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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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統括者リボルト

檻が解き放たれた瞬間のこと、魔物たちは何が起きているのか理解できていなかった。

ただ青い軌跡だけが宙を舞い、次々と魔物たちの体が切り離されては血を噴いて倒れていった。

魔物たちは青い光りが殺しに来ているのだと分かって立ち向かうも、触れた時には死に至ってしまう。

そして逆に青い光に触れなければいいと思って逃げても、遥か高速で通り過ぎていて気づけば意識は暗闇の中だ。

もはや死んでいることにすら気づかず、恐怖を覚える時間すらもなく命を落としていく。

風は聞こえない、悲鳴すら発せられない、勇ましい雄叫びもない、多くの獣は音も無く殺されていくばかりだ。

無情なる青き刃は死神の鎌として、魔物たちの命の灯火を持っていったのだ。


「……終わりだ」


タナトスは檻の中にいた全ての魔物を斬り伏せた。

一匹も抵抗どころか、まともな反応することもなく魔物は彼に殺されて静まり返った空間となる。

血と死体だけが残り、この場に命があるのは倒れている人間と彼だけだ。

とにかく、これでアルパ街ではアスクレピオス街のような騒動が起きることはない。

あとは上手いこと、この地下拠点の存在をシャウにでも伝えれば正義の勇者アリストにも伝わって処理に動き出すだろう。


「…いたたっ。右腕が痛むな」


タナトスは瞳を黒く染めてから魔剣を鞘に収めて、右腕を押さえながら歩き出した。

机から血の入った小瓶と注射器を回収しては他に何かないか調べるが、魔物の檻以外は何もなかった。

そのため、他は放置して出て行って最初の通路へと戻っていく。

そしてまだ通っていない通路へと足を運び、休まずに歩き続けた。

連戦続きの状態だが、まだ疲労困憊(こんぱい)するほどじゃない。

それにこれ以上の脅威はもう無いと踏んでの行動だった。

だからタナトスは遠慮なく進み続けていたが、やがて上り階段へと辿り着く。

石階段は短く、上を見ればランタンの灯りで照らされている木の扉が目についた。

どこに繋がっているのか分からないが、行くしかない。

タナトスは石階段をしっかりと靴底で踏みしめて行き、昇りきった後に扉のドアノブに手をかけた。

それから息を潜めつつ、ゆっくりと扉を押し開く。


「ここは……」


扉を通ると、そこは木で建てられた大きな建物だった。

しっかりとした造りで木製でありながらも、まるで豪邸の類に思える程だ。

少し足を進めるとホールらしき場所に出て、自分が居る場所が王城の玄関入口のような広い空間だと分かる。

天井は高く、多くのランタンによって照らされていて舞踏会ができてしまいそうなほどに広い場所だ。

その光景にタナトスは戸惑いを覚えていると、壁際に佇んでいた男性に声をかけられる。


「おや、仕事の報告に来たと思ったら思わぬ客人が来たようだ」


気付かなかったタナトスは慌てて魔剣を鞘から引き抜いて、声が聞こえてきた方へ視線を向けて身構えた。

すると視線の先には壮年ほどの年老いた男性と、仮面を被った男性らしき人物の二人がいた。

年老いた方は白髪まじりのショートの黒髪で顔にシワがあるほどだが、兵役上がりなのか体格はがっちりとしている。

光りの無い黒い瞳が特徴的で、目の下には抉ったような傷跡がはっきりと残っていた。

服装は旅人が着るような丈夫な革でできた物で、一般市民とは違うのが服装で分かる。

おそらく反抗組織の一人なのだろう。

そしてもう一人の仮面を被っている人物は、身長こそは180センチほどあるのが見て分かるが、服装そのものは年老いた人と同じで特徴的なことは分からない。

魔物をかたどったような装飾付きの仮面で髪まで隠されていて、あとは長剣を納めた鞘を腰に差しているくらいだ。


「なんだお前たち二人は?」


タナトスは厳しい口調で声をかけた。

けれど相手はまるで気にせず、年老いた人物は不敵な笑みを浮かべては質問とは違う内容を勝手に話し出す。


「君はタナトス君だね。娘がいつもお世話になっている。それと、アスクレピオス街ではずいぶんと活躍したそうじゃないか。カラスからそう聞いている。そして、まさかここでも活躍の場を求めてやってくるとはね。こうも業突(ごうつ)く張りだと、全く(しち)面倒な人間だ。少しは逃亡者らしく、波風立たせずに大人しく身を隠してもらえないものかね」


「一人で何を意味不明なことを言っている。ワケの分からない話には聞く耳を持つ気はないぜ。まずお前が何者か答えて貰おうか」


タナトスは魔剣の剣先を二人の男性に向けた。

それでも相手は一切怯える様子はない。

彼を脅威だと見ていないのだ。

しかし年老いた人物は少し考えたのち、タナトスの質問に余裕ある口調で答えた。


「そうだな。せっかく会えた記念に、まずは自己紹介をしておこうか。娘のこともあるからね。私は反抗組織の統括者リボルト・ウェルミス。そして隣にいる仮面の彼は……まぁ、私のただの護衛だ」


年老いた男性はリボルトと名乗り、また反抗組織の統括者と口にした。

そのことを聞いたタナトスは一瞬驚きを覚えるも、すぐに鋭い眼でリボルトという男性を睨みつけた。


「統括者ということはお前が反抗組織の主犯か。くははっ、これは思わぬ所で出会えたものだな。つまりこれこそ千載一遇のチャンス。お前さえ捕らえれば、俺の無罪は証明できるというわけか」


その話を聞いて、反抗組織の主犯である老人のリボルトは小さく笑った。

光り無い黒い瞳を歪ませて、小馬鹿にする声をあげる。


「くくくくっ、そうか。タナトス君は無罪証明のために私を探し回っていたのか。それは滑稽なことだ。そんなことをせずとも、いずれ罪など無かったこと同然になるというのに」


「何を言っている?」


「なに、近々国王暗殺なんて瑣末(さまつ)な出来事の一つに過ぎなくなるというだけの話だ。近いうちに、この国は変わる。今回はタナトス君に未然に防がれてしまったが、アルパ街のことなどどうでもいい。すでにきっかけは訪れていて、もはや変化は誰にも止められない。新たな始まりが近いのだ」


「頭のイカれた妄言も大概にしろよ。中身の無いつまらない言い回しばかりしやがって。寝言や戯言は牢にぶち込まれたあとにしろ。いつまでもボケた老人の言葉に耳なんか傾けていられるか」


タナトスはそう言って走り出し、主犯であるリボルトに近づこうとした。

だが動き出した直後に、目の前に仮面の人物が瞬間的に現れて行く手を阻んでくる。

仕方なしにタナトスは気絶狙いで魔剣を素早く振るうが、仮面の人物は一瞬で鞘から剣を引き抜いて魔剣の刃を受け止めた。

同時にタナトスの腕には大きな力の負荷がかかり、仮面の人物の実力を肌で感じ取る。

今まで出会ってきた人間より、遥かにレベルそのものが違うと。

それは魔王と対峙したような緊張感すら思い出させられていた。


「なんだこいつ…!」


タナトスは左腕に力を込めるがビクともしない。

まだ魔人の力を発揮してないとは言え、こうも今の力が通じないとまるで正義の勇者アリストを相手しているみたいだ。

でも正義の勇者アリストとは根本的な所が違う。

仮面の人物は純粋な力だけで、タナトスを圧倒している。

こうしてタナトスと仮面の人物がつばぜり合いしているなか、リボルトは笑みを浮かべて近くの扉を開け放った。

するとその扉は外に繋がっており、田舎の光景が目に映り込んだ。


「待て!逃げるつもりか!」


ここで逃がすわけにはいかないとタナトスは叫んだ。

でも仮面の人物とのつばぜり合いは一瞬とも気が引けぬもので、身動きが取れない状態だった。

それを分かってなのか、リボルトは振り返ってタナトスに淡々と言った。


「もはやお前の命は(つい)えたも同然だ。あとはそいつの気まぐれに助けて貰えるよう祈るんだな。そいつには、私と娘を守るためだけにしか動かないように頼んでいる。それではタナトス君。もし生き残れたら、準備が整うまで娘を引き続き頼むよ」


「待てよ!さっきから娘って何の話だ!くそっ!」


タナトスの言葉はすでにリボルトの耳には入らず、彼はこの建物から出て行ってしまう。

ここで反抗組織の統括者を逃がすわけにはいかない。

時間もなく、今この目の前にしている仮面の人物は気絶狙いでは到底まともな戦闘は無理だ。

タナトスは覚悟を決めて、殺意を持って瞳を赤く染めた。


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