Piece of that she think
暇を持て余していた
あまりに持て余していたから、理由もなくイライラしていた
イライラしていたから、ついキツく当たってしまった
不慮の事故だ
それだけだ
「そんなわけないだろ」
「•••うるさいわね」
目の前の男を睨みつける
この男は、ぼんやりしてそうに見えて実は人がよく見えている
というか見えすぎている
こういう、なんでも知ってなさそうで知ってる大人は嫌いだ
「だいたい何よあの態度。危険地帯に突っ立ってたのをわざわざここまで連れてきてあげたのに、感謝の一つもないとか。親の顔が見てみたいわ」
「連れてきた、ね。私には引きずってきたように見えたのだが」
「っ!」
もう一度睨みつける
次はないぞと怒りをこめて
ハカセはそれを察してもう煽ってはこなくなった
「はぁ、馬鹿みたい」
私は何をしているのだろう
ジョーカーを手に入れ願いを叶える
そのためにこのクソみたいなゲームに参加したのに
今していることといえば記憶喪失男のお守りだ
当の記憶喪失男は、あらかたの話を話し終えると、一人にしてくれと言ったきりバーを占領している
おかげで私は控室に押しやられ、ハカセと合わせたくもない顔を合わせているのだ
「いったい、何がそんなに気にくわないんだい」
ああ、また喋りかけてきた
口を開くなというさっきの警告がわからなかったのだろうか
いや、この男のことだ
わかった上で話しているのだろう
「決まってるでしょ。あなたと同じ空気を吸っていることよ」
「いやいやそうじゃない。私に対する君の評価には異を唱えたいところだけど、いまはそっちじゃない。彼のことだ」
やはりこの男は嫌いだ
話したくない話題を、ピンポイントで提供してくる
「さっきのは理論整然とした君には珍しい態度だった。あの言い方をしても彼が混乱するのは目に見えていただろう。君もそれがわかっていたから、あえて私に話し手を譲ったと思っていたのだが」
「べつに、単にあいつの態度が気に食わなかっただけよ。さっきも言ってたでしょ。文句は言えるくせにお礼は言えないようなやつ、腹がたっても悪くはないわ」
「いや、君に限ってそんな無駄はありえないな。何か決定的に、受け入れられないことがあったんじゃないかい?」
「違うって言ってるでしょ。黙りなさい」
「記憶喪失は、君には馴染み深いものだったね」
「黙りなさい」
「過去の自分と重ねてしまうのも分からなくはないけど」
「黙れ!」
ドン
ハカセの近くの壁が爆発する
パラパラと小石が落ちたそこには、サッカーボールほどの穴が空いていた
「それ以上くだらないことを言うなら、あなたの頭がそうなるわよ」
これまでにないほど、怒りをこめて睨みつける
さすがに懲りたようで、ハカセは降参と言う風に手をあげて話し始めた
「ああ、わかったよ。こちらの言いすぎだった。ただ、一時の感情に流されるようなことはよしてほしい。彼を拾ってきたのは君だ。追い出すも匿うも、他でもない君自身がしっかりと考えた上で決めてくれ」
結局それを言いたかったのか
回りくどい上に人の勘に触る男だ
沸騰した頭をなんとか沸点以下に冷やすと、聞かなければならない事を一つだけ尋ねた
「ねえ、記憶喪失の幽霊なんてありえるの?」
そう、それが一番の問題のはずだ
後は些細な事にすぎない
何をくだらないことでカリカリしていたのか
軽く自己嫌悪におちいる
ハカセは聞かれることがわかっていたかのように、すぐに返事をよこしてきた
「私が存在していた30年は、少なくとも私が知る限りはありえなかった」
この男は顔が広い
加えて1回目から生き残ってる数少ない幽霊だ
そのハカセが知らないとなるとまず無いと考えていい
「だが、記憶喪失の幽霊という話自体はよくある。死んだ事に気付かない幽霊というのは、君も聞いたことがあるだろう。あくまで作り物、フィクションだけど」
「確かによく聞く話ね。けどやっぱりありえない。だって、記憶喪失なら現世に踏みとどまるための未練がないじゃない」
この町に存在する幽霊は例外なく未練がある
未練があるからここにいる
あの世に旅立てないでいる
それがないなら
記憶喪失で忘れているなら
ここにいれるはずがないのだ
「そう、それが問題なんだ。彼には何か秘密があると考えた方がいいだろう」
秘密とは何か
それはまだわからない
だが、今までの幽霊の常識に当てはまらない存在なのは確かだ
「知っての通り、今回のゲームは前回の二回と比べてイレギュラーが多い。もしかしたら、彼がゲームのキーマンになりうるかもしれないね」
そう言うハカセの、メガネの奥は笑っている
これは暗に記憶喪失男を匿えという事だろう
本当に腹立たしい男だ
私に決めさせると言っておいて、自分ではもう答えを出していたようだ
「•••はぁ、わかったわよ。事態が落ち着くまでは彼を捉えておく。これでいいかしら」
今日何度目ともわからないため息をつく
確かに、記憶喪失男をここで追い出すのはリスクが高い
キーマンだのの話を置いておいてもだ
バーの存在を知られているため、場所をバラされる危険がある
かといって殺して口止めするのは主義に反する
勝手に動かれないためにも、目の届く範囲に置いておくのが得策だ
気にくわないのは、結局ハカセの思う通りになったであろうことだが
仕方ない
ここは堪えるとしよう
「よし、では残りの話も済ませてしまおう。彼も落ち着いた頃合だろうしね」
ハカセがそう言ってバーへの扉をひらく
しかし、動きはそこで止まってしまった
「どうしたの。まだ何か文句が?」
「いや、それはないんだが。その•••」
「もう、とっとと開けなさいよ」
中途半端に開かれた扉を蹴り開ける
少し強く蹴りすぎただろうか
意外に大きな音が出て、少し驚いた
だが、目線の先にはさらに驚く事態がまっていた
「•••どうやら、逃げられたようだね」
そこには記憶喪失男の姿はなかった