Ghosts talk
ビルの屋上から街を見下ろす
雨が降っているがそんなことは気にならない
気にしない
ただ、獲物を探すに集中する
「おい見つかったか? 怪力ヤロー」
「まだだ。もう少しそこのオモチャであそんでろ」
舌打ちをして、背後の男に悪態をつく
雨が降っていることもあり、人間も幽霊も少ない
なかなか獲物の姿は見えない
はやく獲物を見つけたかった
と言うより、この男の近くにいるのが不快だった
「くそ、一匹もみあたらねぇ」
今日はなかなか獲物が見つからない
ゲームが始まってもう10日がたつ
鈍い奴でもこれが冗談なしの殺し合いだということに気がついてきたからなのか
それとも、単に数が減ったからなのか
初日に比べて明らかに幽霊が少ない
「なあ飽きちまうぜ、早くしろよー」
「黙ってろ。いま探してる」
背後の男は手に持ったナイフとオモチャで遊んでいる
コイツはイカレている
うまく利用できると踏んで協力を仰いだが予想以上だ
手がつけられなくなる前に処分するべきか
その方がいい
不確定な要素は命取りになりかねない
次の獲物を狩ったらコイツは殺しておこう
「お、アレがいいな」
その時、路地裏を歩く男を見つけた
間違いない、幽霊だ
兄妹なのか、背中に少女を背負っている
数は2人
手分けをして殺したあと、不意打ちで背後の男も殺す
これで計3人を殺せる
上出来だ
「おい、柴田。獲物だ。タイミングを見計らって狩るぞ」
「おおいいね! でかした怪力! オモチャも壊れちまったところだし、次を探しにいかないとって思ってたところだ。さあ行こういますぐ行こう!」
背後の男、柴田は水を得た魚のように非常口を下っていった
遅れて自分も非常口の扉に手をかける
「ちっ、胸糞悪いもん残しやがって」
最後にもう一度舌打ちをして屋上をあとにする
残ったのは、かつて人型だった何かの、赤い塊だけだった
少女を長椅子に寝かせる
幸い広い公園で、屋根付きの休憩所もある
木製で流石に寝心地は良くはないだろうが、雨がしのげるだけでも充分ありがたい
時間的にも人がいない
何より歩きつかれた
朝までここで休んでおこう
テーブルを挟んで少女と反対の椅子に腰掛ける
「そういえば、こんな時間なのに眠気はないな」
疲れはあるのに眠気は全くない
もしかしたら、幽霊とは眠らないものなのかもしれない
「う、ん」
と、少女の声が聞こえた
どうやら目が覚めたようだ
「起きたか。頭とか痛くないか?」
「頭•••少し痛いような。あなたは•••」
寝ぼけていたようだが、すぐにハッとしたように起き上がる
距離をとると、何を探しているのかポケットや服を探り始めた
「あの包丁なら捨ててきたよ。また斬りかかられるのはごめんだしな」
「ぐ•••、何が目的ですか。先に言っておきますけど、ジョーカーについては何も知りませんよ」
敵意むき出しだ
それもそうだろう
目の前にいるのは、ついさっき殺そうとした相手なのだ
できるだけ優い口調で話しかける
「安心してくれ、君をどうこうしようなんて思ってない」
「信用できません」
「あのな、俺はジョーカーなんてものには興味はない。君を殺すつもりならもう殺してる。ここまで連れてくるなんて無駄なことはしない。そうだろ」
「それは、そうですが•••。あれ、あなた」
「どうかしたか」
「いえ、なんでも•••」
少女は言い澱みながらも警戒はとかない
そんなに信用できない外見なのだろうか
記憶がないせいで自分の人相はおもいだせないが、いいも悪いも普通だった気がするのだが
「あなた、幽霊ですよね。ならゲームのことも知ってるはずです。消えてもいいんですか?」
「それは•••」
確かに消えるのはごめんだ
だが、そのために殺人を繰り返すつもりはない
少なくとも目の前の少女を殺すという選択肢は、自分にはなかった
「消えたくはない。だがそれ以上に人殺しはしたくないんだ。だから君も殺さない。信用してくれ」
「私は•••あなたを殺そうとしたんですよ。それでもですか?」
「ああ、それでもだ」
無言が続く
少女はこちらを探るように見ていたが、しばらくすると諦めたようにため息をついた
「わかりましたよ。信用します。こんな綺麗事を言う人は久しぶりですしね」
少女は呆れた顔をしながら、長椅子に座り直した
どうにか信用してもらえたようだ
「私の名前は神山南です。情けをかけていただきありがとうございます。あなたは?」
「おれは記憶がないんだ。名前もわからない」
「記憶がない?」
少女は少し考え込むようにしたが、すぐに向き直った
「まあいいです。そういう幽霊がいてもおかしくないでしょうし。でも、名前が無いのは不便ですね」
「確かにそうだな」
たしかに、いつまでもキミやあなたでは支障がでてくるかもしれない
ニックネームみたいなものがあれば便利なのだが
「じゃあ名前をつけてあげましょうか」
「は!?」
突然何を言っているのだ
警戒を解いてくれたのは素直に嬉しいが
何というか、思った以上に馴れ馴れしい子だ
「そうですねー」
「いやまて、何を勝手に」
「ではシドウさんで。丁度4月10日なので」
「適当かよ!!」
講義しようとしたが、向こうはもうシドウで決定のようだ
意見を聞き入れてくれそうにない
まあ、自分で自分の名前を決めるのもむず痒い
思い出すまでならシドウでいいだろう
「何というか、見た目のわりにおしゃべりなんだな。年のわりにしっかりしてるし」
「ああ、知らないんですか。シドウさんは幽霊になって間もないみたいですね。幽霊は見た目で判断しない方がいいですよ。外見は死んだ時のままで、幽霊になってからは変わりませんから。私も14で死んでから幽霊生活を5年しています」
「まじか」
この少女が、精神的には20歳
自分とそう変わらない
とても信じられないが、確かに死んだ後でに老いも何もないのだろう
どうやら幽霊とはそういうものらしい
「記憶が無いとおっしゃってましたが、ゲームについてはどこで知ったのですか?」
「それは、教えてもらったんだ。妙な二人組に。そこからも逃げてきてしまったけど」
今までの自分の経緯を話す
気付いたらこの街にいたこと
記憶がなくなっていたこと
そして、彼女らにゲームのことを聞かされたこと
今になって思えば、彼女らには本当に世話になっていたんだと思う
寝床すらろくに見つからない
そとは危険であふれている
こんな状況で自分みたいな存在を匿ってくれていたのだ
もちろん人殺しを認めるつもりはない
それでも、身を以て惨状の一端を目の当たりにした今なら
彼女の言い分もわからなくはなかった
黙って逃げてしまったのは悪かったかもしれない
「ゲームのルールだけ。そうですか。なら『ポルターガイスト』についてはまだ知らないんですね」
「ポルターガイスト?」
あれだろうか
幽霊が起こすとされる不思議な現象
地響きとか火の玉とか
「幽霊に与えられるスキルです。それぞれの個性や過去、トラウマをもとに割り当てられるんです。超能力みたいなものですよ」
この街で最初に見た彼女の炎
何かの見間違いかと思っていたが、もしやあれが彼女のポルターガイストなのだろうか
「幽霊の持つ超能力。それでポルターガイスト、か」
にわかには信じられない話だ
だが、これまでも信じられない話ばかりだった
もうここまでくれば、超能力くらいで驚きはしない
南の話を黙って聞くことにした
「超能力は大きく分けて二つに分けられます。武器を用いて敵を狩るアタッカー。補助的な能力で味方を支援するサポーター。それぞれ協力し合ってこのゲームを生き残るんです」
「問答無用の殺し合いなのに、協力しないと生き残れないのか」
「とくにサポーターは単独では殺すことができませんし。私みたいにはぐれのサポーターは、狩られるのを待つしかないんです」
どうやら南はサポーターらしい
俺はどうなんだろう
今のところ、超能力的な何かは無いが
「なあ、ポルターガイストはどうすれば使えるんだ?」
「それは使おうと思ったら使えますけど。もしかしたら、シドウさんは記憶が無いせいでポルターガイストもないのかもしれませんね。さっきも言いましたが、過去やトラウマがもとですから」
「•••それはサポーター以上にまずいんじゃあないか?」
「まずいですね。宿無し、記憶無し、加えて能無しです」
記憶もない
能力もない
これではまるでRPGに出てくるザコキャラだ
「ま、まあ落ち込むことではないですよ。このゲームではむしろ良いだと思います」
「どこがだよ」
「このゲームに参加している人は、まともな人生を送ってない人ばかりなんです。だからシドウさんみたいに普通な人がいると、その、安心できる? みたいな気分になるんですよ」
「まともな人生を送ってない? じゃあ君も?」
「南でいいですよ」
彼女が普通でない人生を送って来た?
とてもそうには見えない
たが、幽霊としてこの世に留まっているのなら、その理由があるのだろう
「•••私の過去、聞きたいですか?」
「え?」
予想外の言葉だった
これは彼女にとって面白くない話だ
聞かない方がいいだろう
そう思っていた
「いいのか? 俺みたいな初対面相手にそんな話」
「いいんですよ。なんとなく、話したい気分なんです」
そんなはずはないだろう
簡単に話すような物ではない
だが、彼女がそう言うのにはきっと理由があるのだろう
「聞かせてくれ。南の話を」
「•••はい。先に言っておきますけど、同情とかはやめて下さいね。そういうが一番困りますから」
苦笑いで答えて、南は話しはじめた
彼女の人生を