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ACT.7 傾き始めた世界

 ――辺りは暗闇。その暗闇に紛れて、立ち尽くすモノがいる。

「下らない」

 漆黒の機体は工場をレールガンで撃ち貫く。あちこちで黒煙や黒炎が立ち上っている。その立ち上がった炎に漆黒の機体は照らされる。

「――下らない」

 漆黒の機体は破壊し続ける。あちこちで爆発が起こる。その機体に、幾つものノームアウラが集まる。

「クソッ! 好き勝手やりやがって!」

 ノームは一斉にヴィレイグ目掛けてライフルを撃つ。しかしヴィレイグは警戒もせずただ立ち尽くす。

「――下らない」

 ヴィレイグは背後の大きな光を瞬かせ、飛翔する。撃ち放たれた弾丸は、漆黒の装甲を貫くことなく空を切る。


 ――ドンドンドンドンドン!


 銃口が幾度も輝く。ヴィレイグは飛翔したまま、素早い動きで下方で群がるノームをロックし、そのレールガンを連射する。全てはコア部、コックピットを貫く。

「うあぁああ!」

 搭乗者の断末魔が響く。それらの機体は爆発する事無く、ただ停止する。その空いた穴からは大量の赤い液体が流れ出ている。それは機体の液体燃料なのか、それとも――。

「ひ、ぃいぃぃぃ――」

 強すぎる。両者ヴィレイグとノームの差は、埋められるものではない。ヴィレイグの動きは無駄がなく、正確で、無慈悲だ。物量差などものともしない。自分があの巨大な弾で貫かれる未来を、ノームの搭乗者は想像し、予感し恐怖する。幾つかのノームの動きが、恐怖により止まる。

「下らない下らない下らない――!」

 次々と雑魚ノームを撃ち貫いていく。外した弾は一発も存在しない。

「脆弱ッ! 劣弱ッ! 惰弱ッ!」

 ヴィレイグは破壊し続ける。この力量差は、虐殺だ。

「貴様らッ! それで戦争をしているつもりかッ――!」


 ――数分後。

「――下らない」

 辺り一面に炎と煙が上がっている。本来なら光の無い暗闇の筈が、立ち上がる炎により明るく照らされている。大量の死骸アウラが、ゴミのように、廃棄物のように転がっている。無数にあった建物は、全て崩壊している。

 そんな中、ただ唯一、無傷でヴィレイグだけがその地獄の中佇んでいた。

「――下らない」

 風で炎と煙が揺らぐ。佇む様。それはさながら、この世に君臨した魔王だろうか。

「――下らない」

 廃墟と化した地獄エリアはおよそ1キロ平方メートル。その全てが破壊し尽されている。例外はない。残った物は瓦礫ゴミだけ。

「――下らない」

 男は壊れたテープレコーダーのように同じ言葉をただ繰り返している。

 ノイズ交じりの男の声が入る。

『チッ……やりすぎだ。……まぁいい。ご苦労だった、ジェノス』

「――下らない」

 しかし、ジェノスと呼ばれた男はその声に反応する事無く、ただ同じ言葉を繰り返すだけだった。

『――聞こえてないか。困った奴だ……。……サイド、頼むぞ』

「イエス、アジエーター」

 ノイズ交じりの声に、機械的な男の声が対応する。この機体ヴィレイグのAIのようだ。

 その言葉の直後に、漆黒の機体は飛翔し、変形し、飛び立っていった。




 ――ピピピピッ! ――ピピピピッ!


 目覚まし時計のアラーム音が響く。おそらく、世界中のほとんどの者がこの音を嫌うだろう。何故か。電子音は脳を刺激するから。いやそれ以前に、安眠を邪魔されることへの苛立ちだろう。

「…………んぅー」

 眠い頭を無理やりシェイクされたような強引さで起きる。右の方から聞こえるので右に手をパタパタと動かすが、時計はない。僕は直ぐに止められないよう、絶対に手の届かない所に置いてあるのだ。

「……んー」


 ――ピピピピッ!! ――ピピピピッ!!


 スヌーズ機能にしてある為、放っておくとどんどん大きくなっていく。

「……んぅー」

 仕方なく立ち上がり、のそのそと止めに行く。


 ――ピピピピッ!!! ――ピピ。


 始めより幾分大きくなっていた音を止める。

「んぅー」

 二度寝したくなる衝動をなんとか抑える。目をごしごし思いっきり擦る。これで多少なりとも目が覚めるような気がする。

 そしてなんとか意識を覚醒させ、行動を起こす。制服に着替え、寝グセを直す。


「おはよー、アイリ」

 ダイニングルームに行くと、やはり既にアイリが起きていた。これでもいつもより早く起きてるんだけどな……何時に起きてるんだ。

 アイリは相変わらずの無表情だ。……いや、これは眠いんじゃないのか?

「おはよう」

 アイリは静かに挨拶する。そして視線をテレビに移す。僕もそれに習い、テレビを見る。

「――なっ」

 画面には、『イリミテイテット・グローバル社! 謎の大惨事!』などという見出しと共に、実況をしているアナウンサーと焼けただれた工場跡の映像が流れている。かなり酷い有様だった。テーブルの上にある新聞を見る。デカデカと一面を飾っていた。

「これ、は?」

 驚きを隠せず、動揺したままアイリに尋ねる。

「まだ詳しいことは分からない。でも、何者か、何らかの組織に夜襲されたことだけは確か」

 画面には、確かにアウラが映っていた。これはこの会社の、あるいはこの会社が雇っていた守衛のアウラとみてほぼ間違いないだろう。そしてそれらのどれもが大破しているということは戦闘があったという事だ――と決めつけるには僕は早いような気がする。こう考えるのは、やはり僕が“素人”だからなのだろうか。

「ただの、なんかの事故っていう可能性は?」

 別にいきなり夜襲とかそんな物騒なことに決まる訳ではないと思う。

「……否定は出来ない。だけど、今までにそんな例はない。……それにここまで大規模に被害が出るとは、考えにくい」

 工場は、ほぼ完全に破壊されているらしく、まともなものは何も残っていない。無論、防犯設備に残っている記録も。故に何が起こったか分からない。

「今、ユスティティアの方でも調べているところ」

 だから待て、ということなのか。

「……うん、分かった」

 枢はテレビを睨み、右手を握り締めた。膝が、キリキリと痛んだ。



 ――イリミテイテット・グローバル社。それは、先進国“イストリア”に本社を置くグラニウムとラジェニウムの生成を、全世界の4割を占めている大企業だ。多分、知らない人間はほとんどいないだろう。正直、この事件のお陰で、立ち直るのは不可能かもしれないが。

 グラニウムとラジェニウム――通称“二大元素”とは、アウラの動力源である『IMジェネレーター』を構成する重要な必要不可欠な物質である。更に言えば、これらの物質は地球上には元々存在しない化学物質だ。つまり、人間が自然をねじ曲げ造り出したモノ。

 そして全壊した工場は、イリミテイテット・グローバル社のグラニウムおよびラジェニウム生成工場。つまり、ここが無くなることにより、アウラの動力源が断たれたということになる。そう、世界の4割もの。当然、これらの物質を提供、いや、売っているのはイギリス軍にだけではない。世界のあらゆる企業、国に送られている。これにより、アウラを保持している軍や組織――特にイリミテイテット・グローバル社に依存している組織は狼狽するだろう。どうにかして、新たなパイプラインを繋がなければ、未来がない。

 そして他の、グラニウムとラジェニウム生成企業は更なる専売状況を創り出す機会チャンスだと喜々とする。

 この事件は何なのか。生成の過程によるただ“悲惨な”事故なのか。それともアイリの言う通り、何者かによる“夜襲”なのか。まだ何も分からない。

 現在の、世界の基盤となっているアウラの“足下”が崩れた。この事件は、世界には大きな影響をもたらす。これだけは、確かだった。



 学校でも、やはりあの事が話題になっていた。ニュースなど見ていなくても、ただ街を歩いているだけで、ある程度のことが分かるくらいに。

「おい、ニュース見たか?」

「見た! すげーよ、あれ」

「え? 何が?」

「お前見てねぇのかよ! すげーぜ、あれは。なぁ?」

「ああ。もう一面焼け野原みたいになってんもん!」

 こんな調子だ。教室に入っても、この話題で持ちきりなのは変わらなかった。まぁ、おかげでアイリと2人で登校して来ても特に何も言われなかったんだけど。――で、その話に参加していない者が約2名いた。

 1人は冬夜。なんかもう机に突っ伏して寝入っている。昨日夜遅くまでゲームでもしていたんだろうか。昨日は丁度木曜だったので新しいソフトを買ったのかもしれない。……後で貸してもらおう。

 もう1人は美沙都。何やら机の上に教科書を広げている。その教科書には数がたくさん書き込まれている。数学だった。

「おはよう、美沙都」

「あ、おはよう枢。アイリちゃんも」

 美沙都が読んでいる教科書を見ながら、

「今日って数学のテストだっけ?」

「そうだよー」

 教科書をペラペラ捲りながら答える。

「……ま、数学ならいいや」

 席に座る。

「枢は数学異様に得意だからね。……恨めしい」

 僕は美沙都に若干睨まれる。

 そう、自分で言うのは何だけど、数学は結構得意だ。いや、結構ではないかもしれない。定期テストなどは勉強は全くせず、いつも90点以上は叩き出している。模試の偏差値も70近くだったりすることもある。何故かは知らないけど、数字に強い。何を言いたいのか、何をやらせたいのか、何をやるべきなのかがすぐに分かるのだ。

「それでさぁ……枢」

 教科書に目を落としながら美沙都は話す。

「ん? 何?」

 枢は答える。

「……何でアイリちゃんと一緒に登校してきたの?」

「……」

 ――ぐはっ! ピンポイントで突いてきましたね! この人は!

「え、あー……それはぁ」

 ダラダラ汗をかき始める。

「それはぁ……?」

 徐々に美沙都の顔が近付いてくる。何か怖いッス、美沙都さん。

「……校門の所で会ったんだよ」

 よしっ! なんて自然なんだ!

「ふぅーん……」

 しかし変わらず懐疑的な顔を向けている美沙都。全く状況が変わっていない。

 ――仕方がない、ここは賭けに出よう!

「ねっ、アイリ、そうだよね!」

 先程から会話に参加せず、無表情なまま座っていたアイリに話を振る。

「……」

 アイリがこちらを向く。

 ここでアイリが空気を読めるのなら頷くはずだ! 僕はそこに賭ける!

「…………そういう事にしておく」

 それは一番いけない答えだぁーーーー!

「枢っ!」

「――ツ!」

 美沙都が勢いよく立ち上がると同時に、僕も勢いよく立ちあがる。そして速攻で走りだす。

「あっ! コラッ!」

 待、て、る、かー!

 美沙都の静止を呼び掛ける声も無視し、走り続ける。

「……もう」

 美沙都が溜息を吐く。するといつの間にか起きていた冬夜が、顔だけ横に向け、ニヤニヤしながら美沙都を見ていた。

「……何?」

「べっつにー」

 冬夜は口笛を吹く真似をした。


「ハァッ……ハァッ……」

 男子トイレに逃げ込むことに成功。ここは通常の女子なら入り込めない絶対聖域なのだ。

「――ったく。美沙都のやつ、おもしろそうな話題だからって食い付きおって」

 やはり女子は恋愛のことなどの話が大好きなんだろう。……まぁ、僕が逆の立場だとしても食い付くだろうからあまり人の事は言えないが。

「――あっ。アイリ、残したままだ」

 まぁ……大丈夫、だろう。そう、信じよう。今の僕に出来ることはただそれだけ。



 ――フィーナが1人、空気中に映し出されているモニターを見て、複雑な表情かおをしながら唸っている。

「――艦長」

 そんな中、渋い男の声が響く。

「どうぞー」

 やる気を感じさせないフィーナの声が応答する。その後、自動ドアが開き、ドアをくぐって初老の男――カニスが入ってくる。カニスの表情は、眉間に皺を寄せ険しい表情をしていた。カニスの両手は手ぶらだった。

 そしてデスクの前に真っ直ぐと立つ。

「……で、分かったことは?」

 右肘を立て、右手に顔を乗せてやる気の無さそうに聞く。

「“何も分からない”ということが」

 カニスは堂々と言い放つ。

「……はぁ」

 右手から顔をずり下げ、思いっきり溜息を吐く。

「ではそちらも?」

「ええ、“何も分からない”ことが分かったわ。……ったく、監視衛星にも引っかかって無いなんて」

 どうなってんのよ、と悪態を吐く。

「どうしますか? 引き続き情報を――」

「いいわ、多分無駄。諦めましょう」

 言葉を遮るように言う。そしてカニスは数秒黙ったまま、不意に口を開く。

「……ただの事故、という線はないのですか?」

「カニス……本気で言ってる?」

「いえ」

 カニスは即答する。そして、

「……貴女はどのようなお考えを?」

 再び右手で顔を支えながらモニターを見始めたフィーナにカニスは問う。

「そうねー……何も引っ掛かって無いんだったら、外からの強引な強襲はなくなるって訳でしょ?」

 フィーナはデスクに展開されている、半透明のタッチ式キーボードのホログラムを打ちながら話す。

「ってことは、始めから内部に居た、それか関係者を装って入ったんじゃないの? 例えば……そうね」

 積み荷に化けるとか、とフィーナは続けた。



「それじゃ、よろしくお願いします。優紀さん」

 辺りは廃墟。戦場の跡地のような風景が広がっていた。

『ええ……手加減は、しないわよ?』

 モニター越しの優紀さんあは不敵に笑う。シミュレーションによる模擬戦。

「はい、望むところです」

お互いに武器はなし。殴り合いだけのガチンコ対決だ。ブースターの類も一切なし。

 とにかく機体を動かすことに慣れろとのこと。相手に一発でも“技”が入れば勝ち。

『……それじゃ、始めましょうか』

 モニター上でユーコの気合いを入れる顔が見える。僕も操縦桿を握り直す。

「はい……よろしくお願いします」

 前のモニターに数字が映し出される。


 ――3


 2人は操縦桿を握り直す。


 ――2


 息を深く吸い込む。


 ――1


 目を閉じる。


 ――GO!


 お互いに走りよる。離れていてもしょうがない。とにかく彼我の距離を詰めるのが先だ。向こうもそう思ったらしい。

 バーチャルとは思えない程の、リアルな重低音が響き渡る。

「先手必勝!」

 なぜユーコさんが相手に選ばれたかというと、ミネルアはネフィルと同じく細身のフォルムだからだ。ウルカヌス等を相手にするのはあんまり効果がないとか。

 右手を振り被る。そして渾身のストレートを叩き込む。しかし当然、当たることはなかった。体全体をやや屈めるだけで避けた。

「えっ――?」

 一瞬後には既に僕の機体は仰向けで偽物の空を見上げたまま停止し、画面には敗北という文字が浮かんでいた。

「あ、あれ?」

 困惑していると、

『勝負有りよ。……リプレイ、見る?』


 ミネルアに走りながら一目散に殴りかかるネフィル。それを少し屈んだだけで避ける。そう、ここまでは分かる、覚えている。この後だ――。

 ネフィルは避けられたことで若干重心が前に傾いている。屈んだミネルアはそのまま右足を軸にしたままそのままその場で回転する。後ろ向きになったミネルアはそのまま突き出された右手を両手で掴む。

「こ、これは――」

 そのまま背負いこむように自分の体へと引き寄せる。そして勢いよく掴んだまま、離さず振り下ろす。ネフィルはその重さを感じないくらい自然に、ボディが浮く。

「い、一本背負い――!?」

 ネフィルは背中から地面に、しっかりと叩きつけられていた。――そう、それは、柔道でよく見る一本背負いそのままだった。

『正解。実戦ならこの後そのままズドンね』

 指で撃つ真似をする。

「あんな、細かい動作まで……?」

 枢は驚く。腰の落とし具合、投げる瞬間の腰の突き出し、さらに言えば、指の一本一本を操作し、しっかりと相手の腕を掴まなければならない。並大抵のことではない。もはや大道芸の域だろう。

『ま、優紀は特に細かいことが得意だから。だからこんな細い軽量型に乗っているんだよ』

『艦長』「フィーナ」

 フィーナの声が2人の擬似コックピットに入ってきた。

『……それで、お仕事は?』

 優紀が尋ねる。

「ビートに任せてきた」

『「……」』

 僕と優紀さんは、もはや呆れて何も言えなかった。ただ、ビートさんに「お気の毒」と心の中で思うことにした。


 ――ビート個人部屋。

「ぶぇーーくしょいっ!」

 1人の男が、盛大にくしゃみをしていた。


『まぁ、それは置いといてだね……』

 フィーナが話を切り替えようと話を続ける。

「……こんなんでいいんですか? 優紀さん」

「いや……良くはないでしょう……」

 2人でぼそぼそと話す。

「それは置いといてだねっ!!!」

『「――ッ!!!」』

 フィーナが物凄い大きな声で叫ぶ。2つの疑似コックピットに響く。耳には大きなおとを聴いた後の独特な感覚、音がする。

『それは置いといてだね』

 フィーナは強引に仕切り直す。

『こういうタイマンよりさ、チーム組んで殲滅するような状況をシミュレーションした方がいいと思うよ』

『は、はぁ……た、確かにそうかもしれませんね……』

 耳を抑えながら優紀さんはその答えに賛同した。

『でも、いきなりやるのは早いのでは?』

『んー、確かにそうかもね……じゃあお手本見せなよ。ってアイリもいないし、クリフも出払ってるから相手がいな――』

『よっす、フィーナ。相変わらずちみっこいな』

 フィーナの後ろから、背の高い女性がやって来て、肩を叩いた。

『『イリウム!!』』

 2人がその姿を見て驚いていた。どうやらこの人がイリウム・クリスタルさんらしい。モデルの様に背が高く、赤色のような長い茶髪が特徴的な、綺麗な人だった。

『何やってんだー? ってそりゃシミュレーションか』

 いや、綺麗と言うより“カッコ良い”かも知れない。

『……ん? こいつ誰』

 どうも僕の事を言っているらしい。

『この子はあの例の子よ』

 優紀さんが説明を入れる。これで分かるのだろうか。

『あぁーあぁ、なるほどなるほど。……あたし、イリウム・クリスタルね、よろしく』

 モニター上で、イリウムさんはにこやかに手を振っていた。

「はい、久遠 枢です。よろしくお願いします」

 僕は頭を下げた。

『まっ、偽名だけどね』

 からからと笑いながら言う。

「へ? ……あ、そうなんですか」

 なんか表の顔とか裏の顔とか言ってたしな。まぁ、偽名っていうのはなんとなく予感していた。

『丁度いい! イリウム、ユーコと組んでシミュレーションやってよ。枢くんにお手本みたいの見せたいんだよ』

 その言葉に、イリウムさんは不敵に笑う。

『いいぜぇ。こっちも一週間近くやってねぇんだ。体がなまっちまう。実戦じゃねえのが残念だが、まぁいい。シミュレーションで我慢しよう』

 そう言いながら、着崩れていたパイロットスーツを直す。


『それじゃ、始めるよ』

『あいよ』『良いわよ』

 フィーナがスイッチを押す。僕とフィーナは2人並んでモニターを見ていた。


 ――3


 テーマは市街戦。敵機はノームを想定。


 ――2


 数は……100。


 ――1


 AIレベル……MAX。


 ――GO!


 それは、最高難易度だった。



 開始直後、前方に4機の人型ノームが出現する。陣形は前方に3機が並び、真ん中の機体の後ろに少し離れて1機という布陣だった。

「よし、カバー任せた! ユーコ!」

「はいはい」

 そう言い、イリウムのアウラ――アルメニアアルスは前方に、敵陣の中心に向かって飛ぶ。飛ぶ過程で、ステップをしてさらに加速する。ミネルアはアルメニアアルスが跳ねたと同時に両手のライフルを構え、敵陣前線に撃ちつける。両脇のアウラをあっという間に撃破した。

「はっ! 相変わらず良い腕だ!」


 アルメニアアルスはネフィルやミネルアと同じくする、細見のアウラだ。ただ、こちらは完全に接近戦用となっているが。――アルメニアアルスの最大の特徴は“毛”だ。比喩表現でも何でもなく、“毛”なのだ。頭部の――そうまるでちょんまげの部分から、赤い、地面まで着きそうなほどの赤い綺麗な毛が流れているのだ。もちろん、別に特別な機能はない。それをつけている理由。イリウム曰く「流れる様がカッコ良い」だそうだ。


 アルメニアアルスは左手を開き、平を奥の1機に向ける。すると、その手の平からアンカーが飛び出す。アンカーがアウラの装甲に突き刺さる。奥のアウラは照準をアルメニアアルスに。手前の残ったアウラは空中にいるアルメニアアルスに向けることを止め、ミネルアに合わせようとする。

 突き刺さったアンカーのコード部が巻き取られる。よって、軽量なアルメニアアルスの方が奥のアウラに引き寄せられる。奥のアウラは迫ってくるアルメニアアルスに照準を合わせ撃った、が。アルメニアアルスは宙でステップし、それを確実にかわしていく。そして銃弾に当たることなく、アルメニアアルスは着地する。ちょうど2機の間に。ノームはこの素早い動きに全くついていけない。

 アルメニアアルスは前で両手をクロスするように腰につけた2刀のブレードを引き抜く。そのブレードは、目で感知できないほどに細かく振動する事によって斬れる、特殊ブレードだった。チェーンソーのそれとよく似ている。

 そのブレードを逆手で抜き、そのまま両側にいるアウラに、同時に突き刺した。刺されたアウラは動きが停止する。

 そしてアウラからブレードを引き抜き、逆手を通常に持ち帰る。

「あぁ、もうめんどくせぇ! テキトーに突っ込むからカバー頼んだ!」

 そう言い、アルメニアアルスは疾走する。

「はいはい」

 呆れながらユーコは返事をする。

 両腕のライフルを腰に着け、背中に装備していたヨルムンガルドを装備し、空高く飛翔する。

 ミネルアはスコープを覗く。すると何体も、屋根の上に待機し突撃したアルメニアアルスを狙う、スナイパー班が居た。

「1機、2機、3機、4機――」

 ユーコは無駄のない動きで、離れた敵にも確実に素早く当てていく。動かずに、じっと構えている敵など、ユーコにとっては当たらないことが有り得ない的だった。本来ならば、風や慣性の影響で、当てるのは至難の技なのだが。

 その間も、アルメニアアルスは両手にブレードを構えながら、戦場を駆け抜ける。5機編成で固まっているアウラに向かい、突っ込む。その動きは、圧倒的な早さを見せつけていた。左右にジグザグに動き、かつこちらに近づいてくる。アルメニアアルスは遠距離武装を全く展開していないので、ミサイルでも撃てれば良いのだが、ミサイルロックが間に合わず、左右にぶれ、それも叶わない。結果、何も出来ない。撃ち放つ銃弾もただ無意味。アルメニアアルスは全ての銃弾を見切り、紙一重でかわし最短ルートで距離を詰める。

「一文字斬り! ――なんてな」

 アルメニアアルスは横一線に両断する。斬られたアウラの上半身が地面に転げる。アルメニアアルスは速度を緩めることなく、次のアウラへと斬りかかる。真っ二つに斬り上げ、突き刺す。

 少し離れたところからノームがライフルを構え、撃とうとしていたが、

「よっ、と」

 ブレードを横投げで投擲し、衝き刺した。そのブレードはコードに繋がっていた。そして巻き戻し、再び手に取る。

「どうよそっちはー?」

「今17機目墜としたところ。――そっちに大部隊が接近してるわ、東方面、距離21、ざっと40かしら」

「あいよー」

 そしてアルメニアアルスはへと駆けていく。

 ミネルアのモニターに、ブースタ連続使用限界のアラームが鳴る。ミネルアは屋根の上に着地する。そしてまた回復するまでの間、屋根伝いに、ミネルアも東へと跳ねていった。



「す、すごい……」

 僕はモニターを見ながら呟く。

「うん、相変わらず凄いね。……でも」

「「チームワークは……」」

 二人同時に呟いた。この戦い方は素人目から見ても、あまりチームワークが取れているとは言えない。いや、確かにそれぞれの得意分野に別けるというのは良いのだろうが。

「ちょっと極端だよねぇ……」

 モニターでは、アルメニアアルスが両手の剣を楽しそうに振り回し、戦場を舞っている。

「腕は確かなんだけどねぇ……」

 それは見れば分かる。シミュレーションをやってみて改めて実感したことだが、接近戦というのはイメージするより遙かに難しい。

 まず最初に、相手の懐に飛び込むという勇気。これが必要となる。一瞬でも躊躇すれば、命取りになり、かといって焦ってもダメなのである。冷静にかつ迅速に、確実に動かなければならない。そして至近距離で飛び交う弾丸を見極める判断力、瞬発力が必要になる。そして、一発で仕留める。これらが成り立たなくては、1対1以外では有効性が全くない。

 正直、銃を使った方が楽なのだ。接近するよりは攻撃力は多少低いものの、リスクが圧倒的に少ない。接近戦はハイリスクハイリターンだが、銃撃戦はやはり、ローリスクハイリターンなのだ。

「……あんまり参考にならなかったかも」

 落胆しながらフィーナは僕に言う。

「いや……そんなことは、ないよ」

 僕は、この戦いに見惚れていた。アルメニアアルスの舞うような、されど獣のような獰猛な身のこなし。ミネルアの機械的なまでの確実な狙撃。どれも圧倒的だ。僕は、この2人に手が届くことが出来るのだろうか。

 ネフィルは明らかに異質なアウラだ。それは僕にも分かる。だけど、これらと比べると僕は赤子どころではない。もはや言葉では言い表せない差が開いている。

 いくらネフィルが凄かろうと、所詮パイロットが弱者ぼくでは意味がない。いわゆる、宝の持ち腐れだ。

「…………」

 僕も、強くならなくては。守りたいものが、守れるくらい――。

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