魔物の血
場所は変わり、食の街アルパの反抗組織の地下拠点にてタナトスは調査を続けていた。
彼は魔剣を左手に持ったまま、ランタンで照らされている通路を歩き続けていた。
道中は反抗組織員に出会うこともあったが、相手が行動を起こす前に全て叩き伏せている。
そして医薬の街アスクレピオスにあった反抗組織の地下拠点とは違って、ここは一本道だったために彼は迷うことなく順調に進んでいく。
「思っていたより長いな」
そう思ったとき、ちょうど分かれ道が出てきた。
真っ直ぐ前方に進む道と、右手への分かれ道の二つだ。
前方への道からはただ風の流れを感じるだけだが、右手からの道は騒がしさを感じとれた。
獣の声と人の気配で、何らかの作業をしているようだ。
そのため先に人がいる方を確認しようと、タナトスは右手の道を選んだ。
右手の道を突き進んでいくと、だんだんと声が近づいてきた。
もはや耳を澄ます必要がないほどに、話し声と多くの獣の唸り声が聞こえてくる。
話し声は間違いなく反抗組織員のもので、声が通路に反響して内容が聞き取れた。
「さぁ、注射した魔物から早く檻に入れろ。時間が無いぞ」
「分かっている。しかし明日に放つなら、もう檻に入れる必要もないんじゃないか」
「何を馬鹿なことを言っている。魔物の餌にでもなりたいのか?」
「はははっ、冗談だ」
渇いた笑い声が発せられていて、どうやらタナトスが侵入していることに気づいていないようだった。
襲ってくる人物全員を沈黙させていったからか、どうもタナトスのことは伝わっていないようだ。
なので情報を聞き出すチャンスだと思い、息を潜めてタナトスは動き出す。
魔物の存在を除けば、見たところ相手はたったの四人だ。
これなら右手が使えなくても、相手を気絶に追い込むのは容易だ。
「行くか」
呟いてからタナトスは走り出し、反抗組織員に立ち向かっていった。
反抗組織員たちは、彼の存在については影がちらついた程度にしか認識できなかっただろう。
タナトスは一人に飛び蹴りして吹き飛ばすと同時に体を捻り、踵落としを別の敵の頭に叩き込んだ。
続けて声を出す暇や状況を理解させる時間を与えず、もう一人の敵に接近してみぞおちに殴打を与えては、魔剣の柄で顎を叩きつけてノックダウンさせる。
そして最後の一人には、魔剣の刃を振るって首の薄皮一枚切る所で寸止めした。
「動くな」
タナトスは唯一気絶させないでおいた男性を、魔剣で動きを制止させては黒い瞳で睨みつけ、厳しい口調で命令した。
このことに相手は何が起こったのか理解できておらず、戸惑いと恐怖を覚えて顔に浮き立たせていた。
数秒も経たないうちに目の前にいた三人が倒れたのだから、頭の中の処理が追いつかないのは仕方ないことかもしれない。
それでも命の危険に立たされていることだけは理解して、震えた声を絞り出した。
「な、なんだあんたは…」
「余計なことを口にするな。俺が今から質問するから、それだけを答えろ。無駄口や余計な行動を取ったら首が飛ぶと思え。いいな?」
「なんで、こんな…いや、わかった」
「よし。じゃあまず一つ目の質問だ。ここの魔物は何だ?何を目的に集めている?」
タナトスは横目に檻に入れられている魔物たちをみた。
多くの魔物たちが唸り声をあげていて、ストレスのせいでかなり凶暴性が増しているように見える。
しかし、いくら苛立った魔物にしても少し異常なほどに怒り狂っていた。
まるで理性を失っているようにさえ思える。
そんなことを思っている間に、相手はタナトスの質問に怯えた声で答えた。
「このアルパ街に放つためさ。そ、それと実験も兼ねている」
「実験だと?なんの実験だ」
「実験とは言っても大したものじゃない…。ただ血を射っているだけだ。ほら、あそこに血の入った瓶と注射器があるだろ。あれを注入している」
そう言われてタナトスは、檻の近くに置かれている机の方へ視線を向けた。
隣には魔物の餌のような袋が山積みにされていて、机の上には相手の話の通りに赤い血の入った小瓶と注射器が置いてあった。
更に多くの疑問が出てきたため、タナトスは続けて質問をぶつける。
「何の血だ?」
「さぁね。ただ射てと言われているだけで、何の血なのかまでは聞いていない。とても特殊な魔物の血とだけは聞いているが」
「特殊……」
特殊な魔物の血と言えば、魔界大陸の魔物関係だろうか。
血に興奮作用がある魔物に心当たりはないが、仮に魔界大陸の魔物の血だとして、そんな簡単に手に入るわけがない。
いつしかのサタナキアという魔王の幹部みたく配下を連れてでもない限り、この大陸で魔界大陸の魔物に出会うことは絶対にありえない。
「それで、血を射たれた魔物はどうなるんだ。ここにいる魔物たちみたく凶暴性が増すだけか?」
「それもあるが、中には筋肉が肥大化して変異する魔物もいる。それはまさにこの大陸では見かけないような強力な魔物になったりな。人間にも射つこともあるそうだが、俺が知る限り全員化物になるか死んじまっているね」
こいつら人間にまで魔物の血を使っているのかと、タナトスは思った。
おそらくその実験対象の人間は反抗組織からしたら敵の人間なのだろうが、ずいぶんと非道なことをする。
しかし人間や魔物を変異させる魔物の血なんて、そんなものがあるのかとタナトスは初めて知った。
いくら血だけで体を変異させるなんて、魔界大陸の魔物だと言っても普通ではない。
更に魔物の中でも異質な存在、それこそタナトスのように造られなければ存在しなかった魔人と、同程度の異質でなければありえない話だ。
一体何者の血なのか、そしてどうやって反抗組織がその血を手に入れたのか、更に人間にまで使って何をしたいのか。
多くの疑問と謎がタナトスの中に残った。
タナトスはひとまず血と実験については考えを置き、最初の質問の答えに戻した。
「それで、最初に魔物を集めているのはアルパ街に放つためだと言ったな。どうして魔物を憎む組織であるのに、魔物による被害を増やす真似をするんだ」
タナトスがこの質問をしたとき、相手は血相を変えて顔を真っ赤にした。
血眼になって凄まじい形相で、大声で怒声を浴びせるように答えてくる。
「この国を変えるためだよ!どいつもこいつも魔物に襲われた時の感情を忘れて、魔物と手を組んでいた王の配下である兵士に守られて日々を謳歌している!そんなのが許されるものか!俺は忘れない!魔物に殺された友人の無念を!自分で立ち上がる意思を自覚しなければいけなのだ!自ら武器を取り、自らの力で魔物を排除しなければいけない!そのために犠牲は必要だ!犠牲が無ければ、愚かな民衆は立ち上がる気力を持たない!友人を守るには、友人の無念を晴らすためには武器を手にしなければいけないのだ!」
まるでスイッチが入ったような様子だった。
それは最初のころのスイセンと同じで、トラウマに苛まれて怒り狂うものだ。
けれどタナトスからしたら自分の意思だけではなく、主犯によって意図的に憎しみの感情を助長させられていて、洗脳されているだけにしか見えなかった。
そう、普通ならトラウマを克服するよう促すべきだ。
スイセンの時もそうだったが、明らかにより強くトラウマを根に持っていて怒りと憎しみを爆発させている。
わざと憎悪を増幅させているのか、本気で守ろうと思うには必要な感情なのか分からないが、良い方向へと主犯が変えているようには決して思えない。
そうして相手は魔剣の刃を向けられているにも関わらず、意見の主張を続けた。
もはや話にならないと悟ったタナトスは仕方なく、相手を殴り飛ばして気絶に追い込んだ。
「熱心に話しているところ悪いが、俺も時間に余裕はないもんでな。そういう話は道端でやってくれ」
相手は力なく地面へと倒れこみ、騒がしい演説は終わりを迎えた。
そしてタナトスは魔物達が閉じ込められている檻へと向かって歩き、魔剣の柄を握る手に力を込めながら呟いた。
「また街で騒動を起こされるのは面倒だからな。お前たちには悪いが、全員死んでもらうぞ」
そう言ってタナトスは瞳を赤く染めて、八十匹以上は入っている魔物の檻を一人で開け放った。




