野宿
しばらくしてタナトスが血抜きした猪の肉を持って森を出た時には、すでに日は暮れ始めていて夕方となっていた。
見上げれば茜色の空と藍色の空が混じっていて、すぐに夜が更けてきてしまうのが分かる。
茜色に染まった光景を背に、野原に座っていたシャウが森から出てきたタナトスの姿を見て声をあげた。
「おっそーい!もう、か弱い女の子をどれだけ待たせるつもりなの!少しは気を利かせてよね!」
「おいおい、罵倒かよ。せめて労いの言葉をかけてくれ。これでも結構大変な目に遭っているんだぞ」
それでもシャウは僅かも偉そうな態度を崩さないが、さすがに可哀想だとミズキは立ち上がってタナトスに近づいた。
優しい表情でミズキは彼が肩に抱えている肉を受け取り、素直な気持ちを言葉にする。
「お疲れ様です、タナトスさん。何だかすみません」
「…まぁいいさ。それより日が暮れてしまったな。どうするミズキ。俺はできればもう少し移動はしておきたい気持ちがあるが」
「そうですね。魔物が多く生息している森の近くで野宿は落ち着きませんし……、近くに身を隠せるような場所があればいいんですけど」
今のミズキの言葉にシャウが、私の出番と言わんばかりにいち早く反応する。
彼女はまるで名前を呼ばれた犬のように駆け寄り、スカートを揺らしながら誇らしげに胸を張って、大きな声を発してアピールしてきた。
「なら、この近くに小さな洞窟があるよ!これでも私は大陸中を旅した勇者だからね!ある程度は地域を把握しているんだ!」
「お調子者でも旅を経験した知識は本物といった所か。じゃあ案内を頼む」
「おっけーおっけー!私に任せなさい!山育ちだからね。土地勘は強いんだ!」
そう笑顔を浮かべて元気に言って、シャウを先頭にミズキとタナトスも歩き出した。
休憩ができたおかげか先ほどよりは足取りが軽く、三人共疲れた表情はなくミズキとシャウの彼女らに至っては談笑するほどだった。
比べてタナトスは辺りを警戒して進み、常に他の人の姿や気配は無いかと探り続けていた。
しかし見渡しても人だけではなく、魔物の姿や気配もない。
おかげで三人は草原を順調に進むことでができて、これ以上は苦労することは無さそうだ。
こうして気が抜け始めて三十分ほど歩き続けていると、やがて一つの洞穴へと到着することになる。
洞穴は低い岩山にできた浅く小さな穴で、せいぜい雨を防げる岩の天井しかない深さと広さだ。
少し覗き込めば中が見えてしまうだろうが、無防備な状態で隠れていないよりは幾分かマシだ。
念のためにとタナトスが洞穴の中を覗き込んで調べるも、特に文句を挟むことはなかった。
「はい、着きましたー!ここが、シャウちゃんが昔使ったことがある、かの有名なスイートホームの洞窟でーす!」
「大げさだな。俺には犬小屋にしか見えん」
「わはははー、それは手厳しい!でもタナトスの家とそんな大差ないんじゃないかな!」
「っくははは、言われてみたらそうだな。今や、俺の家も犬小屋同然だ。さて、まずは飯を済ませようか。俺は今日一日、まだ何も食べれていないからな。さすがに空腹で眠ることはできない」
軽く笑いながらタナトスはそう言って、すぐに焚火の準備を始める。
傍らでミズキが肉を綺麗に捌き初めて、食事の用意に入った。
そしてシャウは一番目立つ場所である洞穴の上に座り込んで、見張りとして辺りを見渡しながら待つ姿勢に入る。
「いやぁ、こうして眺めると世界が静かになったと思えるものだねぇ。ほんの数年前は魔物がうじゃうじゃしていたから、余計に感慨深いものがあるよ!」
彼女のその発言にミズキが反応して、調理する手を動かしながら言葉を返した。
「そうですね…。数年前までは本当にどこも魔物が多く生息していました。それで多くの人が命を落としていましたね。私の両親も、魔物に殺されて亡くなっていますから」
「え、そうなんだ?これは訊いていいのかな。いつ頃に両親が亡くなったの?」
「私が五歳頃の時ですね。それからは妹と生活をしてきました。もちろん私の故郷では心配や世話をかけてくれる方々や、養父にまでなってくれる方がいましたが…。それでも大変でしたね。妹と互いに守れるようにと親代わりの方に武術を習ったりしていましたが、けっこう苦しい生活が続いたものです。私の実力では魔物を一匹仕留めるのも大変で、危険なことが多かったです」
「へぇ。ならミズキちゃんは私と似たような境遇なんだね。私も両親を魔物に殺されて結構大変だったから。まぁ私には小さい頃から師匠が親みたいな所があったから、大きな問題はなかったけれど」
「やっぱり人との繋がりって大切ですね…。えっと、タナトスさんは幼い頃はどうだったんですか?」
焚き火の火種から煙が出始めたとき、ミズキがタナトスに同じ話題を振る。
彼女の問いかけで不思議なことにシャウが少しだけ戸惑った表情を浮かべるが、そんな反応など気にせずにタナトスは淡白に答えた。
「俺はお前らと違って別にそんな体験はないな。むしろ裕福な生活をしていたぐらいだ。それでも毎日、俺の親がうるさくて厳しい訓練だか実践は死ぬほどさせられたが。今はそんなうるさい親も二年前に死んで、すでにこの世にはいないがな」
「二年前、ですか。ちょうどシャウさんが魔王を討伐した年ですね。きっとタナトスさんのご両親は、今の平和の世界を見たかったでしょうね…。だからタナトスさんに厳しい訓練を与えたのだと思います。みんなが望んだ平和な世界にするために」
「どうだろうな。もし親が望む世界にするために俺を鍛えていたのなら、なかなか滑稽な話だとは思うぞ」
タナトスのどこか意味深な発言だった。
何がどう滑稽なのか、ミズキにはまるで意味が分からない。
ただ彼が自嘲気味に、目元だけ笑っているのは見て分かった。
「え、それはどういう意味ですか?さっぱり理解できないのですが…」
「気にするな。俺の親はもっと別の世界を望んでいたはずというだけの話だ。望む世界にするために俺を鍛えていたのに、その俺が鍛えられた力で望まない世界にしてしまったのなら滑稽だと思う他ない。それだけの話だ」
「……ん…、やっぱりよく分かりません。すみません。私に理解力がなくて…」
ミズキは懸命に考えて、何とかタナトスの言葉を上手く解釈しようとするもどうしても理解はできなかった。
だから申し訳なさそうに侘びの言葉を口にしたが、シャウが軽く笑いながら話を茶化すような口調で言い出した。
「わはははー、大丈夫だよミズキちゃん。これは単に口下手なタナトスの説明の仕方が悪いだけだから!つまりミズキちゃんは悪くない!タナトスが悪い!うん、間違いないね!」
「俺からしたら、シャウの言い分の方が何かと理解に困ることが多くあるがな。さてと、ほら火が点いたぞ。早く食事に入ろうか」
「あ、ありがとうございます。タナトスさん。すぐに焼けるように準備を間に合わせますね」
「あぁ、手を煩わせてすまないが頼む」
タナトスは工夫して火力を強くしていき、ミズキは手早く調理の方を進めていく。
妹と二人暮らしと言っていたからだろうか。
ミズキは調理には慣れていて、三人はすぐにささやかな夕食を取ることができた。
そして相変わらずの調子でシャウが変な発言をしては、ミズキが言葉に反応して笑い、タナトスが一言突っ込むという会話の流れとなっていてた。
この様子だけを見れば、すでに三人は仲間らしい雰囲気を持っている。
追われている身にも関わらず、三人が共に居ることで楽しい時間だと僅かながら思うことができていた。
あとは夕食の時間が終われば、朝早く出発するためにと早めに就寝をとって星空の下で一夜を過ごすのだった。




