。ありとあらゆる情報が流れる。その中で必要な情報を探り、診る。

「……接地圧を15、上げた方がいいかも知れません。それともうブースタ出力を10。あと、サイトコントロールに重点を置いて。その代りレーダーレセプションを多少下げてください。……そして、プレパラ値をプラス25修正。熱源探知スタンドをマイナス20。あとは……」

 出される言葉の数々に、その場にいたメンバーは驚く。

「――こんなところですかね。その砂漠っていうのがどの程度の足場なのか分からないのではっきりとした数値は言えませんが、大体こんな所だと思います……あれ? ど、どうしたんですか? 皆さん……」

 前から顔を出し、下を向いて話すが、皆固まっていた。

「え、えーと――」

「――坊主! すげぇな!」

「え?」

 突然皆が盛り上がり始める。

「な! ミィル!」

 若い男が驚き、呆けていたミィルの肩を叩く。

「え、あ、はい……すごい……です」

「ホントだぜ!」

「え、えぇ?」

 僕は困惑する。

「なるほど、そういうことか。よしよし」

 顎に手をやりながら手元のモニターを中年の男は見て、呟く。

「サンキュー! 坊主! あっちにも似た様な状態の連中がいるからよ! そっちにいってくれねぇか!」

「え、あ、はい。分かりました。……?」

 ……あぁそうか。皆、僕がフェイクスだとは思ってないのか。……そりゃそうだよな。こんな子供ガキがフェイクスだなんて誰も思わないよな。……僕だって、よく分からないし。

 そんなことを思いながら、指示された場所へと僕は向かっていった。

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