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ACT.8 崩れ始めた世界<1>

「――艦長」

 フィーナしかいない艦長室に声が響く。

「どうぞ」

 応答したフィーナの声は普段とは打って変わって、非常にまじめな声色だった。

「失礼します」

 ドアが開き、カニスが入る。

「……で、期限タイムリミットは?」

「あくまで予想ですが、現状では最短で5日かと」

「5日か……。ギリギリ、かな……?」

「……おそらくは。……イリウムは確立とした戦力として算段出来ない上、アイラの――」

 そこで不意にフィーナの声が割り込む。

「アイリ。そう呼んであげて」

「……失礼しました。アイリの機体が復旧しない以上、仕方がない事かと」

「じゃあ、枢くんには悪いけど」

「はい、そうなるかと」

「じゃあ、根回しの方よろしく」

「分かりました」



 ――僕は船に乗っていた。ゆらゆらと、ゆるやかに波につられて揺れている。人によっては吐き気を催す、僕にとっては気持ちの良い、穏やかな揺れだった。

 甲板には誰もいない。この豪華客船には僕1人らしい。

 僕の髪を、潮風が撫でる。心地のいい、風だった。

 前には海が広がっていた。沈みかけた太陽の、橙色の光を反射した、橙色の海。緩やかな風に、海もまた撫でられ、優しい白い波紋が立っている。

 その風景は、とても、とても綺麗だった。こんな景色を――

「こんな景色を、一緒に見れたら――」


 良かったのに。


 それは、誰と――?




 ――ゆっくりと瞼が上がる。誰に、何に無理やり起こされるでもない自然な目覚め。

「……ん?」

 しかしそこに広がっているものは、馴染みのないものだった。身体を起こす。寝ぼけた頭のまま見回す。装飾の一切ない、無機質な白い部屋。圧倒的な清潔感。誰にも使われなかった故の清潔感。

「……あぁ」

 ここはユスティティアの僕の部屋だ。僕の部屋って言っても何も持ちこんでいないため殺風景だ。

「……ってか」

 何で僕がここに? 昨日は普通に僕の部屋で寝たはずなんだけど――。

 とりあえず立ち上がる。そして両手を思い切り伸ばす。頭に血が上るような、体が浮き上がるような、そんな感覚が体中を巡り頭に収束する。

「っ……」

 眩む。だけど僕はこの感覚が結構好きだ。これをやると体がほぐれ、頭もリフレッシュしたような気分になる。

『起きた? 枢君』

「おわっ!」

 急に声が響いたので驚く。

『あ、ごめんごめん。……入るよー』

 そう言って、自動ドアが開いた。

「気分は?」

 優紀さんだった。

「悪くはないです。ただ、訳が分かりません」

「……?」

 優紀さんは首を傾げる。

「まぁ、とにかく、今はもう海――大西洋の真ん中だからね」

「へ……?」

「だから、大西洋のど真ん中」

 人差し指を立てながら優紀さんはさらりと言いのける。

「……はい?」

 タイセイヨー? 泰誠(人物名)用? それは3倍の速さで動けるように見えるのかな?

「大西洋。海。水の上――じゃない、水の中。深海。ちなみにバミューダ海域の近く」

 この急展開。これは、なんかこれは、事態が掴めた気がする。

「…………」

 額に手を当て、力が抜けたようにベッドに座りこむ。

「……あれ? もしかして、アイリから何も聞いてない?」

「……」

 無言で首を傾け、肯定を表す。

「相変わらずねー、アイリちゃんは」

 優紀さんも腰に手を当て、溜息をついた。

「んじゃ、今私で説明させてもらうわね」

 はい、と枢は頷く。いろいろともう諦めたようだ。

「今日来てもらったのは、枢君に特訓をしてもらう為に来てもらったのよ」

「特訓?」

「そう。いわゆる強化合宿みたいな。今から4日間、ビシビシと鍛えてくわよ」

 僕に向かって優紀さんは微笑みかけてくる。

「はぁ……なるほど――って! 僕学校あるんですけどッ!?」

「あぁ、休みにしといたわよ。それも公欠」

「公欠!? どうやって……?」

「インフルエンザにかかったっていう偽のカルテを見せてきたわ」

「……」

 なんという、この強引さ。これがコスモスクオリティ。っていうか僕は保護者いないっていう認識を学校側から受けてるはずなのに……。医者のふりでもして行ったのかな。……いや、深く考えるのはやめにしよう。負けな気がする……。

「それにいいじゃない。どうせ授業まともに受けてないんでしょ?」

「な、何故それを――」

「担任の先生が嘆いてたわよ。駄目じゃない、ちゃんと受けなきゃ」

 優紀さんはお母さんみたいなことを言う。

「ぬ……。……そ、そんなことより、特訓って一体何をするんですか?」

 話を強引に逸らすように枢は言う。

「そうね……。まぁ大まかには知識を身につけるのと操縦訓練ね。実技と筆記と言ったところかしら」

 学生である僕にとって、非常に分かりやすい例を出してくる。

「本当なら、資本からだも鍛え上げたいところだけどね……」

 そう、僕の足を見ながら悲しそうな、懺悔しているような、そんな複雑な表情を浮かべながら言う。

「それじゃ、着替えて艦長室に来てね。そこのとこにコスモスの部隊服が掛かってるからそれを着てね。それじゃ、また後で」

 手を振りながらドアを通り、廊下に消えていった。

 ……さて、なにやら強引な展開だけど仕方がない。大西洋のど真ん中だって言うのなら当然逃げようがないし、それに僕はインフルエンザらしいから。

「……はぁ」

 膝をさする。

 せめてアイリ、一言僕に言ってから拉致しようよ……と心の中で愚痴をこぼしながら、僕は灰色のスーツに身を包んでいった。



『――遅いッ! もっと照準を速く!』

 怒号が飛ぶ。

「は、はい!」

 線だけで現わされている全体的に水色な仮想空間バーチャルスペースが広がっている。上下左右から飛びかかってくる、半透明なターゲットを撃ち落とし続ける。クレー射撃の全方位版みたいなことをしていた。当然、的は一定方向ではない。それもかなりのスピードで。そして、的は発生すると直ぐにレーダーに反応する仕組みになっている。だから――

『モニターだけに集中すんな! レーダーも見てろ!』

「はい!」

 ――撃ち落とすことだけに集中してはいけない。常にレーダーにも気を配りつつ、高速で接近する的が地に着く前に撃ち落とす。不規則に飛び交い、尚且つ複数、異なる方向に飛ぶものを。かなり難しいものだった。僕はさっきから的を地面に落とし続けている。そして中にはネフィルに向かってくる的もある。それを撃ち落とせずにいると自機に当たり、爆発する。そして大破扱いになり、強制終了。これも何度もあった。仮想バーチャルだといって楽観視出来ない。なにせご丁寧に模擬コックピットが激しく揺れるので、あちこちぶつけて結構痛いのだ。まぁ、とにかくこれはかなり難しい。

 しかしこれを、クリフさんは苦もなくやり遂げた。やっぱり凄い……。

「よし、段々良くなってきたぞ。だが、射撃後の体勢の立て直しが遅い。当たったからって安心せず、速やかに次の行動に移れ」

「はい、分かりました」

『んじゃ、もっかい行くぞ』

「はい」

 ――仮想バーチャルの弾丸が補充される。深く深呼吸する。

「……お願いします」


 自動ドアが開く。そしてトボトボと、ゆっくりとした重い足取りでベッドへと歩む。

「……つ、疲れた」

 ぼふっとベッドに飛び込む。この力を完全に抜き切り、ベッド包まれるこの感覚。非常に癒される……。


 ――あれから、クリフさん特別の実技訓練1時間。その後、優紀さんによりアウラ講義を2時間。後、昼食休憩30分。後、実技訓練2時間。後、アウラ講義を1時間。後、実技訓練更に2時間。後、講義を1時間。夕食他休憩1時間。後、実技訓練1時間。……正直、おかしいと思う。このスケジュールは、やばいでしょう、これは。シミュレーションのやり過ぎで頭が痛いし、そのせいで講義中に居眠りして――

 枢は頬をさする。

「それにしても優紀さん……力入れ過ぎ……」

 その頬は見事に赤く腫れている。居眠りしたせいで頬を思い切り抓られたのだ。優紀さんは見た目細身で力が弱そうなんだけど、その実、やはり物凄く鍛えられていた。


 だんだん瞼が重くなる。

 これだけのハードスケジュールは僕にはかなりの負担だった。風呂に入り、汗を流しすっきりし、ベッドに横たわった。そういえば、食後にフェイクスとしての負荷をなくす薬っていうのも飲んだ。それのお陰かは分からないけど、日中程の頭痛は無くなっている。

 今の状況は睡魔を誘うには十分な状況だった。

「あ……眠い、なぁ……」

 瞼を開けていることが保てなくなる。そして緩やかな眠気に包まれ、何も考えられなくなる。

「――そういえば、今日」

 アイリを、見て、ないな――。

 枢はそのまま、深い眠りに落ちていった。



 ――昼頃。枢が半透明の的に奮闘していたり、枢が仮想敵機バーチャルエネミーに奮闘していたり、枢がユーコに頬をつねくられていたりしていた頃。

「ふんふふんふふーん」

 髪留めのゴムを指でくるくる回しながら、鼻歌を歌いつつ、スキップしつつ、フィーナはハンガーへと向かう。

 何故か。それはアイリの機体の様子が気になるからだ。とはいっても、彼女が行った所で、やれることはただ機体プロセルピナ状態ステータス数値データで見る程度なのだが。既に現状のデータは抽出し終わり、整備班は別室で原因の究明を行っているところだ。彼女フィーナもアウラに関してはかなりの知識があるのだが、やはり本職には敵わない。

 だけど、この状況をただ指を咥えて見ているわけにもいかなかった。枢という新たな戦力が入ったとはいえ、結局は、所詮は、彼は民間人。私達のような職業軍人ではない。

 第一印象でだが、彼は優しいと思う。何事においても。それは元々の彼の人柄なのか、何かきっかけがあってそうなったのかは分からないが。……彼に、戦場で迷いなく人に銃を向け、命を奪う事が出来るとは思えない。かといって、彼がネフィルのパイロットである以上、野放しには出来ない。どうせなら、手の届く所に置き、尚且つ協力して貰った方が合理的だ。

 故に、彼を今日呼び出し、これから4日間の特別訓練を行うのだ。使い物・・・になるように。

 何故急に、おこなったか。一週間前に、正体不明の漆黒の機体が現れたことも原因1つ。だけど、こちらは情報が一切掴めない。コスモスの情報網を使ってもほんの欠片も掴めない。然らば、こちらの件は後手に回るしかない。いつまでも無益なことに構っている暇もない。

 ――いや、昨日さくじつのあの事件がなければ、そちらに尽きっきりでも良かったかもしれない。イリミテイテット・グローバル社の謎の被害。マスコミでは一切の手がかりがないことから、事故扱いとなっているが、それはないだろう。そんなに事は単純なことではない。大体、仮にあれが本当にただの事故だったとする。あれだけ危険な事故を起こす作業だと知っていて、あれだけの事態を引き起こすだろうか。思いがけなく事が起きるから事故なのだが、それにしても何かしらの予防策は用意しておくものだろう。被害を縮小するようにとか。全壊など、有り得ない。

 然るに、あれは何らかの外界からの干渉と取るべきだ。微々たるいざこざはあるにしても、一応・・、この世界は均衡が保たれていたのだ。それが今、崩れようとしている。明らかな“イレギュラー”だ。今の世界事情では、ほんの少しの傾きから、まるでドミノの様に次々と壊れてしまうのだ。

 論を元軸に戻す。つまり、イレギュラーなことが縦続きに起きている。1つは強襲、1つは謎の事故。複数、普段起こらないことが起こった場合には原因である元は1つの場合が多い。

 ユスティティアが強襲されること自体は、そこまで珍しいことではない。だが、今回の漆黒の機体あれは異常だ。

 何が。技術力が半端ではない。変形機構を搭載し、変形完了速度の例を見ない早さ、変形後の実戦レベルの高さ。それらはむしろイモータル並に性能スペックを引き上げている。あれ単独であのように強襲を遂行できる恐ろしいモノだ。よって、少なくとも、バックにいるのは生半可な組織ではないだろう。少なからず大企業、最悪――国家だ。

 我々の理念は均衡だ。この崩された高低きんこうを、削り、平らにしなければならない。

 それにはやはり、武力が必要になる。銃を捨て話し合いで平和に解決など、もはや現代では不可能な、理想論となってしまったのだ。

 その全ての武力がほぼ同水準に保たれているが故に、現在いま均衡へいわが保たれている。だから力を失い、弱者と化してしまった組織国家ものは――



「ありゃ?」

 私一人だけだと思ってたけど、何か先客がいるみたい。誰かな?

 奥を見る。かなり遠いが、私にははっきりと見える。アイリだった。

「アイ――」

 手を上げ、大きく声を出して呼ぼうとするが、止める。何故なら、彼女の頬には一筋の涙が流れていたからだ。

「……」

 歩くのも止め、自然と息を殺して、アイリを遠くから見る。


 ――アイリはあまり感情に出さない娘だ。何故かは、知らない。いや、想像はつく。理解わかりはしないが。

 そのことに関して、追及はしない。此処コスモスにいる人たちは、誰もが特殊な、複雑な、経験かこをしているから。私も含めて。だから問わない。過去を暴くようなことは。


 アイリが初めて此処に――いや、物理座標ユスティティアとしての此処ではないが――来たのは、いつだっただろうか。――そう、7年前だ。まだ幼いのに何故、と初めは思ったが、俄然納得がいった。『娘を頼む』そう一言だけ書かれた私達への紹介状。そんなものをつてにして、幼い彼女は、1つの書類データを握りしめ、晴れて私達の部隊の仲間入りとなってしまった。

 あの書類は、彼女にとって特別な書類なんだろう。今思えば、そう思う。


 彼女の自分のアウラへの感情移入は、はっきり言って異常だと思う。一度――彼女がまだ、このコスモスで一番手エースとなる前に――彼女は頭部片腕片足を破損させて帰還したことがあった。もはや大破と言っても過言ではない。その日から彼女は、3日間引き篭もってしまった。当時、私には何故引き篭もったのか、ただの戦場での衝撃ショックによるものだろうと判断していたが、今思えば明らかに違う。それは、自分の愛でる物プロセルピナを傷つけてしまったから。

 7年前と、今とではアウラの性能がかなり違っている。たった7年という歳月で、アウラ技術は何かの蟲のように、成長し、姿を変える。ウルカヌスも、ミネルアも、設計されたこと事態は10年以上前だ。外見こそ変化はないが、中身はその設計当時とは大きく変わっている。中身とは、ジェネレーターやレーダー、ブースター、伝達機関、他に武器性能なども。それは、変えざるを得なかったから。戦場で、古物アンティークを使っていては生き残れないから。基本的なものは変わらないにしても、性能スペック自体は、常に最新の物に上げる必要がある。戦場で、生き残れないから。

 だけど、アイリだけは徹底して、それをしなかった。外見も中身も、一切変えることを是としなかった。何故なら、あの書類プロセルピナは父の形見なのだから――。


 だから私は驚いている。

「……プロセルピナを……破棄?」

 アイリがこんなことを言うなんて。

「そう」

「べ、別に、全部破棄する必要はないんじゃない? 直りそうもないのなら、ブースターとジェネレーターだけ変えれば……」

「良い。破棄てていい」

 何故なのか。あれだけ頑なに、これに固執していたのに。

「……良いの?」

 何か一つでも違えば、それはもう形見プロセルピナではない?

「良い」

 私にはこの娘の心が分からない。顔に感情が出ないから?

「……分かった」

 私が理解しようとしていない?

「じゃあ、掛け合って、すぐに新しい機体を手配するから」

 いや、きっと、深すぎるのだと思う。その幼い双眸が見るには、キツ過ぎた。

「……」

 “彼女の悲しみを理解し共有し和らげることが出来る人”がこの娘と出会いますように。私は、そう願わずにいられなかった。

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