ACT.9 悲しみの慟哭<1>
――搭乗者は全員、自機のコックピットで待機している。そして全員、モニターに注目している。皆、緊張した表情をしている。特に枢は、それが顕著に出ている。
『既にオルレア軍は市外地に侵入している。君らが着くころには市街地を抜け、空けた地形に出ている可能性が高い』
モニターにはフィーナとカニスの姿が映っている。カニスは何やら手元に表示されているモニターを見ながら話している。
――そう、結局間に合わなかった。ほとんどの人が避難警報を受け、助かったらしいが。ただ当然、全員助かった訳ではないのである。それが、このコスモスに所属している者たちの表情を堅くしている一因だ。
『A1、A2、C2はクリフに続け。正々堂々と、両軍の真ん中で暴れてくれ。存分に派手にな。……S1、S2はオリガヤ機に続き、ポイント2029に速やかに移動。その後ポイント5091に待機。タイミングをしくじるな。……アルメニアアルス、クリスタルはネフィル、クオンと共に後方から奇襲を掛けてくれ。……イリウム、枢を死なせるなよ。……A3、A4、C1、C3は撤退ルートの確保に回れ。残った部隊は本隊で待機。……概要は以上だ。各員、各チームのリーダーの指示を仰げ。到着まであと5分だ。――――以上だ』
ウィンドウがモニターから消えた。
――辺りは焼け爛れた森。辺りには高さが半分になった木。倒れ、倒木と化した木。焼き払われ、炭となった木。緑が、目に見えて失われている。本来なら、見晴らしの良くない地形が、見晴らしの良い地形に変貌している。
戦地は森から市街地へ、また後に森へと移ったようだ。オルレア軍は、確実にイストリア本国領域に近づいている。このままでは、時間の問題だ。あと半日もすれば、オルレア軍は、本国へと侵攻を達成するだろう。
前進し、滑りながら、銃を構え、オルレア軍の新型アウラが銃を撃つ。その肩には『H.A.W.K.S.』の文字。ホークス。その姿は漆黒。自らがこの地の王者だと主張するほどの、分厚い装甲。しかしどういうわけか、それはそれに似合わない機敏さを保っている。
後退し、滑りながら、銃を構え、その機体に対峙するイストリア軍のアウラ『KNIGHT』、ナイトが後退しながら迎え撃つ。その迎え撃つ様は、自らの命を削り、民を護る騎士の様な高貴な、白に近い灰の姿。
両軍は、見た目にも中身にも、対立している。
巨大な鋼鉄の塊が、地上を蹂躙している。
近づいてくるホークスを、ナイトは必死でマシンガンで応戦する。が、左右にスライドしながら向かってくるホークスには当たらず、容易に近づかれてしまう。
「な、なんなんだよ! コイツは!?」
狂ったように、ただただ撃ち続ける。恐怖により何も考えられない。イストリア軍は、完全に冷静さを欠いていた。目の前の脅威にただ、赤子のように一定の行動で抵抗するだけ。今までは貶すだけの存在だったモノのはずなのに。立場が逆転している。
「死ねッ!!」
そしてホークスは距離を詰め、左手に持っていた高速で回転している細身の槍)を衝き刺した。
「あ、ァアアぁあああああーーー!!!」
悲痛な、叫びが響き渡る。その槍は、相手に苦痛を与える為の様に、奇抜な形状をしている。
その槍に何かの液体が伝うが、高速回転により弾かれ、地面へと飛び散った。
「ウィンディィー! ――クソッ!」
イストリアのパイロットが死した戦友の名を叫ぶ。仲間を助けることも叶わない。あの|黒い集団(オルレア軍)の軍棲の前では。
既に20機以上いた彼の部隊も、もはや10機を切った。それだけの犠牲を払い、堕とせた敵機は僅か2機。後退せず、侵攻を食い止めなければならないのに、後退を余儀なくされている。漆黒の機体は、確実にイストリア軍を追い詰めていく。
ガツッ!
と鈍く重い音がし、敵のライフルの一発がナイトの脚に当たり、奪っていく。
「――しまっ」
そう呟く間もなく、数十発のライフルがその1機に集中し、あっという間に撃破される。蜂の巣状態だ。ただ、蜂の巣になったことを確認する間すらないが。
その様を見ながら、イストリアのパイロットは叫ぶ。
「――な、何なんだ! ――何なんだよ! ――――オルレアの癖にッ!!」
公開回線でイストリアのパイロットは罵倒する。
「――んだと!?」
その言葉に、1人の若いオルレアのパイロットが反応し、激怒する。やっぱりそれが本心か、と。加盟国などと綺麗事を言いながら、と。
脚を撃ち抜き、転倒させる。そして倒れたアウラを踏みつけ、コックピットに銃口を突き付ける。
「お前らが――! お前らさえいなけりゃ――! ――死ね! イストリア人が!」
オルレアのパイロットがトリガーを握り締め――ようとしたその瞬間
「ッ!?」
既に右腕がなかった。
そして困惑しているその一瞬にも、左腕を撃ち抜かれる。そして踏みつけていた左脚も撃ち抜かれ、踏みつけていた機体と同じように倒れこんでしまう。
「な、何だ――?」
そして次々とオルレア軍のホークスが撃破――いや、戦闘不能にさせられていく。脚を徹底的に狙われ、破壊されている。
そして1分と経たない内に、ここで展開されていたホークスは、全て脚を撃たれ、戦闘続行不可能になっていた。
「み、味方の援軍か――?」
イストリア軍も、突然の事に困惑する。
「な、なんにせよ、チャンスだ。――今の内に」
目の前に倒れているホークスにライフルを向けようとする――が。
「ッ!?」
ナイトの腕も、破壊される。他の機体も例外なく、続け様に破壊される。両腕と両足を失い、戦闘不能に陥った機体が、辺りには幾つも出来上がっていた。
「な、なんなんだ……味方じゃ……なかったのか?」
こんな訳の分からない状態で、コックピットから出て行く訳にはいかない。それに自分たちは、何者かに生かされている。それはお互いに理解していた。
一帯、両軍は、完全な沈黙状態になった。
先の戦闘区域から、数千m――正確には3741m離れた崖の上に、何機ものアウラが片膝を立て、長距離スナイパーライフルを覗いていた。
“ブレスレイサー”。息を殺す者。そのボディは、電圧、電流、電荷数、様々な要素を変え、組み合わせることにより色を変えることが出来る。最大の特徴として“排熱量”を調節できる。その為レーダーには掛かりにくくすることが出来る。
ライフルの脇のレバーを引く。するとそのライフルから空薬莢が排出された。
「こちらオリガヤ。Sユニット。ポイント5091に到着。散開完了。設置完了。制圧完了。――オーヴァ」
拡大されたモニターを見ながらユーコは言った。そして、そのモニターには焼け爛れた森、半壊したホークスとナイトがいくつも転がっていた。ユーコが乗っているアウラは、ミネルアではなく、周りにいるノームと同じタイプのものだった。
「了解。そのまま時間まで待機だ。1機たりとも逃がすな」
「了解」
きっと、空から見ると、蟲の様に、東に白い点、西に黒い点とわいているように見えるだろう。
ここは起伏の激しい、土の地形だった。起伏の激しい、土の地形にされたのかもしれないが。
ナイトは、横一列に展開し、目の前のオルレア軍を迎撃できるよう、陣を敷いていた。ホークスは凹んだ部分に身を隠し、待機していた。その両軍の数からみれば、オルレア軍、イストリア軍両軍の本隊なのかもしれない。
ホークスが少しでも身をさらけ出せば、展開されたイストリア軍に一斉に狙い撃ちされるだろう。ミサイルでもあれば、障害物を挟みながら熱源ロックし、攻撃する事が出来るが、ミサイルは装備していなかった。ホークスらは、そこから一歩も動けずにいた。
ナイトは、瞬時に撃ち落とせるよう、ライフルを構えている。もし、イストリア軍が後退などしてしまったら、ホークス達は一斉に飛び出し、そのまま本国まで押し込んでいくだろう。逆に、ホークスの掃討に向かうとする。それは危険性が高かった。イストリア軍からは、上下に入り組んだ地形のせいで、敵がどのようにしているか、正確に分からない。無論、向こうも分からないだろうが。ただ、熱源レーダーでそこにいるということだけが分かる。ナイトらも、そこから一歩も動けない状態でいた。
――戦況は停頓としていた。
「…………全機」
痺れを切らしたように1人のオルレア軍パイロットが呟いた。
「……全機で、一斉に突貫するぞ」
「「了解」」
全員がその命を受け、認識する。
「カウント5だ」
操縦桿を握り締める。
「――5」
目の前には薄い砂塵が舞っている。
「――4」
このまま停止していては、我らの負け。
「――3」
故に突貫。
「――2」
我らが義憤を成す為には。
「――1」
前進あるのみ――!
「――全機! 突撃ッ!!」
何10機ものホークスが窪みから飛び出し、姿を現す。イストリア軍も一瞬驚くも、予想していたのだろう、冷静に対処しようと各機照準を合わせる。そして、まさに銃撃戦が勃発しようしたその瞬間。
「「――ッ!?」」
両軍のレーダーに一斉に反応が走る。そしてその直後、両軍にミサイルの雨が降り注ぐ。
「な、なんだ!?」
「あぁああぁあーー!」
驚き、その焼ける熱さに悶え苦しみ、爆発する。容赦なく、何百もの雨が降り注ぎ続ける。
「――ッ!」
しかし中には、咄嗟に反応し対処し、窮地を逃れた機体が、何体かあった。
両軍はお互いに攻撃するのを止める。
南方に、視線を移す。そこには、何体もの、灰色の軽量型らしきアウラがこちらに向かい疾走している。その後方に、前方を掛けているアウラとは対称に、真紅の巨大なアウラがいた。
「――ッ! な、なんだ!? コイツら!」
更に飛来するミサイルは、散開し、両軍に満遍無く襲い掛かってくる。更にまた、数が減った。
両軍は迷う。この正体不明の部隊に対処を起こすか。敵の増援ではないようだ。ならば共通の敵? 一時休戦? 一時共闘? しかしこれは突破しうる機会なのではないか?
それぞれ、あらゆる思考を行う。どう対処すべきか。
しかし1機だけ、素早く行動へと移したアウラがあった。
南の先端にいたイストリアのパイロットは、この正体不明の軍棲に対処すべきと判断した。
「――ッ」
疾走してくる先頭の機体に、照準する。モニターには正体不明のアウラへとカーソルが合う。その瞬間、その機体は左へと瞬間移動していた。
「なッ!?」
再びカーソルが追おうとする、が全く追いつかない。そして次の瞬間。
一番、南方の先端にいたイストリアのパイロットが見ている景色は、空。背中から地球に引かれるような感覚を感じる。
その正体不明の機体、全機が、既に通り過ぎていた。右腕には、ブレードを展開していた。両足が、既に両断されていた。
「は、速い!?」
1機。
「何だこの動きは!?」
また1機。
「照準が――追いつかねぇ!」
また1機。
次々と撃破されていく。見事にそのブレードで斬り裂いていった。
そして最後の1機、ホークス。
「――ッ!!」
圧倒的な速さで接近してくる。追いつけない。照準も、回避も、眼も、思考も、何もかもが追いつけない。機体は量産されているのだから、ノームの筈。フェイクスではない筈。なのに、この力量差。
「これは――」
そのモニターに微かに見える、花の紋章。それが正体不明の機体にはデカールされていた。蒼い花。一輪の花が描かれている。
「こいつらは――――あの“コスモス”かッ!!!」
その瞬間、その声を発していた身体は、巨大な鉄に貫かれていた。そのコックピット内に、赤い鮮血が、溢れ出し、空いた外部へと流れ出る。
立っているのはコスモスのユニットのみ。レーダーにある反応は、味方のみ。オルレア、イストリア両軍共に、壊滅していた。
「……こちらウルカヌス、ヴァンガード。制圧完了――オーヴァ」
1機残らず、鏖殺した。
――高い丘の上に、2機のアウラが佇んでいる。
『ほら……見えるか?』
それはアルメニアアルスとネフィル。共に戦場を駆けるには華奢過ぎる。
「はい、見えます」
遙か彼方、遠くには30機ほどのオルレア軍の後続部隊が見える。距離として3000m以上はあるのだろうか。
『距離3214m、今から20秒だ。……いけるな?』
「はい」
イリウムさんの言葉にしっかりと頷く。
『よし、じゃあカウント始めるぞ』
僕は操縦桿を握り締める。
『――3』
これから、後続部隊へ後ろから奇襲を掛ける。
『――2』
その為には、レーダーに映らないよう、離れた所で待機していなければならなかった。
『――1』
故にここから、急接近する――!
『――GO!』
アルメニアアルスは足下を爆発させ、高く、前に跳躍する。そして空中に浮いている間も、メインブースターと足の裏のブースターを何度も瞬かせ、加速していく。その速度は一瞬で秒速100mまでに加速する。相変わらず、トリッキーな動きだった。長い、赤い線が流れていく。
アルメニアアルスは、特殊な機体だ。イモータル自体が、元々特異なのだが、あれは際立っている。本来、ブースターは腰の後部にメインブースターを置き、そこを基盤として腰回りにブースターを付けていく。しかし、アルメニアアルスは、腰の他に足の裏にメインブースターがあるのだ。だから、あの爆発的な、超人的な跳躍を可能としている。高機動地上戦、それも完全接近戦特化の、癖のある機体。しかしイリウムは、それが自分に合っているらしい。
僕はとりあえず崖から滑り下りる。少し急だが、滑れないことはない。
約5秒ほど掛けて、崖を滑り降りる。そしてそのまま前へブースターを吹かし、地面を吹かす。ただ当然、これをやっているだけでは20秒で3kmは縮められない。よって。
「ROブースター、オープン」
「ROブースター READY」
同調した時に、脳が識ったネフィルの特殊ブースター。“ランページ・オーバード・ブースト”。一瞬で秒速300mまでに加速させることが出来る、恐ろしいブースター。あのヴィレイグのブースターとは多少趣は異なるものの、性能差は、あれの比ではない。
当然、搭乗者負荷も――。
「ぐっ――」
ネフィルに赤い、巨大な羽根が生える。その翼はネフィルを加速させる。途中で、木にぶつかるが、全く干渉されず、薙ぎ倒し、吹き飛ばし、前屈みの体制のまま、突き進む。まるで赤い矢のようだ。
そして、あっという間にオルレア軍の後続部隊の元へと辿り着いた。
停止する。目の前にはオルレア軍のホークスが、こちらに背を向けて、奔っている。前線で正体不明の部隊と遭遇し、劣勢になっている味方を加勢するために。
――ガシャンッ!!
と音をたて、ネフィルの隣にアルメニアアルスが空高くから着地する。膝を思い切り曲げて、衝撃を吸収していた。そして立ち上がる。
『さて――』
数機のホークスがこちらの存在に気づき、振り返る。
アルメニアアルスは右手で左腰にある長いブレードを引き抜く。ネフィルも腰に装備してあったコスモスオリジナルのライフルを構える。
『それじゃ――始めますか』
イリウムがそう、楽しそうに呟いた。